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主神の駒になって亜神討伐

作者: Ridge

 夜、一軒家と空き地が斑模様を作っている市街地で、車道兼歩道の街路を街灯が点々と照らしていた。街灯の真下は明るく照らされ、コンクリート塀が白く浮かぶようだった。

 その街路上に若い男が一人、大学の帰りに2人の妹に頼まれシャンプーとついでに菓子をドラッグストアで買い、買い物袋を手に帰路についていた。名は尾張オワリ猿渡エンド。何の変哲もない普通の大学生。

 エンドが道の右側を歩いていると向かいから長い髪の女性が歩いてきた。車が通れるほどの道幅があり、エンドは特別気にするでもなく少し塀側に寄って歩いた。女は避けようという素振りも見せず、触れそうなほど近くに来た瞬間、勢いをつけてエンドに寄りかかった。

「痛っ…」

 エンドは胸に焼けるような痛みを感じ、その場に尻餅をついた。胸を撫でると手が血まみれで、意識が急速に薄れていった。ポケットの中で携帯電話が振動しているが体が動かず出られない。前を見上げると女は返り血を浴びて血まみれの包丁を手に薄ら笑いを浮かべていたように見えた。そして意識が途絶え、闇に包まれた。

 

「ん…ここは一体…?」

 エンドはガラス張りの部屋の中で目を覚ました。足元の遥か下には円形の内湾があり、晴天の中、穏やかな青い海と緑の山が見えた。

「ここは世界の狭間に一時的に設けられた小さな世界」

「何?」

 エンドは声がした方を振り返ると光る球体とその斜め後ろに黒衣を纏った若い女性が立っていた。

「ようこそ尾張猿渡君。君を歓迎するよ」

 声は光る球体の方から聞こえるようだ。どうやって音を発しているのか分からないが、この人間ではなさそうなものが後ろの人は秘書か護衛といったところか。

「早速だが、君、生き返りたくないか?」

「それじゃまるで死…」

 エンドは刺された時のことを思い出し、意識が途切れた後から今に至るまでが思い出せず頭を掻いた。

「でも今こうして生きているじゃないですか」

「今は幽霊のような状態だよ。もうじきに消える。生きている時と感覚が違うだろう?」

 確かに何かが違う。病気状態や寝ぼけてる状態とも違う、希薄になっていくような感じがする。

「あなたは蘇生ができるのですか?」

「今はできないが、それ自体は可能だ」

「今は…?」

「ああ。私はクロカラという世界の主にして神、主神だ。しかし訳あって今は自分の世界に入ることができない。入れるようになれば十分な力を使って蘇生は可能だ」

「どうすればクロカラに入れるようになるのですか?」

「ある亜神によって私はクロカラに入れないようにされている。亜神アージーンとの戦いを終えることで入れるようになるのだが、私自身は入れない。しかし人間を一人だけ送り込むことは可能だ。チャンスは一回こっきり。そこでだ、私と取引しないか?君がアージーンを倒せば、私は君を元の世界で生き返らせよう」

「…その前に、送るのはそこの人では駄目なのですか?」

「それは無理だ。彼女も亜神だ、亜神セパン。彼女には別の仕事があり、アージーンの相手はできないのだよ」

 セパンは目を閉じてお辞儀をした。

「うーん…」

 本当に生き返らせることができるのか?自分の望みを叶えるために餌をぶら下げているが、全部終わった後にあれは実は嘘なんてことになるんじゃないだろうか。今はできないのだから可能かを証明することはできない。仮に実演ではなく理論で証明しようにも、命を生き返らせるような理論など俺は知らない。主神と言っているが本当は追い出された邪神で邪魔者を消そうとしているのかもしれない。

「アージーンは不完全な世界を更に傾けて危険に晒している。クロカラが滅びれば君のいた世界にも悪影響が出る。残された君の家族や友達を守れるのは君くらいだ」

「…しかし亜神の力がどれほどのものか知りませんが、普通の人間が敵うものでしょうか?」

「そのままでは無理だろう。しかし私がアージーンに匹敵する力を授けよう。それなら勝機はある」

「本当に生き返らせることができるのでしょうね?」

「ああ、約束しよう。君がアージーンを討伐したら、私はクロカラに戻って君を生き返らせる」

 他所の世界の神たちの争いに首を突っ込もうとしているのだ。命を懸けるほどのことか。いや、もう死んでいるのだったな。これ以下はない。このまま何もせず消えてしまうくらいなら、確実じゃなくても可能性があるのなら、賭けてみよう。

「…分かりました。生き返って皆にまた会いたい。アージーンを倒し、世界を危機から救います。力をください」

「契約成立。さあ受け取れ、君の力だ」

 主神は球体から手を作り出して伸ばし、エンドの額に手を当て、力を注ぎこんだ。

 エンドは体に力が生前以上に満ちていくのを感じ、視界と頭がクリアになっていった。

 主神は手を離して消して球体に戻った。

「どうだセパン」

 セパンは両手を向かい合わせ、その間に浮かぶ光る輪を作り出し、両手を上に広げて輪を大きくし、それをエンドの頭上から足の下まで通した。

「……。…能力値の一致を確認しました。問題ありません」

「よし。その力の使い方は全て君の頭に入っている。もう少しして体に馴染めば息をするように自然に使えるだろう」

「エンド君、君をクロカラに送る。アージーンを見つけ出して討伐してくれ。イヴニシュという街にアージーンの居場所に繋がるゲートがあるはずだ。任せたよ」

 エンドは頷き、セパンが目の前に開いたゲートを通った。

 暗いトンネルを抜けた先にあったのは乾いた草原だった。薄茶色の砂を被った草が疎らに生え、砂埃と枯草の匂いがしていた。大きな影が動き、影の先を見上げると高さ50mは超えていそうな巨大な四足獣が起き上がったところだった。ゴツゴツと岩のような肌で覆われ、それを動かすあの太い四肢に踏まれたら人の形を保たないだろうとエンドは思った。

 エンドはその場を離れるように走り出した。巨獣は頭を上げて背を逸らし、周囲からエネルギーを吸い始めた。草は枯れ、鳥は落ち、蛇や鼠は干からびていった。そしてエンドも体力を奪われ、その場に倒れこんで目の前が真っ暗になった。


「おい、大丈夫か?」

 エンドは首を少し動かして声がした方を向くと、そこにはばんえい馬を思わせる太い足の四足歩行ロボットが複数あった。最も近いロボは足を畳んで低くなり、コクピットらしき部分の扉が開いていた。

「すみません、力が抜けて…」

 エンドは太陽の位置がさっきより低くなっていることに気づいた。しばらく気を失っていた。

「何があった?」

 男はエンドをうつ伏せから仰向けに変え、膝をついて頭を抱え上げて尋ねた。

「巨獣の吸い込みみたいなものを食らってフラフラに…」

「あ、あれを食らって生きているのか…。稀に生還する人がいると聞くが…」

「ナガイさん、救急セットです。様子はどうですか?」

 若い男女が鞄を持って駆け寄ってきた。

「外傷は見られない。しかし命吸いを食らって弱っている」

「もしもし、何か飲めそうですか?」

 女はエンドの目の前で手を振って意識を向けさせて尋ねた。

「はい、多分…」

 猛烈に怠く眠気があるが飲めないわけではない。

「栄養剤すぐ用意しますね」

 女は瓶からスプーンで粉を掬い上げてコップに入れて水を注いで溶き始めた。

「スオド、様子を見てくれ」

 男はエンドの腕に指を当てて脈を取りつつ目や呼吸の様子、腕の様子を確認した

「怪我はなさそうですが衰弱して強い緊張状態ですね」

「そうか。セプト、そっちは?」

「はい、これ」

 女はコップをエンドの口に当てて飲み込ませようとしたが、エンドは自分の手で受け取り、自分で飲んだ。

 シロップのような強烈な甘さと薬草のような爽やかなような苦いような香りがした。

「ふう…ありがとうございます。助かりました」

 エンドは上体を起こして座り込んだ。3人が何か言っていたが、エンドは酔いが回ったように耳に入らず、目を閉じて呼吸に集中し、5分ほど経過した。

「血色がよくなってきたな」

「私たちイヴニシュに帰る途中なの。乗っていく?」

「えっと…」

「何か用事があって出ていたのだろうが、体調を整えるために一旦街に戻るべきだ。乗れ」

「は、はい。お世話になります」

 ナガイの有無を言わさぬ態度で決定し、ロボに乗せてもらった。


 運転はスオドという若い男が行い、助手席にセプトという若い女、後部座席にはナガイという中年の男、その横にエンドが座った。シートベルトが腰と両肩を通るようにして固定した。

「名は?」

尾張おわり猿渡えんど。あの…皆さんは一体?」

「我々はフォーリンウィンター社の者だ、通称FW社。簡単に言うと街の外にある資源を探し出して売る会社だ。我々はその中でも運搬チーム。調査チームが採掘地点を見つけ出し、採掘チームが資源を掘り出し、運搬チームが街へと資源を運ぶ」

「おっと」

 ロボが右斜め前に傾き、エンドは大きく揺すられたがシートベルトに抑えられ、壁にぶつかるといったことは無かった。

「大丈夫?街の中と違ってこんな道だから…」

 セプトは後ろを見てエンドの様子を見、大丈夫そうなことを確認して前を向き直した。

「道路は整備しないのですか?あるいは川を船で…」

「巨獣たちが歩くたびに地形が変わるから道路は作った傍から駄目になって意味ないんだな、残念ながら。川は今回の場所には無くてな」

「な、なるほど…」

 ん?巨獣たちということは、あれ以外にもいるのか…。この乗り物が車輪じゃなくて四足歩行なのも悪路に対応してのことか。

 エンドは揺れに慣れていき、いつの間にか眠りに就いていた。


 眩しさを感じてエンドは目を覚ますと、真っ赤な夕陽が横から差し込んできていたことに気づいた。

 夕焼けの中、草が疎らに生えた道を進んで行き、前方に灰白色の何かが見えてきた。近づくにつれ、岩ではなく巨大な城壁であることが明らかになっていった。それは例えるならばマンションのような高さの長城だった。

