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赤い薔薇は憂鬱に咲く 8

 エジェリーは優しくて、ひねくれたところがなくて、僕を悪くは思わないでいてくれた。こうして僕たちは友人として付き合っていけるんだと思ってた。


 でも、ここからがまた少しややこしいことになる。

 僕が普通の男として育ってればこんなややこしい思いはしなくて済んだって言ってしまえばそう。

 僕の現状と気持ちとのズレが日増しに大きくなって行く。


 社交場で可憐なエジェリーに男たちの目が行けば、僕はすごく複雑な思いがした。でも、どうでもいいような男たちだったらそれでもよかったんだけど、一番の問題はルイだ。僕がエジェリーと仲良くすると、今までの取り巻きたちとは扱いの違う彼女に興味を覚えてしまう。


 時折、ちらりとこちらを見ているのがわかった。そんなルイにクロードが何かをささやく。……余計なことは頼むから言わないで。


 今日もエジェリーは抜群に可愛かった。

 爽やかなアップルグリーンのオーガンジー。薄い生地がたっぷり重なってボリュームを出している。イヤリングやネックレスの慎ましやかな輝きをした真珠パールがこんなに似合う娘もいない。

 そう感じたのは僕だけじゃない。だから心配なんだ。

 僕が扇の下でそっとため息を漏らしたのをエジェリーは敏感に感じ取った。


「どうかされました?」


 小首を傾げると金髪が肩口から零れた。シルクみたいで思わず触れたくなる。……女同士だったら、ちょっと触ってもいいかしら、とか言ってスキンシップもありか?

 なんてことを考えつつ、僕がエジェリーに何かを答える前にクロードがルイを連れて近づいて来た。アイツめ……。

 他の取り巻き連中が浮き足立ったのがわかった。王子が二人近づいて来たんだ。そりゃあ気に入られたいだろう。エジェリーはこの時、もしかすると二人の正体をまだ知らなかったのかも知れない。


「やあ、アンリエッタ」


 ルイはぎこちなく笑った。うるさそうな令嬢が回りにいるからだろう。


「ごきげんよう、両殿下」


 僕はかなり冷ややかな声で答えつつも作法は弁えて挨拶をした。取り巻きの令嬢たちもそれに倣う。エジェリーも少し遅れて続いた。

 きっと、エジェリーの頭の中で色々な情報が交錯している。僕が殿下と呼んだ意味にそろそろ辿り着くだろう。


「愛しいアンリエッタ嬢の友人なら兄上も挨拶くらいしておくべきですと申し上げたでしょう?」


 クスクス、と妙に甘ったるい笑い声を立てるクロード。コイツ、面白がってないか?

 そんなクロードの微笑に令嬢たちはうっとりしてる。見てくれと身分しか取り得ないぞ、コイツ。そのふたつがあればいいのかも知れないけど。


 令嬢たちはそれぞれに名乗るけど、ルイは覚える気がなさそう。ガッつかれて引く気持ちはわかるけど。

 そのなかでごく普通ににこやかに名乗ったエジェリーの印象は悪くなかった。ルイは正直だから全部顔に出る。


「ああ、これからもアンリエッタと仲良くしてくれ」


 ルイはそれだけ言うと、名残惜しそうな目を僕に向け、そうして離れた。クロードも一緒に去ったけど、やっぱりニヤついてた。

 令嬢たちからほぅっとため息が漏れる。


「クロード様のお美しいこと。こう間近にいらっしゃると緊張してしまいますわ」

「それにしてもルイ様は本当にアンリエッタ様を大切に想われておいでだと、それはもうヒシヒシと伝わりましたわ」


 その言葉にぞわっとした。う、嬉しくない!

 エジェリーは一人、ジョゼたちの熱気とは違うほわんとした空気をしていた。


「両殿下ともお優しそうな方ですね。正直に言ってしまうと、私のような下々の者にお声をかけて下さるとは思いませんでした」


 あなたにおかけになったのではなくて、わたくしたち皆に――とか、アンリエッタ様がいらっしゃったから――とか、そんな令嬢たちの言葉はあんまり意味がなく流れた。


 僕は気が気じゃなかったんだ。

 こうしてルイとエジェリーは僕という接点を持った。ここから進展する?

 いや、あのルイのことだ。きっかけがないと無理だろう。


 で、クロードがそのきっかけを作ろうとする。僕のためだって言うけど、アイツは絶対面白がってる。もしくは何か別の思惑がある。単純な親切心でないとだけは思っておいた方がいい。

 どうやらエジェリーにとってルイやクロードは遠い存在で、一人の男性という見方はないような現状だ。

 スゥッと目を細めたジョゼがエジェリーに問う。


「エジェリーさんはどういう殿方を好ましく思われるのかしら?」

「え?」


 エジェリーは長いまつげが縁取る目を瞬かせた。

 ジョゼ、その質問はナイスだ! 僕は内心でウキウキした。僕もそれは知りたい。

 でもはやる気持ちを覚られないよう、僕は扇で軽く顔を扇ぎながらエジェリーの返答を待った。エジェリーはええと、と小首をかしげる。


「一緒にいて落ち着く方、でしょうか」

「……なんですの、それ?」


 呆れたような声が上がる。でもエジェリーは微笑んだ。


「無理をしなくてもそばにいられるって素晴らしいことじゃありませんか?」

「胸が高鳴りもしないのなら恋とも呼べないのではありませんこと?」


 鋭く突っ込まれた。エジェリーはまたしても瞬きを繰り返した。


「それもそうですね……」


 簡単に意見が覆る。つまり――まだそう好ましいと思える相手に出会ったことがないと。そういうことなんだろう。


「うーん、できればジョルジュのような殿方がいて下されば……」

「ジョルジュ?」


 僕は思わず声を上げてしまった。理想とする男性がいるのか、と。

 エジェリーははい、とうなずいた。


「私の愛馬です。一緒にいると落ち着きますし、騎乗している時は一体感がありますから」


 う、馬か。

 そういえば乗馬が趣味だとか言ってたな。

 令嬢たちはクスクスと笑ってる。本当は腹を抱えて笑いたんじゃないかな。

 でも、僕はほっとした。


 ほっとって――エジェリーの一挙一動に僕は振り回されすぎなんじゃないだろうか。こんなこと初めてで、僕は自分でもどうしたらいいのかわからない。

 ただエジェリーの笑顔を見ていると胸の奥があたたかくて幸せな心地がする。

 でも、そのすぐ後に自分の現状を思い出しては落ち込む。


 僕が彼女に惹かれ始めているとして、でもこの気持ちは伝えることもできない。自分で抱えて消化しなくちゃいけないのかと思うと虚しくなる。

 こんなナリをした僕が女の子に恋をするなんて滑稽この上ないことなんだよ。

 自由を代償にいい暮らしをして来た僕は、今こうして更なるツケを払うんだ。


 でもあのまま孤児院にいたらエジェリーには出会わなかった。その方がよかったのか、出会えただけで幸せだと思うべきなのか、今の僕にはなんとも言えない。 

 

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