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第四話

 数分後、直人の通報により警察が駆けつけた。

 警察は初めに権蔵の検死を行った。薄暗かった部屋に白色灯がたかれ、亡骸となった権蔵を照らす。そして、ときおり閃くカメラのフラッシュが室内を一層明るくする。

「頸部にピアノ線……。窒息死か。遺書の見付からない状況から見て、恐らく他殺でしょうな」

 手にした警察手帳に目を落としながら、中年の警部、本郷昌憲ほんごうまさのりが言う。

 権蔵の部屋には比留間、高橋、恩田、直人、正人の五名と三名の鑑識、そして本郷の計九名がいた。

 部屋に光が入った事で、部屋の造りがわかった。室内には大型プラズマテレビとイタリア製の高級ソファ。その他にあるものと言えば、古今東西の宝剣や銘刀など。どれもかなり高価な物であった。また、権蔵の外見も知ることが出来た。歳は七〇才代で、かなり丸々とした体型である。単純に目検討しただけでも一〇〇キロ以上はあるだろう。

 恩田は今の状況に困惑し、目線が泳いでおり、直人は悲しみと怒りで顔をしかめていた。また、正人は権蔵の死を受け入れられないようで、ひどく怯えた様子で涙ぐんでいる。

「そんでよ本郷さん。おやじを殺したのは誰だよ!」

 父親を殺された事への怒りからか、かなり憤った口調で問いつめる。本郷は僅かにたじろぐが、

「いえ、捜査はまだ始まったばかりでして、現段階ではなんとも……」

 押され気味なせいか、語気が弱い。

「チクショウ! 誰だよ、んな事しやがった野郎はよ!?」

 本郷の回答が腑に落ちない様子の直人は、その場で地団駄を踏み悪態をついて部屋を出る。その時、腕で目を覆っていた事を知る者は、その部屋には誰一人としていなかった。

 直人がいきり立ち飛び出した事で、正人の中でも何かが切れた。

「うわあああぁぁぁ!!」

 突然大声で叫び出したと思いきや、何処かへ走り去ってしまった。

「見るからに、あなたはこの家の家政婦ですね? お話があります。一旦外へ」

 奇行に走る正人を無視して、本郷は恩田に詰め寄る。彼女は小さく頷いて、本郷に付き従い部屋を出た。

「あ、そうだ。そこのお二方もよろしいでしょうか? 捜査の邪魔になりますので」

 振り向き様にそう言い放つ。高橋は唯々諾々と従ったが、比留間はかすかに顔をしかめた。


 その屋敷の応接間にて、本郷による事情聴取が行われた。

「この家の家政婦の恩田昌子さんですね」

 恩田と向かい合わせに座った本郷は、屋敷の中にあった家政婦事務所の書類に目を落としながら聴く。

「はい……」

 未だに心の整理がつかないせいか、弱々しい返事だった。

「村瀬権蔵さんが亡くなられたのは、午後十時から十一時の間です。その時、恩田さんは何をされてました?」

「あの、十時三〇分まで、旦那様は生きておられたと思います」

「何故です?」

「十時三〇分頃に、旦那様に叱られましたので。きっとそれは、比留間さん達にも聞こえていると思います」

「そうですか……」

 本郷は恩田の話した権蔵の最後まで生きていた時間を、手帳に書き込む。

「それで、その時は何を?」

 そう言われた恩田は、自分の腕時計に目をやった。ちょっと型遅れで古ぼけたアナログの腕時計は、午後十一時五六分を指していた。つまり、権蔵の死はついさっきの出来事である。

「その時は、警備のお二人のために、旦那様の向かいの部屋の前で控えていました。それで、部屋から出てきた旦那様に『明日の来客に備えて、屋敷の掃除をしろ』と言われ、しばらくの間、お二階のお掃除をしていました」

