今夜もまた
8/10
電子タバコの甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐる。都会の夜風が人の頬を撫でる。一本目を吸い終わったタイミングで思い出す。もうベランダで吸う必要はなかったのだと。あの頃はよく臭いと怒られたものだ。しかし、一度沁みついてしまったものはなかなか止めることはできない。街に輝くネオンサインとビルの光が夜はまだ起きていることを教えてくれる。
二本目を手に取りながら、残りの本数を数える。後三本。明日一日、いや下手すると今日ですら乗り切れるか怪しい。ちょうどいい何か飲みたかった。部屋にはただのミネラルウォーターと安くて無駄に度数の高いチューハイだけ、今はなんだか炭酸飲料が欲しい。手持ちが足りるかを確認する。最近は現金を引き落とす機会が減っていたためつい不安になる。自分も遅ればせながら、伝決済を導入していくのが良いだろうか。……ああ、よかった。問題なく足りそうだ。
短パンに、パーカー、サンダルという誰が見てもダル着の様相で部屋をでる。カッサカッサと静かな夜更けに自分一人の足音が嫌に耳に届く。道の所々に光を落とす街灯に虫の影がチラつく。彼らもよく飽きずに毎日のように街灯に群がっているものだろう。いやどうなのかな、彼らは果たして以前も飛んでいた彼らとなのだろうか。自分にはわからない。毎日変わらないように見えるこの街の光の中にも、いつの間にかに入れ替わっているものがいるのだろう。そう考えると少し寂しいものがある。出来れば、いつでも変わらずにこの風景があってほしいと思ってしまう。
だらだらと歩く道の途中、何か買い足りないものはないか気になる。しまった。台所を確認すべきだっただろうか。米は…大丈夫。ココアはたぶんあった。夜食のポップコーンはなかった気がする。歯磨き粉は残りが少なかった気がする、買い足しておこう。ゴミ袋はたくさん余っていたな。そうこうしているうちにコンビニへと辿り着く。たまに思うけれどサンダルは履くのが楽ではあるが、あまり外歩きに向かない気がする。いつの間にかに足裏が砂利と石ころだらけになっている気がする。tビラが開くと聞きなれたチャイムとともにいつから始まったのかわからないアニメのコラボアナウンスが流れる。入り口近くにはそのアニメのものだろうか、専用のコーナーが設けられている。コーナーの前を通り過ぎ、スナック菓子売り場へ向かう。……なんてことだ。先ほどはたいして気にしていなかったコラボ商品の一つはこの醤油バター味のポップコーンだったらしい。こうやっていつも買っているものが自分の知らないコンテンツとコラボしているとき、少し困惑と躊躇の感情が出てくる。嫌なわけではないが好きでもない自分が買ってもよいものだろうか、と。考えた末に一袋だけカゴに入れる。二つだとクリアファイルらしいのでそこだけは避ける。妥協点というやつだ。欲しがっている人の手元に届くことを願う。
飲み物だが、どうしようか。コーラ、サイダー、フルーツ系、飲んだことのない期間限定品なんかもいいかもしれない。いつもはどんなものを飲んでいただろうか。カモミールティー、コーラはよく買っていた気がする。たまにSNSで評判のものを買ってはこれは美味しくないと言っていた気がする。今はどんなものが流行っているのか。最近はあまりSNSを目にすることもめっきりなくなってしまった。このままでは現代の浦島太郎になってしまうかもしれない。それは少し嫌だなぁ。カモミールティーを2本と、コーラ3本をカゴへ追加する。歯磨き粉はいつもの奴をそのままカゴへ。これで十分だろうか。カウンター横の特設コーナーには疎らにペットボトルが並んでいる。ホットスナックはすでに売り切れているようだ。余計なものは買わずに帰ろう。健康には気をつけねば。
つい吸ってしまった。コンビニ前で自分の吐き出した煙がゆらゆらと暗いほうへと消えていく。消えていく。今日が終わる。
8/11
昨日に続いてポップコーンを一袋買った。コラボグッズはまだ残っているようだった。クリアファイルは一人を残して他はすべてなくなっていた。飲み物はまだ昨日の分がある。カモミールティー2本、いまだ冷蔵庫の中に鎮座している。鎮座していると言えば、冷凍庫のコメが最近増えすぎて困ってきた。どこかで消費しないとなぁと思いつつ、いつも炊きすぎてしまうのは習慣というやつなのだろう。これを機に朝はパン派に鞍替えするのもありなのかもしれない。しかし、今日の買い物は終えてしまった。うん、明後日からチャレンジだ。
白い煙を吐き出す。電子タバコでも歩きながらの吸うのは良くないとわかっている。しかし、この夜の静けさが喧しく、こちらを急かす。そうなるともうだめだ。口に咥えている。その度にこんなのやめなきゃなぁと思わせられる。そう思って何度か禁煙したが、その後に何度も成功する羽目になる。いや、成功はしているのだから問題はない……手段が目的になっている気がする。気のせいだろう。
一本吸いきるころに部屋に着く。
「ただいま」
