プロローグ
えー、作者の伊之口です。今回、初めての推理物に挑戦しました。何かと至らない点が多いかと思いますが、どうかよろしくお願いしますm(_ _)m
とある雑居ビルの二階。廊下の一番奥の一室。そこから、若い男の落胆の声が響く。
「チクショォーー! 俺の五万がァァァ!!」
事務机の上に置かれたラジオからは、歓声と共に実況キャスターの声が流れる。
『繰り返します。本日のレースは一着ゴッドウィンド・ジャパン。二着ゼロ・ウォーの五−九。配当は、一枚八四〇〇円です』
ラジオ越しに競馬場の熱気と歓声が轟く。しかし、叫び声の主は机に突っ伏し弱々しくぼやく。
「チクショー……。ホワイト・ワイルドとブラック・バックは何やってんだよ……」
男の手には、彼が先程列挙した馬の名が明記された馬券が握られており、男はそれを拳の中でくしゃくしゃにしていた。
そのおり、悲しみのどん底に涙する男に、彼よりももっと若い青年が近づいて来た。
「だから言ったじゃないですか。ホワイト・ワイルドもブラック・バックも絶不調だって」
青年は『それ見た事か』と言わんばかりに言ったが、それでも一角の敬意は欠かなかった。男に更に歩み寄り、男の両肩に手を置く。
「さ、社長。仕事しましょ。家賃、半年も滞納してるんですから、そろそろヤバいですよ」
涼しい笑みを浮かべ、軽快に皮肉る。それが災いしたのか、男は青年に食ってかかる。
「仕事だと! てめえ、それは嫌みか!? 仕事したくても依頼が無けりゃなんも出来ねぇだろ!?」
青年の胸ぐらを掴み、大負けの時に流した涙で顔をくしゃくしゃにしながら、男は怒鳴った。
しかし、青年は慌てる事なく、同じ事務机の上の電話を指差した。電話はかなり型遅れなタイプで、黒いダイヤル式だった。
男は負けのショックと皮肉られた事への怒りで、聴覚がすっ飛んでいたのだろう。けたたたましいベルに今更気づくと、一旦咳払いをして電話に応じた。
「はい。こちら、なんでも屋比留間。ご依頼ですか?」
男は電話の向こう側の人間と、しばし言葉を交わした。そして、受話器を取ってから二分に満たない頃、ついさっきまで沈んでいた男の顔が、日の出の様に明るくなった。
「ありがとうございます! それでは、時間通りに伺います!!」
歓喜の声と共に受話器を置くと、振り返ってその場で跳ね回った。
「やったぞ! 1ヶ月ぶりの仕事だ! それも相手は大金持ち!!」
その後も声にならない喜びを全身で表現した男は、上着をひっつかんで事務所を後にした。
「社長! 待って下さい!」
青年もまた上着を掴むと、風の如く走り去る男の後を追った。
「男」改め、比留間隆…ギャンブル好きの二八才独身。大学を中退した後、「会社を起こして有名になろう」という野望の下、『なんでも屋比留間』を興す。しかし、開業以来、舞い込んだ依頼はたったの八件。比留間は嫌になり、ギャンブルに没頭している。ちなみに、事務所は自宅兼オフィス。