「この辺でいいか」

「いいんじゃない?」

 スオドは壁から30m程度離れたところに停め、ロボを低い姿勢に変え、エンジンを切って息を吐いた。

「お疲れ様」

 セプトはシートベルトを外して席の横から記録簿を出して何やら書いていた。

 ナガイは扉を開けて地上に降り、体を捻ってほぐした。

「エンド、動けるか?」

「はい、おかげさまでもう大丈夫です」

「そうか。じゃあ降りて来な。明日の開門時間までここで野宿だ」

 エンドもシートベルトを外して下へ降りた。この世界に最初に降りた乾いた場所と異なり、湿気と植物や泥のような匂いを感じた。

 他のロボに乗っていた人たちもポツポツと降りて来て、円柱のような骨組みを組み始めていったかと思えば、あっという間に円柱型のテントを組み立てていった。


 エンドが人々の様子を見て回っているとスオドが呼び止めた。

「ちょうどいいところに。こいつは弟のエッジだ」

「エンドです、よろしく」

「よろしく。堅苦しい言い方はいいよ、同年代だろ?ここは年上ばかりだから嬉しいよ」

「それじゃ…改めてよろしく」

「おう。ずっと気になっていたんだがその赤い目…アージーン様と同じ目だな。気を付けろよ」

「アージーンを知っているのか?」

「知っているも何も…イヴニシュじゃ常識だが…。あっ、悪い!当番だからもう行かなきゃ!兄貴、説明は頼んだ」

「まあいいけど…。そうだ、ここには神官のハスカがいる。この中で一番詳しいから聞くといい」

「ああ、それがいい。それじゃまたな」

 エッジは小走りでロボットの方へと去っていった。

「そのハスカさんとはどなたですか?」

「仕事に同行している神官だ。案内しよう」

 エンドはスオドの案内に従い、周囲よりも綺麗なテントに来た。

「ハスカ、いるか?」

 奥に祭壇のようなものがあり、真ん中には絨毯が敷かれ、端には座布団が積み上げられていた。その絨毯の上にメッシュの折りたたみ椅子に腰かけて本を読んでいる女性がいた。

「わっ、スオドさん、どうしましたか?」

 女性は本を閉じて椅子の横にある箱の上に置き、立ち上がって応対した。

「ちょっと時間あるか?彼にアージーン様のことを教えてやって欲しい」

 ハスカはエンドを見て緊張した様子で直立していた。

「だっ大丈夫です。初めまして、ハスカです、よっよろしくお願いします」

「エンドです。こちらこそよろしく」

「は、はい…」

「ハスカは人見知りだが、仕事モードなら淡々と喋れるから。それじゃあ後は頼む」

「あ…」

 ハスカはテントから出ていくスオドを名残惜しそうに目で追った後、目を閉じて息を大きく吸って目を大きく開き気持ちを切り替え、気合を入れた。

「あの、どうぞこちらへ」

 エンドはハスカの出した2枚の座布団の片方に座り、ハスカも座布団に座り、手で神官の帽子の縁を握って対面した。

「アージーン様のお話ですね。何を知りたいですか?」

「アージーンとは何者ですか?」

「何者か…人間の守護を司る神です。主神によって創造され、人間の守護の任を命ぜられ、人々を導いて今日のイヴニシュを作ったと言われています。導くというのは、この地へというだけではなく、道徳や規範の教えなども含みます」

 人間の守護者…?本当なのか?同じ名前の別人か?いや、それなら主神からそう説明があるはず。同一の存在を指していると考えるべきだろう。間違って伝承しているのか、何かが原因で変質してしまったのか。それか、あれは主神を名乗る邪神で人類の守護神を排除しようと俺を遣わして…?しかし人に話を聞けばすぐにでもわかりそうなことだから、その可能性は低いか?

「その守護神はどこにいますか?」

「どこにと言いましても…重力のようにどこにいても影響を受ける力そのものですから、強いて言うなら…どこにでもいます。ただ、イヴニシュにはアージーン様の神殿があり、御神体があります。便宜上、拝む先として決めているわけであって、そこにいるという訳ではありません」

 もしそれが本当なら形のないものを倒すなんてどうすれば…。主神やセパンという亜神は姿を取っていたのに…。あれらは姿の無い者が話すために人の姿を取っていただけかもしれないが…。

「うーん…」

 エンドが悩むのを見てハスカは少し迷った後、話を切り出した。

「…今では主流ではない説ですが、人の姿をして信頼を勝ち取り人の集団を導いたり、怪物と戦ったり、人間との間に子孫を作ったりしたという説があります。そこでは赤い目の男の姿と言われています」

 赤い目の男…今の俺と同じじゃないか、これは偶然なのか?

「そして赤い目の者はアージーン様の生まれ変わりと考える異端教徒がおり、担ぎ上げて正統を名乗り信者を騙して悪事を働く者や、目を奪い取って力を手に入れようとする者がいます。他にも世界を終末に導く者として扱い、破壊活動の根拠とするものもいます。気を付けてください」

 スオドの言っていた気を付けろというのはそういうことか。街に入れば多くの人がいるから目を付けられる可能性が高いな。それはそうと…。

「生まれ変わりという教義はあるのですか?」

「ありません。たとえ遺骨を埋めた土から草が生えたとしても、そこに連続性はありません。それは別の存在です。癖毛の人が死んだ後に、どこかで癖毛の人が生まれたとしても、それもやはり違う存在です。死んだ人のすぐ後を追って死ねば来世ですぐ近くに転生などありません」

 冷静に説明をしているが、声色に若干の苛立ちがにじみ出ている。教義に無いことを根拠に悪事をしているのだから当然か。

「ああ、すみません。話が逸れました。とりあえず神殿に行ってみたいのですが、どうやって行けばいいでしょうか?」

「街に着いたら私は仕事を終えた報告のために神殿に戻ります。同行していただければ案内します」

「それはありがたい。ぜひお願いします」

 その後、夕食に呼ばれるまでの間に教えをいくつか聞いた。上級神官になるには既婚者でなければならない、食事は同じ物ばかりを食べ続けてはならない、人に隠れて悪いことをしても神は見ているなど、生活感を感じるものがいくつかあった。

 不穏なエピソードでは、アージーンは湧き水の出る場所に自身の神殿を作るように命じ、敷地内には2階以上の建物を建ててはならない、林で神殿を囲むこと、神殿は風が抜けるように閉じないことなどいくつかの条件があり、破れば災厄が訪れるというものがあった。条件がやけに具体的で印象深い。


 日が暮れた後、テントの一つでは仲の良い社員たちが集まって酒を飲んでいた。

「これで明日はようやく家に帰れる。スオドもこれでセプトと家でイチャつけるな。お待ちかねだろう」

「別に…そんなことないが?」

 スオドは同僚のからかいに対してそっけない態度で対応した。

「おいおいセプト、スオドのやつこんなこと言ってるけど?」

「ええー?私はもう待ちきれないのに」

「だとさ」

「ふーん、楽しみにしてるよ」

 スオドは事務的な態度を崩さず、セプトはむっとむくれて何かを考え始めた。

「もう言っちゃお」

 セプトはスオドの腕を胸に抱いて高らかに宣言を始めた。

「私たち結婚します」

「ちょっ、ここで言うか」

 スオドは仏頂面を崩して焦り、セプトはその困っている顔を見てニヤニヤと笑っていた。

「おお、おめでとう!」

「やるじゃないか、このこの~」

「これはめでたい。もっと酒を開けよう」

「あんたは飲みたいだけだろ!」

「まあまあどうせ明日には街に入れるんだし、全部飲んじゃってもいいじゃん」

「まだ街に入ってない。油断は禁物だ」

 スオドは冷静な態度に戻り、油断禁物を喚起した。が、それも束の間。

「まあそう堅いこと言うなよ。今まで何も無かっただろ」

「そうだそうだ」

「多数決で勝ちー」

「はあ…まあ今日くらいは…」

「そうこなくちゃ!」

 スオドは雰囲気に押されて仲間たちと深酒をしていった。


 その夜、エンドは荷物置き場のテントの一部を寝床として使わせてもらえることとなった。帰りで食料などは消耗して荷物が減っており、採掘して増えている分はロボットに積んだままのため、スペースは空いていた。

 それにしても俺が荷物を盗んで逃げださないか心配ないのか。信用されているのか、それとも逃げるのは不可能な事情でもあるのか。まあいいや、とにかく寝よう。街に入れないことには神殿に行けないしまだ本番は先だ。力を温存しなければ。


 深夜、エンドは騒ぎで目を覚ました。夜だというのにテントの外が明るく、動く人影が中からでも見えた。

 エンドは起き上がって欠伸をして上着を羽織り、出入口を開けて外に出た。そこには短い鎗を持った社員たちの姿があった。あるテントの出入口前で左右に分かれて中の様子を伺うように、刺激しないように音を立てないように忍び足で片手持ちの短い鎗を構えていた。

 少し離れたところで不安そうに見ている社員たちもおり、エンドは何かあったのか尋ねた。

「野犬が出たんですよ。こんな大きな。それであのテントに入っていって…まだ何も起きてないといいけど…」

 大きな野犬…。あの短い鎗では不安だが長いとテント内では引っかかって動かせないか。危険だがお世話になったからには俺も何かしないと。

「俺も行きます。それを貸してください」

「え、ええ…気を付けて。くれぐれも刺激しないように」

 エンドは鎗を受け取ろうとした直後、女の悲鳴で動揺して鎗を落とした。鎗を拾い、悲鳴の聞こえたテントの方を見ると、テントの出入口を2人が左右から広げて何人か大急ぎで入っていった。叫び声はすぐに弱まって消えてしまった。


