7_街に出る、そんな装備で大丈夫?
冒険者ギルドでのあれこれ手続きを終えた一行は、姫巫女で転移勇者のアドバイザーである、サクラさんとともに、街の施設を案内されています。
徒歩で移動する勇者達の目に入るのは、コンクリートのような高層建築物と石畳風の大通り、行き交う多種多様な人種に、飛び交うこれまた多様な言語、日本でも珍しくないスーツ姿の人々と、同じくらいの割合で、闊歩する、鎧兜や武装した面々、多様な売り物と、質の高さと安さを喧伝する市場の喧騒、宿への呼び込みや、屋台から漂う美味しそうな香りと、売り物の内容を表記している多様な文字やイラスト、ポケットテッシュを配っている、リアル兎耳のメイドさん、や、種も仕掛けもないところから、水芸をしている魔法使いやら、同時に複数の楽器を演奏している、ミュージシャンなど、雑多な情報が一度に飛び込んできたりしています。
「混沌としてますねぇ」二郎丸さんがさりげなくシルフィさんを警護対象に入れるように歩きながら、サクラさんに話しかけます。
「ええ、もともと雑多な人種が集まる街でしたが、ここ四半世紀、技術のブレイクスルーが豪腕を発しまして、新旧の文化が入り混じったエネルギッシュな場所になってます」どこか誇らしげに、胸を張って説明するサクラさんです。
そんな風に、街を案内されていますと、どこからか、ドドドドと、足音が聞こえてきます。一行がそちらの方を見ると、片手にタブレット端末を構えた数百人規模の集団が道を小走りに、同じ方向へと走っています。
周囲の人々は、一瞬驚いて、その後冷静にああまたか、と表情になって、巻き込まれないように避けていきます。
「なんですかあの一団は?何かの宗教儀式か何かですか?」二郎丸さんがサクラさんに尋ねると。
「ええと、なんて説明すればいいのか?位置情報を利用した携帯端末ゲームって、ご存知ですか?」ちょっと頭が痛いようなジェスチャとともに基本情報を尋ね返すサクラさんです。
「本当に、この異世界、時事ネタ反応早いな、おい!」
「何のことなんだい?」「さあ?」「?」八兵衛さんと睡蓮さん、茜ちゃんはピンときていないようです。
「ポイントで交換することのできる携帯タブレット端末ですが、それには、いろいろなアプリケーション、つまり、ソフト的な機能を追加購入できるんですね。その中には、ゲームのアプリがありまして。そのゲームアプリの一種で、タブレットの位置情報システムを利用して、リアルな空間と連動して、魔物をバーチャル上で、捕まえることのできる、というものがありまして」
「ほとんどそのままじゃないかいぃ!いーのか著作権とか!」
「異世界の話ですし、こちらまで訴えは届きませんし(黒い笑み)。ええと、それで、珍しい魔物が現れる場所とかに、人が集中して集まってるんですよ。しかし、あれはいけませんね」
「?」
「本来は、珍しい魔物が出現する場所とかは、ランダムのマスクデータ仕様で、その時になってみないとわからないはずなんですが、違法なアプリを使っているんでしょうね、出現する場所と時間が、数分前に判明するので、そこへむかって集団で、慌てて移動しています。それで周囲に迷惑をかけていますね」
「はあ、なるほど。って、”日本”世界には書き込みとかできないのに、アプリは正常に動くんですか?」
「サーバごとシステムを丸っとコピーしましたby神様、との謎のコメントとともに、こちらでも今年の夏正式にサービスが開始されたんですよ、謎運営の謎会社によって、不思議ですよね」
「犯罪だぁー!なにやってんのー神様ぁー!」
「まあ、神様のやることですし?多分今のマイブームなんでしょうね」
「それでいーのか!」
「たまに、野外で夢中になってプレイしていて、本物の魔物と出会っ(エンカウントし)たりして、ウケますよねー、バーチャルがいきなりシームレスにリアルへと直結ですよ、もうどっちがどっちなんだか」うふふと上品に笑っているサクラさんです。
「命がけ?!ウケませんよ!」
「そんなゲームは嫌だなぁ」八兵衛さんがつぶやきます。
走り回る集団に、警察官がメガホンのようなもので注意を促して、解散させているようです。珍しい魔物の出現もひと段落したのか、徐々に解散していきます。
