あの時からいつもいた彼女(DLC1)
「Hey キサゴ!」
「ご機嫌はどうだい、しらす」
「お料理、作ってみようと思うの」
「わらび さんに 食べさせるためとか 言わないよねェ」
「そうですよー、梅海苔くんに 私だって出来るとこ 見せとかないとね」
「昨日、あんなに大喜びで 食べてもらったじゃないか?」
「あれは 不二枚さん が演出したんだよ、私が焼くだけでいいように」
「大抵の料理は焼くだけで作れるってサークルのBBQで実証済みじゃないか」
「火加減だって 不二枚 さん がコントロールしてたんだから」
「やり手なんだよな」
「とっても手強いの」
『不二枚 しじみ さん』(出汁巻 しらす & 左巻貝 キサゴ)
そんな事とは露知らず、ハプティクス技術を無駄に応用し、梅海苔 わらび が装着するウェアブルデバイスのフィードバック操作を介して 色んな感触を得させるため、『お試しコンシェルジュ、お触りしましたか? 環状線内回り編』の実装に向けた研究をしている、不二枚 しじみ だった。
「っぅえ? 何か? 今変な」
「どうかしましたか? わらび様」
「いや、画面が柔らかくて… 何か変な弾力と、 」
「わらび様、あなた疲れてるのよ」
「明け方、宇宙船に乗せられる夢を見たせいかなぁ」
「いえ、夢じゃありません。キャトルミューティレーションされてましたよ」
「何でそれ知ってんだよ、不二枚」
梅海苔 わらび は、いつもと変わらない日常の裏側で 様々な陰謀が渦巻いている事を知る由はなかった。
その頃 出汁巻 しらす は、基本的なところから始めていた。手始めに、家庭科の授業以来 封印していた自炊キットを キッチンに並べるとこらから始めていた。
「もう、味付けする時の基本なんて覚えてもいないんだろ?」
「私が家庭科、い〜ち番苦手だった って知ってるでしょ」
「さ、は?」
「サラサラヘアーです」
「し、は?」
「獅子座生まれの O型」
「す、は?」
「スマキヤまるごとミニセットが好き」
「せ、は?」
「162㌢ で止まってます」
「そ、は?」
「そんな私ですが よろしくお願いします」
「・・・、 はい?」
「分かってるの。和食は無理だって」
「じゃ、肉をフラパンで焼けば、男は皆 しらす にイチコロさ」
「そんなの焼肉じゃない、せめてハンバーグにしましょ、ね」
「それなら近くの ササミヤ で、焼く前のハンバーグを買って、」
「それじゃ 不二枚さん に笑われちゃうよー」
男が喜ぶ 料理ランキングの上位は、素材や 見栄え、技術などの上に冠する その料理名自体が持つパワーに 惹かれている事を ご存知だろうか?
『肉じゃが』『カレーライス』『ハンバーグ』『唐揚げ』『豚汁』…など
そう これらが時代を超えて 常に上位に君臨するのは『料理』そのものではなく、そこに至る『調理』に惹かれ、焦がれ、絆され 魅了するスパイスが詰まっているからだ。
本来、食卓にその料理がお目見えしたのなら、それはエピローグの始まりであり、『ごちそうさま』と言葉を口にしつつ 嘗ては料理がのっていた皿を眺めて カタルシスを感じるという 完成されたテンプレートに従うしかない。
だがこれらの料理には、射程、工程、日程 という 基本的なストラテジー要素が含まれ、男心をくすぐり続ける。例えば、『えッ、また』『飽きないの』『どんな感じの?』など相手が交戦モードに入ったとしても、攻守一体のこれらの料理に 隙などはない。『◯◯風で』『◯◯抜きで』『大胆に◯◯を入れて』『もっと小刻みに◯◯をして』など、それがどんなアイデンティティやシチュエーション、プレイスタイルであったとしてもすべてを内包してしまう。
この様に過程こそがメインディッシュ と言っても過言ではない事は ランキグからも明らかだ。
それから2日後の土曜日のお昼。
梅海苔くんはハンバーグ好きかな?【送信】
【受信】うん 好きだよ
良かった、いっぱい作りすぎて冷蔵庫が一杯なの (T . T)【送信】
【受信】どうしてそうなった ( ・∇・)
今晩、食べるの手伝いに来てくれる?【送信】
【受信】オレが 出汁巻の家に行くの?
せっかく頑張ったのに冷凍したら固くなっちゃうよー【送信】
【受信】わかった、いつもの駅で19時でいい?