 エンドが駆け込んでテントに入ると薄暗い中、血に染まった絨毯が見え、痩せこけて口に血を滴らせた大きな野犬が誰かを踏んでいた。

「セプト!」

 エンドの横をスオドが走り抜け、野犬に向かって突っ込んでいった。大量の血を流して野犬に腹を食われていたセプトを前にしてスオドには普段の冷静さは無く、体が勝手に飛び出していた。

「だ…め…」

 セプトの掠れた声の忠告はスオドには届かず、野犬は前足を上げて振り下ろすように鋭い爪でスオドを引っ掻き、スオドは血を噴き出してその場に崩れ落ちた。

「あ、ああ…」

 セプトはスオドが倒れる様子を目の当たりにし、ついに意識を失い、ピクリとも動かなくなった。

 周囲の人々は動揺し、そのざわつきが野犬をより神経質にして今にも飛び掛かりそうに足を曲げて態勢を低くしていた。人々はカウンター姿勢を取りつつ、倒れているセプト達から引き離そうとじりじりと壁際に追い詰めていった。

 野犬はしびれを切らしてついに飛び掛かった。周囲とは雰囲気が異なり、突破口となりうる者、エンドのもとへ。

 エンドはとっさに腕を交差させて頭を守り、無意識に能力を発動し、杖を地面から呼び出した。その杖の先に魔法の刃を作り出し、野犬の喉から頭を貫き、天井に突き刺さった。刃に沿って野犬の血が垂れてきていた。

「な、なんだ…?」

 エンドが我に返ると魔法の刃は消え、野犬は地面にグチャと音を立てて落下し、支えを失った杖は倒れて転がった。

「…はっ、今だ!怪我人の救出を!」

 社員たちは大急ぎで怪我人の手当や搬送を始めた。エンドは右手を握り、杖を亜空間に仕舞いこみ、フラフラと壁にもたれて座り込んだ。

「おい、大丈夫か?」

 ナガイがエンドの肩を叩いて声をかけた。

「俺は大丈夫。気持ち悪くなっただけ…怪我人を…」

「そうか?ならすまんが後に回す」

 ナガイは冷静に短い言葉で要件を伝え、怪我人救出へと戻っていった。エンドは下を向いて呼吸を整えていったが、血や内臓の臭いが吐き気を催し続けた。

 

 しばらくしてナガイがやってきて、エンドに肩を貸して外に出した。エンドは新鮮な空気を吸っていくらか気分がよくなった。

 エンドがナガイの肩から手を離して深呼吸をしているとエッジが泣き出しそうな表情でやってきた。

「何で…」

 エッジはエンドに詰め寄って握り拳でエンドの胸を叩いた。

「何で兄さんたちを助けてくれなかったんだよ!なんで!」

「それは…」

「そんな力があるなら最初からやれよ!」

「よせエッジ」

「兄さんもセプトもあんたを助けたのに、あんたは彼らを助けなかった!不公平じゃないか!」

「ごめん…」

「謝ったって死んだ人が帰って来るものかよ!」

 エンドはここで2人が死んだことを理解した。そんな予感はしていたが、もしかしたらという淡い希望は潰えた。

「ごめん…」

「この!」

「エッジ!」

 エッジが殴りかかろうとするもナガイがその腕を掴み、横へ押しのけた。

「やめろ。エンドが被害を抑えてくれたんだ。もっと早くやれば良かったなんて結果論だ。その時に出来たわけじゃない。今すべきことはそんなことじゃないだろう」

「くそっ…くそぉっ…」

 エッジは泣きながら走って去っていった。エンドは手を伸ばしたが、かけるべき言葉が見つからず虚空を掴んで手を下ろした。

「すまないエンド。ここは街の外、こういうことは偶にあるんだ。お前は脅威を取り除き、これ以上の犠牲を未然に防いでくれた。俺は感謝している。あいつは今、家族を失って冷静さを欠いているんだ。許してやって欲しい」

「許すも何も…俺が至らないばかりに…」

「もう休め。一晩寝ればいくらか冷静になれる。後始末は俺たちがやるから」

 ナガイは慣れた様子でエンドに命じた。エンドは自分だけ休むのも悪い気がしたが、ナガイの諭すような口調に従い、休むことにした。

「はい…」

 エンドは寝床に戻り、横になった。衝撃的な光景やこみ上げてくる後悔で中々寝付けずにいたが、杖を出して自らに魔術をかけて眠りに落ちた。


 翌朝、エンドは目を覚ましてナガイに会った。そして改めてスオドとセプトの死亡を聞いた。街の外ではああいう危険があるから気を付けなければならないが、出入口が開けっ放しになっていたために侵入されたようだ。

 昨日の夕方には既に主神から与えられた力が体の一部のように馴染んで使えたが、寝ていては使うも何もない。あと少し早く目が覚めていれば少なくともスオドは死なずに済んだかもしれない。しっかりしろ、まだ亜神との戦いが残っているのにこんな弱気でどうする。切り替えるんだ。俺の都合で相手が待ってくれたり手加減してくれたりなんてない。

 その後、門が開き街に入れるようになった。人々は徒歩やロボに乗って街へと入っていった。

 長城の門をくぐり、歩道の仄暗いトンネルを抜けると光に包まれた広場に出た。

 エンドが空を見上げるとそこには多層の街が広がっていた。白を基調とした高層建造物が立ち並び、ところどころが橋で繋がっており、建造物は集まりごとにそれぞれほんのりと黄色や橙色、青色や緑色などで彩られていた。道は丁寧に舗装され、ゴミもなく綺麗に保たれ、様々な恰好の人々が歩いていた。

 この街もこの世界の一部…アージーンが危険に晒しているのか。ここまで築き上げるのにどれだけかかったのだろう。この街が無くなるかもしれないなんて勿体ない。まあ維持費も知らないし住んだこともないの俺の感想だから、安易に勿体ないと思うのは無責任ではあるが…心の中で思うだけならいいだろう。

「それじゃ手続きの続きがあるから、ここで少し待っててくれ」

 ナガイは立派な建物を指さし、部下を連れて行ってしまった。

 それにしても長城の壁で死角になってて気づかなかったが、巨大な建物がこんなに沢山あったとは驚きだ。

 人に話を聞いてみると壁の内側は面積が限られているため、文明の発展で上に上に伸びていったらしい。新天地を目指す人たちもいるが、壁の外があの様子で、いい場所を見つけるのは難航しているようだ。住めるか分からない場所探しに資源を使うなら街の中に使って欲しいとか、外への調査の副産物が暮らしを豊かにしているから必要だとか、色々と意見があるようだ。そしてこの立体的な街でも神殿周りは建物の高さが低いという。

「禁忌については、神罰ではなく生活の知恵だと俺は思うんだよ」

「なぜです?」

「例えば神殿敷地内に2階以上の建物は建ててはならないという決まり。湧き水が出るような軟弱な土地に普通のやり方で高い建物建てたら沈んで傾いていく。だから禁止し、手も出しづらくなるように神聖な場所、つまり神殿の敷地とした。それに上水に毒が入れられないように厳重に管理するためというのもあるだろう」

「なるほど。本質は2階なのが駄目ではなく、高いのが駄目ということですか」

 ん?しかしこの町は高層建築物ばかりじゃないか。

「この辺りは高い建物ばかりだけど、大丈夫なのですか?」

「ああ、地盤が強いから大丈夫だ。綺麗な湧き水が絶えず出る場所がすぐ近くにありながら、強い地盤になっているという都合の良さが、発展をもたらしたのだろう」

 喋って気を紛らわせていないと仲間の死が辛くてやってられないとばかりに社員たちは話をし続けた。


 その後、ナガイたちが手続きを終えて戻ってきた。エンドは彼らと共にFW社に行き、ハスカのFW社の用事が済んだ後に彼女の案内でアージーンの神殿へ向かった。

 神殿の敷地の入り口から本殿への道中は大樹に囲まれた林の中にあり、ここでは街の喧騒はなく、人の声も歩く音も林に吸い込まれていった。

「この道をそのまま行けば本殿です。では私はこれから事務所に行きますのでこれで」

「ありがとうございます。助かりました」

 エンドは平屋の建物の前でハスカと別れ、本殿へと進んだ。

 林を抜けた先には開けた空間があり、両脇にはコンクリートの灯篭がずらりと並んで中央の神殿の存在を強く示していた。灯篭は雨風に削られ光沢が消え、水の染みた部分は黒っぽく染まった模様を作って落ち着きのある佇まいとなっていた。

 参拝者たちが本殿の前で立ち止まり、手を合わせて頭を下げていた。指を組んだり合掌したりと両手を合わせることはここでも見られるようだ。両手を広げて天を仰ぐのはここでは見られない。参拝者ではなく神官がやるのかもしれないが。

 本殿は何本もの大きな柱に支えられた威圧感のある建物で、その柱の表面は光沢のない真っ白な塗装と縁に黒と金の塗装が施されていた。本殿の正面には左右に開く引き戸が閉まってあり、シンボルや像の類は見られなかった。強いて言うならば柱と同様の無地の戸そのものがシンボルだろうか。アージーンは姿が無いと言われているのだから像が無いのも道理か。戸の前に警備が立っていたり、鍵がかかっていたりはしない。おそらくルール通り、人々は戸を開けて覗き見ようとすることはなく、そもそも柱の手前までしか近づかずに礼拝している。

 しかしエンドはこの奥にアージーンのもとへ辿り着くための何かがあると感じ取り、中に入る必要があると考えた。エンドは掃除をしている神官に声をかけ、本殿の内部がどうなっているのか、入れないかと尋ねた。その結果、内部は湧き水の出る泉で水源となっていて毒などを避けるために立ち入り禁止であり、入れるのは当番の神官だけとのことだ。

