プロローグ
「滅殺っ!」
六道雅人はそう叫ぶと翳した武器を振り下ろした。
その形状はスレッジハンマーを基本として柄の先端は槍状、頭部の両打撃面には魔法陣のような図形が描かれている事を特徴としている。
「グォオオオオオっ!」
対する相手は、醜い黒豚を人間のように直立させ上半身の筋肉だけを不自然なまでに肥大化させたモンスター。
そして雅人の武器に描かれた魔法陣が化け物に触れると一瞬のうちに接触部分へと刻印、見る間にモンスターは藻掻き苦しみ萎れ、そのまま枯死するのだった。
「……相変わらずだな」
雅人の背後には同じく醜い黒豚のモンスターと戦闘中である銀髪八咫の美麗な女戦士――ミヤビがおり、彼女は眼前の敵と今まさに対峙しているにもかかわらず彼の武器の性能に眼を奪われていた。
「グルル、グワァ!!!」
その隙を見逃すまいと黒豚のモンスターが襲い掛かるが、
「……遅い」
彼女は素早いだけで単調な動きの剛腕を躱すと一歩踏み込み、黒豚の左眼にサーベルを突き入れ左眼球と涙骨の間を滑らせるとそのまま眼底や脳、そして後頭部に至るまでを貫通させる。更にそれだけには留まらず脳漿と血を滴らせたサーベルを瞬時に引き抜くと真一文字に薙いで化け物の首を切断した。
「いや、遅いのは……私の方か」
ミヤビの一撃も文字通り瞬く間の出来事。にもかかわらず雅人は既に五体のモンスターを枯死させている。向こうは武器の打撃面を相手に触れさせるだけで良いという事を考慮したとしてもなお驚くべきその速度差に、彼女は軽くため息をつくしかなかった。
「……まったく、貴様という男は」
――以前に互いの昔話をした時は、「とにかく無気力だった」と言い張っていたというのに。この世界に来て、そんなにも何かを勝ち得ようと我武者羅になれるのだから、な。
魑魅魍魎が跋扈する、地球とは異なった世界に彼らは今、その身を置いている。
ある者は事故に会いふと目を覚ましたら、またある者は病に倒れ薄れゆく意識の中で突然の覚醒と共に。そして雅人のように、特段何事も無く一日を終え床に就きいつも通りに起床したと思えば。
とにかく様々な事象を経て、何者かに選ばれた彼ら地球人はある日突然、この異世界――【オブシンリィ】で生きる事を余儀なくされたのだ。
「キュウ……クルルルルっ……」
ミヤビが紺色の礼装用軍服に付いた塵を繊手で掃うと鳴き声が聞こえた。視線を移すとそこには頭部を欠損し切断面からドロリとした血を垂れ流す亡骸と、その亡骸に縋るような仕草で寄り添い鳴き続ける小型の黒豚。恐らくは親子なのだろう。
【オブシンリィ】の大部分は海や森林、平原、山岳地帯であり村や街は点々と存在しているに過ぎない。そんな、大自然の支配する世界においてまだ生まれて間もない幼子が親を亡くせば、
「せめて苦しまぬように、とは言わん。せいぜい藻掻き嘆き苦しむがいいっ!」
それはすなわち、――己の死を意味していた。
「これは……」
周囲のモンスターを全て抹殺した雅人は、頭頂部の中心から正中線を通り真っ二つとなったモンスターの亡骸がミヤビの足元に転がっているのを見るや否や思わずそんな言葉を漏らした。よく見れば首には指の跡がはっきりと残っている。
「……どうした? 怖気づいたか?」
銀髪から透けて見える緋い虹彩は非常に挑発的で、慣れぬ者が見れば嘲笑されているようにしか感じられないだろう。
だが、――それは違う。
彼女があえてそんな行為に及ぶのは、すなわち雅人がどう返答するのかが自明の理だからだ。つまりはちょっとした、戯れに過ぎないのだ。
「いや……もう、決めた事だからな」
そう、それは幼子をくびり殺す事と同等の、ただの戯れ。
「ふふっ。さすがは雅人、【滅殺呪印】の使い手なだけはある」
【オブシンリィ】は異世界であり、地球上では考えられなかった異世界特有の物理科学――魔法のような現象がいくつか確認されている。しかしそれは元地球人や原住民達の人智が及ぶ原理では到底なく、事実彼らは魔法を使えなかった。
それは武器に関しても例外ではなく、たとえばミヤビの持つサーベルは豚の首を跳ね飛ばし背骨を縦方向に切断してもまったく切れ味に影響が出ない程度の強度があるというだけで極々一般的な物に過ぎない。雅人の持つ【滅殺呪印】だけが突出して特異な存在なのだ。
「あぁ、これが何なのか未だによく分かんねぇけどさ……でも俺は決めたんだ、」
そして雅人は眼前に広がる、少なくとも平原に立つ一人の人間から見れば無限にも思える異世界の宙を見渡しながら改めて宣言した――
「この世界に存在するモンスターを一匹残らずブチ殺す、ってな」
1月15日修正。
+++
作者twitter
https://twitter.com/CrCrCrucifixion