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赤い薔薇は憂鬱に咲く 4

 この国は大陸の南の端、星のような形の領土を持つマルリーン王国。その中央に位置する王都はいつ何時も美しい。昨今近隣国との関係も良好で戦争も起こってないから、荒れることもない。孤児院のあった町と侯爵家の屋敷のある王都しか僕は知らないけど、治安はいい国だ。

 その王都の一等地にある屋敷と、王宮、それくらいしか僕は行ったことがなかった。王宮は別に行きたくないけど、母様が降嫁したとはいえ王族だったから、その絡みで連れて行かれたんだ。


 だから、僕は王宮の構造を他の令嬢たちよりはよく知ってた。

 そんな王宮では社交シーズンの夜にパーティーがひっきりなしに催される。それが国の将来のためだからだって言うけど、僕には迷惑だ。そう思ってた。


 でも、皮肉なことに、そんな僕が彼女と出会ったのはその迷惑なはずの社交場。

 宵の頃に開かれた宮廷舞踏会だ。


 その日もうっとうしいくらい令嬢を後ろに引き連れて僕は王宮のホールにいた。太陽よりも煌く、発光する石を使ったシャンデリア。壁に描かれた天使が光臨する創世の絵画。そこにあるすべてのものが装飾的だ。

 孤児院にいた僕がこんなところに来るハメになるなんて。

 派手な王宮のホールを目の当たりにするたびにそう思う。うちの屋敷はこんなに悪趣味じゃないし。


 王宮はこんなに派手なのに、何故だかルイは地味だ。深緑のジュストコール、詰襟の下にシルクのスカーフと白いジレ。金糸が煌びやかなのに、ルイが着ると落ち着いて見える。

 ルイは正直に言うと、こういう貴族連中の集まる社交場は好きじゃないみたいだ。嘘つけない性格だからな、腹の探り合いが苦手なんだろ。嫌いでも、王子である以上は義務だ。それには同情するよ。


 ほんとは僕にだけは会いたいから、パーティーを抜け出して一緒に過ごさないかと言われるけど、首を縦に振ったことは一度もない。今後も絶対ない。

 ルイのヤツは僕に悪い虫がつかないかヤキモキしつつ、気疲れしてはすぐに消える。


 クロードのヤツは逆。化かし合いの貴族社会を難なく泳ぐ。むしろチョロイとでも思ってるんじゃないかってくらいに余裕綽々だ。なんだって優雅にすり抜ける。

 いつもルイに僕のことを頼まれてるっぽいけど。

 で、クロードはルイと色の違う藍色のジュストコールを着こなす。型は同じなのに、クロードが着るとそれだけで華やいで見えた。目立つヤツだ。

 クロードは壁際から僕の方を見てた。でも近づくと取り巻き連中に質問攻めにされて面倒だからちょっと距離を置いてた。


 それにしても女性はどうしてこうつるむんだろ。それから、派閥を作るのが好きだな。より有力なボスのもとに集いたがる。僕のところに集まってる令嬢がすべてじゃない。侯爵令嬢リュシエンヌのところと二分してる感じだ。

 リュシエンヌはブルネットにエメラルドみたいな瞳の美人だ。身分に加え、祖父に商才があったらしくて、貴族の中でも指折りの資産家だ。

 ……でも、あの胸は不自然だと思う。僕は詰め物はしてない。ドレスのデザインでごまかしてる。


 ただ、そのどちらにも属さない令嬢もいたんだ。一人だけ。

 それがエジェリー・スカルディア。


 まっすぐでサラサラの金髪が背中まで伸びてて、まるでシルクみたいだ。青い瞳は不安からか伏し目がちで常に潤んでる。ドレスはみんな自己主張の塊みたいにケバケバシイのに、彼女は薄い水色の控えめなデザインだった。

 ひと言で言うなら清楚、可憐。

 あ、ひと言で収まらなかった。

 つまり、すっごく可愛い。

 大人しそうでちょっとオロオロしてた。


 取り巻きの令嬢の情報によると、彼女はずっと体調が優れなくて社交界デビューが遅れたそうだ。晩冬から催され始める社交界の場に、春先の今ようやく参戦だ。まあ最盛期は今だから間に合ってよかったとは思うけどね。

 スカルディア家は何代か前の、比較的歴史の浅い成り上がり男爵家。そう、小馬鹿にした口調で誰かが教えてくれた。


「体調が優れなかったなんてきっと嘘よ。ドレスが用意できなかったんだわ」


 なんて言って笑う令嬢たち。

 でも、僕は周囲の顔色を窺って生きて来たからか、令嬢たちの笑い声の中に焦りを感じ取ったんだ。彼女エジェリーには女性として勝てないかも知れないっていう焦りをね。


 あの儚さ。たおやかさ。肌の白いこと!