「ダンジョンの中にもアプリの魔物の出現点とか、アイテム出現場所とか設定されているみたいで、たまに、レア魔物狙いの冒険者が集団で走りまわるんですよ。まあ、集団で罠にかかって阿鼻叫喚とか普通にあるので、何をしているんでしょうね、と言いたくなるんですが。あれも一種のトレインとか言うんでしょうかね?」
「知らないですよ」疲れたように、というか疲れてぞんざいになっている二郎丸くんでした。
「あ、」
「どうしました?」
「タマゴが孵化しました、やた!ラッキーですよ!期間限定のイベントキャラの『かぼちゃおばけ』です!、見てください(ハート)」嬉しそうなサクラさんが、タブレットの画面を二郎丸くんに向けます。
「お前もやってるのかーい!」
「なんなんですかこのやりとり?」可愛く首をかしげる茜ちゃんです。
「いや、二人ともノリノリだったな。意味はよくわからなかったが、結構サクラちゃんがポンコツなのは理解できた」肩をすくめて答える睡蓮さんでした。
生活雑貨のお店にやってきた一同、女性特有の商品とかを確認してほっと一息を入れている間、男性連中は「明るい家族計画」を手に取りクオリティの高さを熱弁している八兵衛さんに、顔を赤らめながら聞き入る二郎丸くんというコンビで、誰が得をするんですか?という萌え?空間を演出していました。トイレットペーパーも石鹸もシャンプーまで、どこかで見たようなパッケージに包まれて並んでいるのを見て、少し驚いていたりもしています。
「あ、ポテトチップスもあるんだ」二郎丸くんが手に取ります。
「知っているのと、微妙にロゴとか違うな?」睡蓮さんが幾つか比べて、観察しています。
「まあ、デザインはネット経由でリスペクトしていますから。味は過去の転移勇者さんが監修していますし、農業特化型に進化した勇者様が、遺伝子レベルで改造した芋とか使用しているので、味はいいですよ?」とサクラさん。
「逆に心配ですよ」茜ちゃんがそっと、袋を棚に戻しています。
支払いはカードにあらかじめチャージしてあった貢献ポイントで行います。
「勇者基金組合の支援ですね、初期装備を整えたり、当座の生活費として一人10万ポイント支給されています」無駄遣いしない様にしましょうね。と続けて言うサクラさんでした。
その他支払いは、王国通貨でも可能とのことでした。
「正直通貨の存在意義ってなんなんですか?」二郎丸さんが尋ねると。
「経済の統制を”国=人”側がいくらか行える余地を残すためと、香り付け?フレーバーとしての機能とかでしょうか?まあ、巨額の資金を運用するときに、個人に紐付けられている貢献ポイントでは運用しづらいので、貨幣が活躍しますね。あと、一番大切なのは、カードにログが残らないことですかね?男の人とか、女の人の中にも、神様にだって秘密にしておきたい買い物とか、ある、みたいですよ?」
「あー、幼女だもんな、神様」八兵衛さんが納得しています。
「下品ね」ケラケラと笑う睡蓮さんです。
「プライバシーは大事」シルフィさんが大真面目に頷いています。
「ポイントと通貨がいつでも交換できるので、ええと、”日本”世界で昔金本位制とかしているのと、同じような感覚ですかね?」
「担保となる貢献ポイントは、神様が確実に保証していくれるから、コントロールしやすいだろうなあ」二郎丸さんが納得しています。
「あとは投機の対象とかにもなってますね、お金。国際間でレートが変わったり、ポイント返還率が変化したりするので、その道のプロなら損をすることが少ないですよ?ちなみに株式というシステムもあります、こっちは基本巨額が動くので便利な”貨幣”を使用することが多いですね」
「なるほどね」
「まあ、純粋にコインでやりとりするのが粋だという文化もまたあるんですよね、生き残るのにはいろいろ訳があるんですよ、はい」
服飾店で、各種下着とか着替えの衣類を購入、デザインは、ほぼ”日本”と変化なく、それに、民族独自のスタイルが付け加えられている感じ。なお、化学繊維も再現に成功しているものの、魔物由来の繊維とコストが同じくらいということに加え、特殊な効能が乗ることがある魔物繊維の方が、少し優勢な感覚でした。値段は、ピンキリですが、手ごろ感の商品もしっかり押さえてあります。
