1_危機につき召喚された勇者達
晴れ渡り雲ひとつない青い空でした。その空に突如どこからともなく暗雲が、ぐるぐると出現し、稲光がビカビカと大きく瞬き、稲妻がゴロゴロと轟音を響かせます。
それを見上げているのは、フードつきの白いローブに身を包んだ女性です。彼女の前には、何やら複雑な変形した漢字やらアルファベット、ルーン文字が混在した文様が描かれたいかにも、という感じの魔方陣が、まったいらな石畳に彫り込まれていて、そこ全体が光り輝いています。
その魔方陣の広場は、半径がおよそ5mほどの円形で、その周囲には水晶か何かで作られた六角柱が等間隔で囲むように、浮かんでいます。その色は魔方陣からの光に照らされて、白く輝いているようです。
ローブの女性の周囲には、医療機関関係の雰囲気を醸し出す、白衣を着た男性やら女性やら、鎧兜に身を包んだ、中世の騎士のような格好をした警備担当らしき集団やらやら、何やら様々な機器で、魔方陣の周囲を観測している科学者集団やらが、ぞろぞろと控えていたり、各々行動したりしています。
「きます!」白いローブの女性が、はるか高みの雷雲の兆候を読み取って周囲に注意を促します。
「観測機器の設定は完了済みか!?」「問題ありません!遅滞なくセンサは反応済みです!」「気をつけて、警戒体制、周囲の状況は!」「異常ありません!」「シーツと毛布の準備!」「構え済みです!」「直視は避けろ!目をやられるぞ!」「轟音に気をつけろ!口は開いておけ!」
ガヤガヤと最終確認を怒鳴りあっています、何しろ雷の音が激しいのですので。
周囲の人々の緊張が高まる中、轟音とともに、何かに制御されたような雷が、魔方陣へと降り注ぎました。
閃光が辺りを席巻します。
そして、轟音と閃光が収まった後に、その場には今までに存在しなかった人影が複数、出現したのでした。
床に倒れている人が三人、立ち姿を見せているのが二人です。内訳は、倒れている人が男1女2、立っているのが男1、女1、のように見えます。
そのうち、立ち姿の男性は紺のブレザーに白いシャツという学校の制服姿です。そして、その横に手をつないで、セーラ服姿の少女が立っています。制服姿の男性は一瞬ぼんやりとしていましたが、少女が手を強く握った瞬間に、少し腰を落として、周囲をそれとなく警戒、観察し始めました。
床に倒れている人達はどうやら意識がないようです。
男の人は歳の頃は青年、黒っぽい服を着ていています。その服には所々に穴が開いているようですが、そこから覗いている肌には傷は見られません。顔とかは薄汚れています。
女の人のうち一人は小柄な体型で、年の頃は10代前半くらいに見えます。ゆったりとした服は、手術着のように見えます。仰向けに寝転んで、眠っているようです。呼吸はゆっくりとしています。
もう一人の女の人は、服を着ていません。全身濡れていて、長めの黒髪も湿っているようです。プロポーションはよく、肉体年齢的には10代後半から20代前半くらいに見えます。こちらも目立った外傷はなく、崩れ落ちるようにひねった体勢で倒れ伏しています。
「結界内の大気は正常です!」「毒素等検出されてません!」「放射濃度も規定値以下!」「イオン化が認められるも、予想規定範囲内です」「目視で確認、男性二人、女性三人、特に外傷は認められず、ただし、意識を失っているように見える対象が3名!」「意識がある2名に確認作業を!」「というか、姫さま出番ですよ!」「やはり、戸惑ってますね」「ええと、はい、わかりました」
周囲の確認作業とか、指示伝達が飽和していく中で、ローブの女性が顔をあらわにして、魔方陣の中の意識がある二人に話しかけを開始します。
金髪の美人さんで、年の頃は10代後半くらいです。
「はい、ええと、言葉は通じますか?こちらには敵意はありませんにょ」
「「「あ、噛んだ」」」思わずツッコミを入れる周囲の面々と、魔方陣の中の制服少年でした。
顔を赤くして、咳払いをする金髪美人=姫さま、で、言葉を続けます。
「言葉は通じますか?こちら側には敵意はありません」
「「「あ、最初からやり直すんですね」」」
白い肌の綺麗な顔がまたさらに、赤くなりました。
「えっと、はい、言葉は通じてますよ、日本語お上手ですね」制服少年が丁寧に受け答えをします。一応まだ警戒はしているようですが、殺気みたいなものは発していません。