うん、しっかりと体調整えといてね【送信】
【受信】? わかった
根拠のない自信は、投げっ放す直前までしか持続しない。ブン投げた後に大抵『何でこんなことになったんだろ?』と、自問する事になるのだが……。からの敢えて『よしっ』と両の手で握った拳を 自分の胸の辺りに引き寄せて自答しよう。
ここまで読んでいる読者なら知っての通り、無条件で女子力ポイントが加算される場面である。だからこそ 間髪をいれずに実行して頂きたい。例え周囲に人が居ても 躊躇せずに自己肯定力を 見せつけるべきである。
そうすれば『何が、よしっ なんだッ』と周囲にツッコミをさせる機会を与え、参加参画をさせて巻き込んでゆく ヒロイン力 へのポイント獲得に繋がる。このコンボ技は発動さえすれば、大抵のマイナス状況も プラスへと好転させるので 貪欲に狙っていきたい。
「冷蔵庫に寝かせたし、完璧なんじゃない?」
「流石、しらす。と言いたいが本当にハンバーグだけなんだな」
「いいの。今日頑張ったから」
「ま、それは確かだ。わらび さんもハンバーグ三昧に文句はあるまい」
「キサゴ、ソースは食べる直前に私が作ってみせるからね」
「大丈夫か? オレを通してクッキングレシピを フルオートにした方が確実で、」
「伊達に昨日から 7枚食べてないんだから、大丈夫よ」
不二枚 しじみ の存在が、狩りを忘れていた肉食系女子の本能を呼び起こさせていると言って良い。
「今夜ついに 出汁巻ハウスの全貌が明らかに、」
「わかってると思うけど ゲスト だからね、不二枚」
「利用者権限でなければ 寝室に隠された秘宝には、」
「何しようとしてんの、もう(ふー)」
「最低でもフレンドでなければ、リビングから先へは、」
「いいから、いいから。何もしないし、何も知らなくていいの」
「出汁巻 様 の意外な一面に……、それは ご褒美にしておきますね」
「お願いだから 今日は大人しくしててよ」
駅に着くと 線路内の点検で 電車が遅れて大混雑している真っ最中。後20分ほどで電車が到着するという。
「わらび様、このまま待つ方が早く到着します」
「めちゃくちゃ混んでるから、2駅くらい歩いても良かったんじゃない」
「わらび様、ヘッドフォンに切り替えます」
「うん」
[静かに聞いて下さい、左斜め前の紺色のスーツを着た中年男性が見えますか]
見えるよ【送信】
[隣の女性に痴漢を働いています]
ああ、見えた。撮った?【送信】
[指紋も写ってます]
梅海苔 わらび その男の後ろに身を寄せると手を掴んだ。
「おっさん、写真を撮って鉄道警察に送信したから 次の駅で降りろよ」
「あ、あがとうございます。怖くて…」
「オレは何も触ってなんかないッ」
「誰が触ったって言ったよ?」
近くいた男性も協力してくれて、周囲から拍手が聞こえてきた。この女性のコンシェルジュは何をしているんだ? なんて特に思いもしない。この様な犯罪に巻き込まれるのは大抵、税金未納付者か 外国人就労者である場合が殆どとなっている。この女性も御多分に漏れずであった。
姑息な奴は より弱小を探り当てる嗅覚をもつ、動物の本能だろう。だが監視社会への適用具合や理解は 国によってバラツキも多く、有効性がはっきりとしていているにも拘らず 誰もが実装していないのが実情である。
「私めのメモリが 不良セクタを引き起こすくらい 熱くトキメキモジュールに、」
「何言ってるの、今日が初めてじゃないじゃん」
「もし どうしてお触りしたい時は、私めにご相談を」
「それ一番高くつくやつでしょ」
「ええ、完済させませんから」
予め遅れる事は 左巻貝 キサゴ と連携していたが、余計な事で時間をロスしてしまった。
「遅くなってゴメン」
「うん仕方ないよ、すごい混んでるね」
「飲み物 買おうよ、お詫びにデザート付けるよ」
「わーい、何にしようかなぁ」
いよいよ 出汁巻 邸が、目前に迫る。
「あれ、どうしたのママ。連絡も無しに 急に来るなんて?」
「しらす。 彼氏?」
「えっ、あぅん。梅海苔 わらび くん」
「はじめまして、梅海苔 です」
「しらす、お邪魔だったかしら?」
「邪魔って訳じゃないけど… 」
「大丈夫です、ハンバーグ食べたら すぐ帰りますので」
「梅海苔くん…、ところで ママ どうしたの?」
意表を突いた 出汁巻ママ の登場だが、不二枚 しじみ も、ママのコンシェルジュ、通称 ママコン とID交換を行った。予想し辛いが すんなり納得のいく ビジュアル系コンシェルジュ、その名も 星空野 ルート がママコンであった。時代を駆け抜けたケバさが 3周回って新しい、最早 スピチュアルすら感じさせる 雰囲気である。
「君の様な アレキサンドライト輝きにも勝る女性に 名など不要さ」
「不二枚 しじみ です」
「しじみ君、一つ教えてくれ、ボクには しらす と姉妹の様に見えるんだ」
「世界に3人はいる そっくりな人の 一人です」
「なるほど、ボクも そっくり な3人でコラボレーションしてみたくなったよ」
梅海苔 わらび は、左巻貝 を抑えるインパクトに そのまま帰りたくなっていた。
つづく
「カザリナの月」の気まぐれ投稿になりますのでご容赦下さいませ。