赤い薔薇は憂鬱に咲く 17
結局、ルミアはエジェリーに話を聞くといいって言った。妹のアンリエッタとして、アンリのことをどう思っているのかって。
返事が怖いって僕が感じたことを見透かすようにルミアは先回りをした。
「どんな返答が来るのかはわかりません。アンリ様にとってあまり喜ばしくないことを仰られるかも知れません。けれど、そうでない可能性もあります。アンリ様をお慕いして下さっている可能性もあるのですよね」
だといいんだけど……。
もし嬉しい言葉が聞けたら、僕は落ち着いてエジェリーを見守れるようになるのかな。
けど、そうじゃなかったら。僕はその時どうしたら――。
その不安が顔に出たのか、ルミアは少し強い口調で僕に告げた。
「色よい返事が頂けなかった場合、エジェリーさんを諦められますか?」
「それは……」
イヤだ。僕は彼女がいいんだ。
僕はかぶりを振る。
「そんな簡単にはいかないよ」
すると、ルミアはふわりと優しく微笑んでくれた。それはとても魅力的な笑顔だった。あ、エジェリーの次にね。
「でしたら迷うことはございません。どんな返答も受け止め、それに合わせて対処するしかありませんから。さあ、勇気を出してがんばって下さい」
そうか、エジェリーが僕のことを意識してくれていないのなら、もっとがんばらなくちゃいけないんだ。いじけてる場合じゃない。
「ありがとう、ルミア」
おかげで頭の中が整理できた。
ルミアはいいえと言って立ち上がる。思えばルミアもそのうちに嫁に行っちゃうんだよな。いつまでもここにいてくれるわけじゃない。
いや、彼女の幸せは大事だからその時が来たら笑って送り出すつもりだけど、頼りになるからちょっと寂しい。なんてことを思った。
ちなみに、体調不良で早く帰ったとされる僕を父様はちょっと心配してくれた。無理しちゃいけないよ、と。
母様はお菓子食べすぎちゃいけませんよと注意した。何それ……。
■
翌日も舞踏会。来る日も来る日も。飽きるっての。
僕は後ろからついて来るクロードにあーだこーだ言われながらエジェリーを捜した。そうしたら、彼女はバルコニーにいた。
薄暗いバルコニーは男女の語らう場所としては最適だ。でも、エジェリーは男といたわけじゃない。ジョゼたち、僕の取り巻き連中とだ。今日は周囲の見晴らしがいいと思ったら、彼女たちがいなかったんだ。ジョゼたちがそばにいないのは、僕がクロードといたからってわけじゃないな。いつもなら遠慮なんかしないし。
僕が近づくとジョゼたちはいっせいに振り返った。僕が、じゃない。クロードがいたから気まずそうな顔をした。……なんだ、この状況?
エジェリーはちょっとうつむいてた。オレンジ色のドレスは太陽みたいなのに、表情がどこか暗いような?
「ごきげんよう、皆様」
僕が令嬢たちに挨拶すると、彼女たちも優雅に挨拶を返してくれた。エジェリーだけはやっぱり仕草も小さくて元気がない。その代わり、ジョゼたちはどこか勝ち誇ったように見えた。
サッとお辞儀をすると、エジェリーはその場を逃げ出すように後にした。
僕はすごく気になったけど、アンリエッタじゃ後を追えない。エジェリー、走るの速いよ……。
いや、本気出せば追いつけるけど、僕が大股で走ったらマズいから。
クロードは何かを察したのか、行けない僕に代わって追いかけてくれた。
僕はとりあえず、ジョゼたちから話を聞くことにした。
「何をお話されていたのかしら?」
すると、ジョゼたちはクスクスと笑った。その表情がとても意地悪く思えた。
ジョゼは僕に向けてにこりと微笑む。平凡な顔立ちを魅力的には見せてくれない笑顔だ。
「最近、殿方たちの間で彼女はとても人気ですもの。殿方に媚びるのがとってもお上手だから、褒めて差し上げたのですわ」
……。
それって、イヤミをねちねち言って苛めたってことじゃないのか。
男にちやほやされるエジェリーが妬ましかったとして、自分たちの方に人数がいれば惨めな気持ちにはならないし、気づかないんだろう。
僕が憮然としてると、ジョゼは少し引きつった笑みで零した。
「アンリエッタ様もあのように粗野な方、よく思われてはおられませんでしょう? だって、彼女を見る時のお顔が厳しく感じられますもの」
っ……。
それ、僕がヤキモチ焼いてるって知らないから。
別に僕は女としてエジェリーに劣るから気に入らないとかそういうんじゃない。
でも、ジョゼたちにはそう感じられたのかな。僕がエジェリーを気に入ってないから、彼女を苛めても僕が後ろ盾になって護ってくれるって?
冗談だろ?
なあ、僕はエジェリーのこと苛めてほしいなんて思ってもない。扇を持つ手が小刻みに震えた。
「……わたくしの心を知った風な物言いですわね」
僕が押し殺した声でつぶやいた意味を令嬢たちが知るはずもない。わけもわからず、瞳に怯えた色を垣間見せた。僕はきびすを返すとエジェリーを捜す。
クロードが後を追ってくれている。そう思ったら、クロードはホールにいた。
どうやら途中でルイに捕まったようだ。何かを二人で話している。面倒だからそこには近づかない。
そうすると、エジェリーはどこだろう。
中庭の方かも知れない。僕はそう思って、宵闇の中を幻想的に灯る明かりを頼りにエジェリーを捜した。
僕の読みは的確だった。エジェリーは中庭にいたんだ。
その的確さを、僕は呪うハメになる。
薔薇の蔦が絡まったアーチの陰で肩を震わせていたエジェリー。僕はすぐに駆け寄って慰めたかった。
でも、僕よりも先に彼女に手を差し伸べたヤツがいたんだ。
リュシエンヌのイトコ。
名前は――ロラン・コンチェルティーノ。
伯爵家の嫡男で、まあまあ人気がある。クロードに比べたら劣るけど、高望みしすぎないで狙うにはロランの方がいいって考える令嬢も多いんだ。身分以上に、あいつの家の領地は豊饒で金持ちだって噂だし。
エジェリーと踊ってるところを見てから気になって少しだけ調べたんだ。
やっぱり、エジェリーを狙ってるんだな。
年齢的にも僕やエジェリーより上で落ち着いてる。女性の扱いにも慣れてる感じだ。
隠れて泣いていたエジェリーにハンカチを差し出し、もっともらしい顔つきでひと言ふた言声をかけた。何を喋ったのかは離れている僕にまでは聞こえない。ただ、寄り添って耳もとでささやく様子だけが見える。
エジェリーはびっくりしたように肩を揺らし、借りたハンカチで涙を拭くでもなく固まっていた。そんな彼女を、ロランは唐突に抱き締めた。ハンカチがハラリと落ちるけど、どちらも拾う様子はない。
僕は――。
手にしていた扇をポキリと折った。
呆気なく折れた扇を中庭に投げ捨て、僕は二人に背を向ける。
……僕じゃなくても、エジェリーは簡単に隙を見せる。抱き締められて振り解きもしないんだ。
あのウェイブル領での時間は僕にとっては特別な出来事だったけど、エジェリーにとってはよくあることなのか?
現にこうして――。
僕には彼女の心がさっぱりわからなかった。




