最初で最後の―― 第4話
ベッドのなかで肌をかさねていた彼女がシーツをまとって窓辺にたった。
カーテンを開け、
「……キラキラ光ってきれい……」
眩しげに眸をすがめ、いった。
ぼくもベッドから出て彼女と肩をならべる。
外はまだ暗く黒曜石のような空には冬の星座が瞬いていた。積もらないとおもっていた雪が冷たいアスファルトの上にすこし積もり、街灯の光を反射して青白く輝いている。このていどなら、お昼ごろには溶けて消えてしまうだろう。
彼女は顔を外の光景からぼくに移し、
「ちょっと、だいたんだったね」
はにかんだ笑みでいった。
彼女は部屋のまんなかに移動すると子供のようにくるりと回ってみせた。彼女の髪とシーツがふわりと舞い、それといっしょにあわい燐光があたりに舞った。
「もうひとつ、いいかな?」
ぼくはなにも訊かずにうなずく。
ありがとう、といって彼女は、
「わたし、あなたには笑っていてほしいの。あなたはもう、ひとりじゃないんだよ。だから、そんな顔しないで? 笑って……。ふふ。わたしはしあわせよね。はじめて好きになった人と最期までいっしょにいられるんだから。スゴイことだよね? はじめて好きになった人を、最期まで好きでいられるなんて。わたしはあなたを、最期まで……し――」
彼女の声が急に聴こえなくなった!
彼女の身体から音もなく、白い光が溢れ出し、暗闇に消えてゆく。
彼女が消えてしまう!
消えて行く彼女の唇がことばを紡いだ。
ぼくはその動きを、ことばを読み、同じことばを叫びながら彼女を抱きしめた。
瞬間。
彼女は光とともに消えてしまった……。
あまりにも突然で、一方的な終わり方。
まるで夢のようだ。
悪い、夢のようだ……!
でも、夢ではない証拠に、ぼくが抱きしめているシーツには、彼女の香りとぬくもりが残っている。
彼女はいたんだ。
たしかに、生きていたんだ。
ぼくといっしょに……。
さまざまな思い出がよみがえる。
思い出すと後悔することばかりだった。
……彼女はほんとうに〝しあわせ〟だったのだろうか……?
しあわせ。
しあわせとはなんだろう? しょせん、しあわせなんてものは他人と比べ、感じるものでしかないのではないか。相対的な価値観でしかないのではないか。他人の不幸を見て、その不幸のうえで得られるものではないのか? もしそうだとしても、誰かの不幸のうえに成り立つものだとしても、ぼくは彼女としあわせになりたかった。誰かを不幸にしても、ぼくは彼女と生きていたかった。
……それにしても、彼女は酷い約束をぼくにさせたものだ。
このできそこないのぼくに〝生きて〟なんて……。
彼女を失ったぼくはこれからどうやって生きていけばいいのだろう? 彼女がぼくの全てだったというのに。彼女が死ぬぐらいなら、ぼくが死んだほうがよかった。ぼくの命と引き換えてでも、彼女に生きていてほしかった。死んではいけない人ばかりが、さきに死んでゆく。理不尽で、不条理な世界。納得できないことばかりだ。
これでまた、ぼくの手から大切なものがこぼれ落ちてしまった。必死に掴んでもむなしく、かなしいまでに、大切なものほど、かんたんにこぼれ落ちてゆく。こんなにも……こんなにも! かんたんに! あっけなく、こぼれ落ちてゆく……。
いっそう、このまま死んでしまおうか。彼女との約束を破ることになるけれど、どうせぼくが死んでも、誰も哀しまない。かなしんでくれる彼女は、もう、いない。生きていても辛いだけだ。かなしいだけだ……。
生きることは、かなしいことだと、ぼくはおもう。得るものよりも、失うもののほうが圧倒的に多いから……。それでもぼくらは、願ってしまう。祈ってしまう。生きている限り。願いが叶わないとしても、祈りが、どこにもとどかないとしても。
……ぼくらはイカロスの翼でどこまでも飛んでいけると信じる、愚か者だったのだろうか?
見えもしない、ありもしない答えを求める愚か者にすぎなかったのだろうか……?
でも、ぼくは見つけたんだ。
一輪の花を。
雪のように白くて、あたたかい、一輪の花を。
それはとてもはかなくて、すぐに消えてしまったけれど、ぼくのなかで枯れずに咲いている。
この花はぼくが生きている限り、きっと、枯れることはないだろう。
こんなこと益体もないことをぐるぐる考えていたら、いつのまにかぼくは、眠ってしまった。




