第二話
二人はしばらく宝刀を見詰め続けていた。その時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「ちゃんとやってる?」
扉を開けて現れたのは直人であった。彼は右手に雑誌を抱え持っている。
「いやね。ずっとそんな悪趣味な刀ばっかり見てるのも退屈だと思ってさ、気を利かせて、ホラ、持ってきたわけ」
直人はそう言って、雑誌を掲げる。
「ああ、ありがとうございます……」
振り返った比留間は軽く頭を下げた。
「そうそう。二人の事聞かせてくれない? なんか仕事がはかどらなくてよ」
直人は雑誌を机に置くと、パイプ椅子に腰掛けた。座ると、直ぐさま煙草に火をつける。ちなみに、雑誌は高級外車について専門的に載せている物だった。
「私たちの事ですか?」
「そう。比留間さんと……」
直人は室内を徘徊していた高橋を見る。直人の視線に気付いた高橋は、自分を指差してきょとんとする。
「高橋さんのね」
直人は高橋を指差した。
高橋はうろつくのを止め、直人の隣に座った。比留間は既に着席していたので、比留間と高橋とで直人を挟む格好となった。
「なんでも屋なんだってねえ。いつもはどんな仕事してんの」
「いつも、というか、仕事は色々です。ペット探しとか、引っ越しの手伝いとか。でも、こんな立派なお屋敷に来たのは初めてですね」
比留間は気恥ずかしそうに言う。
「ふーん。でも不思議だな。いつもは警備会社の人が来るのに……」
直人は煙草をふかして考え込む。
その時、比留間の腹が鳴った。
「すみません……。今日何も食べてないんで……」
比留間は顔を赤らめ、片手を後頭部にあてて申し訳なさそうに言った。
「そうなの。じゃあ、飯でも食べる?」
直人はそう言うなり、机の上のベルを躊躇することなく鳴らした。
「はい。何でしょうか?」
ベルが涼しげな音を奏でた直後、後ろの扉が開いて恩田が現れた。
「何か持ってきて。三人分。よろしく」
直人は指を三本立てて恩田に示す。
「かしこまりました」
恩田がそう言ってお辞儀してからはけると、廊下のきしむ音が聞こえた。
数分して恩田が帰ってくると、彼女はサンドイッチとコーヒーを持ってきた。
「お待たせ致しました」
「うん、ありがとう。そこ置いといて」
直人は机を指差す。
直人の指示に素直に従うと、恩田はその部屋を後にした。
比留間と直人は軽食を摂りながら談笑する。会話に乗り損ねた高橋は、直人の持ってきた外車の雑誌を熟読していた。
その際、酒の勢いも手伝って、直人はこの家の住人について色々話してくれた。
まず、この家の大黒柱であり、『黄金の宝刀』の所蔵者でもある、村瀬権蔵について。彼は『村瀬骨董株式会社』を一代で築き上げ、高齢となった今は、会社経営を全て直人に任せ、現在は形だけの会長である。金に対して非常に貪欲で、ありとあらゆる手段を用いて、日本中の骨董品をかき集めているという。その非情なやり方は、同業者の間で悪評高い。
次に、長男の正人。彼は村瀬家の長男として生まれ、会社の次期社長とまで言われたが、実際は父の権力に甘えた世間知らずで、次期社長の椅子は直人の物になると言われている。また、会社の部下も正人の影響で堕落しており、会社ではミスを連発し、他の社員から目の敵にされている。
次に、直人自身。彼は次男でありながら実力があり、権蔵からの信頼は絶大である。最近は、高級外車に没頭しているらしく、フロリダの別荘に幾つか持っているらしい。実際に、比留間と高橋はその写真を見せてもらった。直人はそれ以上は語らず、次の話題に入った。
最後に、家政婦の恩田について語った。彼女は最近雇われ、それまでは二十年間働いていた家政婦がいたようである。その家政婦は、交通事故で亡くなったらしい。入ってきたばかりで要領が掴めず、しょっちゅう権蔵に叱られているらしい。直人がその話をしているときも、廊下から老人の怒鳴り声が聞こえてきた。
村瀬家の家庭事情を話し終えると、直人はすぐに部屋を出た。なんでも、あさってまでに仕上げなくてはならない仕事があるらしい。
直人が部屋を出た直後、比留間は高橋に話しかけた。
「なあ、なんか変じゃないか」
高橋は黙ったままだったが、比留間は続けた。
「さっき直人さんは『いつもは警備会社の人が来る』って言ってたけど、じゃあ、なんで今日は俺達なんだ?」
高橋は沈黙を保っていた。
「聞いてる?」
不審に思った比留間は、高橋の俯き気味の顔を覗き込む。すると、彼は座って雑誌を開いたまま眠っていた。
「こいつめ。やる気あんのか?」
比留間は高橋を訝しげな表情で睥睨しつつ、卓上のハンドベルに手を伸ばした。
「はい、お呼びでしょうか?」
ベルの音の直後、恩田が扉を開けて現れた。
「聞きたいことがあるんですけど、良いですか?」
比留間は椅子ごと恩田の方を向き、少し改まった仕草で訊いた。
「はい、どうぞ」
恩田は快い返答をする。
「いつもはプロの方が来られる様ですが、なんで今日は俺達なんです?」
「はい、それは、いつもの警備会社が都合が付かないらしく、やむを得ずお二人に来て頂きました」
恩田は言葉に詰まることなく、流暢にそう言った。
「そうですか。分かりました」
比留間は会釈して謝意を示す。
「では……」
「ああ、あとコーヒー下さい」
退室しようとした恩田を、比留間はカップを手に持ちつつそう言って止めた。
恩田は比留間に歩み寄ってカップを受け取ると、深々と礼をしてから退室した。
「ふう……」
特に意味のないため息をつくと、比留間は背もたれに思いきってのけぞり、その部屋を天上を仰いだ。輝かしいシャンデリアの灯が眩しく、ものの数秒しか見ていられなかった。比留間がまぶしさに耐えかねて姿勢を正すと、向かいの部屋のドアが開く音が聞こえた。
(彼が権蔵さんか?)
比留間は扉越しにいる者をそう推察したが、興味が湧かなかったのですぐに止めた。
丁度、その時、
「恩田!! 貴様何回言えば分かるんだ!!」
廊下から、老人の怒鳴り声が聞こえた。その声の大きさといえば、うたた寝をしていた高橋が目を覚ます程だった。
「すみませ……」
「黙れ!! 素人なんぞに宝刀の警備をさせおって!! 何かあったらクビにするぞ!!」
恩田が謝るより早く、権蔵は再び声を張り上げた。
「全く……」
権蔵はそう言うと、向かいの自室へと戻った。
程なくして、広間の戸が開き、恩田が現れた。
「お待たせしました」
恩田は卓上にコーヒーを置く。
比留間は先程の事を気遣い、恩田に声を掛けた。
「なんか、大変ですね」
「いえ、新人ににはよくあることです……」
少し俯き加減に答えた後、顔に微笑みを浮かべて部屋を去った。
「……」
押し黙ったままカップの中のコーヒーを見詰めてから、比留間は一口啜った。