第一話
ふと目が覚めると、そこは真っ白な部屋。
「……? あれ?」
纏まらない頭で、昨日寝る前の事を思い出す。
昨日は……?
→仕事から帰宅
→飯喰って酒飲む
→シャワー浴びて寝る
うむ、……今ここに居る意味が、まったく分からない。
ここはいったい、何処なんだ?
う~ん……ひとまずは、目に写るものから順に整理して考えよう。
まず、俺。名前は? ――六道雅人。うむ、記憶力に問題はなさそうだな。幸い手足も無事だ。まぁ鏡が無いから顔までは分からんが。
そして今居るこの白い部屋は、一言で言って立方体的。
壁や天井には一定間隔で細い線が引いてあって、まるでタイルを敷き詰めたみたいになってる。随分と近未来的なデザインだ。
あと、窓もドアも照明も無い。
あるのは寝ていたベットだけ、か。
それでも部屋が暗くないのは、たぶん壁自体が白く光ってるから、かな。
「……」
あ。
参った、目に写るものはこれで全てだ。
「お~い……」
立ち上がって壁に近づき、叩いてみる。が、反応は何も無い。耳をつけて目を閉じ壁の向こうの様子を窺ってみる。……何の音も聞こえないときたもんだ。
「マジかよ……せめて何か、誰か来たりしないのかよっ!」
その独り言は、文字通りそのまま独り言で終わってしまった。
……仕方ない。
ベットへと戻り、いずれ起こるだろう何かに備えて時間を潰す事にする。
……
……
……
そしてそのまま、目覚めてからおそらくは数時間が経過してしまった。
だが、……何も起こらない。
「……マジか」
これが、記憶が無いとか最後に見た光景は事故にあったその瞬間、とかなら
【それは壮大な物語の幕開けに過ぎなかった……】
って感じなんだが。
残念な事に体調は良好、記憶もバッチリで一昨日の晩飯すら今なら思い出せる。
そして、さっきも言ったが昨日は間違いなく部屋で酒呑んで寝た。よって事件性はまったく考えられない。
現状だけはこれ程までに意味不明だと言うのに、ここから先、何かが起こる可能性はハッキリ言わせてもらうと微塵も感じられないってワケだ。
「へっ……こんな目に遭っても、それでも俺の人生には何も起きないのかよ」
――あぁ。こりゃあまるで、俺自身を端的に表してるみてぇだ。軽く笑える。
どれ、少しばかり昔話を。
無難に生まれ、無難に育ち、無難に就職、無難に彼女なんかも出来たり別れたり結婚したり離婚したりして、とにかくおおよそ、普通の人生。浪人もしなかったし友人もそれなりにいるし就活もストレート。
就職先は郵便局で、公務員とまではいかないがまぁそれなりには安泰、だろ?
もちろん福利厚生もしっかりとしたもんだ。
で、学校でも就職先でも、まぁ最低限の結果は出してきたつもり。
でも、……それだけなんだよな。
別に極度の不満があるワケじゃないんだが……とにかく、心が躍らない。
あ、そういえばこの間、悪友へとそんな空しさを口にしたら
「お、正社員ならではの発言ですな~余裕ですな~」「人生、金ですぞ~」
って茶化されたっけ。
もちろん、意味は分かる。
代わり映えの薄い日々をただ持続する、ソレだって簡単ってワケじゃないしな。
そもそも思い返してみれば毎日毎日細かな事件やトラブルはあったし、毎日毎日それなりの出会いや別れもあった。休日の遅い時間に起きてダラダラとテレビを見ながら過ごす事だって別に嫌いだったワケじゃない、むしろ好きだ。
――でも、よ。
波瀾万丈! とまではいかなくても、もう少し何か、何かないか?
あぁ、もし俺が世界から見放される程の出来損ないだったなら、もしくは天才的な才能があったなら! いやいや、凄まじい努力家だったとしても!
両親は実の親ではなかった!
事故で生死の境を彷徨った!
出会った少女は未来から来ていた!
偶然見つけたロボットに乗り込んだ!
……は、ちょっと言い過ぎか?
まぁ、何でもいい。とにかくそんな何かが、もしあったなら。
おそらくはもう少し、毎日を生き生きと過ごせていただろう。
しかし残念ながら、俺は何の【運命】も持ち合わせてはいなかったんだ。
「俺って、……何でここに居るんだっけ?」
平凡とは言え、十分に順風満帆な人生。
だからこそ、決して他人には相談する事が出来ない贅沢な悩み。
だからと言って、それまでの全てを投げ打ってまでまだ見ぬ世界へと飛び出してゆく勇気があるかと言うと、残念ながら特に無い。
あぁ、……ヘタレなんだな。思いっきり他力本願。
そのくせ、ダラダラした休日の終わりにはいつも最悪な気分になってんだよ。
ダラダラを楽しんでたハズなのに、あぁ俺、今日も何も出来なかった、てさ。
結婚してもそんな感じで、何をするでもなくいつも無言で誰かのせいにして、ただ時間を潰すだけ。いや、厳密に言えばマジメに働いてはいたが、でもそれだけ。
だから浮気されて何故か慰謝料取られて出て行かれた時も、何で俺が金出すんだよと思いつつまぁ払えない金額じゃねぇし別にいいか、ってな。一緒に居てもつまんねぇ人間なんだって事は自分が一番分かってたし。
「……なんで、私の方が落ち込んでるのよ」
最後にアイツ、そんな事言ってたっけ。
そんなワケでこの部屋で目覚めた時、実は嬉しかった。少し期待もしてた。
きっと変わる、何かが起こる、今から本気出すっ! ってな。
でも、……やっぱ何も起こらねぇ。
こんな場所に連れて来られたってのに、何一つとして変わらねぇんだ。
「はぁ……」
そう肩を落としていると、――音だ。突然足音が、駆け足の音がした。
「……っ!?」
途端に息を潜め、意識を周囲へと。
すると、目の前の壁の真ん中が両引き戸のように開いたんだ。
高さや幅は一般的な両開きの自動ドアと同じくらいで、たてた音は至って普通。
近未来的な効果音は、一切無し。
そしてそこから姿を見せたのは――
「お、遅くなって申し訳ありませんでしたっー!」
1月15日修正。
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