 簡単には入れそうにない。変に食い下がると怪しまれる。一度出直して方法を考えよう。

 エンドは教えてもらったお礼を言って、神殿を出てFW社に戻ってきた。


 ハスカは今回の仕事の報告書を提出し、職場の人々と話をしていた。

「…なるほど、2人亡くなられるとはお気の毒に」

「よくハスカは無事だったな」

「私のテントはちゃんと閉めていましたから。長い仕事の後で、街の目の前だからと気が緩んでいたのだと思います」

「野犬を退治したのは帰り道で助けた男ということだったな。アージーン様の遣わした助っ人だったのかもな」

「まさか。アージーン様のことを知らなくて私に尋ねて来たのですよ。でも…絵画にあるような杖を持っていて赤い目をした人でした。異端教徒に狙われないと良いですが」

「ふむ…少し心配だな」

 仕事をしていた局長は手を止めて話に割って入ってきた。

「ハスカ、その者について詳しく教えてくれ。向こうでな」

「は、はい」

 ハスカは局長についていき、建物の裏でエンドのことについて話した。


 エンドがFW社に戻る頃、ホーウ家の執事のウオソイとメイドのザレタとサラが来ていた。現在のホーウ家の若き当主ツウェシュタレリウム、通称ツヴィーはFW社の大口株主であり、投資を続けるに値するか確認のため時々部下に視察させて情報を集めているという。なお、彼の名前が長いのはそういう文化圏の生まれであり、ビジネスの場でも通称を使い、本名は滅多に出さないという。

 ウオソイは接客室にてチェックリストを見ながら用意された書類に目を通し、応対する社員に質問をしては解答をサラが書記として記録していった。

 ザレタは回収した資源の様子を見て回り、その途中で考え事をしながら歩いているエンドを見つけ、声をかけた。

「もしかしてあなたが壁の外にいたというエンドさん?」

「どうしてそれを?あなたは誰です?」

「あなたの腕を見込んでお願いがあります!」

 ザレタは有無を言わさず距離を詰めてエンドの手を取り胸に寄せ、顔を近づけて目をじっと見た。

「どうかツヴィー・ホーウから助けてください!」

「どういうことですか?」

「話をします。こちらへ!」

「ちょっと、そんな急に」

 ザレタはエンドを連れてFW社から出て道路を渡り、近くの庭園の門の前で立ち止まると鍵を取り出して通用口を開けて中へ入った。

「ここは?」

「ホーウ家の所持する庭園です。今日は閉まっていますが、それが密談にはちょうどいい」

 通路の横には木々が点々と植えられており、ブロックが敷かれた通路を通らずとも木の間を横切って通ることができそうな開放的な作りだった。ブロックの道に頼らずに目的地に行けるように知識があればの話だが。

「ここまで来れば大丈夫でしょう」

「抜け出して大丈夫なのですか?」

「ウオソイさんたちの方はまだまだ時間がかかりますから」

 そういう問題だろうか。

 エンドはザレタに案内されるまま歩き続けた。

「それで助けて欲しいとはどういうことです?」

「はい、まず私の紹介を。私はイザレットリリー、ホーウ家のメイドをしております。職場ではザレタと呼ばれています。そしてホーウ家の現当主はツヴィー。私が仕える主人で最低の男です」

 ザレタは吐き捨てるように言い放ち、溜息を吐いてから少し長くなりますと前置きし、説明を始めた。

 説明によれば、ザレタの家は元々銘家だったが父が事業で失敗し、一家は財産を失った。ある小さな企業にレバレッジをかけて投資し、ほどなくして詐欺が判明して莫大な損失となったという。審査の厳しい上場企業相手ではなく、自分で一から十まで審査が要る小さな企業相手だった。ザレタは後にツヴィーがあんな見えている地雷を踏むなんてと苦笑していたと知ったという。ザレタの弟と関わりのあったツヴィーは父に借金の肩代わりを条件付きで申し出た。その条件のうちザレタに関わることは、ザレタがホーウ家に仕えること、弟の通学を続けさせること。

「弟は私よりずっと頭が良く、ツヴィーは自分の会社にあわよくば迎え入れたいと思っていました。借金を肩代わりしてでも勉強を続けさせるだけのリターンがあると。父と同じく青田買いみたいなことをしてるのにこっちは上手く行くんだろうなと直感します」

 ザレタはツヴィーを嫌ってはいるが実力は認めているようだ。侮っていないのであればなぜ俺を頼ったのかひっかかるところではあるが…。俺はこの世界で何の権力もなく、あるのは戦闘力くらいだ。求められているのがそれならば暗殺依頼じゃあるまいな。あるいは、街の外にいたことからツヴィーと関わりが無い人に頼りたいからという理由か。単に深く考えていない、あるいは深く考えられないほど追い詰められているという可能性もあるか。強引な態度はなりふり構っていられない焦りから来るものかもしれない。

「ただ、ツヴィーにとって弟は代替の効かないものではなく、成績上位クラスの一人といったところです。運よく貰った宝くじ程度の存在です。彼にとっては我が家の借金額は趣味に使うお金程度の扱いなのです。何としても成功させるという意志はなく、上手く行ったらラッキーくらいのお遊び…」

 ザレタは声のトーンを落とし、恐怖を払拭しようと淡々と、しかし震え混じりの声で続けた。

「だから私に屈辱的な命令をし、私が嫌がるとこう言います。いいのかな?弟が学校に通えなくなってもと…」

 ザレタは胸の下に腕を組んで胸を挟み肩を萎縮させた。

「あの…大丈夫ですか?」

 ザレタは俯いてエンドの胸に頭を押し付けた。

「薬…」

「薬?」

「薬を…そこの建物の中に薬箱があります。取ってきて貰えませんか?」

 ザレタは頭を傾けて小ぶりな円形広場の反対側にある建物を指示し、よろよろと後ずさってアーチにもたれかかって座り込んだ。腕はだらんと地面に置かれ、垂れた髪が顔を覆い隠した。

「待っててください。今取ってきます!」

 エンドは円形広場を突っ切るように走った。

 しかしその円の中心が光り、光る茨が飛び出してエンドの四肢に巻き付き、中心に引き寄せられた。

「これは…」

 すぐに茨は見えなくなったが、エンドが動こうとすると棘が食い込んで痛みを与え、そのままでは円の中心から離れられなくなった。

「上出来だザレタ君」

 壁から魔術でできた迷彩の布が払いのけられ、杖を持った男がその向こうから出て来た。

「騙したな…まったく、見事な演技だったぜ…」

「すみません。しかし全てが嘘ではありません。本当に私はツヴィー様に苦しめられています。誰が好き好んでこんな卑劣なこと…」

 ザレタは起き上がって髪を整えつつギリッと歯軋りし、ツヴィーを睨みつけた。

「ああ、やはりザレタ君のその顔はいいね。私はその顔が大好きだよ」

「いつか殺す…!」

「フフフ…じゃ、その時まで体を大切にね」

「どの口が…!」

 ザレタはツヴィーと目が合うとその笑みに気圧され、睨み顔が緩んだ。ツヴィーはザレタと目が合っても一切動じることなく、整然と歩いてエンドの前にやってきた。

「意志を奪って人を操る者もいるがそれじゃつまらない。やはりこういう気の強い女を嫌々従わせてこそ心躍るというもの。君もそうは思わないかい?」

「さあな」

「つれないねえ。話が盛り上がればトドメを刺すのを躊躇するかもしれないのに」

「そんなタイプとは思えないが?」

「はは、全くもってその通りだよ。まあでも男を痛めつける趣味はないから安心しなよ。一瞬で楽にしてあげる」

 ツヴィーは仕込み杖から刀身を出してエンドに斬りかかるも、エンドのタックルを受けて後ろによろめいた。

「どういうことだ…?罠は確かに…なぜ動ける!?」

 エンドは体に付いた茨の破片を払い、杖を呼び出して構えた。

「そうか、お前が持っていたのか…」

 杖を見てツヴィーは驚き、そして納得して覚悟を決めた。

「神よ、汝の敵を打倒します。どうかお守りください」

 ツヴィーは高らかに宣言して自身を奮い立たせると、仕込み杖の鞘に魔法の鎖を纏わせ、鞭のように振り回してエンドに襲い掛かった。エンドは周囲に6本の氷柱を出して鞭を防いで凍り付かせて動きを止め、隙間から雷撃をツヴィーに放った。雷撃はツヴィーの纏っていた防御魔法に阻まれて散ったものの、ツヴィーは逃げ出した。

 何か妙だ。確かに鞭は使用不能にされ、すぐ反撃を食らったとはいえ、神に宣言をしておきながらあっさり逃げるだろうか。プライドが高そうな態度も簡単に逃げるようには思えない。であるならば…。

 エンドは氷を消してツヴィーの後を追いかけた。生垣や建物で視界が遮られやすく、距離を取るとすぐに見えなくなってしまう。

 曲がり角を進むと通路の真ん中に岩があり、その通路の先にツヴィーが走っていた。エンドは岩を避けて横に進むと、床が崩れて流砂となり、岩の裏の爆弾が爆発し、辺りが炎と煙に包まれた。

