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滅殺呪印の異種滅者  作者: AmphibiA
第二幕【冷たい太陽】
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第十話

「……なんか、ベタベタするんだが」


 モンスターとの戦闘を圧倒的な勝利で終えた二人は、馬を降り平原で立ち尽くしていた。そんな彼らに降り注いだ体液は存分に粘性を持ち、既にスライム状と化している。


「ふふふ、こいつの血液は大気に触れるといつもこんな感じでな。ベタベタして非常に鬱陶しい」


「知ってたならわざわざ被らなくても……」


「だが、この状態になったコレは大変に美味でな、」


 ――じゅる、……ごくり。

 ミヤビの舐めずる舌が、時間を置いてなおテラテラとルビーのように(あか)く煌めく体液に塗れる。喉が蠕動(ぜんどう)嚥下(えんげ)、彼女はモンスターの体液を充分に堪能すると、雅人に向け手を伸ばし、そして眼を見据えるのだった。


「……どうだ、貴様も」


 その挑発的な眼、吊り上がる口角。こいつは普通に笑えないのかと、彼は苦笑いをするしかない。


「いやちょっと、さすがにいきなりは、な……」


「……もう、ミヤビお姉様ったら! 洗濯だって大変ですのよ!」


「ふふっ、いつもスマンな。どうも私はそういった類が苦手でな……」


「そんな事は分かっておりますわ! いったい今までに幾度、この凛音が一日がかりで洗ったと思っていますの!」


 体液の雨を浴びずに済んだ凛音は、ミヤビの横で口を尖らせながら頬を膨らませており、その機嫌は端から見ると相当傾いているようにも見える。しかしミヤビは特に悪びれる事なく、そしてその態度そのものが凛音の気分を害する事も無いのだろうと雅人は感じていた。何故なら飛び交う言葉に反し、それ程までに牧歌的な雰囲気が二人を包んでいたからだ。


「……もう、ミヤビお姉様ったら。別に凛音は、お姉様のお召し物を洗濯するのが嫌だと言っているワケではありませんのに。ただ、せっかくこんなにも見目麗しいお姉様の……」


 その安穏とした喧噪は数分続き、そして――


「分かった分かった、今後は気をつけよう。まぁ服の事は街に戻ってから考えるとして、そうだな、とりあえずは……」


 相変わらず口角は吊り上げたまま、しかし眼には少々の慈しみを纏わせたミヤビは、体液塗れの繊手を凛音の口元へと伸ばすと指先を張り詰めてわずかに反らし、そして彼女のくちびるに触れた。


「……この指先を綺麗にしてもらおうか。服はともかくサーベルの柄をベタつかせたくはないからな」


「っ! ここで、……ですの!? あの、見られてる……」


 ミヤビは、その言葉を待っていたとばかりにますます口角を吊り上げ、その表情はもはやグラスゴースマイルに近いものがあった。それは唯々、純粋な加虐愛者そのものだった。


「どうした、……当然だろう? このままでは手綱を握ることすら億劫だ。早く私の指先を綺麗にして街に戻らないと、乾き切ればこの汚れも取れなくなるぞ?」


「……」


 一方その頃、雅人は双方からの視線を少しばかり感じながらも口を挟むことは許されず、一歩二歩離れた地点から息を呑んで事の成り行きをただ見守っていた。それしか行動を許されていなかった。

 ――とりあえず何でもいいから、俺もこのベタベタを何とかしたいんだが。

 そんな彼の願いは、神に聞き届けられる事すら許されないのだろう。



「わ、分かりましたわ…………ん……」


 ――ぴちゃり。

 やがて覚悟を決めた凛音は、頬を紅潮させながらもその動きを澱ませる事なく、むしろ手慣れた様子で舌先を伸ばしそのままミヤビの人差し指を包み込む。


「っ!?」


 てっきり何かでふき取るものだとばかり思い込んでいた雅人は、その突然の光景に絶句し目を見開いた。


「ん……ん……」


「どうだ? 甘いだろう、……感覚が麻痺する程に」


「ん……? ぐっ……」


 突如、凛音が息を詰まらせる。


「どうした? ……そうか、そうだな、コイツは唾液と入り混じっても撹拌し切れんからな。飲み込むだけでも大事(おおごと)だし、よしんば通過したとしても喉に貼り付く。さぞ辛かろう……よし、ではこうしてやる」


「んぐっ……!?」


 好奇心に侵され冷めた熱に身震うミヤビは、あろう事か指先を凛音の喉奥へと突き入れる。そして見る間に第一、第二、第三関節を彼女の咥内に埋没させると、手のひらを返し小指の爪先で硬口蓋と軟口蓋の境目をくすぐった。


「ひっ……ふぁ……」


「どうだ……少しは舐め取りやすくなったか……?」


「ふぃ……お……おねひぇさみゃあ……あぁ……」


 陶酔に()かるその表情は、


「……っ!?」


 ――しかし次の瞬間、苦痛に歪む。


「どうした? ほら、もう少し……あとほんの少しで根元まで全部入るっ……!」


 嘔吐(えず)き続ける凛音が、涙で眼を濡らす。するとミヤビは暇を持て余したもう片方の手の指先を、凛音の涙袋に添わせた。


「うぇ……げほ、ぐ……お、おねぇ、……げほ、ぐっ……」


 涙がミヤビの指先を伝い、すぐに手首を濡らす。するとミヤビは流れる涙の先端を自らの舌先で掬い取り、そのまま軌跡を遡り最後に凛音の眼球を舐めた。


「んく……ふぁ……も、もうやみぇてぇ……」


「何だ、もう限界なのか? しょうのない奴だな、こればかりは何度やっても慣れてくれん」


 ――おいおい、何度もやってるのかよ。

 そんな雅人の内なる叫びが可聴域の周波数となって放たれる事は遂に無かった。



「……さて、ではそろそろ行くとしようか。雅人、貴様も来るだろう?」


 ひとしきり飽くまで凛音の喉奥を貪り尽くしたミヤビは、地面に割座しながら悦に浸る彼女を尻目に、雅人へそう提言した。


「お、おう。良かった、俺の存在を忘れてたわけじゃなかったんだな……で、何処へ行くんだ? さっき言ってた街ってところか?」


「そう、我々のギルドがある街だ。そこには我らのように地球から連れて来られた者も大勢いる。貴様がひとまずは腰を据える拠点としても丁度良い場所だろう」


「そういえばプロトコルも、真っ直ぐ進めば街があるって言ってたな……てか、おい! プロトコル、聞こえるか?」


『――ハ、――えま、――さま、きこ――、――し、――も、――』


「……? 何だ?」


 ノイズ混じりの彼女の声に、雅人は、思わず携帯電話で通話するように手で片耳を塞ぎながら問い掛けるが、その声は電話越しというよりは古びた無線機で見知らぬ相手と交信しているかのような不明瞭さだった。


『り、――すか、――テリ、――しも、ま、――にた、もし――』


「もしもし、もしもしっ!? おい、プロトコルっ……!?」


 意思疎通を図ることが出来る地球人と出会えたとはいえ、雅人にとって未だここは未知に等しい未開の大地であり、そしてプロトコルはこの世界唯一の水先案内人。そんな頼みの綱との唐突な通信悪化に彼は途惑い、そしてその焦りを一瞥したミヤビは、自らの繊手でそっと口元を隠し、密かに笑みを浮かべるのだった――


「……クククククっ!」

4月16日修正。

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