悪魔堕ち
俺の名前は高橋俊明。とある地方都市の公立高校に通う高校2年生だ。小学生の頃からサッカーに明け暮れる毎日を送っている。ポジションはFW。自慢ではないが、1年生からレギュラーをはっている。引き換えといっては何だが、おかげで学業の成績は芳しくない。教師からは、頭は悪くないのだからまじめに勉強すればのびるとは言われているが、とりあえず今はサッカーだけに集中したいと考えている。俺にも志望の大学はあるが、1浪、2浪程度は覚悟しているので、大学のことはとりあえず3年の冬の選手権が終わってから考えればいいと思っている。いや、思っていた。思っていたんだが・・・
この日も俺は、授業が終わると部室へ向かうために席を立つ。教室を出ようとすると、後ろから誰かに思い切り衝突された。
「ってーな、誰・・・」
「わりぃ、高橋。ちょっと急いでんだよね。」
このプラチナに近いような金髪と濃いアイメイクの女は・・・
佐藤詩織だ。進学校ゆえにそこまで派手ないでたちをするような生徒はあまりいない中でのこの容姿では間違えようもない。俺が怒る暇さえ与えず、香水の甘ったるい匂いを残してあっという間に佐藤は去ってしまった。
「ったく、何だってんだあいつは最近。」
いままではとてもさわやかないい女タイプの美人だった佐藤なのだが、ここ最近突如としてギャル系女に変貌を遂げてしまった。俺達クラスメートはもちろん、周囲の戸惑いは尋常なものではなかったが、彼女の勢いに遠巻きに見ていることしか出来ず「転校した彼氏を追っていった挙句にひどい振られ方をして、そのショックでああなってしまったんだ。」「いいや、きっと何か悪い仲間に引きずり込まれたに違いない」などと、あるようなないような噂がささやかれていた。
運動部の部室棟は校舎のすぐ裏手に建っている。いつものように昇降口を出て校舎を回りこみ、部室へと向かう。練習までまだかなり時間があるし、この時間帯はまだ部室棟はひっそりとしている。俺は全体練習の前にひとりで自主練をするのが日課になっているからこういう雰囲気にも慣れっこになっているが。
部室のドアを開けると、いつものように静まり返って誰もいない・・・いない?
いや・・・いた。
部員ではない。というか、生徒でも、先生でも、とりあえずこの学校の人間ではないことは誰が見ても明らかだった。
誰だ・・・・・コイツ?
そこには中学生ほどの一人の少女がいた。部室の隅のパイプ椅子に深く腰掛け、セーラー服を身にまとい、髪は栗色のウェーブがかったツインテール、とても色が白く、スカートから伸びる細い足を大胆に組み、腕も同じく組んで目線をこちらに向けながら口元に不遜な笑みを浮かべている。そのポーズと態度はかの有名な北高の団体さんを連想させるが、この少女は普通の同世代の女の子達とは明らかに異なった雰囲気をかもし出していた。
こちらの背筋が寒くなるような冷徹な視線と、10代前半の少女とは思えないその落ち着きと貫禄が見えないオーラのようになって立ち昇っていた。いや、「見えない」オーラなどではなかった。その少女を普通のヒトならざる存在にしている最たる原因は、その物質的な外見にあった。
「本当に」オーラのような黒い靄のようなものが彼女の体から噴き出し、彼女のまわりをゆらゆらと漂っていたのだ。それだけではない。
眼が・・・紅い。
普通の東洋人ならブラウンであろう虹彩の色が、少女は深紅に近い鮮やかな赤色に染まっていたのである。
な、何だコイツ?何なんだ??
