16_システムの、穴をくぐった、冒険者
「さて、この一見枯れているように見えるダンジョンですが、こちらの図をごらんください。地表から3層の位置に設置されていましたボス部屋と、ダンジョンコア、ボスはすでに攻略済みの、コアも破壊済みという、冒険者ギルド発行の攻略(済)マップですね」
大きめのタブレットに、ギルド謹製のマップを表示するシルフィさんです。
「そしてこれが、今日昼過ぎから測定したダンジョンの地下部位を示す概略図です」タブレットの図面にもう一つの画像を重ねます。
「ほお、明らかに」「大きいですね」「というか深い?そこの方がまだ見えていないのでしょうか?」「これはまた」「大発見ですよこれ!」
「おそらくは、浅い3層までのダンジョンはダミー、偽装だったのでしょうね。ボスもダンジョンコアもしかり。そしてその下のダンジョンの存在を隠匿した、のかもしれませんし、もともと不完全な双子のようなダンジョンのペアだったのかもしれません」
「なるほど」二郎丸さんが頷きます。
「そして、衝撃に対する波形とかを鑑みるに、この地下のダンジョン、休眠中ですが”生きて”いる可能性が高いですね」
「休眠中?ってのはなんだい」八兵衛さんが軽く手を上げて質問します。
「ダンジョンの中で活動している魔物がいない、という程度の意味です、推測ですが何かこのダンジョンにエントリーできる鍵のようなものが設定されていて、それを使って入り口を開いた瞬間に、活動を開始するタイプではないでしょうか。”生きて”いるというのは文字通りの意味で、ダンジョンコアが健在で、ダンジョン特有の現象が発生しているということです」
「ええと、具体的にはどうしてそのようなことが判明したのでしょうか、すいませんなにぶん初めての体験ですので」サクラさんがシルフィさんに尋ねます。異世界人の彼女もこのような探査方法でダンジョンの状況を調べるのは、初めてのようで、戸惑っています。
「波形の分析方法とかは、専門的すぎるので省きますが、簡単に言いますと、壁の厚さに比べて強度が不自然すぎる、のですね。これはサクラさんの方が詳しいかと思いますが、ダンジョンのレベル補正が建造物に入っている、そのせいです。つまり、この下にあるのは、生きているダンジョンだということです」
「ダンジョンにもレベルってあるんですか」驚きの声は茜ちゃんです。
「なるほどなのですにゃ(かんだ)、その通りです。ダンジョンの建造物はそのダンジョンのレベルによって強度が増しています。増幅量はかなりのもので、その補正によって、ちょっとしたレベルのダンジョンでも、冒険者のレベル補正によってましてある能力値とそれに連なるスキルを利用しても、壁とかを破壊するのはかなり、大変なのです」
「あ、こわせることはこわせるのね」睡蓮さんがツッコミます。
「99レベルの勇者が全力で伝説の鶴橋を振るうと、10レベル程度のダンジョンの壁に穴が開く程度ですから、まあ、相当のレベル差がないと壊せませんけれども」
「へえ、ところでカンストするレベルって99なんですか?」二郎丸さんが、気になったのかそこを訊ねます。
「おそらくそうではないかな?と言われていますね。何しろ90レベルを超えたあたりから、レベルアップに要求される経験値がえげつなくなっていましてね、だいたい歴代の勇者さまもその辺りで挫折しているそうです。趣味でレベルアップに勤しんでいる勇者様が確か二人ほどおられまして、そのお方が、そろそろ95レベルくらいに到達しますかね?という感じです」
「なるほど、こちらの世界の住人には追従するような方はおられないのですか?」
「少なくとも表に出ているような有名人にはいませんね。伝説では、どこぞの王様が、カンストオーバーなレベルの持ち主で、うっかり喧嘩を売った勇者が返り討ちに遭ってしまった、などがありますが。あ、幼女神さまやら邪神さまやらは、50レベルくらいの勇者パーティといい勝負ができるくらいですね」さらりと、言ってしまうサクラさんです「私が今30レベルくらいですから、20年くらい修行して、直接あのお方に突っ込みを入れてみたいとは思っています」