基本的な家具は据え付けてあるとのことなので、その辺はお店の場所だけを確認して、通過します。
住居は、冷蔵庫と、コンロがある程度の水準と、サクラさんは説明しています。上下水道完備、バストイレ付きの1LDKといえば大体分かりますか?という塩梅です。
この辺りで一度遅めの昼食を挟みます。
「馴染みがあるかな?ということで、大手チェーンのファミレスをチョイスしてみました」サクラさんが案内してくれたのは、”日本”でよくあるタイプのファミレスでした。
「ドリンクバーとかありますね」二郎丸さんが、よく見るタイプの機械を見ながら言います。
「おお、飲み放題だ、いいねこれ」八兵衛さん、アルコールはないんだな、とつぶやきながら、飲み物を確認しています。
「うん、こんな感じなんだ、ファミレスって」茜ちゃんが感想を言います。
「おお、窓ガラスがきちんと全部綺麗だ、いいなここ!」睡蓮さんも喜んでいるようです。
「若干、本当に異世界か?という疑問もありますが、ウエイトレスがリアル猫耳ですね」見るところはそこなのですか?という感じで感想を言っている二郎丸くんです。
「」無言でメニューを精査しているシルフィさん。
「あ、シルフィ義姉さん、外食なんであまり食べちゃダメですよ?」
「大丈夫、今はカロリ足りてるから。でも、知らない料理をちょっとずつ食べたい」ざっと、日本語が併記してあるメニューを見るシルフィさんです。
「?そういえば、ここのお店日本語対応なんですね」
「そういうお店を選びましたから、”日本”文化伝承区の住人御用達、という感じのお店ですよ」
「そんな区があるんですか?」
「転移勇者様が作った地域で、主要言語が日本語なんです」
「へえ、やっぱりこちらの世界に馴染めなかったとかでそんな区を作ったのかい?」八兵衛さんが尋ねると。
「いえ、そうじゃなくてですね、この国なんですが、日本文化が好きすぎてたまらなくて、できれば日本人になりたい!と熱烈に希望する、ええと、熱き趣味人?が少しばかり、ええちょっと、ほんの人口の1%ほどおられましてね、身も心も日本に染まるんだと、第一言語を日本語にして、茅ぶき平屋の日本家屋に米作中心の文化圏を作っちゃいまして」
「へ?」
「サムライ、ニンジャ、ゲーシャ、フジヤマ、ウタマロとか、近年ではクールジャパンとか叫んで、萌えアニメとか、漫画文化とゲームとかサブカルににどっぷりとはまって熱中してしまい」
「はあ」
「さらに、それを面白がって、転移勇者様が複数人協力して、その異能とか惜しみなく使用して、謎空間を発生させて、見事な”里”を作成して、一種独特な地域を作ってしまった、と、いうしだいで」
「大規模なコスプレみたいなものですか?」二郎丸さんが言うと。
「なりきりもあそこまでいくと芸術だと思いますよ、ええ」遠い目をするサクラさんでした。
「決まりましたか、義姉さん?」
「ううんと、多分魔物由来の肉料理と、日本語に訳せていない野菜が入ったシチュー?そもそも調理方法が理解できない名前の魚介類を使った何かで迷っているんですが?」
「全部頼んで、僕と分けましょう。正直どれも面白そうですし」
「ありがと」
「なんだかラブラブだなぁおい、おいちゃん焼けちゃうや」八兵衛さんが横目で見つつ、お冷の氷をボリボリとかじっています。
「仲いいですよね」茜ちゃんは、カレーライスにしようか、スパゲッテイにしようか迷っています。
「茜、お子様ランチなら、色々入ってるぜ?」睡蓮さんが真面目に提案しています。
「ううう、そこまでお子様ではないと思いたいけど、正直惹かれている私がいます」悩み始めました。
「茜様、お子様ランチには、位置情報魔物収集アプリ、通称「いちゃもん」の人形が付いてくるみたいですよ?」とサクラさんが勧めます。
「いや、子供のおもちゃを狙うなよ!というかすごいネーミングだなおい!」二郎丸さんがツッコミます。
「子供じゃないですよぅ」ちょっと涙目ですね。
和気藹々と、食事が続けられたのでありました。
茜ちゃんは結局お子様ランチをチョイスしました、デザートのプリンが止めになったようです。