一人の部屋に少しこだまする。さて、今日は何を見よう配信サービスで適当な映画を探す。昨日はゾンビ映画を見た。最初はゾンビに抵抗していたが徐々に人間同士の争いになっていく良くあるあれだ。嫌いではないが、月に一回。いや、1年に一回でいいかもしれない。手元のタブレットをスクロールする。アクション、恋愛、アニメ、ドラマ、ホラー……アニメ。たまにはいいかもしれない。そう思いジャンルを選択する。そしてパッと目に入るところにあった。コンビニコラボ。せっかくだ、見てみよう。再生開始とともに広告が流れる。その間に、冷蔵庫からカモミールティーを出し、買ってきたポップコーンを開ける。一度だけ似たジャンルの作品を見たことがある。アイドルもの。学園で心機一転奮起する。よくあるスポーツものにアイドルを掛け合わせたような内容。記憶が正しければメンバーは違った気がする。どうだっただろうと思い、横目で見つつ、スマホで検索する。あった。やはりメンバーは違うみたいだが、タイトルは同じ?どういうことだろう。シリーズものなのか、ニチアサのように定期的に内容が変わっていくあれなのだろうか。
序盤は尺の都合もあってか大分飛ばし気味だった。しかし中盤から終盤、メンバーもそろって目玉のライブのシーンなどは結構内心盛り上がっていた。内容はほとんどわからなかったが。元の話を知っているといろいろ感じるものがあるのだろうか。
終幕へと向かっていく。ライブは終わり大団円、その最後は。まだ続くと、その先は続いている。幸せの先がある。幸せは終わりではない。
エンドロールのその先は何なのだろうか。
8/12
昨日映画を見た影響だろうか。ついポップコーンを2つ買ってしまった。クリアファイルに関しては無事もらうことができた。正直もらえるのは誰でもよかったが、少しモヤつくものが胸をつかえさせる。世間の好みというのはあるのだろう。ああいった内容の作品だ、どうしても人気不人気というものが目に見えて出てきてしまう。されでも彼女は劇中で頑張っていた。皆と同じように、皆とならんで頑張っていた。その頑張りに差がつくようなものには思えない。アイドルとはかくも厳しいものなのか。もし自分だけでもそんな誰かを一人ぼっちにさせないようにできたらなぁとは思うが……土台無理な話なわけで。今更ながら、いらぬ同情だったかとか、自分は何に酔っているのかとか頭の中をぐるぐると回りだす。出来ぬ慰めほど質の悪いものはないだろう。さっきまでの自分、反省するといい。これからの自分はこれを糧に成長するといい。
それはそれとして、今日の映画はあれだった。悪魔祓いだと思ったらサメが出てきて、鮫とエイリアンが対決し、最終的にはその鮫とエイリアンのチカラ受け継いだ何かが目を覚ますでエンディング。言いたいことはたくさんあるが。たくさん、あるが。口にしてはいけない気がする。気軽にこの感情を吐露すると今後の映画鑑賞の仕方に影響が出てしまう気がする。とりあえずはノーコメントということにしておこう。
……今日も1日が終わる。明日のためのコメを研ぐ準備を――そうだった、明日はパンにしたんだ。弁当は冷凍のお米を使えばいい。炊き立てのお米が食べられないのは少し味気ないと思ってしまうが、どこかで冷凍米を消費していかなくてはいけない。風呂釜にお湯がたまったことを知らせるチャイムが部屋に響く。ここに越してきたころは予想外の音の大きさにしょっちゅうびっくりしていたがだんだんと慣れて今ではすっかりと驚かなくなっていた。特に最近は井尚氏が増えチャイムも少し大人しいもののことも増えた。明日のコメの準備をしなくてもよいのだから、もう風呂に入ってしまおう。
頭、顔、体と洗い、湯船につかる。肩までゆっくりとじっくりとつかる。湯に今日1日の疲れと感情が溶け出していく。足は延ばせないがこのサイズの湯舟でも自分の2日分の疲れは収まるらしい。シャワーヘッドから水滴が落ちる。一つ……二つと浴室に響く。先ほどしっかりと占めたはずだとは思うが、一応もう蛇口を強めに回す。明日はやることは決まっている。
風呂から上がり、頭からつま先までしっかりと拭き上げる。水滴が床に落ちることすなわち、死と何度も言われた。
頭も乾かし、歯も磨いた。
湯の温かさを残した体を布団の間に挟み込む。時期もあって寝苦しいが、それでもこの布団の重さが心地いい。意識が明日へ落ちていく。明日からは……。
8/13
「ただいま、おかえり。この花、綺麗でしょ。店員さんにもいろいろ進められはしたんだけどさ、やっぱり君が好きだったこの花をあげたかったからこれにしたよ。忘れてた。最近暑いからしっかり水も取っておかなきゃね。体調を崩しちゃうからさ。どこにいても健康第一でしょ。そうそう、最近見た映画のコラボがコンビニでたまたましててさ、つい買ってもらってきちゃったんだよ。どう結構かわいらしいキャラクターでしょ。映画は結構面白かったよ。」
「いま一人だからどうにもコメが余っちゃってさ。冷凍庫がもうパンパンになってきてさ、今度からはパンも織り交ぜていこうと思っているんだ。……ギャグではないからね。ほんとに。バター塗って、イチゴのジャムで食ってるよ。君好きだったよね、イチゴ。今度のときはちゃんと買ってくるよ。期待して待ってて。」
「最近さ、どうにもうまくいかないことが多くて悩むことが増えたんだ。どうして自分はこんなにできないんだろうって、そのたびに周りの人たちは優しくしてくれるけど余計に情けなくってさ。……ごめん。ただでさえ心配していたのに余計心配かけちゃうよね。……ごめん。」
「お風呂、沸かし直しすることが増えたんだ。一人だからそこまでしなくていいなって。君がいたら、ちゃんと洗えっていろいろ言われたんだろうなぁって思うよ。……シャワーも出しっぱなしにならないようしてるよ。風呂上りも、ちゃんと体拭いて、頭乾かして寝てる。一人でも大丈夫。大丈夫だよ」
「それじゃあ、お休み。また、逢いたいよ」
終




