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赤い薔薇は憂鬱に咲く 5

 その日、僕は屋敷に帰ってドレスを脱ぎ、だだっ広い浴室に入った。僕は浴室に一人で入る。手伝いは要らない。一人の方がくつろげるから好きなんだ。


 で、白いバスローブを羽織って自室に戻った。さすがにネグリジェは八歳くらいの時に勘弁してもらったんだ。

 部屋もピンクのフリフリから落ち着いた白っぽいものへ三年くらいかけて移行した。母様が渋ったせいだ。仕方がないからクマだけ残してある。


「お帰りなさいませ、アンリ様」


 そう言って栗色の髪をまとめた頭を深々と頭を下げたのは、侍女のルミアだ。僕が十歳くらいの時に奉公に来て、それから僕の担当になったんだけど……。

 僕より五歳年上。口もとに黒子があって、肉感的な美女。一応年頃の息子(?)の世話役にこういう女性をあてがうのってどうなんだろう。僕は息子のうちに入らないのか?


「ただいま」


 僕はそのままベッドに倒れ込む。いつもなら社交界の後は疲れ果ててこのまま眠るところが、今日は少し話したい気分だった。 


「なあ、ルミア。今日は面白い人に会ったよ」

「面白い、ですか?」


 ルミアは声もどこか甘く響く。でも僕の脳裏を支配しているのは、あの鈴の音みたいな声だった。


「うん。令嬢なのにさ、全然それらしくなくて自然体なんだ。虚飾ばっかりの社交場ではちょっと異質で、それが危なっかしくて。でも、すごく――」


 好ましかった。

 自分の境遇を拙いながらに身振り手振りで語る彼女は可愛かった。こういう華やかな席よりも外で体を動かす方が好きだとか言う。


 僕は語りながら寝てしまったみたいで、ルミアが僕をなんとかシーツの中に押し込んでくれたのか、風邪はひかなかった。


 

     ■



 その翌日のこと。

 ルイが屋敷にやって来た。クロードも一緒だ。

 ルイはというと、堅苦しい詰襟を上まで閉めてる。豪華な鳥籠に黄色の巻き毛の鳥を一羽入れて来た。僕は思わず顔をしかめてしまったけれど、ルイは上機嫌で気づかない。


「この鳥、とても美しい声で鳴くんだ。君にプレゼントしたくて」


 いらんし。

 そんな本音は言えない。


「それはそれは。ありがとうございます」


 どこか冷ややかな僕の声にも、ルイは短髪の頭を掻いてうんと言ってうなずく。王子って言うより無骨で軍人みたいなヤツだ。

 ……忙しいはずなんだ。その時間を僕に会うために割いて来る。

 わかっちゃいるんだよ。嬉しくないだけで。


「じゃあ、私はこの後用があるから、今日はこれで。また来るよ」


 君に色よい返事をもらえるまで何度でも。目にそんな感情が浮かんで見えた。

 ゾーっとした。悪いけど、こればっかりはムリだ。


 ただ、ルイは紳士だ。もしくは意気地なし?

 二人きりになっても急に襲って来たりはしない。手だって握られたことはないし。

 それがせめてもの救いだ。


「ごきげんよう」


 にこりともせずに返した。

 何か、今日はどうしてもルイに会いたくなかったんだ。そんな僕の心を知らずに来るから、いつも以上に冷たくしてしまう。

 クロードはルイと一緒に帰らなかった。図々しく僕の部屋に居座る。


「なあ、アンリ」


 勝手に僕の部屋のソファーでふんぞり返り、あまつさえ襟もとを崩してくつろいでる。


「なんだ?」


 コイツにはもう作り声も何もない。素の喋り方だ。

 身分を思えばいけないんだろうけど、クロードは気にした風でもない。むしろ、クロードがそうさせるんだ。丁寧に喋ろうとすると、わざと僕を煽って怒らせてみたり、ボロが出るように仕向けられた気がする。

 クロードは金髪を長い指で掻き上げた。その仕草が妙に様になる。


「昨日、エジェリー・スカルディアと随分話が弾んでいたみたいだな」


 その名前に僕はいつもよりも少しだけ脈拍が上がったような気がした。青い目が僕を射るように見るから、僕は少しだけたじろいだ。


「ああ、まあ、初対面だからな。どんな令嬢か探っておかないと、僕にとって不利益になっては困るから」


 おかしなことは言ってない。なのに、クロードはふぅんとつぶやいた。

 なんだよ、ふぅんって。


「なかなか麗しかったじゃないか」


 ……まさか、クロードのヤツ、エジェリーに目をつけたのか?

 ぎくりとした。でも、なんで僕がぎくりとしなくちゃいけないのかがよくわからない。だから普通に答えた。


「そうだな、綺麗だと思うよ。ちょっと町娘みたいだけど、イイコだ」


 そうしたら、またふぅんとか言われた。背もたれから体を起こすと、クロードはどこか意地の悪い目を僕に向けた。


「男たちの視線が彼女に集中してたな。無防備で庇護欲をそそる、ああいう娘を上手く使えばお前は今の状態から解放されるかも知れない」

「え?」


 この時のクロードはまるで悪魔だった。悪魔が僕にささやく。


「兄上は純粋だからな。ああいう娘には弱いと思うぞ。でも、ただ待ってたって状況は変わらない。兄上のいるところで彼女を苛めてみたらいい。お前に愛想を尽かしつつ、健気に耐える彼女に心変わりするんじゃないか?」


 弟のクロードは、僕以上にルイをよく知っている。

 ルイは多分、つれないばかりの僕よりもエジェリーに惹かれるだろう。そうしたら、僕には関心を示さなくなり、僕が他所に嫁いだとかいって女装を解いてもどうだっていいのかも知れない。

 そうなってくれたら僕はようやくこの偽りだらけの生活から解放される。この長い髪もバッサリ切ってやる。


 ……けれど、そのためにエジェリーを道具にしなくちゃいけない。

 王子に見初められるんだから、何も悪い話じゃない。ちょっとつらい思いはさせるけど、後には幸せが待ってる。

 ルイが僕を褒め称えたあの熱量がエジェリーに向けばいいんだ。あんな可愛いコ、不満なわけないじゃないか。


 ――って、僕は思い込めたらよかった。でも何か、心がチクチクする。

 二人が仲睦まじく寄り添っている姿を想像したら嫌な気分になるんだ。


「なんだ、兄上の変心は寂しいのか?」


 クロードがおぞましいことを平然と言った。


「んなわけあるか! 僕はなぁ、ルイには手っ取り早く嫌われなくちゃいけないんだ!」


 もう後がない。でも……。

 エジェリーは綺麗な容姿をしてるけど、行儀作法は洗練されてない。王子に見初められても苦労の連続かなって思ったりもする。


「じゃあいいじゃないか」


 あっさりとクロードは言うけど、僕はなかなかうなずけない。

 そんな僕にクロードは突き放したように言った。


「他に何かいい案はあるのか? 私はお前が自分を偽らずに生きられるようになればいいと思ったのだがな、お節介だったか?」


 そうじゃない。そうじゃないけど……。

 でも、言い返せるほどいい案もなくて。


 女装なんてもう嫌だ。本来の自分でいたい。

 なのにここで渋ってしまうのは、あの健気なエジェリーを苛めたくないからかな。


 きっと僕は彼女に嫌われたくないんだ。

 それから、一途って言えば聞こえはいいけど、女性の価値がわからないルイには勿体ないって思うのかも。

  

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