17_ずるですか?いいえ仕様の抜け穴です
白い空間です。信号の光が束になって走っています。所々分岐したり、ふっと蝋燭が消えるようにかき消えたりしています。明るい光のレールを瞬時に切り替え、乗り換えながら光輝くドットがどこかへ向かって進み去っていきます。
綺麗だなぁ、綺麗、綺麗だ、綺麗ですね、ぼんやりとしたつぶやきがどこかに響きます。
ボー。遠くから聞こえてくる、霧のかかった港の汽笛を模した音。
ゴー。耳を塞いだ時に聞こえる海の波に似た音。
こぽり、こぽり、泡が昇っていく、ああ、そちらが上なのか。
降りていくちらちらと白い雪、散りゆく花弁に宿る息吹。
綺麗だなぁ、綺麗、綺麗だ、綺麗ですね、
「はーい、みなさーん、そろそろ自我をはっきりさせましょうね~」
誰で?誰?誰だ?誰ですか?
「私はシルフィです。あなたは誰ですか?」
俺?私?私?私は? 『誰だろう』
「名前は何でしたか?」
『名前』
「俺は俺の名前は、雲井八兵衛」
「私の名前は、尾高茜」
「私の名前は、川崎睡蓮」
「私のにゃまえ」 あ噛んだ。「私の名前は、サクラ・スメラギ」言い直した、僅かに赤面する気配がありますね。
「はいよくできました、それでは私のお名前はわかりますか?」
「「「「シルフィ(お姉)さん」」」」」
「ざっつらいと、です」
「ええと、何がどうなっているんです?」八兵衛さんが尋ねます。皆さんは同じ白色というかクリーム色の貫頭衣ぽいものを身につけていて、光のケーブルが眼下に見える液体に浮かんでいるように見えます。
「急激に、それも恐ろしいほど大量に、経験点が注ぎ込まれたので、各個人の魂的な何かと、それに連なる世界システムが凍りかけましたので、今、対応中です」シルフィさんが簡単にまとめて答えます。
「おっしゃっている意味がよくわからないのですが」サクラさんがキョトンとした埴輪のような顔をして詳しい説明を求めます。
「いいでしょう、順を追って説明します。
まず、私たちのパーティに大量の、凄まじいとも言える経験点が入りました。
次に、その入手経験点によって、各人のレベルアップが激しく急激に行われています。
最後に、魂と世界システムの処理負荷が大きくなったので、私が助けています。←今ここ
と、言った感じです」
「べ、別に3行でまとめてもらわなくても良かったのですが。幾つか質問があります、むしろ疑問点だらけですので聞きたいのですが」
「なんでしょうか?」
「まず、どうして我々には大量の経験点が入ったのでしょうか?」サクラさんが人差し指を立てて言います。
「それは、ダンジョンコアを破壊したからです」
「いつ!?」
「時間的には、そうですね2時間前くらいでしょうか?」軽く時間を確認するそぶりを見せるシルフィさんです。
「覚えがありません!どこのコアを破壊したんですか!」
「もちろん、踏破済みダンジョンの下に隠されていた、隠しダンジョン(休眠中)ですよ」
「まあ、それが一番蓋然性が高いわな。でもどうやったんだ?確か壁を破壊する予定だったんだよな?睡蓮さんの破壊音波で」八兵衛さんが続いて尋ねます。
「そうですよ、固有振動数とか共鳴とかとんでも理論で壊すのは壁だったはずですよ!決してダンジョンコアではなかったはずです!」ちょっと興奮しているサクラさんです。
「はあ?そんな突拍子もない理論で壁が崩れるわけがないじゃないですか?」
「うわ、すっごくツッコミを入れたいわ」睡蓮さんが思わず口にします。
「種明かしをしてくれないか?言ったいどうやったんだ?」
「簡単なことなのですが、いいですか振動というのは、物質を伝わるのですよ」
「あ、なんだか落ちが読めたような」「俺もだ」
「つまり、破壊が難しい壁を透過させた破壊音波で、コアを破壊したのです」破壊という単語が多いセリフですね。
「幸いダンジョンコア自体はそれほど硬いものではなかったようですし、一撃で破壊できました」
「まあ、確かに!繊細な核ではあるから、ダンジョンレベルにおける防御修正もそれほど激しくはないでしょうけども!困難なのは、ボスを排除して、たどり着くことだから、不思議はないのでしょうけども!もう、なんですかそのとんでも解法は!」
「人の体に異物があるときに、超音波でその異物を破壊するという治療法が、”日本”にはありまして、それを参考にさせていただきました」しれっとシルフィさんが続けます。
「ダンジョンコアが、尿道結石扱いかよ!」大爆笑の八兵衛さんでした。