知らない間に、俺は体を硬直させたまま立ち尽くしていたらしい。その少女はぷっと吹き出すと、
「何じゃ?いつまで突っ立っておる。ぬしの部室なんじゃろう?そんなところで呆けてないで、中に入ったらどうじゃ」
と、これまた珍妙な口調で楽しそうに、意地悪げにしゃべった。
「あ、ああ。」
意識が完全に内に入ってしまっていた俺は、突然の少女の言葉に素直に従ってしまう。カチャリとドアが閉められる。電灯もつけられていない、窓の明かりだけの薄暗い部室の中で、俺とその少女は1対1で向かい合う形になっていた。少女は腕組み足組みのポーズを崩さず、かたや俺は練習着やスパイクの入ったショルダーバッグのベルトを握り、立ち尽くしたまま。
「何だ?お前。どっから入ってきた?」
まず聞くことはそこからだ。彼女の着ている制服は見覚えがあったので、市内の中学校のものではあるだろうが、この高校の周辺ではほとんど見かけないものだ。それを聞くと、少女はようやくポーズを解いて立ち上がり、こちらに向き直ったがその口から出てきたのは俺の問いに対する返答ではなかった。
「ふーん。その様子を見ると、やはり『見えて』おるようじゃのう。ふむ、やはりわらわのアンテナは感度が良い。」
は?いきなり何を言い出すんだ。
「何が見えているって?」
思わず聞き返してしまう。
「これじゃよ。」
少女は右手の掌を上に向けて胸の前にかざす。すると
ボウッ、と掌からこの少女がまとっている黒い靄のようなものが、炎のように噴き出してきた。
「うわっ!!」
思わず声を出す俺。
「ほら。やっぱりちゃんと見えておるのう。この『瘴気』が。」
少女はニヤリとして言う。
「ショウ・・・キ?」
「うむ。瘴気じゃ。俗世でいう、魔法、魔術の類をおこすためのエネルギーのようなものじゃ。まあ、わらわにとっての活力源でもあるがな。」
そう言うと右手の黒い炎は消え、少女は右手をおさめた。
「はあ・・・魔術、ねえ。」
俺の頭は当然のように混乱していた。瘴気?魔術?そんなの空想SFファンタジー小説の架空の産物でしかない。世界中のいたるところに魔術や呪いめいたものが伝承されているとしても、その中のどれひとつとして客観的、科学的にそれが確かに「ある」と存在を証明されたものはない。普段の俺だったら少々妄想癖のある中2病少女のたわ言にしか受け取らなかっただろう。「はいはい。君の話はよーく分かったから、とりあえず出てってもらえるかな?」くらいのことは言えたはずだ。だが、現実に目の前でそれが「見えて」しまっている以上、分かったような分からないような曖昧な返事をするしかなかった。
「うむ、魔術じゃ。そして、この瘴気がはっきりと見えるということは、ぬしもこの魔術を扱う素質があるということじゃ。まあ、だからこそわらわはぬしに用があるのじゃがなあ?高橋俊明よ。」
「俺が、魔術を?てかお前、なんで俺の名前知ってんだ?」
どうやらこの少女はもとから俺目当てでここに張り込んでいたらしい。
「わらわはぬしのような魔術の素質のある者を探しておった。この世界ではそんな者はそうたくさんは存在しないからのう。ぬしは貴重な存在なんじゃ。しかも観たところ、なかなか魔力感度が高い。わらわの洗礼を受ければ、すぐに一線で活躍できるA級の魔術師になれるじゃろうなあ。そうすれば・・・」
「ちょっとまて。」
俺はたまらなくなってさえぎった。
「さっきから全然話が見えない。まずは俺の質問に答えろ。お前は誰で、いったい俺に何の用があるんだ?」
ほうっておくと、勝手にどんどん話を進められかねない。
「おっと、それは道理じゃな。なにせ数百年も黒魔術書に封印されていたのでなあ。ずっと独り言しか言ってこなかったからまだ他人と会話する感覚がイマイチでな。よし。簡潔に教えてやろう。わらわは魔王じゃ。」
「マオウ?」
またよく分からないことを言い出した。
少女の口から、もともと自分はこの世界ではない別の異世界で魔王として君臨していたこと。それがある日とある反乱分子によって不覚にも魂を抜き出され、1冊の本に封印され、異世界つまりこの世界に捨てられたこと。そのまま数百年間本に封印されたままになっていたが、それがこの間奇跡的に封印を解くものが現れたこと。そして封印が解けた今、再び元の世界に戻ることを望んでいることなどが長々と語られた。
「なるほど。」
とりあえず「ファンタジーとしては」面白い話だ。
「それで、俺がその話を全面的に信じるとして・・・だ。じゃあお前のその体は?」
「うむ。わらわの封印を解いた少女のものじゃ。名は鈴木明日香という。まあ、もうわらわの体も同然の状態じゃがな。彼女には悪いがほぼ乗っ取らせてもらったのでな。」
さらっと恐ろしい事を言う。
「ふーん。そうだとして、じゃあ最後の質問。いったい俺に何の用があるんだ?」
「わらわのしもべとなれ。」
少女は言い放った。
「は?」
俺は耳を疑った。
「わらわが元の世界に戻るために、強力な家臣は不可欠じゃ。わらわに仕えよ。わらわのために尽くせ。わらわのために働け!!喜ぶがいい。ぬしはわらわのしもべにとして十分なほどの素質がある。」
そういうと少女は再びニヤリと笑った。
「ちょっと待てよ。」
本日2度目の「待て」を吐いて、俺は続けた。
「いきなり何を言い出しやがる。さっきからこっちがおとなしく聞いてればいい気になりやがって。確かに俺にはその黒いのが見えるがなあ。でもお前の話なんか到底信じられねえよ。その黒いのもどんなトリック使ってるか知らねえけど、そんな話、信じるやつの方がどうかしてるぜ。お前、いったいどこ中の生徒だよ?高校生おちょくるのもいい加減にしろよ?」
少女の紅い眼と黒いオーラのようなものには動揺したが、やはり何か胡散臭さがあり、どう考えても中2病患者の中学生のイタズラのようにしか見えなかった。紅い眼はカラコンかなんかなのだろう。黒いのは・・・よく分からないが、とりあえずなにかの化学実験を応用したトリックなのだと勝手に推測した。
そう考えれば考えるほど、少女が滑稽で、おかしく見えてきる。この少女が俺をからかうつもりなのか、本人としては大真面目なのかは知らないが、どっちにしろ少し頭のネジが飛んであるに違いない。それにしても魔王なんて、いまどき古ぼったいボスキャラを選んだもん・・・
バシュン!!!!
