第八話
すぐさま雅人は【滅殺呪印】を召喚し、彼なりの戦闘態勢を見せた。攻撃が当たれば、いやかすりさえすれば、それだけで勝利は約束される。とはいえ猪突猛進を如実に体現する牛型モンスターへ、はたして上手く一撃を入れることが出来るのだろうかと、彼はほんの少しだけ不安にもなっていた。
「……やるしかないっ!!!」
しかし幸いなことに雅人を目掛けて猛然と突進しているモンスターは一匹のみであり、残りの二匹はそのはるか後方。しかも個体の速度差のせいかその距離は時間と共に開くばかりのようだった。ひとまずはこの一体に集中すれば良い、彼はそう割り切りモンスターを見据える。すると、
「あれは……?」
『どうしましたか、六道様?』
突如、モンスター後方から更なる二匹、猛進の獣が姿を見せ急激にモンスターとの距離を詰め、そして追いつき、瞬く間に抜き去るとすぐに雅人の前へとたどり着いてその脚を止めた。その背にはそれぞれ人間を一人ずつ乗せており、一人は銀髪八咫をなびかせ、紺色の礼装用軍服を身に纏う凛とした女性。もう一人は紫とピンクの入り混じる不思議な髪色に巻き髪の姫カット、更には高速で移動してきたにもかかわらず日傘を差しており、服装はいわゆるゴシック・ロリータという風変わりな女性だった。
「やれやれ、急に化け物どもがその身を翻したと思えばこれだ。……貴様、その恰好からするにこの世界には来たばかりか?」
銀髪八咫の女性が、高慢な態度で彼を見下ろしながらそう言った。その声は冷たく、低音が効いてはいるが女性特有の艶も漏らすことなく持ち合わせ、不思議と酷く官能的なものだった。
「え? あ、あぁ……そうだ。と、いうことはアンタも地球出身なのか?」
ちなみに、今この瞬間まで彼自身も気に留めなかったのだが、雅人は昨日就寝したときと同じ服装だった。つまりは部屋着のままであり、下はジャージ、上は少しばかりのデザインが施されたTシャツ姿なのだ。
「あぁそうだ、つまり私は貴様の先輩に当たるというわけだな。さて困ったぞ凛音。海藤からは、モンスターは生け捕りにするようにと言われているのだが……」
「そうですわねミヤビお姉様、でもこの世界に来たばかりのビギナーちゃんを助けるのは、先輩として当然のことと凛音は思いますわ!」
「クククっ! ……そうだな、その通りだ」
雅人からすれば、その会話は出来レースのように聞こえた。何故なら言葉のやり取りを終えるその前から、既にミヤビは乗っていた獣――その身体は馬そのものであり色は艶やかに黒くユニコーンのような角を持ち代わりに眼球が存在しない――から降り、サーベルを抜刀すると迫り来るモンスターと向かい合ったからだ。
「おいおいアンタっ……」
「ハイハイ、危ないから貴方はコチラへどうぞ~」
その身を案じようと雅人がミヤビに声を掛けた瞬間、凛音が馬に乗ったまま上から彼の髪の毛を引っ張り、モンスターとミヤビを結ぶ直線上から身を引かせた。
「った、痛たたた、おい、おいってば、引っ張るな、引っ張るなって!」
凛音は雅人の戯言を無視すると、そのままミヤビから十数メートル程の距離を取り、それからようやく手を離した。そしてその後は、ただじっとミヤビの方を見つめているだけだった。その垂れた眼から放たれる視線は妙に妖艶で熱っぽく、横から覗き込んでいるだけの雅人すらも鼓動が高鳴ってしまう程だった。
「なぁおい、聞いてるのか!? アイツ大丈夫なのかよ、向こうは突進してくるんだぞ!? 俺達も加勢しないと……」
――その刹那、雅人へと向けられた凛音の眼。それは混濁した虹彩、純黒の瞳孔、そして人を人とも思わない、蛇のように無感情な眼球だった。
「……その必要はありませんわ。貴方は黙って、ただミヤビお姉様を見ていればそれで良いのです」
先程までの甘々しい声色は霧散し、質量を消失した冷酷な囁き声が雅人の鼓膜をつついた。すっかり精神を射抜かれてしまった彼は、仕方なくミヤビへと視線を向ける。すると彼女は前傾姿勢をとり前方へと、突撃するモンスターへと向けて疾走を開始した。
「危なっ……」
雅人が声を荒げる暇いとまも無く、彼女はモンスターの角で胸を貫かれる直前にその身を右へと避け、そのまま敵の攻撃範囲外からサーベルを真一文字に構えると、モンスターの眼と鼻の中間地点からそのまま水平方向に身体もろとも切断した。身体の大部分から切り離された頭の一部と脊椎とそれに付随する皮や肉片がモンスターの進行方向にそのまま跳ね飛び、そして壁へと飛散、ベチャリと音をたて貼り付き、彼岸花のような血潮を放射状に散らす。残された身体の大部分はそのまま惰性で走り続け、やはり壁に激突し、テラテラと滑ぬめり煌めく切断面から鮮血を吹き出して完全に絶命した。
「さて、残りは……」
その、獲物を求めてギラつく彼女の眸が獣の本能に警告したのだろうか、慄然としたモンスターはそのまま森へと向けて逃走を始める。
「お姉様!」「分かっている、追跡するぞ!」
雅人と凛音、二人のもとへと一足飛びに駆け、主人を待つ従馬に騎乗したミヤビは、ふと眼下の雅人を見据えると口を開いた。
「さて、我々は追跡するが……貴様はどうする?」
「お姉様? それはいったいどういう……」
「ふふっ。その武器、……ただの飾りではあるまい?」
ミヤビの視線は【滅殺呪印】一点へと集中している。見るからに禍々しいその武器が、彼女の好奇心をそそったのだろう。
「それとも、……初心者坊やはチュートリアルが煽動しないと行動出来ないか?」
「……っ!」
【誰かに言われないと、何も出来ない】
その言葉は雅人の咥内に苦味をもたらし、不快感が唾液と共に喉を滑り落ちてゆく感覚が彼の脳細胞を刺激する。くらりと視界が一瞬歪んだ後、あぁ、もうここは地球じゃない、俺はあの頃の俺とは違うんだという闘争心が大いに鎌首をもたげ、
「……連れて行ってくれ。俺がアイツらを……ブッ倒してやるさ!!!」
4月16日修正。