「意外に弱いのか!神さま連中!」
「正確には邪神さまなら御方を崇めている魔物の王ですかね?幼女神さまの方は、別ルートエンド用のアバターとか言っていたような気が?あまりハードルを高くしすぎると、クリアへの熱意が薄れてしまいますから、勇者サイドのシナリオの進行はストレスがたまらないように、スムーズに設定してみた、ってあの幼女神さまがおっしゃられていましたよ?」
「いやクリアってなんですか!」
「漫然と貢献ポイントを貯められる勇者さまもいますけど、何か目標がある方が燃えますよね、という神さま達の慈悲だそうですよ。振り回されるバッファリアの住人の立場はどうなるんですか、と各方面から盛大に突っ込まれていましたが」
「神さまに突っ込むんだ」「まあ、アバターなら気軽に、吊るせますし」「いやダメだろ?あれ、そうでもないのか?」混乱している二郎丸さんでありました。
「ちなみにクリア後に隠し要素がありまして、存分にカンストまでレベルを上げても手応えのある、ミッションやら、隠しボス(邪神本体とか、”パパ”神様アバターとか)もありますので、エンドコンテンツは充実していますよ?一般人が巻き込まれるとひどいことになるので、その辺りの配慮を神殿の騎士団とか、前線に出られる神職者が常時準備をしていますが」
「なるほど、吊るしていいかもしれませんね、幼女神様」
「振り回される信者さん達の悲哀とか、結構、胸にきますよ?超過労働とかに対する愚痴とか?」
「せちがないお話です」
「さて、ここでちょっとした悪巧みをしようと思います」シルフィさんが、未踏破のダンジョンがありますよ、と情報を公開した後、場が落ち着いたあたりでまたかき回します。
「ええと、一応体制側であるところの私の前で不穏当な発言ですね」サクラさんが冷や汗をかきながら言います。
「まあ、サクラさんの性格なら乗ってくる程度の、軽微なちょっとした悪事とも言えないものですよ?」
「性格を見切られてる?ええと何ですか?」
「ダンジョンの発見報告を少し遅らせましょう。具体的には3日程度」
「はあ、まあ、連絡はすぐに取れますから、確かにいますぐにでも簡単にダンジョン発見の報告はできますけど、それを遅らせるのですか?」
「そうです。そもそもは、この枯れたダンジョンの調査は私たちのパーティが引き受けたお仕事ですから、その調査に付随して発見されたダンジョンも、また私たちに調査権限があるとは思いませんか?」
「ええと、そうですね、少なくとも優先的なものはあるかもしれませんが?」
「でしょう。であるならばです、ギルドに連絡して他の冒険者がこの、未踏破のダンジョンに群がる前に、ちょっとだけ先行して、少々ポイントやら財宝やら、経験値やらを独占しても、よろしいのではないでしょうか?」
「えええ?とそれはどうなんでしょう?」
「ギルドの規約とか確認しましたが、ダンジョンアタックは基本冒険者の自己責任であって、さらにあ、そもそも、新規に発見されたダンジョンについての報告責任はないんですね」
「それはまあ、ギルドカードを通して、情報は上へ抜けていくわけですから、わざわざ、そのような規則は作りませんですし、秘密にしておくよりも正式に報告して、報奨金をもらったほうが楽に稼げますから?後、そのダンジョンに潜る時に正式にギルドからサポートをうけられますし?」
「でも、規約違反ではないんですよ」あ、悪い顔ですよシルフィさん。
「い、いいのかなぁ」
「経験点は自動的に等分になるので分けれませんが、財宝の取り分はレベル割で。もちろん私は1レベル分で換算していいですよ?サクラさんの取り分は全体の半分くらいになりますかね?」
「法に触れてなければいいですよね!」
「気持ちいいくらいの、手のひら返しだなぁ」二郎丸さんがつぶやきます。
「最近いろいろ物入りなんですよ、課金イベントがたくさんありましてね」「それは深みにはまると抜け出せませんよ?」「ふふふふふ」すでに沼にハマって、目が虚ろなサクラさんでありました。
「そしてどうしてこうなった」虚ろな目のままでうなだれているサクラさんの前には、薄ぼんやりと輝く謎の石壁が見えます。
