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赤い薔薇は憂鬱に咲く 12

「ところでお二方は何故、こんなにも遠くまで私に会いにいらっしゃったのですか?」


 エジェリーは不思議そうに小首をかしげた。

 そりゃ気になるよね。なんて答えようかなって僕が考えた隙に、クロードはあっさり答える。


「アンリに君の話をしたら、会ってみたいと言うから連れて来たんだ」


 うわ、直球だ。エジェリーがきょとんとして僕を見た。

 澄んだ双眸が僕に向けられて、僕は体中の血が頭に上るくらいクラクラした。


「あ、うん。その……君がアンリエッタと仲良くしてくれてるって聞いて」


 って、何言ってるんだ僕は。

 ここで『魅力的な女の子だって聞いて来たけど、思った以上に素敵だね』とか言えればいいのに。

 クロードの目がちょっと冷ややか。


「ご、ごめん、勢いでこんなところまで来ちゃって」


 この場から逃げたいような気分になった僕だったけど、エジェリーはまあ、と言って両手を合わせた。


「アンリエッタ様と仲良くだなんて、とんでもないです。私がお世話になってばかりなんですよ。アンリエッタ様はいつもお美しくて、私の憧れです」


 お世辞じゃないってすぐにわかるくらい朗らかな声と笑顔。

 僕はそのあたたかさに緊張が解れるみたいだった。

 クロードはクスクスと笑ってる。


「今日の乗馬は諦めて、アンリエッタの話でもしながらアンリにこの辺りを案内してやってくれないか? ほら、二人はあまり会ってないんだ。アンリも妹のことが気になるらしいし」


 コイツ、口からでまかせをペラペラと。本当に朴訥なルイと血が繋がってるのかって思う。

 素直なエジェリーはすっかり信じ込んだ。


「はい、喜んで! あの、この子を厩へ返して着替えをして来ますので少々お待ち頂けますか?」

「うん、ありがとう」


 僕がうなずくと、エジェリーはにこりと笑ってくれた。

 そうして、クロードから手綱を受け取ると、軽やかに鞍に飛び乗ったんだ。普段はおっとりとして見えるから、そういう動きは予想できなくて、僕はぎょっとした。エジェリーはそんなこと知らずに馬を走らせた。その蹄鉄の音がリズミカルに僕の中に浸透して、胸の鼓動と程よく混ざる。


「おお、なかなかの手綱捌きじゃないか。女性的な外見の割に活発だ。その意外性がまたそそられるな」


 聞き捨てならないひと言に僕がクロードを睨むと、クロードは意地悪く笑った。そして、僕の肩に腕を回して体重をかけると、耳もとでぼそりと言った。


「私がじゃない。お前がって意味だ。いくら女の格好でそれがどんなに似合っていようと、お前は男だからな。ああいう娘と二人でいたらそれを実感するんじゃないか?」


 からかうような苦笑に腹が立つ。僕はクロードの余裕顔を押しのけた。


 でも。

 よくよく考えてみたら僕はここへ何をしに来たんだろう。


 エジェリーに会いに来た。それは間違いない。

 ただ、会ってどうするつもりでここに来たんだろう。

 それも男装で、本来の自分で。


 偽らない姿で会いたかったのは、僕の本心だ。クロードはそれを見越してくれたんだとして、僕はこれからどうしたらいいんだろう。

 不意にそんな疑問が僕の中に浮かんだんだ。

 勘のいいクロードはすぐにそれを察知したみたいだ。


「あんまり難しく考えるなよ。自然に、心に正直に過ごせばいい。いつもの偽りきったアンリエッタと今のお前は違うんだから」


 その言葉に、少しだけ心が軽くなった気がした。


「う、ん……」


 そんな会話をしているうちに、エジェリーが戻って来た。


「お待たせしてごめんなさい!」


 束ねていた髪を解いて、つばの広い白い帽子と白いフリルのワンピース姿。爽やかで、無垢で天使みたいだ。

 薔薇色に紅潮した頬、弾む息遣いに、本当に急いでくれたんだって伝わる。僕はそんなエジェリーに見とれてドキドキしていた。

 クロードはとっさに声もない僕に代わって卒なく答える。


「いや、少しも待ってないさ。じゃあ、よろしく頼むよ」

「はい!」


 微笑むエジェリーに向けてクロードは僕の背中を押し出した。


「じゃあ、夕鐘が鳴る頃にここまで迎えに来るよ」


 へ?

