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赤い薔薇は憂鬱に咲く 6

 クロードの提案が僕の気持ちを沈み込ませた。

 他にいい方法はないものかな?


 考え込んでも僕にはいい案は浮かばなかった。そんなんで浮かぶなら僕はとっくにドレスとオサラバできてる。

 打開策がないまま、僕は結局次の社交場に赴くことになる。それは伯爵令息の誕生祝の場だった。プレゼントはルミアが考えて用意してくれるだろう。彼女、センスがいいから安心だ。


 エジェリーは大丈夫だろうか? 変なもの出さないだろうか?

 なんとなく、そこが不安だった。



 で、誕生パーティーの当日。

 ルミアが手配してくれたのはゼンマイ式の置時計だ。チラッと見たけど繊細な細工がまずまずだ。

 あの伯爵令息サリム、タラシでいけ好かないヤツだから、あいつには勿体ない。こんなところに金を使うくらいなら、孤児院に寄付した方がずっと有意義なのに、付き合いって複雑だ。


 まあいい。僕はプレゼントの入った箱を持った使用人を従えつつ伯爵家の広間へ向かった。僕を待ち受けていた取り巻きの令嬢たちが集まって来る。


「アンリエッタ様、今日のドレスもお似合いですわ。アンリエッタ様ほど赤の似合うご令嬢など、この世界のどこにもおりませんわ」

「あまりのお美しさに庭の花々でさえも霞んでしまいます」


 あーだこーだ、毎回聞き飽きた賛辞が続く。でもこれはお決まりの挨拶として儀式みたいなものだ。


「ええ、ありがとう、みなさん」


 そう言って微笑む。これが僕の役割。

 これが終わってようやく日常会話に入る。令嬢たちはプレゼントに何を選んだのかを口々に教え合う。

 そんな時だ。エジェリーが到着したのは。


 今日は薄いピンクのドレス。取り巻きの令嬢ジョゼと色が被ってる。ドレスの質ではジョゼが勝ってるけど、当人の可憐さではエジェリーが大勝してる。ジョゼは明らかにムッとした。


「ああ、みなさん、こんばんは!」


 小さな包みを手に階段を上がって来るエジェリー。花の妖精がそこに舞い降りたみたいだ。

 僕にもにこりと微笑んだ。やっぱり可愛いなって。


「ごきげんよう、エジェリーさん」


 僕がそう声をかけると、取り巻き令嬢たちは敏感に反応した。いや、ちょっと挨拶しただけなのに。

 僕が声をかけたのが面白くなかったのか、ジョゼはすごく意地悪な目をしてエジェリーに言った。


「あなた、プレゼントには何をご用意されましたの?」


 あ、それ、僕も気になる。

 エジェリーはにこりと笑って手にしていた包みを持ち上げた。


「はい、色々と悩んだのですがスカーフにしてみました」


 いつも人にプレゼントする時に使うお店のものなんです――なんて説明してるけど、みんなもう聞いてない。

 スカーフ、つまり身につけるものを異性にプレゼントする。この意味をエジェリーは多分何もわかってない。その品を通して、常に自分を感じていてほしいというアピールでもなければ、そんなものは送らないんだよ。


 あのタラシ息子にそんなものプレゼントしたら、エジェリーは自分に気があるとか解釈してちょっかい出して来るぞ。エジェリーはそれでもそんな危機にはまったく気づかずに誘われたらどこへでもホイホイついて行っちゃいそうな気しかしない。


 あ、危ない。真剣にマズいこれ。

 僕が涼しい顔の下で焦っていることなんてみんな気づかない。


「あら、あなたサリム様とはそんなにも親しくされていたのかしら?」


 って声が取り巻きの一人から上がった。エジェリーは可愛らしく小首をかしげた。


「ご挨拶は以前しましたが?」


 やっぱり危ない。どうしよう?

 ビミョーな空気が流れるのがどうしてなのか、エジェリーはやっぱりわからない。


 ああ、どうしよう、今から他のものを用意するなんてムリだ。間に合わない。

 クロードがプラプラと歩いてた。こっちにふと視線を向けるけど近づいては来ない。

 ん? 誰か呼んでると思ったら、ルイだ。

 アイツ、やっぱり本気で言ってたのかな。エジェリーをルイにって……。


 てか、今はルイのことなんていいんだ。エジェリーをなんとかしないと。

 僕は物憂げに嘆息する。そうして、エジェリーの手からプレゼントの包みを取り上げた。

 ちょっとびっくりした顔をして僕を見たエジェリーに、僕は冷ややかな目線を投げた。エジェリーが更に瞳を大きく見開く。その瞳に僕は言った。


「あなた、こんなものを差し上げるのは失礼に当たりますわよ。あなたは体調を崩して欠席されたと伝えて差し上げますから、今日はもうお帰りなさい」


 唖然としたエジェリー。

 取り巻きの令嬢たちからクスクスと嘲笑の声が上がる。

 ……意地悪なんてしたくないけど、ほうってもおけないんだ。サリムに言い寄られた時、君はきっと上手くかわせないから。


 エジェリーは顔をカァッと赤くしてうつむいた。


「そ、そう、ですね。私、世間知らずで……。お言葉に甘えて今日は失礼しますね」


 ああ、傷ついた。細い肩が震えてる。

 エジェリーが勢いよく頭を下げて背中を向けた瞬間、背中に広がる金色の髪に僕はやっぱり胸が締めつけられるようだった。

 いや、でも、仕方ないんだよ。


「あらあら、困った方ですわね」


 ジョゼがそんなことを言った。被ったピンクのドレスがいなくなって清々しているんだろう。

 僕は苦い気持ちを表に出さないように努めながらエジェリーのプレゼントを供に押しつけた。

 そんな僕たちをクロードとルイが見ている。ルイは不思議そうに僕を見ていたけど、僕は気づかないフリをした。


 その後、今日の主役のサリムに会った。祝いの言葉を述べてプレゼントを渡す。

 そうして、宴は夜更けまで続いた。


 僕は途中令嬢たちを撒いて一人でテラスに出た。今日はいつもの倍疲れたな……。

 さっさと帰りたい。

 賑やかな音楽を背に、夜風に吹かれる僕。その背中に声がかかった。


「アンリエッタ様」


 気取ったこの声。アイツか。

 そこにはサリムがいた。


 軽薄な優男。セットされた流行の髪型に煌びやかな刺繍の上着。

 クロードの粗悪品っぽい。

 酒の臭いをさせながらサリムは僕に近づいて来た。バルコニーの縁に肘を乗せ、僕の方を覗き込む。


「今日、エジェリー嬢が来られていたと聞いたのですが、お目にかかりませんでしたか?」


 面倒なヤツだな。

 僕はふぅ、と嘆息した。


「さあ、どうだったかしら?」

「あなたとお話していたと小耳に挟んだのですよ」


 粘着質だな、コイツ。さっそくエジェリーに目をつけてるのか。

 放置も危険か。

 僕は再びふぅ、とため息をついて見せた。そうして、サリムに流し目を向ける。サリムがだらしない姿勢を正したところで僕は媚態を含んだ声でささやいた。


「あなたがいけないのよ」


 気を持たせるようなことを言って、そうして僕はその場を去った。取り残されたサリムは僕の言葉を都合よく解釈したことだろう。


 つか、実際お前が悪い。

 僕が言いたいのはそれだけなんだが。

 こうしておけばエジェリーにちょっかいをかける危険は減るはずだ。


 ああ、疲れた……。

 エジェリーは今頃どうしてるかな?

 あんまり気落ちしてないといいんだけどな。


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