「やったか!?」

 ツヴィーは足を止めて来た道を戻り、風魔法で煙を吹き飛ばすと、そこには人型の黒焦げの何かが地面に転がっていた。

「まだ人の形を保っているとは…流石は主神の駒」

 ツヴィーは息の根を完全に止めるべく刀で首に斬りかかった。しかし刃は途中で止まり、切り口から伸びる茨が刀身に絡みつき抜けなくなった。

 直後ツヴィーは生垣裏の何者かの気配に気づくも時すでに遅く、茂みから放たれた衝撃波が体に直撃した。そしてエンドは生垣の穴から出て来た。

 ああ、やはり逃げたのは罠に追い込むフリで、確認とトドメのために部下を遣らずに自身で戻ってきたか。

「がはっ…まだ俺は…」

 ツヴィーは血を吐いて崩れ落ちた。エンドは迫る気配に気づき、振り向くとそこにはこちらに向かって駆け寄るザレタの姿があった。しかし何か様子がおかしい。

 ザレタはエンドの横を通り過ぎ、膝をついてツヴィーの肩と頭に手を回して抱え上げた。

「ツヴィー様!しっかりしてください!」

「ザレタ君…」

 ザレタは服にツヴィーの血がつくことを気にせず、胸に抱きしめて口づけをした。

「何を…?」

「ツヴィー様…どうか…」

 ツヴィーはザレタの態度に戸惑い、ただ涙を流す彼女を呆然と見ていた。

「今気づきました。私はツヴィー様を愛しています。苦しめられ、辱められ、酷く扱われても、それでも弟のために、サラにこの欲望が向かないように、死ぬわけにはいかないと自分に言い聞かせていました。でも本当は違ったのです。本当は喜んでいたのです。その喜びこそ生きる理由だった。弟を守りたいのは半分、もう半分は嬉しくて。サラを守りたいのは口実、サラにご主人様の欲望を一滴でも奪われたくなかった。ツヴィー様、あなたを愛しています」

 ツヴィーは冷めた目でザレタの告白を聞き、口に絡んだ血を吐いた。

「残念だ…思い通りにならない君が好きだったのに…」

 ツヴィーは相も変わらずザレタの睨み顔を見ようと意地悪な返答をした。死にかけていてもやることは変わらない。ある意味潔い。

「ええ、ツヴィー様の思い通り、嫌いなままにはなりませんでした」

「はっ…全く…思い通りにならない女だ…」

 ツヴィーは微笑して息絶え、ザレタの腕に頭の重さがのしかかった。ザレタはゆっくりとツヴィーを地面に下ろし、指の腹で瞼を優しく撫でて目を閉じ、お互いの指を絡めて手を握った。

 エンドは理解できずに戸惑い、どう対処すればいいのか分からず様子を見ているほか無かった。ザレタは体の向きを変えてエンドの方を向いて頭を下げた。

「騙してごめんなさい。そしてさようなら」

 ザレタは魔術で地面の血を動かし始めた。

「ツヴィー様、私もすぐあなたのもとへ行きます」

 その直後、刃と化した血がザレタの首を裂き、首から血を噴き出してツヴィーの上に倒れ込み、二人の血が混ざりあって血の池を作り出した。

「なっ…!」

 エンドはたじろいでその場から離れ、後ろのベンチに座り込んだ。


 しばらく頭を抱えているとエンドは人の気配を感じて目線を上げ、人影を見つけて後を追った。

「待て!」

 エンドは氷の壁を作って逃げ道を塞いで追い詰めた。

「何者だ?」

「敵じゃありません!私はリファン、アージーン神殿で神官をしているものです。今日はホーウ殿の赤目討伐の記録のため、同行していました。しかし、神官団のやり方にはついていけず、かといって逆らうこともできずにいました。教えに反することですが、もしかしたら教えの方が間違いで…」

「つまり、何です?」

 エンドは長々とした前口上に苛立ちと、敵による時間稼ぎや苛立たせる作戦ではないかと疑い、話を畳みにかかった。

「つまり、私は離反者です。こんな異端教徒みたいな真似、もうついて行けません」

「ん?ちょっと待った、赤目を狙っているのは異端教徒では?」

「今まではそうでした。ですが今回は正統な本家のものです」

「何があったのです?」

 リファンからの話を聞くと、アージーンからの天命だからとか何とかで急に世界存続のために赤い目の者を殺さなければならなくなったという。しかも異能の力を見せ、本当にアージーンの言葉だと示すと共に脅迫をしたと。既に各方面に手が回っており、俺のところに来たツヴィーというのは刺客の一人で詳細は不明だが他にもいるらしい。各方面に散っているのなら刺客の全員を相手することは無さそうだが…早くアージーンを討って止めなければ被害者が増えていく。顔も知らない他人とはいえ、放ってはおけない。それにツヴィーが失敗したことで次の刺客が送り込まれるかもしれない。その刺客を倒すとまた次の刺客…それを繰り返していたら体がもたない。

 リファンは説明で勢いづいてつい口を滑らせたか、最後に不満を零した。

「我が教団は若者の入信者が減り、高齢化しています。それによって労働力の低下が問題だと言われており、私もそう思っていました。しかし問題はそれだけではなかった。ボケ老人が権力を握り教団を破壊する危険性を甘く見ていたのです」

 自分のところのボスにここまで言うとは…、相当に不満が溜まっていたのだろうな。

 ん?教団ということはハスカさん経由で俺のことが知れ渡っている可能性があるのか。…嫌な予感がする。ハスカさんとコンタクトを取らなければ。ナガイさんを頼ろう。FW社に今サラもウオソイもいるだろう。ザレタが戻ってこないことに気づいたとしたら危ないかもしれない。様子を見に戻ろう。

 エンドはリファンと別れFW社に大急ぎで戻っていった。


 エンドがFW社に戻ると入り口でサラに会った。

「あ、そこのあなた、ザレタを見ませんでしたか?ザレタを分かりますか?」

「…彼女ならツヴィーさんと共に行ってしまいましたよ」

「そうでしたか。ありがとうございます。ご主人様ったら結局来るなら一緒に出ればよかったのに」

 サラは礼をしてウオソイを呼びに階段を昇っていった。

「ごめん…」

 エンドはサラが去った後ポツリと呟き、黙々とナガイの部屋へ向かった。

 エンドがナガイの部屋に入ると、ハスカからエンド宛へメッセージが届いていたことを告げられた。

「ハスカからだ。お前さんと話をしたいと。込み入った話だから家のマンションの屋上で話すとさ。どうする?」

 ハスカさんも神官だからアージーンからの天命とやらを人伝に聞いたのかもしれない。それで何かを教えてくれるのか、それとも敵に回ってしまったか、いずれにせよ手詰まりの今、リスクはあるが情報源になりうるハスカさんを頼る他ない。

「分かりました。行きます」

「それじゃそう伝えておく」

「ありがとうございます」

 ナガイは通信機に文字を打ち込んで返信し、ハスカの家への地図を描いてエンドに渡し、方向や目印の説明をし、エンドは事務所を出た。


 エンドは地図を頼りに道路を進み、ハスカの家のマンションへとやってきた。建物は20階建てで中に入ると分厚い扉があり、その横にモニターのついた機械が置いてあった。

 エンドがモニターに触れ、メモに従って訪ね人や要件、暗証番号などを入力すると承認と表示され扉が開いた。エンドは奥に進み、エレベーターを呼んだ。手前の格子の柵が横に折りたたまれて開き、奥の扉も横に開き、エンドは中へ乗り込んだ。最上階のボタンを押して閉ボタンを押し、窓もない灰色の部屋の中で昇っていくのを待った。

 最上階で降りると、すぐ近くに屋上に続く階段があり、それを昇って扉のドアノブに手をかけた。風圧で始めは重かったが、ある程度押すと軽くなり、青空の下へ出た。

 屋上には高い柵が設けられており、その柵は所々塗装が剥げて錆が見えていた。壁際の床には砂埃や塵が溜まり、塗装が剥げたりコケやカビで変色したりと、普段は人が訪れない様子が伺えた。

 ハスカは柵の前でその隙間から街並みを見ていた。

「ハスカさん…?」

 ハスカは呼びかけに気づき、エンドの方を向いた。

「お待ちしてました。どうぞこちらへ」

 近づいていくとハスカが駆け寄ってエンドに抱き着いた。

「どうしま…うっ!」

 エンドは腹部に熱のような痛みを感じ、後ろに引いた。腹を刺されて手で押さえても血がボタボタ垂れていった。

「あ、あれ…?どうして私…なんで…?」

 ハスカは血まみれのナイフを落とし、血に濡れた手で頭を抱えて後ずさった。目の前の光景に混乱し、両腕は力が抜けて垂れ、口は半開きで声を出そうにも出ず、内部からこみ上げる恐怖に肩を震わせて立ち尽くしていた。

「ここまでかな」

 エンドの背後から声がし、屋上に続く階段の屋根の上から少年が宙を舞ってハスカの前に出て髪を引いてしゃがませた。

「あうっ」

「お疲れ様、お姉ちゃん」

 少年がハスカを抱き寄せて頭を撫でると、ハスカは目から生気を失ってペタンと座り込んでしまった。少年は手を離し、振り向いて笑みを浮かべたままエンドを見た。

「何を…!」

「ちょっとした催眠だよ。そんなことよりも初めまして、僕の名前はマモン。人間は僕を魔物とか妖怪とか言うよ。じゃ、君が死ぬところを見てるね」

 マモンはハスカの足を広げて間に座り込み、頭をハスカの胸に置いてもたれかかった。

「何だ、お前は?アージーンの手下か?」

「手下ぁ?うーん、でもそういう面もあるかも」

 マモンは両手でハスカの右腕を持ち上げてその手の甲の血を舐めた。ハスカはピクッと動いたが、なされるがままで動く気配がない。

「アージーンには封印を解いてもらった約束として協力しているんだよ。彼の用が済んだら敵対するだろうしそれまでの仲さ」

 それにしても随分と余裕の態度だ。なぜ追撃もせずにただ見ているだけなんだ。相手からは致命傷に見えているのか?それとも理由があって観察を…?

