第一話
「青年」改め高橋裕一…なんでも屋比留間の唯一の社員。高校卒業後、「なんとなく、楽そう」という理由で就職。比留間に振り回されがちだが、以外にも忠実。ただ、なんでも屋の仕事だけでは食べていけないので、数多くのバイトをこなす。長身で痩せ型の二一才、独身。
なんでも屋の事務所から、自転車を飛ばす事三〇分。依頼主の豪邸は、住宅街から離れた林の中に経っていた。
比留間と高橋は豪邸の門の脇に自転車を停めると、互いに身なりを整えてから、呼び鈴を鳴らした。
『はい。どちら様でしょうか?』
呼び鈴を鳴らしてから間もなく、インターフォンから上品な女性の声が聞こえた。
女性の余り上品な声に驚きつつも、比留間はインターフォンに向かって応答した。
「ええと、なんでも屋比留間です」
「同じく、高橋」
『かしこまりました。どうぞ』
その直後、巨大な格子状の門が開いた。周囲に誰もいない所を見ると、屋敷の中から操作できるのであろう。
二人が門をくぐり終えると、再び門は閉まった。
門から続く一本道を歩くと、玄関の扉に行き着く。比留間がノックしようとしたとき、扉が開きその隙間から女性が顔を覗かせた。
「比留間様と高橋様ですか?」
二人はいきなり現れた女性に驚いたが、彼女の声が先程のインターフォンの声と同じであることに気付くと、軽く会釈をして屋敷の中に入った。
二人が屋敷の中に入り、玄関で靴を脱ぎ終えると、その家の家政婦と思しき女性が口を開いた。
「比留間様、高橋様。本日は遠い所をわざわざお越し下さいまして、お疲れ様です」
高級旅館の様に彼女は応対した。
このとき、比留間は依頼の電話もこの人だ、と確信した。
「わたくしは、この家で住み込みで働いている恩田晶子と申します」
そう言って、恩田はぺこりと頭を下げた。恩田は活動的なジーンズとパーカーの上にエプロンをまとい、髪は短めだった。どこか大人しそうな印象が漂い、年は二〇代前半と見えた。
「あ、なんでも屋比留間の社長の比留間隆です」
比留間はそう言って、上着の内ポケットから名刺を取り出し、恩田に差し出した。
恩田は名刺を受け取ると、すぐさま、二人に今日の依頼の内容の詳細を説明し始めた。
「本日の夜から明日の朝まで、お二人には、旦那様の所蔵なさいます宝刀の警備をして頂きます」
「警備?」
電話では、かなり大まかに『明日の朝までの仕事』としか伝えられていなかったので、比留間は驚く外なかった。
「はい。では、こちらへどうぞ」
恩田はすたすたと歩き出し、玄関から数歩行った所にある扉の前で止まった。
そのときだった。
「あれぇ、あんた達、誰?」
恩田の向こう側には、二〇代後半かそれ以上の男が立っていた。男はネクタイの無いスーツ姿で、右手には缶ビールを持っていた。
「直人様。こちらは『黄金の宝刀』の警備をなさる……」
「比留間です。なんでも屋比留間をどうぞよろしく」
「同じく、高橋」
恩田が言い終わる直前に、比留間は男に名刺を渡した。
ついさっき現れた直人と呼ばれた男は、この家の長男の村瀬直人と言う。二人を見たリアクションからも、直人は二人の事は知らされていない様であった。
「なんでも屋比留間……。ああ、オレ村瀬直人。よろしく」
直人も比留間に名刺を渡した。
「村瀬?」
比留間は『村瀬』という姓に疑問を抱きつつ、直人の名刺に目を通す。
その名刺には、『村瀬骨董株式会社 代表取締役・村瀬直人』と明記されていた。
そのとき、比留間の上から名刺を覗いていた高橋が口を開く。
「社長。村瀬骨董っていったら、ホワイト・ワイルドの馬主の村瀬権蔵の会社ですよ」
「あれ、おやじを知ってんだ」
直人氏はビールを飲みながら言った。
そのおり、
