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赤い薔薇は憂鬱に咲く 11

 クロードに連れられ、エジェリーの実家があるウェイブル領まで馬車に揺られた。

 思えば護衛の一人もいない。お忍びの旅だ。

 クロードは護身術はそれなりにできるって自分で言ってる。懐には拳銃も仕込んでるらしい。

 何が怖いかって、コイツならためらいなく真顔で撃ちそうだってこと。撃たれたくなかったら近寄るなと賊に言いたい。

 ええと、僕の方は孤児の時代、すばしっこさだけは定評があったけど、今はどうかな?


 とはいっても、この国は豊かだ。経済力のある国だからみんなの心も豊かでゆとりがある。だから他人に優しい。

 孤児院だって貧しいと思ってたけど、知れば知るほど他国とは比べ物にならない水準だったんだ。盗みはしなくても食べていけた。最低限度の教育は受けさせてくれた。でも、他国の孤児は孤児院に入れる子供ばっかりじゃなくて、ストリートチルドレンなんて呼び名がつくように路上で生活している子供もいるんだって。


 のんびりとしたお国柄。だから王子のクロードも身辺にそこまで気をつけている風でもない。まあ、ルイの方が継承権の順位が高いからっていうのもあるのかな。


 道中、馬車の椅子は柔らかな素材だったけど、思った以上に道が悪かった。結構揺れた。

 だから僕は少し疲れたと思いつつも、クロードが涼しい顔をしてたから疲れたなんて言えなかった。平気なフリをして張り合ってしまう。クロードはそんな僕を見透かしたような目をするから腹立たしいけど。


「そろそろ領内に入るんじゃないか? 一度休息を取ってから屋敷へ向かおうか」


 その言葉にほっとした。馬車に揺られてどれくらい経ったのかな?

 早朝に出かけて、そろそろ正午を回った頃かな。

 それからしばらくして馬車が停車する。検問を潜って――身元を正直に伝えたかは知らない――馬車を停める広場まで来た。どうやら町の入り口付近みたいだ。車体から降りると、脚がふわふわした。なんとかしてピシリと背筋を伸ばす。


 クロードは熟練の御者と気さくに話してる。いつもこうやってわがままに付き合わせてるから、気心も知れてるんだろうな。


「さて、軽く食事を済ませてから再出発だ」


 こいつはほんとに王子かと思うほどに世慣れてる。クロードはオープンカフェで買った、バンズにチキンが挟まったバーガーとタンブラーに入った色の妙に薄い紅茶を二セット僕に差し出す。三人分買ったのは御者の分だ。クロードは僕に場所を確保しておけと言って御者に昼食を届けに行った。


 僕はひとつだけ空いている席を素早く見つけ、砂で少しざらつくテーブルの上にトレイを乗せた。

 そうして角のペンキのはげた椅子に腰掛けてクロードを待つ。

 そこそこに混んでいたカフェの客たちは僕をジロジロと見ていた。老若男女……顔見知り、いないよな?

 僕はやっぱり何か不自然なのか?


 ドキドキといたたまれない気持ちになった僕のそばにクロードがやって来た。そうしたら、更に視線がきつくなった。お前、顔割れてるんじゃないのか!?

 クロードは僕の正面にドカリと座ると嘆息した。


「さっさと食べてしまえ。特にお前がいると目立って仕方がない」

「いや、僕よりお前だろ!」

「早くしろ」

「……」


 こうした粗野な食事は久し振りだ。クロードは違うんだろうか。こんな時でもソースひとつ零さず優雅に食べてる。ルイはこんなに気軽に外で食事したりしないだろうけど。

 そこで僕はようやく気づいた。もぐもぐと口を動かし、中のものを飲み込んでから口を開く。


「ああ、そうか。僕たちの身なりはこうした場所じゃ場違いなんだな」


 クロードはもちろん、僕の服もクロードのだ。いや、みすぼらしい服を着てみたところでクロードは明らかに血統が知れる上品な顔立ちだ。そりゃ目立つな。


「まあそうだな。お前のその顔のせいもある」

「オカマに見えるのか!?」


 密かにショックを受けた僕に、いつの間にか食事を終えていたクロードはクスリと笑った。


「男装の麗人か、美少年か。どっちだか気になるんじゃないか」


 それはつまり、男の格好をしているのに性別を疑われている、と。

 ……早く髪切りたいなぁ。



 そうして、再度出発した後は割と近かったんだ。ならされた道は揺れも少なくて、道中窓の外を覗くゆとりもあった。広く続く芝の牧草地。白い柵で区切られた先に牛や涼しげに毛を刈られた羊がいる。

 こうした豊かな緑の中をエジェリーは愛馬を走らせるのかなと思ったら、何か僕にとってもこの土地が大切なものに思えた。


「ほら、あの辺りが領主館だろう」


 僕の後ろから外を見てたクロードが言った。大体領主館は町の小高いところにあることが多い。多分そうだろう。白とエメラルドグリーンが爽やかだ。


「どうする、直接行くか?」

「だ、大丈夫かな?」


 今の僕が直接行って、どう説明したらいいんだろう。僕の戸惑いが見えたのか、クロードはあっさり言った。


「アンリエッタがもともと孤児だったいうのは周知のことだ。そのアンリエッタに双子の兄がいてもいいだろう?」


 うわぁ。そういうことか!