俺の右耳の上辺りを何か熱いものがかすめていった。とっさに振り返ると、その弾道の先であろう壁には直径3センチほどの穴があいており、穴の縁の焼け焦げた部分からはかすかに煙が立ち上っていた。
背筋がゾッとして少女のほうへ振り向くと、さっきまでのニヤついた微笑が嘘のような恐ろしい表情をした少女が右手の人差し指をこちらに構えていた。その指先からも煙が立ち上っている。
「これでもまだ信じぬというか!?なら次はその頭がスイカ割りみたいに飛び散るぞ!?まったく。こちらが下手に出ていれば・・・。今のぬしとわらわには絶望的なほどの立場の差があるのがわかったじゃろう。ぬしにわしの言葉を拒否する権利などなどもとから存在しない!わかったか!」
冷徹な声で少女は宣言した。
「あ、ああ。」
どうやら俺の仮設は完全に否定されてしまったらしい。おとなしく従うしかなさそうだ。
「よろしい。ではぬしに我が隷属の証である黒の腕輪を授けよう。」
そう言うと、俺の左手首の周りが黒く光だし、収まったときには黒光りする腕輪がはめられていた。
「これでいい。それでしばらく過ごしていれば、その黒の腕輪に封じたわらわの魔力がぬしになじみ、ぬしをわらわのしもべにふさわしい心と体にかえるじゃろう。」
「心と、体?」
「今は分からずともよい。すぐに分かることじゃ。そなたは普通に生活していれば良いのじゃ。」
「はあ。」
俺は生返事をする。
「これでひとまずは終了じゃ。じゃあの。我がしもべよ。また来る。」
そう言うと、少女は黒い靄を大量に巻き上げ、おさまったときには少女の姿は跡形もなく消えていた。
「・・・・なんなんだよ。まったく」
大きくため息をつくと、俺はその場に座り込んだ。
夢じゃ・・・ないんだよな。少女の残していった黒い靄の消え残りと、壁の穴。そしてこの左手首の真っ黒な腕輪。俺の脳が今までの出来事を「夢」として処理するのを阻むのには充分すぎるほどの物証だった。
「もう、今日はとりあえず家に帰ろう。」
こんな出来事があったということもあるが、それよりも今腕輪をはめられてから、妙に全身がだるくて、熱っぽいような感じがしていた。ひとまず家に帰って様子を見た方がよさそうだ。スパイク入りのカバンを再び肩掛け、俺は重い足取りで部室を後にした。
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
俊明の高校に程近い神社の境内。そこに黒い旋風が巻き起こると、先ほどの少女、いや、魔王が現れた。
「ふむ。なかなか上玉の素体じゃったな。あれはいい黒魔法少女になるぞ♪」
魔王は満足げにつぶやく。すると、魔王の頭の中で、突然声が響いた。
『・・・て。やめてよ!あたしの体、返して!!』
「む。しまった」
そうすると、魔王の体はもだえ始め、紅かった眼がだんだんと普通のブラウンにもどり、そしてもだえも収まった。
「ハア・・ハア・・ハア・・・。私の・・・体を・・・返しな・・・さいよ・・・この体は・・・私のものなの!!」
肩で大きく息をする少女が発している言葉は、間違いなく魔王のものではない。鈴木明日香の言葉だった。
『驚いた。まだそんな力が残っていたとはのう。おぬしの意識は完全にのっとったと思っておったのに。』
今度は「明日香」のなかに「魔王」の声が響く。
「よくも!私をだましたわね!!私の中にちょっと居候するだけだって嘘をついて!」
『ハハハ!仕方なかろう明日香!久しぶりにあの魔術書をひらいたのはぬしじゃった。しかも黒魔術の力を欲しておった。これはチャンスだと思ってのう。もともとぬしには魔術の素質など皆無じゃ。だがわらわの魂をその体に宿せば多少の魔術は使えるようになる。だからわらわはぬしに契約を持ちかけたのじゃ。わらわの封印を解き、魂の共生をする契約を。それに、そうはいうがぬしはわらわの助力によって得た魔術を思う存分使ったではないか。もう満足じゃろう?まあ、おかげで瘴気がこの体になじんでわらわがこの体を頂きやすくはなったがのう。』
「そんな・・・そんなこと!こうなるって分かってたらそんなことしなかった!」
『呪術や魔術のような人外の力を、ぬしのような何の変哲もない人間が使うのなら、それ相応の代償が必要になってくるということを肝に銘じておくがいい。この世界にも「人を呪わば穴二つ」という良い戒めの言葉があるではないか。フフ、まあ全ては後の祭りじゃがな。』