 僕が思わずクロードを振り返ると、クロードは黒い笑みをたたえていた。少なくとも、僕には黒く見えた。

 ついて来ない? そう言ってる。

 つまり、僕一人でエジェリーと過ごせって?


「あの、お供はいなくていいの?」


 なんとなくそんなことをエジェリーに訊ねてみた。エジェリーは男爵令嬢なんだから、乳母や侍女くらいついて来るかと思った。でも、エジェリーは元気にはいと答えた。


「町の外まで行くわけではないですし、町の人たちなら顔見知りばかりですから」


 そ、そうなんだ?

 女装してる時なら二人きりだろうとあんまり緊張しなかったと思うんだけど、状況が違うだけでどうしてだか心臓が張り裂けそうなくらいに感じられる。

 いやでも、そんなの、エジェリーに緊張してると思われたくない。


「そうか。じゃあ、お願いするよ」

「はい」


 そうしてエジェリーはクロードに深々とお辞儀をしてから僕を連れて歩き出した。ちらっとだけ振り返ると、クロードはニヤリと笑った。……面白がってる。

 まあいい。

 こうして男としてエジェリーの隣を歩けるのもクロードのおかげではあるから。



「――この辺りは田舎ですから、正直に言うとご紹介するほどのところはないので心苦しいです」


 なんて、エジェリーは苦笑する。景色よりもそんな彼女の顔を眺めているだけで十分だった。


「そんなことないよ。とてもいいところだ。こうしていると落ち着く」


 爽やかな風が吹く。緑の綺麗な場所だ。

 僕たちはなだらかな坂を下りながら話した。


「えっと、アンリエッタ様とはあまりお会いできていらっしゃらないということでしたが――」


 ギク。

 あんまり気を抜きすぎるとボロを出しそうだ。僕は気を引き締め直した。 


「そうなんだ、別々に引き取られたからねっ」


 おお、語尾に力が入った。『アンリエッタ』の扮装ならどんな嘘もつけるのに。

 でも、エジェリーはそうなのですか、とちょっと悲しげに言った。彼女にも妹が二人いるということだから、兄妹姉妹と離れ離れにされる悲しさを想像したのかも知れない。


「でも、お二人は本当によく似ておいでです」


 ギクギク。

 だって本人だし。


「本当にそっくりで……」


 と、うっとりした視線を僕に向ける。

 そんな風に見つめられるとドキドキするんだけど、エジェリーは僕を通して憧れのアンリエッタを見ているような気がした。つまり、目の前の僕を意識しているわけじゃない。それに気づいてちょっとだけ傷ついたりもするけど。


 しかしだ。プラスに考えるとするなら、その憧れのアンリエッタにそっくりなの僕をエジェリーは少なからず好意的に感じてくれているはずだ。

 その好意につけ入るつもりじゃないけど、この顔が嫌いじゃないってことで僕はなんとか気持ちを浮上させた。


「えっと、さっきの馬、綺麗な馬だったね。あれは君の愛馬?」


 なんとなく話題を変えてみる。エジェリーが愛馬のジョルジュを可愛がっているのはすでに知っていることだから。

 やっぱり、愛馬を褒められたエジェリーは自分を褒めそやされるよりもずっと嬉しそうに満面の笑顔を僕に向けた。


「そうなんです! 私のとっても大事な相棒なんです!」


 キラキラと目を輝かせ、身を乗り出すような勢いで僕にジョルジュとの絆を語る。

 その笑顔と大げさな身振り手振りの可愛らしさ。エジェリーはさ、語るのに一生懸命で、僕が今どんな思いでいるのかなんて気づいてないよね。

 心臓が、ドクドクと病気かって思うぐらいにうるさく鳴って疼くんだ。喉がキュッと狭まるように苦しいのは、なんでかな。


 紅潮した柔らかそうな頬に触れてみたくなる。触れたい。

 僕はそう強く思った。


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