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呼ベル

1.呼ベル


"優等生"。受験を控えていた中学生達の間では所謂そんな呼ばれ方をしていただろう、二学期も折り返し、金木犀の匂いが校門を覆う。カーディガンを羽織った僕は最後の三者面談を終えて受験校を偏差値65の公立K高校を受験する事にした。

受験の難易度は多少の賭けもあり、親の反対が無かった訳ではないが、順調に成績を伸ばしている自分の実力には少なからず自身がある。通っている塾の中でもトップまでは行かずとも上位を維持し、得意の理系科目は模擬試験で満点を取っていた。そんな僕を親が反対される事自体、反抗期の僕には、「今に見てろよ」と言ったやる気が成績をより伸ばす要素になっていた。

面談を終えた僕と同行した母には「まだ時間があるから塾で自習してくるよ」と伝え、別れた。

絶対に合格する。受験が終わるまでこれ以外の事は頭にない。苦手だった文系科目に精を出し、歴史の年号や英単語を主に、覚えきっていない所を隈なく探し、暗記を繰り返す。模擬試験以外はこの作業に全ての時間を割いた。

受験する高校は主要5科目、1科目50点で、例年、合計250点満点中、230点が合格ラインだったから得意科目を伸ばすより、全ての点を満遍なく取れなくては合格出来ない厳しいものだった。だから過去問で満点を取れる科目の勉強はほぼ意味が無かった。塾で毎週土曜日に行われる模擬試験を重ね徐々に苦手科目の点数が上がっていくのを見て、自信に繋げた。

塾での勉強を含み、1日の勉強時間は10時間程。勉強した分点数が反映される事を考えると殆ど苦ではない。


年を跨ぎ空気が徐々に張りつめて冷えていた。

多少ムラがあるけど、大体63の偏差値帯なら、まだ見込みはある、僕なら出来る。

途中、腹痛で学校を休む事もあったが、最後の模擬試験は合格ラインの点数に見事乗せる事が出来、日は受験前夜。

「みんなで一緒に合格しようぜ」同じ学校を受験する友達三人と待ち合わせをして、僕を含め四人で試験会場に向かった。学校では塾長の先生が「遅刻するぞー」と僕たちを待っていてくれ、手紙で応援のメッセージをくれた。今まで面倒を見てくれた先生、今まで勉強してきた集大成。絶対に合格してきます。と僕は誓った。

いざ、会場の席に着く。木製のタイル、知らない教室の机や錆のついたパイプ椅子、がたがたと音を立てながら灯油を燃やす古いストーブ。普通の学校の景色であっても、知らない学校に受験にくると、教室の中は凍るような緊張と受験生の熱波で、なんとも言えない空気に満ちる。

チャイムが鳴り、試験監督の先生が試験用紙を配る。いずれこの先生の授業を受けられるだろうと考えると、今までの自信と今日にかけた情熱で武者震いの様なものを感じた。

試験開始。いつも通り、15秒でまずは問題の数、全てのページに目を通す、解ける。早く終わりそうな漢字、漢文を10分で解ききる。文章問題もチェックを入れながら速読、難しくないな、問題も単純、しかしあくまで冷静に、解き進める。試験終了10分前、答案を埋め終えて見直しをするが、特に間違えた所は無し。予定通り。

英語の試験、リスニングが始まるまでの時間で文法問題をさっさと済ませ、耳に全神経を傾け、答えを書き込んだ。こちらも見直しをして、試験終了。

昼の休憩時間は、この際マナーなど気にせず、母のおにぎりを脳の栄養にして送り込みつつ、テキストを読んで次の科目の総復習にかかる。もちろん終わった科目を振り返っている場合じゃない。

換気されていなかった午後の試験、ぐらぐらとストーブが陽炎を見せていたのが少し集中の邪魔であったが、暗記科目は迷わず答えを選んでいった。

試験終了後、チャイムと同時に啖呵を切って受験が終了し、試験勉強やら我慢していたストレスやらの解放感で皆饒舌に試験の手応えを話し合い、一喜一憂していたが、それに例外なく僕も全て無事に終わって安堵し、ゆっくり塾に向かいながら友達と談笑した。

塾に戻って試験の自己採点をすることになっていたので、ひやひやしながら答案と照らし合わせ、英語は満点、国語は失点一つ、など、合計で、めでたく231点をマークした。

走って家に帰り家族に朗報を伝え、晴れて中学校を卒業する事となった。

久しぶりに勉強意外の事が出来るのに、家に帰ったら机に座ってしまう癖がしばらく治らなかったが、そんな自分を考えるといつもニヤついていた。


二週間後、合格発表があったが、特に緊張などせず友達と、同時に通知の入った封筒を開けよう、と言い出し、わくわくしながら「せーの」と、声を合わせて封筒を勢いよく開いた。

合格合格……「不」?読み間違えた、受験番号と名前を読み直そう、「不合格」?一瞬意味が分からなかった。何度みても「不合格」と書いてあった。

合格と信じきっていた自分が間抜けなのか、試験で失敗したのか、いやしていない、どういうことだ、何で自分が?

泣きながら両親と塾に電話し、試験に落ちたことを伝えに行く途中

クラスには、話をした事もない、バカだと視野にも入れていなかった奴が、偏差値の設定すらされていない底辺公立高校に受かったと底抜けに明るい笑顔で教えに来た、「どうだった?」

思いっきり癪に障った。返事なんか絶対するか。自分の実力を分かってなかった、そいつは底辺とはいえ合格した。受け入れられなかった。

自分の"優等生"像が崩れた。自分の方が惨めに見えた、友達を憎み恨んだ、悔しがった、そう思う自分が惨めさを増長させていく。

頭の片隅から記憶も抜け落ち始めた私立O高校選抜クラスに通う事が決まった。

卒業式は涙も出ず、友達と遊ぶ気もしなかった。醜く脱落した自分を外に晒す事を避けたかった。

O高校の事など考えたくなかったが、しかし通うと決まった高校。制服やら入学式の準備やらで暇はあまりなかった。当時O高校の偏差値は63、実際大差は無かったが、今までの努力が不合格と言う単語の破壊力によって自尊心を抉られる様に傷つけられて落ち込んだ。勉強する気が起きないでいたが、勉強をする為に高校生になったのだ。新たな青春と友達と校舎、更に復讐心をくすぐられる物語が僕を待っている。


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