「だって・・・だって・・・」
『さて、そろそろわらわの体を「返して」もらおうか?この体の主はもうわらわじゃ。』
「そんな、だめ!!いやああああ!!!」
体は再びもだえ始め、瞳が再び紅く染まっていく。「魔王」の意識が表に出てきた。
「ふう。まったく。こう体の中に二つの魂があっては窮屈でかなわんなあ。」
頭の中では、明日香がまだ何か叫んでいるようだった。
「明日香。わらわはぬしと口論するのはもう飽きた。ぬしには新しい体をやる。わらわの使い魔にでもなるがいい。素体は・・・そうじゃな、あの猫でいいな。」
境内のすみには、ちょうど1匹の白猫がうずくまっていた。
「さて、じゃあ。魂を移すぞ。ああ、ぬしのヒステリックな叫び声から開放されると思うとせいせいするのう。」
魔王が頭に右手を当てると、白く光る球のようなものがその手の中にこぼれ落ちてきた。それと同時に、今まで頭の中で聴こえていた明日香の声がぱたりとやむ。その球はまさしく明日香の魂だった。
「それ、ポーンっと。」
魔王はその球を白猫に向かって投げつける。球は、その猫にぶつかると、激しく発光してはじけた。しばらくあたり一面がまぶしい光に覆われる。
その光が収まると、そこには、1人の裸の女の子が倒れていた。胸がなく、身体年齢としては10歳くらいだろうか。かわいらしい顔をしているが、髪は先ほどの白猫のように白く、頭には猫の耳、尻からは猫の尻尾が生えていた。こちらも同じく真っ白である。
耳と尻尾がぴくっと動き、猫耳少女は眼を覚ました。その瞳の色は金色で、猫のように縦に割れており、既に人外のものとなってしまっている。
「うむ。うまくいったようじゃの。」
この言葉に、猫耳少女となった明日香は魔王の存在に気付き、なにか喋ろうとするが、
「にゃあ。うにゃあ。」
明日香の口からは猫の鳴き声のようなかわいらしい声しか出てこない。
「ああ。ぬしはもう喋れんよ。なに、使い魔になったのだし、喋る必要もないじゃろ?」
そう言うと、おびえた眼でにゃあにゃあ鳴いている明日香を抱きかかえ、
「さて、そろそろぬしの兄、いいや姉が帰ってくる頃じゃ。わらわも家にかえろうかの。」
黒い旋風を巻き上げ、境内から消えていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
熱っぽい感じは家に帰ってからも収まることはなかった。いや、むしろすこしずつひどくなってきていた。全身のだるさは相変わらずだ。体が重い。俺は母親にどうやら風邪気味らしいと告げてベッドで横になっていた。さっきからこの黒の腕輪を何とかはずそうと試みてはいるが、硬い金属様のもので出来ているそれは、帰り道にコンクリートにたたきつけても傷1つつくことはなかった。
心と体がふさわしいものにって・・・・。少女の言葉を思い出しながら、とても不安な気持ちになっていたが、何をしても外れそうにない腕輪に疲れ果て、いつしか眠りに落ちていった。
次に僕が眼を覚ましたのは、お姉ちゃんが夕ご飯の支度が出来たと呼びにきた時だった。
「俊明ー。入るわよー。なんか風邪っぽいんだって?夕飯出来たんだけど、食べられそう?」
「うん。大丈夫そうだよ。ありがとう、お姉ちゃん。」
僕は至極いつもどおりに答えたつもりだったが、お姉ちゃんはこの返答に何か戸惑いを感じたらしい。
「え・・・?俊明?あんた今お姉ちゃんって言った?」
「え?だってお姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ?・・って、ええ!?」
僕は違和感に気付いた。たしかここ数年、僕は姉のことを『姉貴』と呼んでいたはず。それが何の違和感もなく・・・
「あ、あれ?お姉ちゃんって、何を言ってるんだ僕は?」
それを聞いてさらに驚く姉?
「僕ぅ!?あんなにクソ生意気でかわいげのなかったあんたが一体どうしちゃったの?」
「いや、えっとコレは。ぼく、お・・俺だよ。いやだなあ。ちょっと寝ぼけただけだって。」
なんとか誤魔化すが・・・あれ?なんでモノローグまで普通に僕って言うようになってるんだ?俺って言おうとするとなんかものすごい違和感を感じる。どうしちゃったんだ?
