第一話:“黒幕”の正義
得体の知れない存在である“黒幕”だが、支持されているのにもそれなりに理由がある。
奴は札付きの不良、不登校者、いじめられっ子といった所謂学園に馴染めない生徒の味方なのだ。“黒幕”が起こす事件は何らかでその生徒が関わっている事が分かっている。
何故分かるのかと言うと、事件後に必ず一人、学園に馴染めなかった生徒が登校する様になっているのだ。一度や二度ならまだしも、今年に入って既に八件“黒幕”が関与している事件の後、その八人は学園に登校する様になっている。
この件に関しては生徒会派も頭が痛いだろう。
学園に馴染めなかった生徒を登校する様に出来るなんて、ベテランの先生でも難しいのだ。だからと言って“黒幕”の騒動を容認する事も出来ない。騒動を起こす度に全国ニュースにならない様に奔走する先生を見るとそれは同情出来ると言うものだ。
いっそ学園に馴染めないで学園に登校していない生徒が全員登校すれば“黒幕”の事件が無くなるのではないかと言われているが、とある事情からそれは無い事が分かっている。
「皆聞いて! 今年に入って既に八件の“黒幕”に関する事件が起こっているわ!」
「八件かぁ……」
「グラウンドを石灰で真っ白、全教室の鍵破壊、不良グループの解散事件、福田先生のカツラ盗難に――」
「やめろよ……、頭いてぇ」
「全く遺憾ですわ!」
「……」
僕は今、生徒会派の本部でもある生徒会室で会議に参加している。参加しているのは僕含め六人。つまり僕以外の五人が純粋な生徒会派と言う事になる。ちなみに黙って発言しないのが僕ね。
――って黙っていたら会長の鋭い目が僕を捉えた。
「ちょっと仁神君聞いているの!? 貴方が渋るから主要メンバーの少数会議にしていると言うのに!!」
「ちゃんと聞いていますよ犬養会長。因みに僕が会議に参加する場合は少人数で固定メンバー。ついでに僕が関わっている事を他言しないという“契約”ですよ?」
「分かっているわよ。“契約”……、ね。いつからそんな他人行儀になったのかしら……」
彼女が生徒会派トップで生徒会長の犬養 真希。
僕の二人いる幼馴染の内の一人だ。
肩に届くかくらいの軽いウェーブの掛かったセミロングが特徴で、勝気な性格だが友達思いで同じ生徒会メンバーや一般生、教職員達の信頼も厚い。
そして他言しないという件については、番長派にも関わる僕の事を大勢の人に知られたくないからだ。大勢の人に見られればそれだけリスクは上がる。
過去に両派閥に入っていた人はいないので、両派閥に入っている事がばれたら真希と知り合いでもどうなるか分からない。
「“黒幕”の事件が八件とか、今確認したって減るわけじゃないでしょう」
「うるさいわね。それより今日も番長派を減らすわよ」
「はいはい」
生徒会派と番長派のやっている事はゲームに近い。
生徒会派の目的は番長派を検挙して反省文を書かせ、二度と番長派の活動に参加させない事だ。
支持派と反対派の抗争と言っても別に室内で殴る蹴るの集団で暴行をするわけではないのだ。むろん生徒たちの代表である彼女たちがそんな事をする筈も無いし、番長派もそんなことはしない。
単純に捕まえられるか、イタズラ行為で逃げられるかで争う極めて平和的な抗争と言える。参加しているメンバーはそうは思っていない様だが。
番長派が減れば妨害が減り“黒幕”行動を察知し易くなる。ぶっちゃければ“黒幕”行動もイタズラと変わりがない。そこへ番長派がいろんな所で妨害行動を起こせば唯でさえ分からない“黒幕”の行動が更に特定し難くなる。
だからこうして番長派を捕まえて数を減らす。どういう訳か真希に反省部屋に連れてかれた生徒は再犯率ゼロなのだ。
「で、参謀仁神よ、今日はどういう作戦で行く?」
「うん、番長派は人数が多すぎて中の連携が取れていないからね。其処を突こう」
「どういうことですの?」
「まあ見ててよ。 正志、手筈通り宜しく」
「おうよ!」