「ありがとうございます、結構練習したんですよ、第2異世界語は好きな科目でしたし」ニコリと世界共通の、敵意がありませんよジェスチャとして笑顔を見せる姫さまでした。
「あー、今異世界言語とか聞こえたのですが?」
「そうです、ようこそいらっしゃいました、”日本”世界の勇者さま方。我れらが世界バッファリアへようこそ、私たちはあなたたちを歓迎いたします!」にこやかに、あくまでもにこやかに。
「うわい、異世界転移で勇者物語だー」平坦に、とことん平坦に。
「テンプレですね」にっこり笑顔とともに。
「ええと、異世界側の君が言いますか?」
「サブカルは、良い教材ですので、結構読み込んでいるんですよ」ハニカミながら「ネット小説とかいいですよねー」
「本当に異世界ですかここ、いや周囲の風景を見れば間違いなさそうですけど」
魔方陣があるのは、中空に浮かぶ小島の一つ、周囲には、何にも支えられずに浮かぶ島々が、点在していて、島の端から滝のように水が落ちていたり、見たこともないような鳥が飛んでいたりしています。
「ええとですね、とりあえず敵意のないことは納得していただけたでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「でしたら、そろそろ倒れている方の回収というか、バイタルチェエックやら、こう身支度やらをしたいのでよろしいですか?」
「あ、これはゴメンなさい、というか、この裸の方このままではちょっとですね」少し覗き見て、顔を赤らめている少年さんであります。
「ええ、まあ、それもありますけど、見えないところで不具合がある可能性も否定できないので」こちらもつられて、顔を赤らめていますね。
「確かにそうですねよろしくお願いします」
ぺこりと一礼する制服少年です。
その少年の手を強めに引っ張るセーラー服の少女さんです、
「あ、僕の名前は、カザハネ・ジロウマルと言います、漢字で書くと、風林火山の風に、鳥とかの羽、一郎二郎の二郎に、丸は、まんまるの丸で、風羽二郎丸、になります、この女の子はシルフィーさんと言いまして、ええと私の、し、 じゃなくて、ええと先生?でもなくて、ええと、家族のようなもの?です」
「ハイ、私の名前はシルフィです、あなたのお名前は?」このセーラ服の少女さんは、銀髪で顔立ちは日本人離れとしています。おそらくは外国人でしょう。
「申し遅れました、私の名前はサクラといいます、この地方の姫巫女をさせていただいています」ぺこりぺこりとどうもどうもと挨拶をしあっている間に、倒れていた方々を見綺麗にして、軽く診察して動かしても大丈夫そうなことこ確認する白衣軍団さんたちです。
担架に乗せて、移動させていきます。
「あの方たちは、治療施設、病院ですね、に移送させていただいて、診察とか必要であれば治療をすることになっています。で、ですね、一応、ジロウマルさまと、シルフィさんも健康診断をお願いしたいのですが?」
「いろいろ聞きたいことがありますけど、それはどうしましょうか?」
「うん、基本危険はなさそう」小さく頷いて、同意するシルフィさんです。
「ちなみにお二人以外の方々はお知り合いでは?」
「ないですね、初めて見ました。人種的には僕と同じ日本人っぽいですけどもね」少年が律儀に答えていきます。
「そうですか、それでは簡単な健康診断の後に、いろいろ説明しますね、こちらについてきていただけますか?」
はいと返事をして、ひょいひょいと歩き出す二人でありました。
その後、その召喚魔法陣の場所で。
「隊長隊長、あの少年、なんだかスキがなさすぎて怖かったんですが」警備担当系の鎧兜姿の方が、ちょっと立派な鎧兜の人に話しかけています。
「あー、そうだな。異世界転移直後にしては、驚くほど冷静だったしなぁ。でもまあ、あのお嬢ちゃんに比べたらまだまだだな」頷きながら、無意識に腰の武器に手をやる隊長さんです。
「へ?そんな感じでしたかね?こう少年に寄り添って不安そうでしたけど?」
「あー、なんだ、そうだな、そう見えたよな。あのお嬢ちゃん、転移の瞬間から全く途切れることなく周囲に溶け込んでいたぞ、軽く少年を促して警戒態勢に持って行かせたしな、それでいて、全くめだっていない、こう、自然にな。後な、ちょっと”気”を飛ばしてみたんだが」
「何やってるんですか隊長」
「あー、なんだ、癖でな。でもな飛ばした”気”な、手応えが全くなくすり抜けちまったんだよ、なあ、確かに少女はそこにいたよなぁ?」
