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第8話: 困惑

お腹が大きくなるにつれて、夫はだんだんと自覚が生まれてきたようだった。

それでも、あたしが体調が悪くても、飲み歩いて、遊び歩いて、不安な日は重ねていたけど、でも、言葉の暴力は少なくなっているようだった。


それだけで、あたしは安らいでいた。

明け方帰って来ようと、それも付き合いならば仕方ないし、って思えたし。


とにかく、うまくやっていきたかったんだ。



いよいよ出産ってときになって、駆けつけてはくれたけど、あたしは誰も傍に居て欲しくなかったから、母親でさえ外に居てもらって、一人で陣痛を越えて出産した。


女の子だった。


春の日なのに、その日は雪がちらついたんだ。 決して忘れない日になった。

そして・・・

何故か、お腹から出てきた子を、心から歓迎して喜んでいたのは紛れもない事実だったのに、寂しくて寂しくて仕方なかった。


もう一度、このあたしのお腹の中に入れて欲しいって思うぐらい、寂しくてどうしようもなかったんだ。


ふと、お世話をしにきてくれた看護師さんに言った。


「看護婦さん、もう一度、私のお腹に赤ちゃん戻してほしい・・・」


「え?!そんなこと初めて聞いたわ!! 10ヶ月、苦しかったでしょう?あなた、切迫流産で入院もしてるし・・・」

「いえ、一番幸せでした。 あの子がお腹にいて、ずっと一緒でいられたから。 だから、あの子が無事に生まれてくれたことはすごくありがたいんだけど、寂しい。 どう言っていいかわからないんだけど、寂しくて仕方ないんです。」

「大丈夫? でもね、すぐに、忙しくなるし、赤ちゃんと居られることが幸せになるるわよ。」


そう言って、・・・っていうか、どう言っていいかわからないように、看護師さんは処理を終えて病室を出て行かれた。


言ってることはわかるんだけど、でも、どうしようもないこの気持ちは、どこへ向かえばいいんだろう? 



1週間が過ぎて、退院してからは、看護師さんの言うとおり忙しくてそれどころではなくなっていた。

しかも、殆ど彼女と一対一で過ごす毎日。

夫は・・・帰って来ない。


一人きりで育てているようなものだ。

だけど、彼女がいるだけで幸せだった。



子供が生まれてから、夫は、また元に戻ってしまったように、いや、以前よりも酷くなって、家を省みないし、暴力的な面は増長していってたように見えた。



殆ど眠れない日々の中、あたしの頭も壊れかけていたのかもしれない。


彼女が2歳になったころから、夫が帰ってきてから、一人、真夜中に車を走らせることが多くなっていった。

何もない。 ただ、車を走らせるだけで、自分の時間を作りたかった。 ストレス発散だったんだろう。 夜眠れない。 家計を支えるために仕事にも行き始めた。 そして一人で子育てをする。 夫の暴力的な態度。 我慢が足らなかったのかもしれないけど、あたしには限界だったんだ。


そして、帰ってくると、また夫に攻められる。



そんなとき、久しぶりに、友達から誘われた。

「行ってくれば」

夫の了承を得て、出かけることになった。



あたし以外のみんなは、生き生きして見えたよ。

あたしだけ、くすんでるみたいだった。 それなりに、OLのときはオシャレもして、楽しんで生きてて、みんなと変わりなかったのに。

今は一人、所帯じみた、くすんだあたしがいる。 


昔のように、楽しく飲んでたら、昔行きつけだったその居酒屋の扉が開いて、にぎやかな連中が入ってきた。

そこに・・・タキがいたんだ。


あたしの目は、きっと、元々の小さいけどくるっとした目をもっとくるくるっとして、タキを見つめてたと思う。


「久しぶり!」

タキは、普通だった。

「元気か?」

「うん、元気だよ。」 普通を装ったよ。


「変わんねーな。」

「そおかな? タキも変わんないね!」

「あぁ。」


ほんと、変わんない。 その、『あぁ』も。


タキの友人が、

「どうせなら、一緒に飲みましょうよ!」

って、言ってきて、一緒にわいわい飲むことになった。 みんな後輩だし。


楽しかった。

昔に戻ったみたいだった。

やっぱり、間違ってたんだろうな、って、ちょっと思ってしまうぐらい、楽しかった。

でも、間違ってたって言ってしまったら、大切な子供を否定するみたいだから、言わない。 これで、良かったんだ、って、思い込んだよ。



かなり盛り上がって、3件目まで行ってしまって、また夫の顔が浮かんだけど、まだ帰りたくなかった。


みんな、『明日があるから・・・』って、帰ってしまって、結局、タキとあたしが残った。



「幸せか?」タキが口を開いた。

「・・・・・ん」

「幸せじゃないのか?」

「子供ができてね、命だよ、あたしの。だから、幸せ。」

「そんなこと、聞いてねーだろ? 幸せなのかよ?」

「だから、子供があたしにはいるからね、幸せだよ。」


「全然、幸せじゃなさそうだろ? 自分でわかってんだろ?!」

「タキには関係ないでしょう? あたし、自分で決めたんだし。」


「子供、連れて別れろよ。 俺、そんなに収入ないけど、二人で働いたらなんとかなんだろ?」

「幸せだって、言ってるでしょう?」

「俺、いい加減だったかもしれないけど、いい加減にミーのこと見てたわけじゃない。 だから、ミーが幸せなのかどうかは、わかる。 そんなの見たら、ほっとけねーだろ?」


「もう、遅いんだってば。 タキは、いつも遅いの。 前に言ったでしょう? なら、なんでもっともっと早く、結婚しなくてもいいから、あたしを安心させてくれなかったの? ずっとずっと、好きだったんだよ。 あたしも、酷いことしたけど、気付いてからは、タキにどんなことされても、それで良いって思うぐらい好きだった。タキじゃないと、あたしはダメだったんだよ。 でも、タキは、違ったじゃない。 もう、遅いんだって」


「悪かった。 俺、すんげぇ意地張ってたし、ミーが大人になってくの、怖かったし。 結局、俺が子供過ぎたんだよな。だけど、今は、あの頃よりは大人になったと思う。」


考えた。 

すぐ様、あたし一人だったらタキのところに、タキの胸の中に、昔のように飛び込めただろう。でも、あたしには、自分の命よりも大事な子供がいるんだ。


「タキは、それでも甘いと思うよ。 あたしと、子供を、って、やっぱり無理だと思う。タキは、タキがもっと自分の子供を、って思うときに、タキに合う人に出会ってから結婚したほうが良いと思う。 だから、バイバイ! 今日、楽しかったよ。」


そう言って、あたしは帰路についたよ。


だって・・・無理だもん。

でも、好きなんだって、また実感しちゃったじゃん。


神様って、いるの?

それとも、意味があって、あたしとタキを再会させたの?

辛すぎるよ。 



そして、帰宅しても、辛すぎる。


青あざの出来る暴力を振るわれたよ。 追いかけられて、首を絞められて、『死んでくれ』って。

あたしは、どうすればいいのかも、もう考えたくなくて、

「うん、殺して。 もう、いいから」

そう頼んだ。 何も、考えられないぐらい、疲れきっていたのかもしれない。


そう言ったら、夫は首を絞める手を緩めて、あたしを抱こうとした。

あたしは、首を絞められるときとは考えられないぐらいの力で夫に抵抗したけど、犯されるように、ように、というよりは、まさに夫に犯された。



あたしの心は、心がハートの形をしているとしたら、端っこだけかろうじて残っているぐらいで、もう、跡形もなく壊れようとしていたんだ。

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