「名前は?」

「アンリ」

「そのまんまじゃないか!」

「別に大丈夫だろう」


 そう平然と言われると、僕が過敏になりすぎてるのかなって気がして来た……。

 大丈夫らしいよ、多分。



 そんなわけで僕たちはエジェリーがいる屋敷の方へと近づいた。クロードが庭師らしきおじいさんを捕まえてエジェリーがいるかどうかを訊ねた。クロードが派手だから少しびっくりした様子だ。王子だとは思ってないみたいだけど、良家の子息だってことは伝わったのか、おじいさんは教えてくれた。


 馬に乗るために厩の方に向かったって。

 僕たちは馬屋の方角を指差してくれたおじいさんに礼を言うとそちらに向かった。

 そうしたら、大きな黒毛の馬に跨った若い女性の姿があった。流れるあの金髪は間違いない。遠目にそう感じた。


「いたな」


 クロードもうなずく。

 エジェリーはゆっくりと馬を歩かせてこちらに来た。ドキドキと胸が高鳴る。


 でも、エジェリーは僕たちに気づいてない。ただ、気づいた瞬間にハッと大きく息を飲んだ。

 僕じゃなくてクロードを見て驚いたんだ。そりゃあ、王子のクロードに自分の屋敷の敷地でばったり偶然になんて会うわけない。

 驚きすぎてエジェリーは馬上でバランスを崩す。


「危ない!」


 落ちる! そう思った瞬間に、僕はもう動いてた。華奢な女の子の体でも上から降って来たらそれなりの衝撃だ。でも僕は落とすわけには行かないから必死だった。必死で彼女を抱き止める。ただし、僕はそのまま尻餅をついてしまった。ああ、そうスマートには行かないな。


「だ、大丈夫か?」


 自分の尻の痛みは我慢しつつ恐る恐る訊ねると、エジェリーは硬く閉じていたまぶたを開いた。うわ、至近距離。やっぱり可愛いな……。

 なんて思ったのが伝わったのか、エジェリーはぎくりとして固まってしまった。


 僕たちがそんなやり取りをしている間に、クロードがエジェリーの愛馬の手綱をつかみ、たてがみの辺りを撫でて気を落ち着かせてくれた。

 エジェリーはようやく我に返った。僕の胸もとをそっと押すようにして体を起こす。


「ごめんなさい! その、お怪我はありませんか?」


 自分よりも僕の心配をしてくれた。そんな些細なことが嬉しい。


「うん、僕は平気。君は?」

「私も大丈夫です。あの、助けて下さってありがとうございます」


 顔を真っ赤にしているのは、僕がいつまでも彼女から手を離さないからかな。だって、こんなに近づけること、もうないんじゃないかと思ったら離れがたい。いやでも、紳士らしく振舞いたい思いもある。

 僕はなんとか手を離すと笑みを浮かべた。


「女性を助けるのは当然のことだから、気にしないで」


 クロードの目が笑ってるけど、この際なんだっていい。エジェリーは立ち上がると、戸惑いながらつぶやいた。


「あの、殿下が何故このようなところに?」


 そりゃあ気になるか。クロードはなんて答えるのかなと思ったら――。


「君に会いに来た」


 ブ。

 ちょっと待て!

 エジェリーも硬直したじゃないか!

 そんな反応を楽しむようにクロードは続けた。


「友人に君を会わせたくてね」


 まだ戸惑いが強い。エジェリーは僕をちらりと見遣った。


「殿下のご友人の方なのですね。……あの、アンリエッタ様にとてもよく似ていらっしゃるように思うのですが」


 来た。やっぱり来た。

 クロードは笑顔のまま、用意して来た嘘を並べる。


「ああ、アンリエッタの双子の兄でアンリという。二人は別々の家に引き取られたんだ」


 ……そんなの信じるかな?

 どう見ても本人だろうに。

 と、思ったんだけど、そういえばエジェリーはすごく素直な娘だった。


「まあ、そうでしたか! どうりでそっくりだと。エジェリー・スカルディアと申します。以後お見知りおき下さい」


 なんて、ちょっと頬を染めて言う。

 あー、騙されやすい。可愛いけど、うん、可愛い。


「ああ、よろしく。いつも妹がお世話になっているそうで――」


 罪悪感は……あるにはあった。でも少しだけ置き去りにしておこう。


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