小さな決意 【月夜譚No.385】
「これで大丈夫」と彼は笑った。その笑顔が眩しくて、少女は目を瞑りそうになった。けれど、瞑ってしまったら彼が目の前からいなくなってしまいそうで、懸命に瞼に力を入れて堪えた。
転んで擦り剥いた膝はまだ痛い。彼に貼ってもらった絆創膏のお陰で幾分かましにはなったが、痛いことには変わりなかった。
毎朝、小学校に登校する時に見かける彼は、近所の中学校の制服を着ていた。特別恰好良い容姿はしていなかったが、少女が落としたハンカチを走って届けにきてくれたあの日から、彼のことがキラキラと輝いて見えるようになった。
それ以来、目が合えば挨拶を交わしたり手を振り合ったりしていたが、会話らしい会話はすることがなかった。
それが今朝、石に躓いた少女に一番に駆け寄ってきてくれたのが彼だった。優しい彼は少女の頭を撫でて、励ましてくれた。
じっと見つめる少女に彼は再びにこっと笑って、立ち上がろうとした。咄嗟に手を伸ばして袖口を掴むと、彼は怒ることもなく小首を傾げて動きを止める。
彼にとって少女は年下の女の子でしかないのだろう。だから優しくしてくれるのかもしれない。
それでも良い、とは思えなかった。
(――がんばろう)
早く大きくなって、彼と肩を並べるくらい立派になってみせる。
少女の心の声は、まだ彼には届かない。