普段は一般生徒からの通報で現地に向かい捕まえるという方法もある。しかしその方法では効率が悪い。だから以下に効率よく捕まえられるかを考えないといけない。
********
帰宅する生徒で賑わう下校時間。
其処に一つの大声が響く。
「よっしゃー! 同士よ、俺に続けぇ!!」
一瞬キョトンとする帰宅生徒たちだがその声で一瞬止まり声のした方に注目が向く。
その瞬間に僕が指示した正志は掲示板に向かい生徒会のポスターを画鋲で埋め尽くしていく。
周りの生徒も見ていてポカンと――いや、何人かは下駄箱とは別方向に動き始めた。
「……ちょっと待って!! 何で私のポスターを画鋲で刺し始めるのよ!?」
「いやあ、犬養会長は生徒会長だから、生徒会に敵意行動って分かりやすいし?」
「これにどんな意味があるんだ?」
「うん、大体分かって来たと思うけど、これは餌だよ。正志にああやって貰ってあの場にいた番長派に同じ行動を呼びかける。現に一般生徒は何のことか分からずポカンとしていたけど番長派は意図を理解して行動に移っている」
「――っ!? じゃあ生徒会のポスターの前を隠れて見張っていれば!!」
「あっちから勝手にホイホイ来てくれるね」
実際番長派を捕まえるので一番困るのは誰が番長派か分からない事と現行犯でしか捕まえられない事だろう。証拠がないと捕まえられないのはどこも同じだが、それなら現行犯で捕まえてやれば良い。
「今すぐ全校舎のポスター前に――!」
「もう風紀委員を配置しているよ。今頃大量だろうね」
「でも別に下校時間じゃなくても良かったんじゃありませんの?」
「一番沢山の生徒に見て貰えるっていうのもあるけど、一番は――」
「一番は?」
「下校時間ってことは皆カバンとか荷物を持っているだろ? 逃げ足が落ちて更に検挙率アップ!!」
僕は笑顔で皆の前に向いた。何故か顔を逸らされたけど。
「……エグイ」
「同情しますわ」
「あれ、正志が戻ってこないんだけど」
「ちょっ!? 何でアイツまだ私のポスターに画鋲指しているのよ!! いい加減にやめなさい!! ていうか仁神君、私のポスターじゃなくても良いじゃない!?」
皆失礼なことを……。って会長の怒りの矛先が僕に来た。ここは誤魔化すしかないでしょ。
「うーん、そう言われればそうとしか言えないけど、僕は常々思っていたんだよ」
「な、何を?」
「生徒会のポスターとか金の無駄だと――嘘です!! ゴメンなさグボァ!!」
「正志!! いい加減にしなさい!!」
「え? う、わあああああああああ!?」
お茶を濁す事に失敗した僕と悪ノリした正志は真希に殴られた。かなり痛い。廊下に沈んでいた僕は問題の画鋲の被害に遭っていないポスターを改めて覗いてみる。
「うーん犬養会長って写真写り悪いよね、本物の方が可愛いのに。ねえ真也?」
「俺に振るなよ、頭いてぇ。てか仁神、会長後ろにいるぞ」
「……」
僕はギギギと音が聞こえそうなほどゆっくり後ろを向いた。
そこには表情を消した真希がいた。
「お、お早いお帰りで」
「遊んでいないでさっさと生徒会室に帰るわよ。続々と反省室に運びまれて入りきらないらしいから」
「いえっさー!!」
「わかりましたわ!!」
「おう!!」
「……頭いてぇ」
結局風紀委員達の頑張りもあって合計三十四人の番長派を捕まえることが出来た。
しかし僕と生徒会四人は生徒会室に戻る間、妙に真希が機嫌良かった事に恐怖した。
……何でだろう?
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反省室前
「「「「ぎゃあああああああああああ!!」」」」
「「「「ひええええええええええええ!!」」」」
「「「「許してええええええええええ!!」」」」
「「「「おがーちゃあああああああん!!」」」」
薄い扉の向こうから凄い悲鳴が聞こえる。
「反省室で何やっているのか凄い気になるんだけど……」
「あら、仁神君も入る?」
「――遠慮しときます」