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赤い薔薇は憂鬱に咲く 16

 楽隊の優雅な音色が響くホール。

 けど僕はその音楽に耳を傾けるゆとりもなかった。自分でもイライラしてるって自覚がある。

 それを顔に出さないように一生懸命堪えつつ、顔を扇で半分隠した。平静を装う僕の目は、エジェリーに向いていた。エジェリーはさ、あの後サリムとも踊ってた。あのタラシ、嬉しそうにエジェリーの腰に手を置いてた。ああ、思い出してもイライラする。


 エジェリーはそのまま男性陣に囲まれて僕からはよく見えない。見えないけど、ヤツらがエジェリーを褒めちぎってるのだけはなんとなくわかるんだ。

 僕が演じるアンリエッタやリュシエンヌみたいに気位が高くないエジェリーはとっても可愛らしく感じられるだろう。近くで見れば見るほど可愛いんだ、彼女は。

 それで、抱き締めるとすごく柔らかくて――。


「――ですわよね、アンリエッタ様」


 うん?

 ジョゼが何か僕に話しかけてたけど、全然聞いてなかった。……なんたる失態。

 今まで僕は社交場で気を抜いたことなんてなかったのに。


 一瞬ナマ返事してやろうかと思ったけど、そういうことすると自分の首を絞める可能性もある。

 よし、ここはひとつ――仮病だ。

 ほぅ、とアンニュイにため息をつく。


「ごめんなさい。わたくし、気分が優れませんの。少し早いですがおいとま致しますわ」


 ジョゼたちは僕のリアクションにびっくりしたみたいだ。ちょっとざわつく。


「まあ、それは一大事ですわ!」

「誰かお呼びしないと!」


 いやいや、ことを大きくしないで。

 僕はにこりと儚げに笑ってみせる。


「少し休めば大事無いでしょう。皆さんはこのまま楽しまれますように。ではごきげんよう」


 僕はサッときびすを返した。病人らしからぬ足取りでドレスを捌く。去り際、僕はクロードに目で訴えた。エジェリーのことよろしく。

 勘のいいあいつはこれでわかる。逆に鈍いルイはどうして僕が令嬢の輪から外れたのか気づかない。お花摘み(トイレ)にでも行くんだと思ってるだろ。だからついて来ないんだ。

 まあ、その鈍さが助かるけど。


 ……正直に言うと、他の男に囲まれてるエジェリーを見てるのがつらい。それがこの場から去りたい一番の理由かも知れない。

 見てるとさ、イライラするんだ。

 愛想笑いだってわかってるんだけど、その笑顔が男を虜にする。そういう表情を僕じゃない誰かに向けてる様子が、僕にはどうしようもなく悲しい。

 勝手に傷つくのは僕が狭量だからだ。それでも、見ていたくなかった。


 エジェリーが僕にくれた『前向きに考える』って言葉は、よくよく考えてみたら確約じゃない。だからか。こんなに不安になるのは。


 父様と母様はこのホールのどこかにいるのかも知れないけど、僕は探し回るのも嫌だった。給仕の男性を捕まえて、ファイアルレーム公爵に僕が体調不良で先に帰ると言っていたことを伝えてもらうようにことづけた。大したことないから心配要らないとつけ足す。結構過保護だからな、慌てて帰って来られても悪いし。

 屋敷に戻ったらさ、ルミアに話を聴いてもらおう。そうして、気持ちを落ち着けたい。



     ■



 いつもなら帰ったら真っ先に浴室で化粧を落として女装を解く。けど、今日はそれよりも先に部屋に戻りたかったんだ。

 急な僕の帰宅に使用人の人たちはみんなびっくりしてた。段取りも狂うよね、ごめん。

 僕はとりあえず急いで部屋に戻った。ほぼ駆け足。バン、と勢いよく部屋の扉を開けると、テーブルの上にティーセットを用意してくれていたルミアが危うくカップを割りそうになった。


「ア、アンリ様? お早いお帰りですね」

「うん、今日は体調が悪いって言って早めに切り上げた!」


 そうして僕はテーブルのそばのソファーにドカリと座り込む。令嬢の扮装だけどもういい。ドレスをたくし上げて脚を組んだ。繊細なレースが引っかかったのか、一瞬ピッと嫌な音を立てたけど、今日はそんなこと気にしたくない。

 僕は不機嫌さを隠さずに仏頂面で言う。


「なあ、ルミア。イライラするんだ」

「あら、初潮でしょうか」


 なんて、上品に口もとに手を当てて言われた。


「そんなわけあるかー!!」


 思わず叫んだのは仕方ない。まったく……。


「すいません、つい。それで、どうされたのですか?」


 ついってなんだ……。

 でも、ルミアは僕の気を紛らわせようとしてくれたのかも。その後でそっと笑いかけてくれた。

 僕はルミアにソファーの隣に座ってほしいと促す。落ち着いて話したいんだ。

 ためらいつつもルミアが腰を下ろすと、僕はつぶやいた。


「うん……。あの、さ、エジェリーがいろんな男からダンスに誘われて踊ってたんだ」

「まあ、舞踏会とはそうしたものですからね」

「わかっちゃいるんだけど……」

「イライラすると?」


 僕はうん、とうなずいた。


「ねえ、僕ってちっちゃい? それくらいでイライラするとか、男としてみっともない?」


 否定してほしくて訊いてるのがすぐにわかったと思う。すがるような目を向けて、強く返せない相手を選んでる辺りがずるい。クロードにでも訊けば、ちっちゃいしみっともないって平然と言うと思う。

 わかってるんだけど、へこたれる……。

 ルミアはうーん、と軽く唸った。


「その格好で男としてと問われましても複雑なところですが――」


 ガン。それは言わない約束でお願いしたい。

 僕が目に見えてショックを受けていたせいか、ルミアはちょっと焦ってつけ足した。


「それだけアンリ様が真剣にエジェリーさんを想われているということですね。誰しも意中の相手が異性と親密にされたら穏やかではいられないものです。無理をして大らかに振舞う必要はないと思いますが、アンリ様の場合は状況が状況ですので鬱憤は溜まりますよね。私はこうしてお話を聴くことしかできませんが、感情のやり場がない場合はどうぞお話し下さい」


 優しく諭してくれて、僕のささくれ立った心は幾分落ち着いた。

 頭が冷えてみると、あれくらいで取り乱すなんてバカだったと思わなくはない。またそのうちクロードにからかわれそうだ。


 ああ、こういう風に逃げ帰るんじゃなくて、アンリエッタの姿ならいっそそれを逆手にとって、『アンリ』をどう思うのか訊ねてみるのもアリだったのかな。

 ……いや、期待とは違う言葉を返されたら立ち直れないから、それはそれで怖い。


 ある意味、病ですね。恋の病、とルミアはぽつりと苦笑した。

 うん、病気だね。ほんとにさ……。

 

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