「あ・・・そう?そっかー。そうだよね。うーん。でも久しぶりだったなあ、俊明にお姉ちゃんて呼ばれたの。あたしはいつでもお姉ちゃんに戻してくれてかまわないわよ?そのほうが可愛いし☆」
「う、うるせえよ・・・あ、姉貴!」
できるだけいつもどおりにしゃべろうとするがどうもいつもの勢いが出ない。
「今日の俊明、なんだかなよってしてて可愛いなあ。風邪引くとこんなんなっちゃうんだあ。あはは、新発見!いいなあ。俊明、ずっと風邪ひいててくれないかなあ。」
「そ、そんなことないって。」
と、立ち上がる僕を見て、お姉ちゃんはまた何かが気になったようだ。
「こ、今度は・・・何?」
「あんた。少し顔が変わった?なんか少し優しい顔になった気がするんだけど。それになんかほっそりしたように見えるし、背も少し縮んじゃったんじゃない?」
何かとてつもなく嫌な予感を感じた僕は、とりあえずお姉ちゃんを部屋から出すことにした。
「そんなことないよ。 風邪だからそんな風に見えるだけじゃない?それより夕飯なんでしょ?着替えるから先に行ってて」
「えーー?そうかなあ?」
いまいち納得できてなさそうな姉をせかして部屋の外に押し出す。パタンとドアを閉めると鍵をかけ、姿見で自分を映してみる。
どうやら予感は的中していたらしい。毎日見ているのだから自分の変化を見誤るはずがない。
「体が・・・細くなってる?」
サッカー部員であるので、ムキムキではなくても締まった筋肉に覆われていた僕の体は、明らかに細くなっていた。それに、部活で日焼けしていたはずなのに心なしか白くなってきているように見える。顔についても、確かに変化はあった。すこし丸くなって、脂肪がついた気がする。頬を触るとぷにぷにとしたやわらかい感触が襲う。
それに・・・・パジャマの袖の先の位置が明らかに長くなって、僕の細くなった手を覆い隠そうとしていた。
これは、パジャマが伸びたんじゃない。窓のカーテンレールがいつもよりも高く見える。僕の体が、縮んでいるんだ。
「変わってる・・・・。僕の体。いったいどうなっちゃうんだ?」
とりあえずこの程度ならまだ何かと理由をつければごまかせるだろう。とりあえず食卓には顔を出さなくちゃ。逆に心配されてしまう。
ルームウェアにしているスウェットに着替えようと、僕はパジャマを脱いだ。
「あれっ?」
上半身裸になった僕は自分の胸に違和感を感じる。なんだか胸がほんの少しだけど盛り上がっている。胸についていた大胸筋はかなり落ちてしまっているようなので、これは・・・脂肪、なんだろうか?ためしにちょっと触ってみると、とてもやわらかい。やっぱり脂肪だった。
こ、これじゃあまるで・・・・
「女の子みたいじゃないか。」
そうつぶやいて、僕はハッとする。女の子?僕は、女の子になろうとしているのか!?頭の中で、少女の言葉が反芻される。
『わらわのしもべにふさわしい心と体に』・・・
なんだか、心も変になってきているみたいだし・・・。これは、想像以上にまずい状態なんじゃ。このまま放っておいたら、確実に自分が自分でなくなっちゃう!
まだ、大丈夫。まだ、僕は僕だってことが分かる。思考だってまだ正常なはず。じゃあ、どうすればいい?ただ1つできることは・・・
あの女の子を探さないと!それしか今は方法がない。どこにいるかなんてわからないけど、何とかしないと、僕のこの変化は止められない。
食卓に行くと、母にも容姿の変化を指摘された。母、姉の追及をかわしつつそそくさと夕食を済ませ、部屋にもどった僕は、外出するために服を着替えにかかる。スウェットを脱ごうと手をかけた瞬間だった。
「あれ・・・?」
突然頭がぼーっとしてくる。まぶたが、重い。
「あれ?なんか・・・眠い?」
そんな。とても眠たくなるような状況じゃないのに眠い?なんで?どうして?
ふと手首の腕輪に目がいく。
「光ってる!?」
左手の腕輪は、赤黒く鈍い光を放っていた。さっきまではそんなことなかったのに。
『・・・身をまかせよ』
「え?」
これって。声が、頭に流れ込んでくる?この腕輪から?
『変化に身をまかせよ。余計なことはするな。お前はただ、眠ればいい。睡眠が、変化を加速させる。さあ、眠れ。』
寝ちゃ、ダメだ!寝ちゃ、ダメだ。ねちゃ、だめだ・・・ねちゃ・・・。
寝ちゃいけないって分かってるのに、頭がどんどんぼーっとしてくる。まぶたが、以前にもまして重さを持ってくる。ベッドが・・・・・呼んでる。
いつの間にかベッドに上がり、枕を定位置に置くと、寝転がり、僕は自ら掛け布団を体にかけ始めていた。ねむ、たい。ねむ、たいよう。ねちゃ、だめ、なのにい。
「ねちゃ・・・だめだ。ねちゃ・・・らめら。ねちゃ・・・らむ・・・・・・・・・・・・・すー・・・すー・・・すー・・・・・・・」
俊明の呼吸が一定のリズムを取り始める。俊明は、再び眠りに落ちていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「う・・・・ん。」
私はのそのそと上体を起こした。
「うーん。ムニャムニャ・・・・」
寝ぼけ眼で枕元の時計を見る。針は午前2時を回っていた。
「あれ・・・・?ああ、私、寝ちゃったんだー。ふああぁぁぁあ。」
大きくあくびをするが、まだ頭はボーっとしている。
そんな半覚醒の状態だが、下腹部から送られてくる信号には敏感に反応する。
「あ。おしっこ行かなきゃ。」
私はのろのろと、目がまだ半開きのまま立ち上がりトイレへと歩き出す。
ブカブカになったスウェットが足にからみつき非常に歩きづらかったが気にしている余裕はない。やけに顔にかかってくる髪の毛を分けながらトイレのドアを開け、便器に腰を下ろした。
「ふう・・・・・。」
温かいものが放出されていく。すべて終わると、私はトイレットペーパーに手を伸ばす。が、私の手はすっぽりと袖に隠れてしまっていた。
「あれぇ?なんでこんなにブカブカなんだろ?」
仕方がないので袖をたくし上げてトイレットペーパーを切り、股間を拭く。
流して外へ出ると、手を洗うために洗面所に向かった。蛇口をひねり、石鹸を泡立てながら私はボーっと鏡で眠たげな自分を確認する。
大きくてブカブカなスウェットに身を包んだ自分。袖が長すぎるのでひじの上まで捲り上げている。そこから伸びるのは白くて細い腕。おっぱいがスウェットを押し上げ、胸の下に影を作る。髪が背中まで伸びた顔は、同じく白く、まるっとした女の子の顔。まだ眠いので、眉間にしわを寄せたひどい表情だ。
別段変わったところのない、普段どおりの自分の姿だった。
「このスウェット。なんか伸びてきちゃったなあ。こんどお母さんに買ってもらおう。」
そう言いながら部屋へ向かって歩き出すが、ふと頭のなかに何かがよぎって立ち止まる。
「ん?」
ブカブカ?なんで?確か寝る前まではそんなことなかったはず。それに、前かがみになると顔にかかってくるこの髪。これも寝る前は・・・。それにさっき鏡で見たあの顔・・・・・。あの、いつもどおりの女の子の顔。女の子?いつもどおり?