「どうせなら、最小の労力で最大の利益を得るべきですよね」シルフィさんが首を傾げつつ言います。
「いやあ、掘った掘った!」「掘りましたよ私!」「やはりシャベルは最強だな」「う、歌い疲れた」その石壁の前には、山の麓の方からさらに下方向に掘り進み、見事、ダンジョンの最奧(裏口側、ただし出入り口は無い)にたどり着いた輝ける勇者たちがいたのでした。主に土木作業による清らかな汗でこうキラキラと。
「意外に早く掘れましたね、2日、実働16時間くらいですか?」
「シールドマシンも真っ青ですね、シルフィ義姉さん」
「茜ちゃんのシャベルさばきのおかげです」
「いえそんな、シルフィおねーさまが掘った後の土を全部引き受けてくださいませんでしたら、もっと時間がかかっていました」ニコニコと「まさか全部入るなんてすごいですね!」茜ちゃんの尊敬の眼差しが、シルフィさんをまぶしがらせます。
茜ちゃんが超人的な速さで掘り採った土やら岩をそのままぞこぞこと吸い取るように、アイテムボックに無限収納したシルフィさんです。
「いやおかしいでしょう?どれだけポイントつぎ込んでるんですか?」珍しくサクラさんがツッコミます。
「まあ、義姉さんがすることですから」「「「シルフィさんですから?」」」「安定のするー」「するーしたらいけないような気がするんですが?」
「ともかく、この先が迷宮の最奧。ここをクリアすれば、お宝取り放題」淡々と目の間のうっすらと光輝く壁を指し示すシルフィさんです。「だいたい地下100階くらいでしょうか?」
「でもこれからどうするんです?この壁は破れませんよ?作業前には何か手があるようなことを言っていましたが?」
「さて、サクラさんは、固有振動数と言うものをご存知だろうか?」「えと、はい?」「物質にはそれに共鳴してしまう振動数というものが存在してね、どんなに硬い物質であろうと、その振動によって分子の結合を直接緩めてしまえば、崩れ去ってしまうんだよ」「ええとなんでしょう、すごく胡散臭いんですが、シルフィさん?固有振動とか共振とかってそんな面白物騒なものでしたっけ?!」「壁の固有振動数は調査判明ずみです」「だから聞いてくださいよ」
「論より証拠です。睡蓮さん」
「えと私?」
「この音を再現してください」地面にドスンと置いた機材の中から、レコーダーを出して再生させます。「えと、こう♪〜」「いえ、このあたりはこう〜♪です」細かい調整をします。「このへんですか」「あ、高音域すぎて聞こえなくなりましたよ?」「もうちょと、ですかね?」「聞き取ってるあなたは何のですか!」
「いやまさか、つまり?」驚愕の表情を浮かべるサクラさんです。
「固有振動数の原理に、”音波による破壊”スキルを乗せます。これで効果は倍増です」
「いやデタラメな!?」
「さらにこれです」先ほどの機材をセットアップして、アンプにマイクをつなげます。「この呪歌を増幅するマイクと、アンプでさらに倍の倍ですね」
「あれ、これとあるアイドルが引退時にステージに置いたとか言ってたやつよね?」睡蓮さんが受けとったファンシーなマイクを見ながら言います。
「調査キャンプ前に『黒い市場』で仕入れておいたんです」二郎丸さんが言います「義姉さんに頼まれて、というか魔改造しましたね、また」
「こういうのは得意なんです」可愛らしいVサインですね。
「こんなこともあろうかと」「いや本当にみこしていたなら予知能力者レベルなんですが」「実は睡蓮さんのスキルを聞いた時から、何かに使えないかなーと考えていた」「左様で」
「はーい、マイクテストおーけーでーす」
「いちかめ、にかめ、おーけー」「しょうめいとばしてるもうちょいしぼって!」「いや何を言っているんですかあなた?」「お約束?」
「方向よろしいですね〜では行きますよ~、3、」指でカウントダウン、2から無言で、ジェスチャのみ、キューで指を振り下ろして、
睡蓮さんの喉から、破滅の歌が放たれます。
そして、
どこか遠くで何か砕けてはいけないものが砕けた音がしました。
「破滅の音が聞こえます」
「福音だと思いますよ?」