 エンドは服の切れ目から傷口がマモンに見えないように体を前に倒し、魔術で傷を治していった。しかし呼吸や顔色など隠しきれない部分によってマモンは回復していることを察知した。

「ああ、ひょっとして君が主神の用意した駒なのかな?」

「だったらどうする?」

「殺したらゲームが終わっちゃう。もうちょっと時間稼ぎたいから、弱らせて眠っててもらうよ!」

 マモンは浮かび上がって右手の上に光る球体を作り出した。球体の表面が波打った直後、エンドめがけて突き刺す四本の鎗に姿を変えた。エンドは杖を呼び出してバリアを張り、突きの軌道を逸らし、鎗はバリアを削りつつも横の床に突き刺さって止まった。

「動かないでよ、間違って殺しちゃうかもしれないじゃん」

「誰がお前の言うことなんか聞くか」

「お姉ちゃんは僕の言うこと聞いてくれるよ。じゃあこうしたら君も言うことを聞いてくれるかな?」

 マモンが両手を合わせて手を叩くとハスカは起き、ゆらりと立ち上がった。無表情で目に光はなく、血で頬に張り付いた髪を気にする様子も無かった。

 エンドはハスカの周囲に防壁を発生させるべく、杖で地面を突いた。

「おっと動くなよ。妙な真似をすればお姉ちゃんをここから転落させるよ」

「貴様…」

「言っておくけど、仮に君が壁でも作ってお姉ちゃんを守ろうとしたって、壁も床も一緒に吹っ飛ばせば済むことだからね」

 何か手は無いのか。奴のペースに乗せられたままでは埒が明かない。人質を失えば俺が何の遠慮も無くなることから優位を維持するために可能な限り人質を維持しようとするだろう。奴は俺が妙な動きをしないか集中して見張っている。同時にハスカを操り、ハスカに向けて攻撃魔術を構え、俺に向けて死なない程度に攻撃魔術を使おうとしている。リソースは有限だから、さらに負荷を加えてやれば隙が生じる可能性がある。奴にとって脅威になりうるのは俺であり、ハスカの方向に割くリソースを減らせばハスカを逃がすことができるかもしれない。

「一つだけ聞かせてもらいたい。眠らされる前に」

「…いいだろう。何かな?」

 マモンは警戒を解かず、しかし拒絶せずに妥協して提案を聞き入れた。

「アージーンと最初の会話を思い出して教えてくれ」

「どうしてそんなことを?」

「答えないのなら戦うまで」

「まあいい…最初ねえ…」

 マモンは意識を内に向け、過去の記憶を探った。同時にエンドは杖を複製し、本物の杖を背後に隠して杖の先から透明な魔法の布を作り出し、ハスカの足元へ向けて走らせていった。

 布はハスカの体に巻き付き、可視化と同時に強度を高めて引っ張って動きつつ衝撃から守れる状態になった。

 その過程でハスカが揺れ、マモンがハスカの異変に気付き、ハスカを覆うように透明な何かがあることを服の様子や魔力の流れから察知し、自身が罠に掛けられたことに気づいた。

「このっ!」

 マモンはハスカに向けて突風を起こした。強烈な風圧で床のパネルがいくつか剥がれ、鉄の柵はひん曲がった。

 ハスカは寸前に布に引かれて直撃も避けたものの、余波で飛ばされ魔法の布は千切れて柵にもたれかかって座り込んでいた。

 マモンは人質としてまだ使えるか諦めるか迷い、その隙にエンドの杖から放たれた雷の矢を受けた。とっさに体を捻り、急所は避けたものの、胴を掠めて青色の血が垂れていった。

「クッ…ああ、もういいよ!」

 マモンはエンドの生け捕りもハスカを人質に取ることも諦め、殺すことを目的に切り替えた。

 マモンは右手の先に光る球体を作り、それは一瞬で弾けて巨大な黒い刃となってエンドに斬りかかった。エンドは杖の両端から冷気で弧を描くように結び、冷気を纏った盾を作って刃の攻撃を受け止めた。止められた刃から黒い液体が跳ねるがエンドの周囲では瞬時に凍り付き、氷柱となってエンドにたどり着く前に停止した。

 マモンは左手で風と音を起こして剣を引きはがし、構え直した。

「誰だ!」

 エンドの背後に誰かが現れたようでマモンが尋ねた。エンドは後ろを向かせる作戦の可能性を警戒し振り返らずマモンから目を離さなかった。

「こっちは大丈夫だ!ハスカさんは下に連れて行く!」

 エンドの背後から聞き覚えのある声がした。エッジの声だ。

「助かった!」

 マモンは左手を上げて突風を引き起こした。エンドはV字の魔法の壁を前に作り出し、風を左右に逸らした。すかさずマモンは剣を手に壁の上から飛び掛かり、エンドはとっさに杖で受けるも黒い液体が手に触れ、焼けるような痛みと体が停止していくような離脱感を感じた。エンドは杖を斜めにして刃を滑らせて地面に落とし、杖を回して剣を上から抑えつけ、その回転の軌跡に沿って宙に作り出した魔法の矢をマモンに放った。

 矢はマモンの胸に刺さったが直後に砕け散って消えてしまった。マモンは剣を変形させて球に戻し、跳ねて後ろに下がり、エンドは杖を地面に立てて膝をついた。

「うっ…」

「もう限界みたいだね。これは亜神を殺す毒、僕が封じられていた理由の一つ。やっぱり効いちゃったか…これでゲームは終わり…」

 マモンは球体を消して息を吐き、服についた砂埃を払った。

「それはどうかな?」

「何!?」

 突如マモンの胸に穴が開き、青い血が噴き出して意識を失って倒れた。青い血だまりができ、マモンはピクリとも動かなくなった。マモンは死亡した。

 矢は刺さった直後に砕けたものの、それは破壊を強く印象付けるための仕込み。刺さった後、麻痺させて痛みを抑えて侮らせ、本命はマモンの内部に入って前後に圧力をかけ続けていた。マモンの気が緩んで魔術を解き、抑えられなくなったことでついに貫通させた。

 マモンの毒で人間離れした力が弱まったエンドは人間に近づいたことで、毒が効かなくなり体調が戻ってきた。しかしそれは解毒が済むまで力が封じられているということ。力を使おうとするとふらつき、エンドはしばらく力を使わないことにした。


 その後エンドは階段を下りてハスカとエッジを見つけた。ハスカは目を覚まし、壁にもたれて座っていた。

「エッジ、ありがとう。この前は悪いことをして…」

「すまない!あの時は八つ当たりをしてしまって…。あの時はいっぱいいっぱいで…。ひとまずここを離れよう。ついて来て欲しい」

「ああ」

 エンドはザレタに騙されてついて行ったことで罠に掛けられたことを思い出したが、危険を顧みずハスカを助けてサポートしてくれたエッジは罠にかける気はないだろうと考え、ついていくことにした。

 エッジはハスカに肩を貸して歩き、3人でエレベーターに乗った。扉が閉まり、閉所に3人だけの緊張した空気が流れた。

「ごめんなさい。操られてたとはいえ私のせいで…」

「ハスカさんのせいじゃないですよ」

「でも…」

「気にしないでください、悪いのはハスカさんを利用した奴らです」

「……」

 ハスカはどうすればいいのか迷い、暫し沈黙が流れた後、エッジが口を開いた。

「兄貴たちが死んで怒りや悲しみが溢れて、でも敵討ちもできずどこに向けたらいいのか分からなくて、酷いことを言った。本当にすまない。力になれたらと後を追ってきたらこんなことになってて…」

「ありがとう。本当に助かった」

「役に立てたようで良かった」

「…エンドさん、本殿の奥に行きたいのですよね?赤目のそんな参拝客がいたと聞きました。エンドさんのことですよね?」

「えっ、ええ…行けるのですか?」

「私が案内しましょう。普段は鍵をかけて人がいない深夜になりますが…」

 それはつまり侵入ということか。ありがたいことだが、そんな鍵を容易く手に入れられるとは思わない。鍵の入手のためにハスカさんは危険な綱渡りをすることになるのではないか。他人にそこまでしてもらうのは悪いような…。弱みに付け込んでいるみたいだし。いや、しかし、亜神と世界の存亡をかけた戦いの最中…遊びじゃなく戦いだ。甘いことを言っている余裕なんかない。使えるものは全て使うべき。

「本当にいいのですか?あなたは教団の一員でしょう?」

「私には教団そのものがおかしいのか、教団が悪人に利用されているのか判断できません。しかし、それでもあなたの可能性に賭けてみたいと思った次第です」

「…分かりました。案内をお願いします」

「はい!」

 ハスカは緊張した顔で覚悟を決めるように強く頷いた。

「俺も手伝いますよ」

「えっ、でも…」

「どこかで見られてたら俺ももう敵認定されてますよ。それに俺も本殿の中見たいですし」

「…分かりました」

「まずは手当と着替えだな。こっちへ」

 下の階に着き、エンドたちはエッジの案内に従って道を進み、エッジの家に入り、傷の手当てなどをした。エンドは毒の影響で魔術がしばらく使えないことを2人に伝え、勧められるまま横になって回復に専念した。ハスカの怪我は切り傷や擦り傷こそあれど、歩けなかったり視界が歪んだりといったことはなく、基本的な動作に差し支えないものだった。打ち合わせの結果、敵に時間を与えるのを避けるため今夜忍び込むことに決めた。ハスカとエッジは家を出て神殿に鍵を調達に行き、エンドは回復しながら2人が戻るのを待った。

 アージーンの部下は平気で人を傷つけるような連中で、あいつらはとても人間の守護神の部下という肩書には似合わない。彼らに指示を出せるということはアージーンは意志も対話もできる存在の可能性が高い。姿形のない力そのものというのは誤りだろう。もしかしたら赤い目の男という姿が正しいのかもしれない。仮にそうだとするとなぜ同じ特徴を持つ者を襲うのか疑問は残るところではあるが…。とにかく、もはや人間の守護者などとは考えない。明確な敵だ。この手で討伐する。


 そして深夜、ハスカとエッジの手引きで神殿に忍び込み、見回りに気づかれないように忍び足で本殿まで来た。本殿は鍵がかかっているのみで人はおらず、ハスカの用意した鍵で開錠し、中へと忍び込んだ。