脳の回路が急速に活性化してくる。
あれ、私って、女の子だったっけ?違うよね。そう、違う。確か私は男の子で、それで・・・
左手の腕輪を見て、すべてを思い出す。
そうだ。私は男の子だった!ついさっきまで。それで、この腕輪に眠らされて、おきてみたら!!
私は体を撫で回す。ぷるんとした胸。おっきくなってる!この長い髪の毛。小さくてやわらかくなった体!
私、ほんとに。ほんとに女の子になっちゃった!それに今のいままで、私、そのことに何の疑問も感じてなかった!普通におトイレでも女の子として行動して。ああっ、いつの間にか「私」になってる!!
これって。これって、かなりまずいんじゃあ!
私は部屋にかけもどる。もちろん姿見でもっとよく観察するためだ。
ガチャ。ドアを開けると、
「おお。わがしもべよ。待ちくたびれたぞ。」
そこにいたのは、昼間と同じセーラー服ツインテの・・・
「ま、魔王さま!?」
魔王さまが私のベッドに座っていた。
「これは順調に瘴気がなじんできているようじゃのう。それにしても、ずいぶん可愛い女子高生になったなあ。これは予想以上じゃ。」
「どうして魔王さまがここに。って、今度は『魔王さま』って言ってるぅ!?」
「ふむ。それはわらわへの忠誠心が少しずつ芽生えてきておるからじゃのう。順調順調♪」
魔王さ、ちがう!少女は実に楽しげだ。
「そ、そんなこと・・・ない。それより、私をもとに戻して!!私を、男に!!」
私は腹立たしくなって声を荒げる。
「それはまったくもって無理な相談じゃのう。ぬしほどの素質の持ち主、そうはいない。わらわは容易には手放さぬぞ。」
少女はあっさりと否定する。
「それに・・・・」
少女は再びあのニヤリとした笑いを浮かべる。
「ここまで瘴気がなじんだぬしが、ここにおよんで本当に心の底から元にもどりたいと思っているとは到底思えんがのう。自らの変化への恐怖から表面上はそのようにのたまっておるが、心の底では既にわらわへの忠誠心が根を張っているはずじゃ。」
そう言うと、少女は口調を変えて
「俊明、そこで動くな!」
と私に命令をした。
その言葉が私の耳に届くと、急激に私の体が硬直していった。
「あれ?体が。動かない・・・?」
そうではなかった。別に金縛りにあったようになったわけではない。動こうとすれば動けることはなんとなく分かっていた。じゃあなんで?
・・・・・動きたく、ない、の?
