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赤い薔薇は憂鬱に咲く 3

 とりあえず、本当は時間のない王太子のおじさんは家族を連れてさっさと帰った。ルイだけはすごく名残惜しそうだったけど。


 僕は即刻お母さんに問いかける目を向けた。

 するとお母さんはにこぉと笑ってた。


「だってぇ、将来この国を背負って立つルイ様の初恋が男の子だなんて言えないでしょう? 心に傷を負って歪んでしまわれたら困るもの」


 そのせいで僕が歪んでもいいのか。


「大丈夫、ルイ様はカッとなりやすいところがあるけれど、その分冷めるのも早いと思うの。だからルイ様のお気持ちが変わるのをもう少しだけ待ってみましょう」


 女装しながらってこと?

 お母さん、ほんわかしてるけど実はかなりの食わせ物だ。

 僕が青ざめているとお父さんがちょっと心配そうに言った。


「き、きっとすぐだよ、そんなの」


 そうじゃないと困る。なるべく早く愛想を尽かしてもらわないと!



 この日からが僕の受難の日々だった。

 ルイは二日に一度は来た。下手すると連日なんて時もあった。お供は弟とその他諸々。

 いつ来るかわからないルイの襲来に備え、僕はいつだってドレスに身を包んでいなくちゃいけなくなった。そんなルイには腹立たしさしかない。


「アンリエッタ、君の笑顔が見たいんだ」


 なんて言われた日には絶対零度の冷笑しか出ない。

 ボロが出るから口数は極力抑えて接してる。でも、こいつの馬鹿さ加減にそのうち口汚く罵ってしまいそうだ。そんなことしたら孤児院に逆戻りどころか首がちょん切られそうだけど。

 愛想なんてひとつも振り撒かない僕に、ルイはそれでもうっとりしてる。


「美しい薔薇には棘があるという。その棘を恐れていては花は手に入らないな」

「……」


 オバカチャンだ。

 こいつが王様になったら嫌だなぁ。


「わたくし、お稽古がありますの。失礼致しますわ」


 必殺のセリフ。お母さんに習った。

 ただし、笑顔で言えと言われたけど、僕は素晴らしく真顔だった。

 ルイはしょんぼりして、それでもめげずに言った。


「ではまた来るよ」


 来なくていい。お前はそんなに暇なのか。

 少なくとも僕は慣れない行儀作法で忙しい。

 そうしてルイはぽっと頬を染めた。


「君なら素敵な淑女レディになるよ。私は幸せ者だ」


 おい、誰がお前のために稽古事してるって言った!?

 なんだこの浮かれた子供は!


 僕が怒りに震えていてもルイは気づかない。むしろ弟の方が気づいてたんじゃないだろうか。こっちをじぃっと見て、そしてクスリと笑った。



     ■



 熱しやすく冷めやすいとされたルイ=エクトル・シュヴァリエ。

 だけど、ちょっとやそっとじゃ冷めなかった。

 こんな毎日が繰り返され、僕は気づけば十五。どうにも回避できなくて社交界デビューまでするハメになってしまった。


 その間に王様が崩御され、王太子が王様に。だからルイたちは王子になった。でも、立太子はまだ。

 浮かれポンチな長男にサディスティックな次男。どっちもビミョー。


 そうなんだ、ルイの弟のクロード=ミシェル・シュヴァリエ……あいつだけは最初から僕の正体に気づいてた。

 なのに、兄にはひとっ言も告げる気がない。むしろ面白がってる。

 現在十七歳。成長して随分背も伸びて、社交場じゃ令嬢たちの視線を掻っ攫ってる。でもこの王子、性格曲がってるからな。眺めて満足しとけよ、と僕は思う。


 なんて、他人のことに構ってる場合じゃない。

 僕はこの年までになんとか身につけた行儀作法を駆使して貴族社会を欺かなくちゃいけないんだ。

 ルイ並にバカな男どもが寄って来て口々に僕を褒め称え、ダンスの相手を所望する。けど、僕はクロード以外とは絶対踊らなかった。同じ相手とばっかり踊るのはマナー違反だけど、僕はそれを許される特別な人間だって、高飛車な空気を思いきり放った。本音は、男に手なんて握らせるかっつの、なんだけど。