 部屋の中心には水が勢いよく湧き続けている泉があり、大きな鉄管が神殿の裏のため池へと繋げていた。

 そして閉めた出入口の戸の前にゲートがあった。主神やセパンのいた部屋で見たものと同じようなものだ。戸を完全に閉めて鍵をかけると出現するようだ。

「そこに何かあるのか?」

 エンドがゲートの観察をしているとエッジが不思議そうに尋ねた。

「見えないのか?ほら、ここ」

「ハスカさんは見えます?」

「いえ、何も…」

「そうか…」

 ハスカとエッジにはゲートが見えないようだ。ゲートに手を通すと2人には手が見えなくなる様だった。

 直感だが、この先に行ったらもう戻れない気がする。ここを通るには体を不可逆の変換をして通るのではないだろうか。アージーンを討伐し、力を取り戻した主神ならば元に戻せるかもしれないがまだ分からない…。それに、こちらに戻る暇もなく元いた世界に帰るかもしれない。

 エンドは2人の方を向いた。

「案内ありがとうハスカさん。それから、様々なことを教えてくれてありがとうございます」

「えっ、その…こちらこそ…」

「エッジ、さっきは助かった。改めてありがとう。元気でな。ナガイさんによろしく」

「まるでお別れみたいじゃないか」

「多分そうなる」

「死ぬなんて駄目ですよ!」

「大丈夫、そんなつもりはありません。俺は勝って生き延びますただ、こっちの世界へは戻れないという予感がしているんです」

 3人とも神殿深部に入った時点でそろそろお別れかもしれないと薄々感じており、見えないゲートを目の前にして具体的に言葉にしたことでついに実感した。

「そうか、気を付けてな」

「あなたなら勝てます。お気をつけて」

「ああ、行ってくる」

 エンドはゲートを通り抜け、異空間をゆっくりと降りて行った。


 エンドは穴をくぐり、赤く染まる夕暮れの街の大通りに降り立った。見た目こそイヴニシュそのものだが、街の雑踏がなく風の音のみが聞こえる物悲しい無人の街だった。

 エンドは何かいないか探して歩いていると地面に伸びる人の影を見つけ、上を向くと歩道橋の上に夕陽を背に立っている何者かを見つけた。それが何者かであるかは直感で分かった。

 エンドは歩道橋を上り、その者の前にやってきた。

「お前がアージーンか?」

「いかにも。そして君が主様の遣わした者だな」

 夕陽のような赤い目をした男はあっさりと肯定し、杖を手に冷静に淡々と尋ねた。

「そうだ、そしてお前の野望もここまでだ。これ以上人を傷つけさせはしない」

「君が命を差し出せばこれ以上人を傷つけないと約束しよう」

「御免だね。あんな人を傷つける部下たちを持つお前の言葉なんて信じられるか!お前を倒して悲劇の根源を断ち、俺は生きて元の世界へ帰る!」

「ならば仕方ない。君の命は力ずくで奪うとしよう!」

 アージーンとエンドは互いの魔術の衝突による爆発で弾き飛ばされ、橋の下の道路に着地した。

 アージーンは杖を前に突き出し、炎の壁を作り出して前へと飛ばした。側面は建物で塞がり、上に逃げれば高熱、穴を掘って下に逃げようものなら自ら動きを狭め墓穴を掘ることとなる。加えて揺らめく炎とその眩しい光によって壁の厚みが分からず突き破れるかは不明。エンドは正面の地面を隆起させて炎を防ぎ、横と上を炎が通り過ぎるのを待ちつつ自分の周囲に無数の魔法の刃を作り出した。炎が過ぎた後、天から黒いエネルギー波がエンドの背中を掠め、エンドは横に跳び出して直撃を避けると、隆起した地面は粉々に砕け散った。エンドは牽制と目くらましを兼ねた炎によりアージーンの天からの追撃に気づけなかった。エンドは全方位に刃を飛ばし、アージーンは防壁を張って斬撃を受け止め、周囲の建物はズタズタに切り裂かれて崩れていった。受け止めた刃が砕け散り、再びアージーンの攻撃が始まった。

 アージーンは様々な現象を引き起こせる自身の能力を使い慣れ、深く理解しており、エンドの取れる選択肢を潰すように攻め続け、反撃の隙を中々与えなかった。エンドは攻撃をいなしながらも何手か先に逃げ道が無くなり詰みだということを感じ取った。

 アージーンは杖の先から吹雪を起こし、エンドは避けるのをやめ、杖の先に灼熱の鎗を作り出してアージーンめがけて突進した。押し付け合って互いの杖の先が触れるかどうかまで接近した後、両者は後ろに弾き飛ばされ、エンドは宙で一回転して地面を蹴り、再びアージーンめがけて飛び掛かった。アージーンは杖を振って防壁を張り、杖の先をエンドに向けて衝撃波を放った。

 エンドは加速して突いて防壁を破り、衝撃波を受けながらも止まらずに鎗でアージーンの胸を貫いた。

 それは捻りのない一点突破。自分の力を良く知っているアージーンは幅広い受けから反撃に転じようとしたがそれは叶わなかった。今のはただの牽制で次の一手が来るのが定石、そうでなければ何手かいなした後に追い込まれて負けるのだから、相手より早く動いて次の一手を崩してアドバンテージを取る、そう考えていた。しかし遥かに経験の劣るエンドにはその定石は無かった。アージーンは早く切り上げて薄い防壁にしていなければ難なく防げていた致命的な一撃。エンドはビギナーズラックを起こして勝利した。

 エンドは魔法の槍を消し、アージーンの胸から血が噴き出した。

「まだだ!」

 アージーンは杖の先に魔法の刃を作り出して振り上げるも、エンドは自身の杖を回して押し付け、刃を地面に抑えつけた。徐々にエンドに押し返す力は失せ、刃も消え、アージーンは膝をついてうつ伏せで倒れた。

 夕陽はしぼんで消え、夜空の下で街を街灯や部屋の明かりが照らしていた。

「ぐっ…」

 エンドは頭痛と全身の痛みで後ろによろけて杖を地面に立ててしゃがみこんだ。

 終わった、のか…?これで…全部…。


 アージーンの亡骸の側で何かが光り人影が出現した。夜の街の中、眩しく光るそれによってエンドは目が眩んだ。目が慣れて見たそこには膝をついてアージーンの亡骸を見分している黒衣の亜神がいた。

「確かに…主様の勝利を確認しました」

 あれは確か…セパン。

「なぜここに?」

 セパンは周囲を見渡した後、立ち上がってエンドの前に歩み寄った。

「私は審判を司る亜神。この度、主様とアージーン殿のゲームの審判をしておりました」

「ゲーム?」

 どういうことだ?アージーンとの戦いじゃなかったのか?何を言っているんだ?

「はい、主様が始めたゲームです。私はその審判として活動しておりました。あなたをクロカラに送る前に、主様があなたに施した術でアージーン殿との能力値の一致したことを確認しました。その後、アージーン殿には対戦相手の到着とゲームの開始を告げ、私は監視台にて主様もアージーン殿も、その他の亜神たちもルールを守っているか監視しておりました。そして今、ゲーム終了をあなたに告げるために姿を現した次第です」

 エンドが面食らって立ち尽くしていると、横から光と共に何かが現れた。光る球体、この世界の主神。

「ありがとうエンド君、君のおかげで私は勝つことができた」

「……」

「勝ったのに浮かない顔だね、勝利を祝おうよ」

「どういうことだ!?アージーンの野望を阻止するためじゃなかったのか!」

「そうだよ」

「ゲームって何だ?俺はそんなこと聞いてないぞ!」

「言わなかったのは君の士気を保つためだ。私だって勝ちたい、だから不利になりかねないことはしないよ」

 こいつ…。

「説明するのは面倒だが今の君は亜神相当の力がある。ゲームも終わってもうコンディションなんて気にしなくていいし、もう直接流し込んでも大丈夫だろう」

 主神は瞬時にエンドの前に移動し、手を生やしてエンドの頭に触れた。主神の手から文様が浮かび上がり、エンドは意識を飛ばされた。

 エンドが目を覚ました場所では半円の机を囲んで様々な姿の亜神たちが主神の前に座っていた。椅子に座るものもいれば、その場に置いてある機械や道具みたいなもの、立っているのか座っているのか区別も無さそうなものもおり、座るという表現は適切ではないかもしれない。

 

「この世界の欠陥に気づいたので一から作り直す。必要な分を一時的に移す世界は作るのだが、そこでイクシュ、君には巨獣たちの誘導を任せる。アージーン、君には連れて行く人間を選定してもらう。フーロ、君には…」

「主様、お待ちください!」

「何だ?」

「一からではなく修整という形は可能ですか?」

「理論的には可能ではあるが、費やす労力の割に合わない。作り直した方が早い」

「この素晴らしい文明を捨てるなどできません」

「いいじゃないか別に、また作れば」

「絶対に失うわけにはいきません。私は選定などしません!」

 アージーンが力強く否定すると、主神は目を閉じた。一瞬だがとても長い長い時間に感じる沈黙が流れた後、主神が目を開けた。

「ならお前を消して新たな人類の守護者を作れば済む話だが…、お前が私に逆らうというほどという事実に興味が沸いた。しかし、池に棲むものにとって池はこの世の全てでも陸に棲むものにとって池は世界の一部。その重みは異なり、理解できるわけもなし。どうしてもというのなら私から勝ち取ってみせよ」

「お言葉ですが主様」

 セパンは二柱のやり取りに臆することなく、淡々と言葉を発した。

「主様とアージーン殿では勝負になりません。実質的に主様の主張を通すのと同じです」

「対等なゲームをしよう。私の代わりに人間を一人、お前の対戦相手として用意する。その者にお前と同じ力を与え、お前と戦わせる。その間、私はクロカラの外にいて干渉しない。ああ、この世界の人間は使わず他所から調達する。お前の力の及ばない外からな。それに、その方がお前も気兼ねなく戦えるだろう」