「はぁ(大きなため息です)」「サクラさんため息をつくと幸せが逃げますよ?」「むしろまだ残っているのでしょうか?それはともかく、壊してしまったものは仕方がありません。それで、どれだけの経験点が入ったんです?」メゲなく前向きに事態を把握しようとする健気なサクラさん(17歳、宮勤め)です。
「さあ?現在も処理中ですから、目覚めた時にギルドカードを確認されるのが一番かと?」
「そういえばここはどこなのでしょう?」茜ちゃんが貫頭衣を引っ張りながら言いました。「あとこの格好は?」
「経験点によるレベルアップを円滑に行う擬似的な空間ですね。世界の理からちょっと外れた場所だと思っていただければ。基本魂のみで訪れていますから、デフォルトですと全裸なんですけど、それだと気まずいでしょうから貫頭衣をサービスしてみました」シルフィさんが解説します。
「それは残念」「「「納得しました」」」ジト目で八兵衛さんを見る女性陣でした。
「急激なレベルアップで魂の器が破壊されそうになりましたので、この隔離空間で保護したり、慣らしたり、拡張を促したりしています」シルフィさんが続けます。
「ええと何か怖いんですが?」サクラさんが言います。
「ちなみに、私が手を抜くと、魂が砕けて、存在が消滅します」淡々とシルフィさん。
「ものすごく怖いんですが!」突っ込むサクラさんです。
「あ」
「あっ、って何なんですか!」
「ただの冗談です」
「怖すぎるわ!」
「(何かの設定を初期化してしまいましたね、ああ、あの、彼女達の呪いのようなものでしたか、むしろ都合が良くなりましたか?)」
「聞こえるか聞こえないかの音量で、悩ましげに呟くのは本当に心臓に悪いんですが!」
「(にやり)」「いやその笑い顔、絶対何か、魂的なところ(プライバシーのカタマリ)をいじってるでしょう!いじっちゃダメなところじゃないですかね、そこ!」
「落ち着いてください、決して悪いようにはしませんよ?」
「信用できるかぁ!」「ごちゃごちゃうるさいと、手が滑りますよ?」「御免なさい許してください、でも最低限の人権はどうぞ、宜しくお願いします」
「それと、一人足りないのですけど、二郎丸さんはどうしたんです」きっちり精神を持ち直したタフなサクラさんが、不在の人物、その所在を尋ねます。
「彼は、もう」ここで、悲しげな表情でそっと俯向くシルフィさんです。
「え、そんな、間に合わなかったんですか!?」茜ちゃんが悲痛な叫び声をあげます。
「ああ、いい奴だったな、彼は」しんみりとする八兵衛さんです。
「え?本当に?マジかよ」睡蓮さんはちょっとショックを受けています。
「どうしようもなかったのですか?」サクラさんが尋ねます。
『意味深に言葉を省略しないでくださいシルフィ義姉さん』
「「「「あ、生きてた」」」」どこからか聞こえてきた声に反応する面々です。
「誰も消滅したとか言ってない。”丸”喜べ、意外とみんな心配していたみたいだぞ?」
「たちの悪い冗談を」サクラさんが突っ込んでいます「でもまあよかったです、それで彼は今どこに?」
『現実の世界です。みなさんの肉体を見張ってるんですよ』
「安心してほしい、変なことはしないように釘を刺しておいたから」
『しませんよ、失礼な!』
「ええと、はい、二郎丸さんは信用していますから、大丈夫ですよ」サクラさんが保証してくれました。「ええ、大丈夫ですよね?」少し不安そうです。『信用してくださいよ、第一もし仮に手を出したら、死んでしまいます、殺されてしまいます』ちょっと震えている二郎丸さんでありました。
「なんで彼は無事というか、ここに来ていないんだ?」八兵衛さんがシルフィさんに尋ねます。
「ん、”丸”はちょっとばかり魂を鍛えてあるから。こう言う世界とのシステム干渉とかの対応、その基礎くらいは叩き込んである。他人に働きかけるのはまだ難しいけど、自分の魂くらいは自分で管理できる」「凄いんですね」「レベルの違いが技術の絶対の差ではないということ」「前にも同じようなことを言ってましたが、何か元ネタがあるんですか?」「ちょっとマニアックだったかも?」
「この処理速度なら、遅い夕食くらいには間に合いそう」
『了解しています、二日目のカレーを用意しておきますね』
「カレー」目の色が変わって、輝いている茜ちゃんです。
『二日目のカレーはまた絶品ですよ、ご飯も十分用意しておきますね』
「シルフィー姉様、早く!」
「落ち着いてください、もう少しですからね」
「まだ細かい質問とか、ツッコミとかはありそうなのですが、最大の疑問を問いかけてよろしいですか?」
「どうぞ」
「あなたは何者なのですか?」
シンと、空間すべての音が消えるような問いにシルフィさんはどう応えるのでしょうか?