動かずにそこにじっとしていることに非常に安心感を覚えてる自分がいた。体を動かそうとすれば動けるのに、動こうとするとなぜかひどい不安感に襲われ、動作を引っ込めてしまう。
「フフフフ・・・」
少女は立ち上がり、すこしずつこちらに歩み寄ってくる。
動けない。動きたくない。認めたくはなかったが、この少女の命令に従うことがものすごく幸福なことのように思えた。
少女がこちらに近づくたび、私の胸も少しずつ高鳴りを増していった。
なんなんだろう。このドキドキ感。なにか、恋をしたときのような・・・・
少女は私の眼前まで迫る。私の体はかなり縮んでしまったので、少女との身長差もあまりなくなっていた。
「フフ。しっかりわらわの命令を守ったのう。さすがは我がしもべじゃ。えらいえらい。」
そういって少女は私の頭をなでた。
その途端私は、言い知れぬ幸福感に襲われる。ほめられた。私は、ほめられた。私はこの少女に認められたんだ。私の脳はとろけたようになってボーっとし、瞳は力を失い口元は嬉しそうにゆるむ。そして思わず、
「ま、魔王さまぁ。」
と口走る。
「フ、フッフッフッフ。あーーーっはっはっはっは!!あはははははは」
それを聞くと少女はこらえ切れなくなったように笑い出した。
その声で私もフッと正気に戻る。
「あ、あれ?私は、その、あの。」
その私の慌てふためく姿を見て少女はさらに大きく笑い出す。ひとしきり笑い転げた後、少女はベッドに座りなおして言った。
「やっぱりのう。大丈夫じゃ。この分なら朝までにはわらわの忠実なしもべとなっておろう。ぬしの順調な姿を見れて安心した。わらわはもう帰る。そうじゃ、忠実なしもべとなったらわらわのもとへ来い。『変身』の仕方を教えてやろう。場所は・・・まあ、そのときになれば自ずと分かろう。」
そう言うと、部屋の中に黒い旋風が巻き起こり始める。
「だから!私を元に戻、きゃっ!!・・・」
私が少女を捕まえようと駆け寄るのもむなしく、より一層激しい旋風が起こった後には少女は消えていた。
「そんな・・・・」
立ち尽くす私に、またひどい眠気が襲う。
『さあ、もうそろそろ仕上げだ。ぐっすりと眠れ。』
腕輪からの声が頭に響く。
「らめ・・・れも、れむ・・・い。」
私はなすすべもなくベッドに倒れこむと、すぐに意識は遠のいていった・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カーテンから差し込んでくる光に顔をくすぐられて、私はパッチリと眼を覚ました。なんだかとても頭がスッキリしている。体もとても軽い。心も晴れやかで、一遍の迷いも感じない。
「んーーーー。なんだか生まれ変わった気分~♪」
私は大きく伸びをすると、ベッドの上に立ち上がり、
「よっ、よっ・・・と。」
体をひねってみる。いい感じ♪
『目覚めたようだな。』
腕輪がしゃべりかけてくる。
「うん、まあねー☆体も心もかいちょーだ!!」
腕を伸ばしながら私は気分よく答える。
『どうやらちゃんと変化は完了したようだな。とりあえずテストしてみよう。』
「テストぉ?」
私は怪訝な顔になって体操するのをやめる。
『お前は男か?』
「やだ。何言ってんの?女に決まってんじゃん。この体のどこが女に見えるのよ。」
私は両手で胸をつかみ、たゆんと持ち上げる。
『やめい!!じゃあお前の名前は?年齢は?』
「高橋亜季、17歳。なんでそんなこと聞くの?」
『いいから答える!じゃあ、お前と魔王さまの関係は?』
「私は魔王さまの忠実なるしもべであり、魔王さまのためなら命を投げ出す奴隷。当然じゃない。アンタ馬鹿なの!?」
『むむ・・・。どうやらうまくはいっているようだが・・・。まさかこんな性格になるとは。これも魔王さまの好みなのか??まったく、理解できん。』
腕輪がなにかブツブツと言っているようだが、気分爽快な私はまったく気にならない。
「しかし実に爽快な気分ね。男のときの私はなんであんなに変化を怖がっていたのかしら?まったく理解できないわね。魔王さまのしもべになれるなんて、これ以上の幸せはないのに。」
私はベッドからピョンと飛び降りると、部屋のクローゼットを開ける。そこには女物の服、バッグ、下着などが納まっていた。
「素敵♪ちゃんと世界も改変してくれたのね?」
『うむ。ちゃんとお前が元から女の子ということになっている。』
「そっかー。でも、服を替えてくれたなら、なんでお部屋も模様替えしてくれないの?使えない腕輪だなー。」
なぜか部屋の様相だけは、私が男だったときのままである。
『お前を変化させながら同時進行でがんばってやってたんだぞ!?そんな瘴気の余裕があるか!!』
「ちぇー。じゃあまた後でやってよねー。」
そういうやり取りをしながらも私は、こちらも男物のままである身につけていたスウェットとボクサーパンツを脱ぎ捨て、ショーツをはき、ブラジャーを着ける。クローゼットの中から女物の制服を取り出し、白いブラウス、チェックのスカート、赤いリボン、紺のブレザーを次々と装着し、最後に紺のハイソックスを履いて終了する。背中まである髪は、サイドアップにして垂らした。
「さて、それじゃあ魔王さまのとこへ行かなくちゃね。」
不思議と場所は分かっている。町外れの廃洋館だ。私は駆け足で部屋を飛び出す。廊下でパジャマ姿のお姉ちゃんとすれ違った。
「あれぇ?亜季?風邪はもういいの?」
「うん。ありがと、お姉ちゃん。一晩寝たらバッチリだよ。私今日はちょっと友達と約束してるから早めに行くね。」