 クロードが言うには、僕の噂は社交界デビューのその前からあったんだって。孤児だってことも、第一王子のルイがご執心で、でも婚約は拒否しつづけているとか。まあ口さがない噂が飛び交ってたらしいけど、そんなの僕の知ったことか。

 僕は堂々としてた。僕が孤児だなんてことは事実だし、そんなのバレたってどってことない。それより男だってことの方が突っ込まれるとマズいんだ。


 母様がウキウキと選んだのは、真っ赤なスカートがふんわりと広がった型〈ボールガウン〉のドレス。胸もとにスパンコールが煌く。レースの黒がアクセントだ。おそろいの手袋、扇。ルビーのイヤリングとチョーカー。


 自分で言うのもなんだけど、男には見えない。それに気づいたクロードの嗅覚は尋常じゃないな。

 社交界も二日目くらいの頃には『赤薔薇の君』とか勝手なあだ名をつけられた。

 孤児と言うけれどあの高貴な顔立ちは名のある血筋のご落胤に違いないとか、所作に少しも粗野なところがないとか、公爵家の家のせいか、ルイのせいか、僕を悪く言う人間は少なかった。むしろ、僕のそばに寄って恩恵にあずかろうとする人間の多いこと。


 特に令嬢たち。僕の周りには余計に令嬢たちが群がるようになった。

 お目当てはクロードだろう。でもそんなことは正直に言えない。だから僕の見てくれやドレス、所作や教養を褒め称える。アンリエッタ様はお美し過ぎて、ワタクシなんて足もとにも及びませんわ、なんて、ぜってー心にもない嘘ついてるだろ。


 いやしかし、ドレスのボリュームがあり過ぎてうっとうしい令嬢たちにも利点があった。彼女たちがいるとルイが気後れするのか近づいて来ない。きっと彼女たちはあわよくば僕を差し置いて自分を売り込みたいから、それがルイには嫌な予感になって伝わるんだろう。

 僕は期せずして鉄壁のガードを手に入れたわけだ。

 よし、令嬢たちと極力仲良くしてこの状態を維持しないと。


 つか、実際ルイがさっさとこの中の令嬢に目移りすればいいんだ。

 でも、令嬢たちはみんな似たような化粧に似たようなドレス。似たような髪形に似たような笑い方――。

 ルイどころかクロードも興味なさげ。なかなかうまくは行かないもんだ。


 このまま僕が女のフリをいつまで続けられるのかって言うと、結構今って崖っぷちだと思うんだ。

 ルイは十八歳。僕は十五歳。周囲がうるさい。非常にマズい。

 この先どーすんの? って父様に訊いたら、家督をとりあえず弟に譲って隠居しようかって言う。田舎でほのぼのスローライフ。……それってトンズラって言わないか?

 あの楽天家夫婦はまだことの重大さをわかってないような気がしてならない。


 それにしても、僕はあの孤児院で当たりクジを引き当てたつもりが、現実はどうだ?

 なんてままならないんだろう……。


 ふぅ、とアンニュイにため息をつく。扇で口もとを上品に隠してしまう癖がついたのもどうかと思う。

 でもたくさんの視線にさらされ続けてるんだから気を抜いちゃダメなんだ。



 こんなどうしようもない日常だけど、プラス思考で行くなら食べ物は一級品だし、ベッドだってフカフカ。あの孤児院にいたんじゃ到底味わえなかったものばかりだ。代償が自由だとしても、それは決して高くないのかも知れない。


 なんて、そんな風に思えた時期もあったけど、ある日を境に僕は今の境遇がとんでもなく苦しくなった。

 それは僕なりの運命の出会いだった。


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