「ただの人間ですよ」別にタメもせず普通に応えるシルフィさんでした。
「「「「嘘だ!」」」」
「喰い気味にそのセリフですか?どこから夏の終わりのセミの声が聞こえてきそうですね」ツッコミを律儀に入れるシルフィさん、でした。
「いやだって、嘘でしょう?別次元を作り出して、他人の魂に干渉して、さらには世界のシステムにも影響を及ぼしている存在って、神さまの1柱と言わない方が、不自然です!」サクラさんが畳かけるようにセリフを言います。
「いえ、本当に人間ですよ、ただ」
「「「ただ」」」
「ちょっとした『呪い(bug)』のせいで、他人より色々とできることがちょっとだけ増えた、それだけの、可憐な少女です」きらりんと、ポーズを決めて、止めにウインクと笑顔です。
時が止まりました。
『義姉さん、それは少し痛いです』
「うん、私もそう思った。昔は板についていたんですけどもね〜」珍しく遠い目をするシルフィさんでありました。「通りすがりの”ガンマン”ですの方が良かったでしょうか?」
『最近撃ってませんからねぇ』「そうですね、今度的になってください”丸”」『ヤブヘビだったか』
「いえシルフィお姉様!すごく魅力的でした!」茜ちゃんは見とれていたみたいですね。
「セーラ服の銀髪美少女、だから、属性的には間違ったポーズではないはずなんだが」八兵衛さんが分析をし始めました。
「普段との落差が激しい、から、だなきっと」睡蓮さんが納得しようとしています。
「それはそれで、美味しいような気がします。こう翻った時のスカートの動きとか、白くて細い手足の伸ばし方とか、ちょっとあざといぐらいですね」サクラさんは、またどこかに行ってしまったみたいですね。
「まあ、私の正体というか、謎云々は現実世界でカレーでも食べた後にしましょうか?そろそろレベルアップに伴う魂のバージョンアップが終わりますよ。これからは各人、OSのversion3.7.45を名乗っていいと思いますね」
「うわあ、どれだけ更新したんですかそれ、というか、魂はOSで動いているんですか!」
「ええ、しかもオープンソースです」
「本当ですか!」思わず突っ込むサクラさんです。「伝統的にそのようになっているようですよ?こちらの世界軸に近い業界では」「業界って!」「ヤクザなところです」『その表現は誤解を招きますよ義姉さん、確かに商売っ気は過多のような気はしますが』「意外と俗なのですね”魂”業界?」
「はいはい、ではみなさま、肉体に帰還しますよ。衝撃にご注意くださいね、あと入れ替わりとかにも注意して、迷わないで自分の体に帰ってくださいね」
「入れ替わるの?!」「最近の流行りですけど、空気を読んでくださいね?」「ついてない体はいらないなぁ」「下品ですよ八兵衛さん」「ちょっと興味あるかも?」「茜ちゃん!?」
さてみなさま、現実世界の元の体に帰還を果たしたようです。
無事に自身の体に戻れたかは、しばらく観察が必要ではありますが。
「いえないですから」「ないのは嫌だなぁ」「ありますよ!」
「カレー、ご飯がもう少しですね」「♩」
「ところで、私たちは何レベルになったのでしょうか?」何気なく自身のギルドカードを確認したサクラさん、
980 Lv
記述を見て固まってしまいました。