 思わず手を差し伸べたくなる。

 ほら、いつもなら僕を見てる男たちが半分くらいはエジェリーを見てた。そわそわと、どう話しかけようか様子を窺ってる。


 それをきっとリュシエンヌも察したんだ。取り巻きを引き連れてエジェリーに近づく。自分の傘下に加えようとしているのか。


「ごきげんよう。わたくしリュシエンヌ・ジョッセルフェルトと申しますの」


 白い羽扇で巻き毛を扇ぐ。ドレスはゴールド。彼女が赤を着ないのは僕のせいじゃないかって言われてる。彼女に限らず、令嬢たちは赤を避ける。


「あ、はい、私はエジェリー・スカルディアです。新参者ですがよろしくお願いします」


 そういってペコリと頭を下げた。あー、そんな風に頭下げるのはダメだ。優雅じゃない。ドレスのスカートをちょっとつまんで膝を軽く落とすくらいでいいんだ。


 でも、そういう町娘みたいな反応、僕は好感を持ったりする。口の端がちょっと上がるから扇で隠しながら成り行きを見守った。案の定、クスクスと笑われる。

 どうやらリュシエンヌにとって彼女は取り巻き失格のようだ。うん、最初からそんな気はしてたよ。だってエジェリーの方がさりげなく胸あるし。気に入らないだろうなって。


「あらあら、面白いご挨拶ね。それ、なんの動物のマネかしら?」


 冷たい嘲笑。

 始まった……。


 エジェリーはぽかんとしてる。

 リュシエンヌの黒い笑みが取り巻きたちに移った。


「そのドレスもどこで買ったのかしら?」

「あら、買ったお店なんて知らないわよね。お下がりみたいですもの」

「ええ、デザインが流行遅れにもほどがありますわ。よく恥ずかしげもなく着ていられますわね」

「あはは」

「うふふ」


 ……女ってこえぇと思ってしまう瞬間に僕は嘆息した。

 他人事じゃない。さあ、今に来るぞ。

 リュシエンヌはちらりと僕を見た。そして聞こえるように言う。


「ほら、あそこの方も庶民と親しくされてましたのよ。あなたとは気が合うと思いますわ」


 僕の後ろの取り巻きがカチンと来てるのがわかった。さあ言い返せと僕の背中に期待を込めている。

 面倒くさいけど、やられっぱなしになるとこの取り巻きたちが離れて行く。そうしたらまたルイがまとわりつくから更に面倒だ。ルイが来やすい状況は作りたくないし、早くルイに嫌われるためにはあんまりいい評判ばかりでもいけないかな。

 僕は仕方なくリュシエンヌに微笑を向けて言った。


「そうですわね。わたくしは庶民出ですので運よく公爵(・・)家の両親にもらわれていなければこんな華やかな席には縁がなかったでしょうね。王子・・殿下方とも出会わなかった――けれど、もしかするとその方がよかったのかも知れませんわ。わたくしに王妃など務まりませんもの」


 はい、他人の威光に頼りまくり。


 わたくしは養女とはいえあなたよりも格上の公爵家の人間なの。

 王子様たちと仲良しなの。

 その王子様に言い寄られて困ってるの。羨ましいでしょ?

 とまあ、こういう意味だ。


 リュシエンヌが歯噛みしたのがわかった。僕の取り巻きの一人、ジョゼが縦巻きの髪を揺らして笑った。


「アンリエッタ様ほどの美貌があればこそですわ。他の方ではこうはいきませんことよ」


 ハハハ、男だけどねー。

 乾いた笑いを飲み込んで僕は心で泣いた。

 こういうやり取りって疲れるんだよな。自分にもばっちり返って来るから。


 エジェリーはふたつの勢力の間でオロオロとしていた。初っ端から大変だけど、社交場ってそういうものなんだよ。一瞬たりとも気が抜けないんだ。

 リュシエンヌは何か言い返さないとって顔をしてる。でも、上手く言葉が出て来ないみたいで矛先を僕からエジェリーに向けた。


「エジェリーさん、あなたこれからどうなさるおつもり?」

「え?」


 エジェリーは固まった。

 リュシエンヌは自分につくか僕につくかはっきりしろって言うんだ。もしそっちにリュシエンヌをヨイショするつもりがあるならこっちのグループに入れてやらなくもない、と。さりげなく『リュシエンヌ様ともう少しお話をしたい』と言えればいい。

 でも、エジェリーにそうした腹芸はムリのようだ。


「えっと、あちらで軽食を頂こうかと思います」


 ……素直だ。ほんとに今後の行動を答えた。軽食が用意された別室はあるし、みんな行くけどさ。

 でもそういうことじゃないんだって。

 ほら、リュシエンヌの顔が冷めて行く。


「あらそう。ではごきげんよう」


 サッとスカートを翻して去った。取り巻きたちが後に続く。

 僕の取り巻き令嬢たちもクスクスと笑ってた。でも、エジェリーは何がいけないのかまるで理解してない。きょとんとしてる。


 ――可愛い。


 僕はこの場の令嬢たちに感じたことのない柔らかな気持ちになった。微笑んでしまいそうになるけど、ここは凛としてないと。

 ちょっとほっとくと危ないし、取り巻きの中に混ぜておこう。


「少しお話をしましょうか」


 僕がそう切り出すと、エジェリーは嬉しそうに笑ったんだ。

 その無垢な微笑みに、僕の取り巻きたちが嫉妬したのがわかった。異性を虜にする、清らかな女の子。

 ドキドキと、僕も不思議な気持ちだった。

 

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