召喚! 2
「来たれ
地獄を抜け出しし者
十字路を支配するものよ
汝
夜を旅する者
昼の敵
闇の朋友にして同伴者よ
犬の遠吠え
流された血を喜ぶ者
影の中墓場をさまよう者よ
あまたの人間に恐怖を抱かしめる者よ
ゴルゴ モルモ 千の形を持つ月の庇護のもとに
我と契約を結ばん」
朗々とした、美しい詠唱。
唱えたのは一人の若い女性。
何日も洗っていないのか、髪はテカテカと脂でべたつき、うねっている。
ろくに手入れしていないよれよれの黒いスーツを乱暴に着ている。
しかしピンと背はまっすぐで、何より髪からのぞく目はぎらぎらと光っている。小柄で、髪のせいでわかりづらいが気が強そうな目鼻立ち。
向かい合うように、気の弱そうな青年が立っていた。黒く真新しいスーツをきっちり着こなしていた。整っているが目が離れているため犬を連想させる顔立ち。柔らかな色素の薄い髪。気弱そうで吹けば吹き飛び、もう二度と戻ってこなさそうな、儚い印象を与える。
静かな空間。
「・・・・・・空しくないんスか?」
「うっさい!」
省エネのため電気が半分消えている取調室に、二人の男女がいた。
足元に難解な文字で書かれた魔法陣が描いてある布を敷いていて。二人はその魔法陣の端に向かい合うようにして立っていた。
「あぁもうっ! 間違ってないはずなのよ! 『彼奴』を呼びだす方法はっ!」
「先輩、まだかろうじて二十代っスよね? 『きゃつ』って……」
「うっさいうっさい! 黙んなさいよッ! それに私は二十三よ! かろうじてじゃないッ! なんでよッ なんでなんでっ」
「先輩、呪文が間違ってるんスよ! だって『きゃつ』って外国の悪魔だし! 日本語じゃないんですよ!」
「じゃあどこの悪魔だっていうのよ―――――――――――――ォォォォォッ!!!!!! イ―――――ィィヤ―――――ァアァ!! もういじめないで!! なんとかして―――――――――ぇえぇぇぇ!」
「せ、先輩!? 落ち着いてください!」
突然ヒステリーを起こし始めた上司に青年は情けない声をあげた。
「もうイヤ!! もうイヤ!! 今週ずぅっと泊まりがけだし風呂入ってないしからだべ、べとべとだし気持ち悪いし臭いし、昨日息抜きにレストラン行ったら断られちゃって、頭ぼさぼさで、通りすがったちっちゃい子にはこわ、怖がられ、ちゃ、ちゃってぇぇえぇ・・・・・・ぁぁぁぁぁああぁあぁあああぁぁぁぁん」
「………」
いきなりまくし立てて突然泣き始めた上司に、青年はかける言葉が見つからない。
あまりの事態に思わず天井を仰ぎ、小さい頃に祖母に教えてもらったおまじないを口にした。
「バズビ
バザーブ
ラック
レク
キャリオス
オゼベッド
ナ
チャック
オン
エアモ
エホウ
エホウ
エーホーウー
チョット
テマ
ヤナ
サパリオウス・・・・・・」
拙い詠唱。技術と言えるものはなく、音程もばらばら。
しかし飾り気がなく、
素朴で、
どこか一途で祈りのような
魔法陣から、白いドーム状の光が広がった。
「!?」
「!???」
突然のことに、泣いていた女性も口をつぐんで泣きやんだ。驚き、眼を見開く。
青年は尻もちをついた。