「掃除はいつ頃から?」

「十時三〇分……、以降です。叱られた後に掃除をしろと言われたので」

「わかりました。その後は?」

「お二階の掃除が終わったのが、旦那様の遺体を見つけるちょっと前でした。多分、十一時を少し回ったくらいです」

「そうですか……。掃除の時に、何か妖しい物音や人影などは?」

 メモを取りながら、恩田を見ずに問いつめる。

「いえ、見てません」

 きっぱりと答えた。

「わかりました……。では、また後で聴くことがあるかも知れませんので、私どもの指示があるまでは、屋敷の中にいてください。その際、権蔵さんの部屋には入らないように」

 手帳のメモにざっと目を通してから言った。

「解りました」

 恩田は椅子から立ち上がると、深々と一礼して部屋を出た。

「次の方、どうぞ」


「ふむふむ、権蔵さんは十時三〇分まで生きていた、と……」

 応接間の隣室。薄暗い和室の壁に当てたコップから、二人の話を盗み聴く者が居た。比留間である。

 彼は、取り調べの内容を事細かにメモ帳に書き込んでいた。

「まあ、権蔵さんの怒鳴り声を最後に聞いたのは、十時三〇分くらいだな……」

 大きめな独り言と共に、自分だけで妙に納得する。薄暗い部屋で盗聴に勤しみ、ペンを走らせ独り言。傍目から見れば、明らかにおかしな人である。

 そのおり、応接間に次なる人物が現れた。

(で、話ってなんだよ)

 大きめで荒々しい歩調と苛立った語勢。比留間は直人だと確信した。

(犯行時刻と思われる十時三〇分以降、直人さんは何を?)

(部屋で仕事をしてた)

(それからは?)

(おやじの遺体を見つけるまで、ずっと仕事をしてたよ)

(証人は?)

(うるせえな!! いちいち答えられるかよ!!)

 怒鳴り声と共に机を強く叩く音。その直後、応接間のドアが乱暴に閉まる音も聞こえた。

「なるほど、なるほど。遺体発見までずっとお仕事、と……」

 即座にメモを取る。

 その時、

「社長。なにしてんすか。刑事さんが呼んでますよ」

 和室のドアが開き、ひょろりとした人影が覗く。

「のわっ! 高橋!」

 いきなり高橋が現れたことに驚き、数歩あとずさった。一瞬の内に心拍数は跳ね上がり、呼吸は一気に荒く激しくなる。また、かなり動揺したせいか、メモ帳とペンを落としてしまった。

「驚かすなよ!」

「んな事より、何してんすか?」

「うっさい、忘れろ」

 比留間はメモ帳とペンを拾い上げるとポケットにねじ込み、足早に高橋の横を抜け和室を出た。

 和室を出た勢いで、隣の応接間に入る。応接間の本郷は、ソファに座ったまま聴取の内容の整理をしていた。低い机での書き物のせいか、少し無理な姿勢だった。

「ああ、失礼。まずは、お名前と職業から」

 なんと無く高圧的な態度が気に食わない比留間は、よそよそしい態度で名刺を差し出す。

「ほう……。なんでも屋の比留間さんですか」

「……」

 比留間は本郷の向かいに座り、足と腕を組んだ。どうやら、かなりいけ好かないタイプらしい。

「話しを聴く前に。盗み聞きは関心しませんな。次にやったら、公務執行妨害で逮捕しますよ」

 比留間と面を会わせず、淡々とした抑揚のない口調でそう言い放つ。

(げっ。バレてる……)

 きっと高橋が現れた際に、突拍子のない声を出してしまったからだろう。冷や汗をたらたらと流し、ソファから飛び上がりそうになる。

「ま、まあ、その辺は、もうお互い大人なんだし、穏便に……」

 語尾を濁しつつ営業用のスマイルをする。

「まあ、良いでしょう。ところで、比留間さんは、本日はどのような用件でここに」

「宝剣の警備なんですがね、いきなしこんな事件が起きて、なんだかおっかなびっくりですよ」

「ほう、おっかなびっくりの人が盗み聞きとはね……」

「あんたしつこい」

 聴取が続かない。互いが互いを避けるように話しているからである。しかし、当の本人達はそれに気付かず、その後十分もの間、そんな議論が繰り広げられた。

「もう聞くことはありません。ありがとうございました」

「はいはいどうも」

 もう帰れ、と言いたげな口調で言うと、気持ちの籠もってない返事で答えた。

 比留間が部屋から出ようとしたとき、本郷がいやみったらしく告げる。

「それよりも盗み聞きは遠慮して下さい」 

(チッ……)

 退出際に追い打ちを掛けられ、彼は盗み聞き根性を更に燃え上がらせた。

(比留間隆をナメんじゃねーぞ)

 当人は心の中でぼやいただけのつもりだろうが、それは大きな独り言となっていた。本郷はそれを聞いてはいたが、さして気に留めもしなかった。

「比留間さん、散々怒られてましたね」

 廊下で控えていた高橋が訊く。

「なんだ、あんたも盗み聞きか」

「何となくです、何となく」

「ああ、そうかい」

 比留間は苦虫を噛みつぶした様な表情で、応接間に滑り込む高橋を見送った。

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