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赤い薔薇は憂鬱に咲く 2

 生まれてこの方、女装なんぞしたことはなかった。

 それがどうだ? このフリッフリ! ついでに頭にでっかいリボンまでつけられた。

 僕がげんなりしてる横でお母さんが身をくねらせてた。


「可愛いわ! なんてよく似合うのかしら!」


 褒めてない。絶対違う。

 いや、でも今日だけの辛抱だ。


「おなかは空いてないか? 向こうにお菓子を用意してあるよ」


 お菓子……お父さんのその言葉に釣られてしまった。

 僕たち貧しい孤児にお菓子なんて、そんなのずるい。逆らえるわけがない。

 よだれを垂らさないように口を結んだまま、僕はそれでも笑っていた。

 おとぼけ夫婦も笑ってた。


 連れて行かれた広い部屋。幅のある両開きの窓のそばでカーテンがヒラヒラ揺れる。

 でっかくて長いテーブルに白いクロスがかかってて、その上に輝くようなお菓子の数々がてんこもりだった。見たこともない芸術的なお菓子。甘い匂いのするお菓子。美味しそうなお菓子。

 感激に言葉を失くした僕。お父さんは優しく笑った。


「今日だけはね、マナーとかうるさいことは言わないよ。好きに食べたらいい。でも、明日からはこの家の一員として行儀作法を学んでほしいんだ」

「はい!」


 お菓子に目が眩んだ僕はお父さんの言葉に大きくうなずいた。椅子に座るとほぼ手づかみでムシャムシャ食べた。黒っぽいケーキの美味しかったこと! ザッハトルテって名前だって言われたけど、初めて聞いた。後で白いドレスをメチャクチャに汚したことに気づいて青ざめたけど、お母さんはいいのよって笑ってくれた。


「まだ他にもあるんだから」

「へ?」


 口の周りをベタベタにしている僕に、お父さんはニコニコと笑いながら言った。


「アンリは男の子だったけど、私たちは君のお父さんとお母さんになるって約束をした。今更その約束を破るわけにはいかないからね。アンリはこれからもずっと私たちの子供だよ」


 甘い。

 美味しいザッハトルテくらいに甘い両親。

 こんなのが現実ってアリなのかな?

 でもこれが夢じゃないって思えたのは、ザッハトルテのおかげだ。


「ありがとう……」


 それだけつぶやいてみた。



     ■



 さて、これで僕は幸せを手に入れた。

 なんてザッハトルテよりも甘い考えだった。


 フワッフワのベッドで眠る幸せ――でも、僕のために用意された子供部屋はピンク尽くしでフリフリだった。ついでに言うならネグリジェもヒラヒラだ。

 いや、これくらい我慢だ。ベッドの上の邪魔なクマ野郎(ぬいぐるみ)とも仲のいいフリをしながら寝るんだ。



 そうしてその翌朝。


「……」


 本日は赤い。赤いドレス。


「まあ、素敵! アンリには赤がすごく似合うわ!!」


 赤が似合う。そこまでなら我慢する。でもドレスはやめて……。

 ついでに伸ばし放題だった髪の毛を綺麗に整えられ、そしてふんわり巻かれた。


「あの、お母さん?」

「なあに?」


 僕、男の子なんですけど?

 ……いや、お母さんはわかってる。わかってるけど、娘ができたらああしよう、こうしようって夢を抱いてたんだ。それが諦められないんだ。

 数日間着せ替え人形にされるくらい僕は我慢しなくちゃいけない。


 しかしだ、しかし。

 お母さんだけならまだしも、侍女さんたちまで一緒にキャッキャと楽しく僕を飾るのはどうなんだ。お父さんまでアンリは美人だねぇなんて言ってる。


 何かが間違ってる。

 でもそれを言えない僕だった。僕はザッハトルテに負けたんだ。



 けど、ここで赤いドレスなんて脱ぎ捨てて全裸で闊歩してやれば、この先の人生はもうちょっと過ごしやすいものになっていたのかも知れない。

 僕が変に我慢なんてしたから事態はややこしくなったんだ。



 その日、公爵家に客人が来た。

 どうやらなんの約束もしてなかったらしくて、唐突にやって来たんだ。

 僕は状況もよくわからないままに中庭で鉢合わせるハメになった。


 それは僕とそう年の変わらない男の子二人を連れた夫婦。ここのほんわか夫婦とは違ってもうちょっとキリッとしていたような、そうでもないような。

 そのおじさんはお父さんに言う。


「やあ、エミール。養女を引き取ったんだろう? 私にとっては姪になるんだ、会わせてほしくて公務を手短に切り上げてやって来たよ」


 養()じゃないです。ああ、説得力のないこの格好。

 ん? 姪? この人、親戚なわけ?


「あらやだ、お兄様、王太子ともあろうお方がそんなことでよいのですか?」


 クシュンクシュンとくしゃみをした後、お母さんがコロコロと笑ってる。

 ……王太子? えっと、それってすごい偉いヒトだったような?

 こんな軽はずみに遊びに来てもいいのか?

 確かに立派な口髭を蓄えたおじさんには気品がある。奥さんらしき人もかなり美人だ。金髪が眩しい。


 で、そんな二人の息子たち。

 一人は母親譲りの金髪に青い瞳の男の子。華奢だし、この子も女の子で通るよ。半ズボンはいてなかったら顔立ちは女の子だ。ちょっと澄ましててとっつき難いけど。


 ただ、問題はもうひとりだった。

 僕よりも少し年上かな。こっちはむしろ骨太で父親似。赤茶の短い髪は硬そうでツンツンしてる。

 だけど。


 その鳶色の瞳は僕をじいっと見つめていた。

 僕は気づかないフリをしつづけた。

 そんな時、王太子のおじさんは言った。


「ほう、その子が養女に迎えた子だな。これはなかなか愛らしいな。将来はきっと美人になるぞ」


 ……。

 目の前がくらりとする。

 でも、すかさず骨太少年が挙手をしたんだ。


「父上、私の婚約者をそろそろ決めなければと仰られていましたが、私は決めました! 彼女がいいです!」


 ……嘘だろ?

 さすがにこれにはお父さんもちょっと焦った。


「ルイ様、あなた様は国を背負って立つ大事な御身。そう軽はずみにことを決めてはいけませんよ」


 あったりまえだ。こいつ、多分後々王子になって、このまま何事もなければ王太子になるんだろ? 僕に世継ぎが産めるかっての。

 なのに、そいつ――ルイはかなり真面目に言った。


「軽はずみじゃない。ヒトメボレだ」


 軽いじゃねぇか、と僕は心の中で罵った。

 王太子の奥さんも困ってた。


「はいはい、あなたがもう少し大人になっても気持ちが変わらなければ考えますね」


 さすが母親だ。あしらい上手だ。

 ルイは張り切って答える。


「私の気持ちは生涯変わらない!」


 それ困る。

 ろくに口を開けないでいた僕。ルイの弟らしき少年もそんな僕をじぃっと見てた。澄んだ目は何を思ってるんだか読めない。


「愛しい人! 君の名前を教えてほしい!」


 うっわー。詰め寄るな。

 勘弁してくれ、と後ずさりした僕のそばでお母さんがえーととつぶやいた。


「アンリ……エッタ」


 はい?


「アンリエッタ! 可憐な響きだ!!」


 なんてルイが感激してる。僕は愕然とお母さんを見上げた。お母さんはてへ、と可愛く笑った。

 それダメだろ。

 うるうると瞳を潤ませた僕を、後に名乗ったルイの弟、クロードが心で笑っている気がした。

 

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