プロローグ
僕の通う学園には“黒幕”という一風変わった存在がいる。
一般的に黒幕とは「背後で影響力を行使する強力な人物」、「表の最高権力者を裏で操る人物」と言われている。僕の言う“黒幕”も意味合いとしてはそれと近い人物だ。
誰が言い出したのかは分からないし、誰が“黒幕”なのかも分からない。しかしその存在は全校生徒に認知されている。何故なら、“黒幕”が起こす騒動の影響は良くも悪くも全校規模だからだ。
時に全校清掃、時にテスト問題の略奪、時に全校の椅子を全部校庭に出すなど、行動に一貫性が無く意図が全く不明な物も多い。一見善行を行っているかと思えば問題行動を起こすのだ。
増加する全校規模の行動に一時期は別人物や別グループの犯行と見られていたが、全ての現場に迷路の様な線がビッシリ書き込まれている紙が置かれているのが分かり、全ての出来事が同一犯によるものだとされている。
手掛かりはそのマークだけなので“黒幕”が男なのか女なのか、単独犯なのか複数犯なのか、学年は何年なのか、全てに置いて不明である。
“黒幕”の真意は不明だが、その行動で二つの派閥が出来た。
一つ目は“黒幕”を最上級問題児として処分をしたがる生徒会派。これにはその名の通り生徒会や風紀委員、一部の教職員など“黒幕”が起こす騒動を敵視している人物が多い。規律を重んじる立場なので当然と言えば当然とも言える。
二つ目は“黒幕”の行動を支持する番長派。暫定的に番長が纏めているからそう呼ばれているだけで、この派閥には不良だけではなく一般生徒も多く所属している。しかし表立って番長派と主張をする者はいない為、派閥内の正式な人数は分からず連携も取れていない。だから現状は一部のみが行動を起こしている。
何故“黒幕”を支持するのか、理由は其々違う様だが表立って支持する人達は例外なく“黒幕”を信奉している。
そんな中、僕こと仁神 朔は不思議な事に両方の派閥に入っている。
どうしてこんな事になったのか、その答えは実に明確だ。生徒会派のトップである生徒会長と番長派のトップである番長の二人とは幼馴染で親友なのである。頼まれたら断れない性格の僕はちょくちょく呼ばれて協力することになった。
無論両方の派閥に入っている事を悟られない様に参謀として知恵を貸すだけで派閥の活動自体には参加しない。
このポジション、実はかなり大変である。両方の派閥に所属している為にどちらの派閥も潰す事が出来ない。生徒会派が勝てば学園のモラルと秩序は守られるかもしれないが、妨害を続けた番長派は重い軽いの差はあっても全員処罰される。その対象総数は計りしれない。逆に番長派が勝てば沈黙していた番長派を主張する人達も増え“黒幕”も活動し易くなるだろう。しかし学園のモラルと秩序はズタボロになってしまう。
と、色々語ってみたが一番困るのは片方の派閥を潰した時に僕がその派閥に所属しているという事が露見してしまう事だ。特に番長派が潰れて処分されるなんて真っ平御免だ。かと言って番長派が勝ってモラルと秩序の崩壊した学園なんて通いたくも無い。
だからこそバランスである。
僕は生徒会派に勝利をもたらした後、間髪入れずに番長派に勝利をもたらす。逆も然り。
片方が力を付けてきたら片方で潰す。活動が不穏な方向に進んでいたらもう片方で事前に潰す。唯一、二つの派閥両方に入っている僕だからこそ出来ることである。
生徒会長と番長も気付いていない僕の秘密。
各派閥のトップと知り合いなら策略も掛けやすいだろうに、ころころ変わる戦況の中、二人は僕の事を疑う事もしない。
良心が痛まないと言われれば嘘になる。
「おい、朔! 仲間が生徒会室に連れてかれっちまった!! どうにかならないか!?」
「まだ連れてかれてからそんなに経って無いんでしょ? なら何とかなるよ」
「流石参謀!! 頼りになるぜ!!」
だからこそ、僕は僕にこんな事をさせる原因となった“黒幕”を許せない。
だけど別に僕は生徒会派というわけではない、番長派に所属している関係上で聞こえてくる“黒幕”の学園と生徒個人への影響は僕も認めるところだが、それはそれこれはこれ。僕をこんな気持ちにさせた“黒幕”とやらの正体を必ず明かし、その長っ鼻をへし折ってやる。
派閥も学園も関係ない、これは僕が“黒幕”に個人的に売るケンカだ。
さあ、“黒幕”を引きずり下ろす為の陰謀と策略の開演だ。