「朝ごはんはー?」
「いらなーい。」
お姉ちゃんをあっという間に置き去りにして、私は玄関を駆け抜けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
廃洋館の一室。魔王さまは、大きな椅子に腰掛け、私はその前で跪く。
魔王さまの後ろでは、白いワンピースを着た猫耳少女型使い魔「あすか」が、尻尾を揺らしつつ赤いボールと無邪気に戯れている。猫と融合したことでだんだんと知能が後退してしまったらしい。いまの彼女はただの一匹の猫にしか見えなかった。
「完全に生まれ変わったようじゃな。我がしもべ、亜季よ。」
魔王さまが言葉を発せられる。
「はい、魔王さま。私、亜季は魔王さまの忠実なるしもべにございます。」
私は自分の気持ちに正直にそう答える。
「ずいぶんと素直になったのう。昨日までのぬしは、あんなに無礼な態度をとっていたというのに。」
それを聞くて、恥ずかしさがこみ上げてきた。
「も、申し訳ございません。昨日までの私は、魔王さまの偉大さを知らぬ愚か者でございました。」
ひたすら頭を垂れる。
「フフフ。顔が真っ赤ではないか。可愛いのう。よいよい。ぬしのその顔に免じて許してやろう。」
「あ、ありがとうございます。」
私はホッと安堵する。
「さて、ではぬしと、正式な主従の契約の儀式をしようかのう。」
そういうと魔王さまは、黒い首輪を取り出した。それは、取り付けた魔王さましかはずすことの出来ない、私の心を永遠に拘束するための、まさに私を魔王さまの犬にするための首輪だった。
「これで、本当に私は魔王さまのしもべとなれるのですね。」
私の心は喜びであふれていた。
私の脳をとろけさせるような魔性の香りを漂わせて、魔王さまは跪く私の肩に手をかける。そして私ののどをそらせると、そこにゆっくりとその邪悪なる首輪を這わせていく。
首輪の皮のあたる冷たい感覚に、私はただ気持ちよさを感じ、魔王さまの所作に身を任せた。
首輪が私ののどを一周し、金属の止め具に通され、装着が完了する。
それと同時に、私の心が何か締め付けられるような痛みを感じる。
これが拘束される痛み、管理される痛み、支配される痛み。
でも・・・・・・・・・・・・・
「気持ちイイ」
私は思わず恍惚の表情を浮かべる。その瞳が魔王さまと同じように紅く染まってきたことが、鏡を観ずとも分かった。
「ぬしはわらわの新たな第1のしもべ、黒魔法少女『アキ』じゃ。永久の忠誠を誓え。」
「はい、魔王さま。」
私は再び体勢を直すと、頭を下げた。
「うむ。それで・・・・じゃ。ぬしもわらわと同じ魔族となった今、実生活ではその人間の姿でよいが、戦闘などより力を発揮したいときは、われわれの本来の姿、魔族の姿にもどることができる。」
「はい、魔王さま。」
「やり方は簡単じゃ。自らの体内の瘴気を励起させてやればよい。やってみよ。」
「分かりました。」
そう言うと私は立ち上がり、自らの体に巣くっている瘴気を活性化させ始めた。
するとどうだろう。私の肌がどんどん青くなり始めた。女の子らしい、つやのある白い肌から、青い、血の気を感じさせない肌へ・・・・
次に異変を感じたのは顔だった。耳がだんだんと形を変え、とがっていく。口の中で犬歯が伸び始め、牙らしきものになった。それに合わせて、手の爪が伸びていく。爪は、マニキュアを塗ったように紅くなり、青い肌とのコントラストが妖しさを際立たせる。
頭と、お尻がなんだかむずむずする。そう思っていると、メリメリっと皮膚を突き破り、頭からは黒い2本の立派な角が、お尻からは黒く長い悪魔の尻尾が生えてきた。
「ああ・・・ああん。」
尻尾がにゅるにゅる伸びていく快感に、私は軽くあえぎ声をあげてしまう。
その姿は既に、1匹の悪魔族の女と化していた。
私・・・人じゃなくなっていく。この変身イイ。すごくイイ。
私は気持ち良さで眼を細める。
そして最後の仕上げが始まる。
着ていた制服は光を発すると、形を変え、トゲのついた闇のコスチュームに変わる。目の強膜が暗転し、黒く染まると同時に、紅かった虹彩が魔族本来の色である金色になり、瞳孔は猫のように縦に割れ、妖しく輝きだし、変身は完了した。
「すごい。魔族ってすごいわ。この・・・力。」
私は、先ほどとは比べ物にならないほどのあふれんばかりの瘴気の存在を体内に感じていた。
「うむ。妖艶で美しい魔族になったのう。どれ、ではわらわも。」
そういうと魔王さまも悪魔族モードになる。魔王さまは瘴気の量がすさまじいのか体まで成長し、女子中学生の体から大人の女性へと変貌した。
「うふふ。こうして近づくと、まるで姉妹みたいじゃのう。」
「ま、魔王さま。恥ずかしいですう。」
部屋の中の鏡には、抱き合う2匹の悪魔族の姿が映し出されていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「それではアキ。ぬしに最初の命令を与えよう。わらわの尖兵となる黒魔法少女を量産するのじゃ。街で魔術素質のある者たちを探し出し、わがしもべに変えて来い。」
「はい、魔王さま。いってまいります。いくわよ!腕輪!」
『了解だ。』
とりあえず身近なところから、サッカー部の連中あたりからあたってみよう。私の瘴気で黒魔法少女に覚醒させ、私のように魔王さまのしもべとなる幸せを分けてあげよう!
私は黒い旋風を巻き起こし、高校へと消えていった。
<END>