「黙れ!! 貴様の部下のミスは、上司である貴様の責任だ!!」
恩田が手を掛けたドアの向かいのドアから、猛烈な怒鳴り声が響いた。直後、向かいのドアが乱暴に開け放たれ、中から涙目の男が飛び出して来た。
「父さん! 頼む、見逃してくれ!!」
額を床に擦りつけんばかりに土下座をする。しかし、開け放たれたドアからでて来た白髪の老人は、土下座する男を蹴飛ばし、すぐさま部屋に戻り、ドアを力任せに閉めた。
「父さん!」
土下座した男は閉まったドアにすがりつくが、ドアは沈黙を保った。
「彼は?」
比留間は直人に訊いた。
「ああ、あれは俺の兄の正人」
そう言って、直人は床にうずくまって泣きじゃくる正人を指差した。
正人と呼ばれた男は、上下黒のスーツを着ており、体型は少しふくよかであった。
「正人。またおやじにどやされたのか?」
直人は正人のそばにしゃがむと、ビールを啜りながら言った。すると、正人は起き上がり、直人にしがみついて涙ながらに語った。
「……聞いてくれよ。……父さんたら、僕の部下の犯したミスの責任取れって言うんだよ。それも、ただのミスじゃなくて三〇億の損失だよ! そんなの、僕一人じゃ無理だよお……」
そう言ってうなだれる。そんな正人の肩を直人は優しく叩いた。
「可哀想になぁ。だけどよ、あの頑固者にそう言われたなら、大人しく言うこと聞くしかないな。とりあえず、お前のサイパンにある別荘売って、三〇億の頭金にするんだな」
正人が起き上がった事により、正人の髪型や容姿などが分かった。正人は黒縁でレンズの大きなメガネを掛け、長めの髪を中央で分けていた。また、二重顎と無精髭が目立ち、仕事の出来るタイプでは無いという事が見て取れた。なんとなく、甘えた感じの口調も気になる。
直人は正人に助言し終えると、そそくさと踵を返し、自室へと戻った。
正人は力無く立ち上がると、とぼとぼと歩き出し、正人の隣の部屋に入った。
廊下に比留間、高橋、恩田だけになったところで、恩田はようやくドアを開けた。
部屋は二〇畳程の広さで、部屋というよりは広間と呼ぶ方が相応しい気がした。天井の中央にはシャンデリアが灯り、窓の類は一切無かった。そして何より、部屋の中央には、頑丈そうな脚で支えられたショーケースが鎮座していた。そのショーケースの前に、長机とパイプイスが置かれている。
「これが、本日から明日にかけてお二人に警備して頂きます宝刀。『黄金の宝刀』で御座います」
捻りの無い名前とは裏腹、『黄金の宝刀』はかなりの物であった。鞘は眩しい位にシャンデリアの光を反射し、大小様々な宝石類が散りばめられている。
「すげぇ……」
「……」
一言だけ感想を漏らす比留間と、輝きに圧倒され絶句する高橋。そんな二人を尻目に、恩田は『黄金の宝刀』の説明を始めた。
「この『黄金の宝刀』は、鎌倉時代に造られ、刀としても骨董としても稀少価値が高く、時価三〇億とも、それ以上とも言われております」
大体の刀の説明を終えると、恩田は依頼の内容の確認を始めた。
「お二人には、只今のお時間から、明日の朝までこの宝刀の警備をして頂きます。その際、必要なお飲み物やお夜食などは準備させて頂きます。依頼料は、明日の朝になり、宝刀の無事を確認し次第お支払わせて頂きます。では、何か御座いましたら、お手元のベルをお使い下さい」
恩田はそう言うと、机の上のハンドベルを指差し、『黄金の宝刀』に食い入る二人の背中に深々と礼をして、広間を後にした。
「三〇億だってよ! これだけありゃ、毎日パチンコ打って、一生過ごせる」
「もっとマシな例えして下さいよ。家賃払うとか、借金返すとか、そば屋のツケとか」
目の前の正真正銘のお宝に目を輝かせる比留間に、高橋はぶつぶつと言った。