「やめてくださいよ、隊長、俺、お化けは苦手なんですよ」
「あー、そうだな、俺も、苦手だよ、あいつらは手応えがないからなぁ、潰しても面白くない」
「そっちっすか!」
などと、馬鹿話をしつつ、彼らは、現場の確認、撤収作業を行っていました。
「主任、主任、ちょとここ見てください」研究職っぽい白衣の女性が白いお髭の博士に話しかけます。
「どうしたかね助手のアビゲイルくん」説明口調の博士ですね。
「転移にかかるエネルギーの総量が予定より少し多いようなんですよ、ちなみに私の名前はクラリッサです」
「ほう、本当だね、オッペンハイマーくん、予定より僅かに多くの謎エネルギーが消費されているようだね」
「だから、クラリッサですってば、博士。ここですよ、どうです?」
「ふうむ、まあ、1LVくらいの誤差だね、アレキサンドリアくん。この程度なら問題ない気もするが、念のためにレポートを上げておきましょう」
「了解しました、博士。あと、私の名前はクラリッサです。」
などという会話がなされている研究職チームでございました。ちなみに博士の名前は、マキさんと、いいます。
一方、立ち去った姫巫女=サクラさま、制服少年=ジロウマル、セーラ服少女=シルフィさんは、「そうなんですか、足元に魔法陣が浮かんだ瞬間、シルフィさまが腕を掴んで」
「ええ、おそらく転移の対象は僕だけだったんだと思うんですけど、確かめられますかね?」
「とっさに手が出たのです。他意はないのです」
「えと、一応ご家族ということで?」
「義理の姉?になるのです」ちょっと首をかしげながらシルフィさんが言いました。彼女の身長は150センチくらいで、180弱のジロウマルさんの胸のあたりに頭があります。
「どうでしょうね?一応”解析の水晶球”を通せば、判明するかもしれませんけど?」
「なんですか?それ?」
「えーと、異世界転生とか転移もののテンプレで言うと、ステータス表示の魔法道具?ですかね?」「なにそれ、的確な表現だけど、身も蓋もない表現は?」
「なにしろ、ネット文化がありますから。どの世界線の”地球”かは、不明ですけど、世界規模のネットワークが構築されている程度の文明の、ネットを覗き見できる魔法の道具があるんですよ」
「へえ?」
「情報の発信はできないのですけどね、古代から伝わる、神話級のアイテム、らしいですね。解析の水晶宮も含めて、どうやって動いているか全く不明な道具です。これもテンプレートですよねー」ご都合主義の塊ですと、笑って続けて言います。
「言語の自動翻訳とかあったりするんですか?」
「あれば便利でしたけど、そういうのはないみたいですね。えと、自動翻訳とかの魔法道具はありますよ、そちらの世界のタブレット端末のアプリ程度の性能は確保されています。一応私も持ってますよ、念のためですね」ヒョイと見せたタブレット端末はりんごのマークが入っていました。
「いいんですかそのデザイン?」
「まあ、異世界ですし?訴えらる危険性も低いですし。あ、魔力で動いているので、バッテリーが炎上することはありませんよ、飛行機にも乗れます」
「時事ネタ対応早いな!てか飛行機あるの?」
「エンジン周りは魔法工学ですし、数は極小ですけど」
「ええとなんで?」
「空を飛んでいると、竜とかがですね」
「ああなるほど、襲ってくるんだ」
「求愛行動を示しちゃってですね、生態系がちょっと危なく」
「そっち!?」
和気藹々と会話しつつ、病院まで歩くのでありました。
「結構近いのですね?」シルフィさんが訪ねます。
「まあ、定期的、数年ごとにあの魔法陣、光りますからねー。そこから現れる勇者さまの対応と、定期点検、研究とか警備とかで近くに街がありますので、徒歩圏内に、作ったそうですよ?」
と言いながら、ガラスの自動扉にリノリウムっぽい床、コンクリート?の外壁に描かれているのは、赤い十字の、近代的っぽい建物に案内したのでありました。
「結構発展してますね」次郎丸さんが意外そうに言います。
「魔法という、ちょっと?かなり?ずるい工作能力と、ネット由来の知識というズルがありますから、まあ、そんなに不自由はしないと思いますよ?」
「内政とか産業チートはないんですね」冗談めかして言います。
「まあ、もうそれは終わっているジャンルですね?」振り向いて笑いながら言っています。