「そこまで譲歩なさるのですか?」

「互角なんて面白いではないか。いや、普通なら経験値の差でお前の方が優位か。だが無知で怖いもの知らずなことがその差を覆すかもしれない。フフ…」

「アージーン、やめておけ。お前と同じ力でぶつかりあったら少なくともどちらかは死ぬ。そこまですることか」

「フーロ、悪いがそこまですることなんだ。主様、望むところです。この勝負受けて立ちます…!」

「いいだろう。セパン、審判を任せる。対戦相手の到着をアージーンに伝える役もな」

「…御意」

「他の者は手出し無用。ではひとまず再構築計画は凍結だ。決着の後、また呼び出すとしよう。解散」


 景色がぼやけていき、エンドは目を覚ました。

「これは…」

「見たかな?そういう次第だ」

 水槽で例えるなら巨獣が魚で人間がバクテリアといった感じか。バクテリアの一部を連れて行けばまた繁殖するから全部は要らないと…。俺にとっては印象の薄い巨獣だが、主神にとってはこちらが本命…。

 エンドはふらついて杖を倒して両手を地面についた。主神から直接記憶を流し込むことは亜神であっても負荷が大きく、ゲーム開始前には消耗を避けるために行わなかった。

「補足すると、アージーンは人間を守るため、人間と関わる機会が多くなることから人間の姿に似せて造った。その技術を応用することで人間にアージーンと同じ力を宿らせることが可能だ。だから対戦相手は人間から選ぶ必要があった」

 そうか、あいつが赤い目の人を襲うように指示をしたのは主神の代わりに戦う者…自分と同じ力を持つ者を殺し、勝負に勝つため…。マモンがゲームをすぐに終わらせたくないと言っていたのはそういうことか…。

「待てよ…、主神の勝ちでアージーンの負けってことは…この世界は…」

「そう、この世界は終了。再構築だ!」

「俺はそんなことのためにやってきたんじゃない!」

「そう言うと思った。やはり黙っておいて正解だったな」

 こ、こいつ…。

 世界を守ろうとしていたのはアージーンの方で、滅ぼそうとしていたのは主神の方だった。アージーンが世界を危険に晒しており、その野望を止めるためと聞き、勘違いしていた。騙された…。世界の存続は欠陥のある状態を長引かせ、世界を危険に晒すのだから嘘ではない。嘘ではない…が、意図的に隠し騙していたのは確かだ。

「まだ隠していることがあるんじゃないのか?」

「まだ伝えていないことといえば…君を選んだ理由の説明はあまりに長くなるからやめておくよ。端的に言うと君が条件にピッタリだった。偶然と思っておくといい。乗数の説明には掛け算の説明が、掛け算の説明には足し算の説明が必要なように、何段階もの説明が必要になりとても長くなる」

「…生き返るチャンスをくれたのには感謝する。だからってこんな…」

「ああ感謝の必要はないよ、だって君を殺したのは私なのだから」

 主神は姿を変えて人間の女の姿になった。その顔も恰好もエンドが刺された時に見たものと同じだった。

「なん…だと…」

「世界間の移動も亜神の力を与えるのも、生きたままでは大変でね。本人が死んだと認識しやすいように、君にとっての謎の力ではなく、よく見かけるであろう刃物で殺したんだ」

「何を…言ってるんだ…」

「大丈夫、元の世界に帰ったら君はちゃんと元通り生き返るから安心しなよ。傷も残らないから心配することはない」

「ふざけるな!人を殺して、世界を破滅させる手先にして、もう我慢の限界だ!」

 エンドは立ち上がり、杖を主神に向けた。

「やめておきなよ。私は君に感謝している。余計なことをして私の気が変わったら君は元の世界へ帰れないどころか消滅することもあるんだよ?生も死も意のままの私でも消滅はもう戻せない。一時の感情に流されて全部失う気かい?」

「その傲慢な面をぶちのめしてやる!」

「やれやれ、野蛮な、ぶっ…」

 主神が言い終わる前にエンドは杖を囮にして引き戻し、拳で主神の頬を殴った。主神とはいえ今は人間の姿を取っており、一応は攻撃が通る。主神は頬に手を当ててキョトンとした後、溜息を吐いた。

 

 ものの数秒後エンドは地面にうつ伏せで倒れこみ、主神の力によって発生した重力に押し潰されていた。

「亜神程度のお前が、神である私に勝てるはずが無いのだ」

 主神は術を解いてエンドの首を掴んで引き上げ、力の差を言い聞かせた。

「お前に貸し与えた力、返して貰うぞ」

 エンドの首に触れる掌から力が吸い上げられ、赤い瞳は元の黒い瞳に戻っていった。

 主神が手を離すとエンドは地面に崩れ落ちた。

「セパン、こいつを元の世界へ返してやれ」

 主神は指を振ってセパンの前に紋章を出した。

「そのために必要な亜神はこの権限で手配しろ」

「よろしいのですか?」

「最後に少し噛みついてきたがこれでも私の勝利に貢献した者だ。大目に見てやる」

「承知致しました」

「私はこれから赤目の狩りを止めに行く。そっちは任せたぞ」

 主神は姿を変えて消えた。

 セパンは不思議に思いながらもエンドを抱え上げて光を放って異空間へと消えた。


 エンドは白い天井の下で目を覚ました。天井だけでなく、部屋の全てが真っ白だ。

「気が付きましたか?」

「ここは?」

「待機所ですよ。あなたを元の世界へ戻すための」

「そうか…」

 エンドは上半身を起こして、頭に拳を当てて集中し何が起きたか思い出した。

「これでクロカラはリセットされます。あなたは巻き込まれな

いように元の世界へ帰るのです」

「リセットするかなんてまだ分からない。いや、しない」

「何を言っているのです?あなたはアージーン殿に勝利し、主様の望みを叶えた。そしてあなたは主様に歯向かったものの、あっさり返り討ちに遭った。結果は決まっています」

「それはどうかな?」

 セパンはエンドの態度に眉をひそめた。

「まさかここから出て向かうつもりですか?言っておきますが私は通しませんよ。力のないあなたには私すら突破不可能です」

「はは…、残念だけど、もうアレに適う力は残っていない。それを十分すぎるほど体感した」

「ならどういうつもりです?」

「…その前に、電卓と人間の関係について」

「?」

「電卓は人間には逆らわないが、計算能力なら人間よりも上だ。電卓に限らず、ハサミなら人間の爪よりも切れるし、クレーンは人間の腕力よりも重いものを運べる」

「…亜神と主神の関係が同様だとでも?」

「似た関係だと思っている。アージーンの力は一部では主神を凌ぐ。俺は最初に主神から亜神の話を聞いた時から、亜神の存在に違和感を覚えた。その時は言葉に出来ないモヤモヤだったが今なら分かる」

「何が分かったというのです?」

「主神が全能の神で自分でやった方が早いなら亜神の存在は不要だ。自分でやるよりも亜神を使役する方が良いということは、亜神の能力は主神よりも優れている部分があるはずだ」

「アージーン殿は主様よりも人間と接するのに適した姿をしていました。畏れ多くも主様よりも優れた部分というならそれのことでしょう」

「いや、それだけじゃない。主神は感情が希薄でアージーンの方が感情が豊かだ。アージーンはきっとそう造られていた。それが分かって光明が見えた。だから奴が俺から力を吸い出した時に仕込んでおいた。それは端的に言うならアージーンの心。奴はもうこの愛おしい世界を消そうとはしない」

「なんてことを…」

 セパンは目を大きく見開き、そして主神の言動の変化の謎が解けたことで納得して微笑みを浮かべた。

「しかしなぜ私にそれを伝えたのですか?それを知った私が止めに行ったらどうするつもりです?」

「あなたは止めないでしょう。あなたもまた人間に関わることが多いため人間に近い姿を持ち、人間に同情的な亜神」

 セパンは目を伏せ口角を小さく上げた。

「…あなたの読みは正しいですよ。…主様を止めていただきありがとうございます」

「俺が最初に巨獣の側に飛ばされたのはアージーンに勝たせるために?」

「申し訳ありません。ルールの範囲内でやりました。お詫びに帰還は精神誠意を以て取り組ませていただいております」

「もう過ぎたこと。それよりも主神の感情を強化したことで歪みが発生するかもしれない、その責任を取ってここに残って対策を…」

「その必要はありません。そもそも、外の世界のあなたを連れて来て歪めたのは主様なのです。これ以上迷惑をかけられません」

「…はは、そういえばそうだ。全く身勝手な話だ。しかし世話になった人たちが心配だ」

「私が見ておきます。後のことは私たちにお任せください」

 追い出そうとしているのだろうか…?いや、この亜神には仕込みのことを話したがそれを聞いて無力な俺を始末するでもなく、俺の策の妨害をしようとするでもないということは本当に大丈夫そうだ。何よりも人間の味方のようだし、アージーンの仇討ちだと無力な俺を殺そうとする素振りもない。

「分かりました。よろしくお願いします」

「はい、約束は果たします」


 セパンは機械の設定を終え、渦を作り出した。

「それではエンド殿、さようなら、お元気で」

「セパンさんもお元気で、さようなら」

 エンドは渦に近づくと吸い込まれてその場から消えた。


「ん…」

 エンドが目を覚ますと夜の街路に立っていた。コンクリート塀や家、自動車など見覚えのある景色。背にはノートなどの入ったリュック、手にはシャンプーなどが入った買い物袋を持っていた。元の世界に帰ってきたのだ。

 ポケットで携帯が振動し、妹からの着信に出た。

「お兄ちゃんどこ?遅いけど買い物のこと忘れてない?」

「ああ、ごめん。ちゃんと買ったよ。もう家の近くだから5分もすれば着くよ」

「ご飯温めておこうか?」

「あー、うん、お願い」

「りょーかい、じゃあね」

 エンドは電話を切ってポケットに戻し、安心して顔をほころばせて歩き出した。


いい感じのタイトルが思いつかなかったのでそのまま

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