エピローグ そして、大団円……?
エピローグ そして、大団円……?
是岩高校の生徒会長は、荒磯もも、という。
本来なら彼女は副会長であったのだけれど、会長が突然の転校をし、自動的に繰りあがったのだ。しかしももは優秀で、空席になった副会長のぶんの仕事も難なくこなし、今や誰もが、ももがもともとからの生徒会長だと認識していた。
皆、転校していった生徒会長のことを忘れている。どんな男だったか――性別さえも忘れられている中、中ノ森恭一と名乗っていた人物のことをはっきりと覚えているものが、何人かいた。
「いいの。悠翔になら、いいから」
きっぱりとそう言って、瑠音は覚悟を決めたようにぎゅっと目をつぶった。
授業がすべて終わり、夕暮れの放課後。
ここは、西校舎の裏だった。茂った木々の葉が陽射しを遮断し、湿ったにおいのする場所にいるのは、瑠音に悠翔、那奈に莉奈のふたご。
「さ、やっちゃって!」
「そんな、今から拷問でも受けるみたいな……」
「だって、拷問みたいなものだもん!」
那奈が、瑠音の前に立つ。瑠音の肩に手を置き、顔を近づける。そっとくちびるが合わさり、その光景を悠翔は見ていた。
実際のところは、目を逸らしていた。美少女同士のキスシーンを見たいという気持ちが、まったくないといえば嘘になる。しかし片方が自分のご主人さまで、彼女がそれこそ拷問でも受けるかのような悲痛な顔をしているとなれば、真正面から見る勇気はとてもなかった。
「なぁ、霊仙薬って、口移しにしかやれないものなのか?」
小さな声で、莉奈に尋ねる。莉奈はうんとうなずいた。
「瑠音は、永遠に霊仙薬を摂取しないといけないのか?」
こちらの問いには、莉奈は首をかしげる。
「もっと位が上がって、妖仙でなくなれば、あるいはね。でもあたしたちも妖仙だから、それ以上のことはわからない」
「そっかぁ……」
ちらり、とキスをしている瑠音と那奈を見た。瑠音は眉間に皺まで作っていかにもいやそうで、一方の那奈はやはり楽しそうに瑠音を引き寄せ、深いキスを見せつけている。
「悠翔は、仙人なんじゃない。妖仙よりも位が高いんだから、そういうこと、悠翔のほうがわかるんじゃないの?」
「仙人、たって……自覚なんか、まったくないし」
うつむきかけた悠翔は、目線の端に映ったものに目をとめた。
(……紫……?)
なにか、頭の中がもぞもぞするような感覚があった。目の前の瑠音と那奈はくちびるを離し、くっきりと眉間の皺ができている瑠音も、悠翔が視線をとめた場所を見た。
(紫の、長い……髪……)
「紫姑っ!」
瑠音が叫んだのに、悠翔もびくりとした。そう、あれは紫姑――天界から瑠音をとらえるために遣わされた仙人で、トイレにしか出られないのだという。
(あ、ここ……トイレの裏だ!)
そう気づいたときには、もう遅かった。紫姑は「瑠音ーぇ!」と叫びながら瑠音に襲いかかろうとするし、瑠音は悲鳴をあげて逃げようとする。
「瑠音!」
悠翔は叫んだ。仙人になったおかげで強靱な肉体を手に入れた彼は、地面を蹴って瑠音を抱き寄せる。お姫さま抱っこの体勢で紫姑をかわし、靴の裏を鳴らしながら翻って駆けだした。
「逃げるぞ、瑠音!」
「うんっ!」
追っ手である紫姑を見て怯んだものの、悠翔の腕に収まって安堵したらしい。彼女は、腕を伸ばした。悠翔の首に腕をまわし、ぎゅっと抱きついてくる。
「落とさないでね」
「そんなこと、するわけないだろう?」
悠翔は笑い、瑠音も笑った。下校している生徒たちが驚く中、瑠音を抱きあげた悠翔は、笑い声を絡みあわせながら、夕暮れの中を駆け抜けていった。
〈おわり〉