あの時からいつもいた彼女(番外の後編)
「ちょっと待ってね あと少しだよ 100%」
「お待たせ 梅海苔くん♡」
ピ〜ンポ〜ン
「お待たせ、梅海苔くん」
「あ、い、いらっしゃい」
「お邪魔しまーす」
「疲れてない 出汁巻? 駅まで行ったのに」
「いいの いいの、準備で忙しかったでしょ。コレ 後で食べよ」
「デザートと、飲み物も。ありがと!」
「いらっしゃいませー」
「不二枚さん、今日はまた… 随分 リラックスしてますね」
「不二枚、なんでパジャマになってんだよッ」
「あららら、さっきの方がお好みでしたら いっそ、」
「悪かった リラックスしてていいから」
「不二枚 さん 今日のアクセス権はゲストで」
「あら、キサゴ殿、別の角度もチェックしておきたいところでしたが」
「今日は大丈夫です」
「ま、それも信頼の形と受け取っておきます、ね」
そんなこんなで 点火。
溶いた卵と 下ごしらえ しておいた具材を フライパンで火にかけるのは、エプロンを装着した 出汁巻 しらす である。梅海苔 わらび は、横に立って その手つきを眺めて、炎が弾く音を聞く『出汁巻オーディエンス』に徹する今この時は 最前列の席で『彼女』を独占している。
「不二枚さん、このくらい… かなぁ?」
「ええ、火を止めます。お皿で蓋して下さい」
「これでいい?」
「ええ、そのままひっくり返せば 完成です」
「えいっ」
完璧過ぎる 彼女 The Girl を演じる 出汁巻 しらす に惜しみない 賞賛の拍手を送る 梅海苔 わらび と 左巻貝 キサゴ であった。やはり 可愛いは正義 である。
この自分に対しての踏ん切り と 周囲に向けた ”私やります” 宣言 を掛け合わせた、『えいっ』を口にするだけで 無条件で “可愛い系”女子力 に7ポイントが加算される。声色によって0〜3ポイントのボーナスポイントが付加され、最大10ポイントとなる。
ワザとらしいと 敬遠してはならない。無条件で獲得できる7ポイントを みすみす手放すのは愚行。ワザとらしいと感じるのは ボーナスポイント狙いの結果でしかない。何れにせよ、結果として7ポイント以上をゲットする事に変わりはない。
『やるべきです。 やってください』
因みにではあるが “格闘系”ならば『ぜいッ』を使用することを推奨したい。安易に『せいッ』などを使用してはならない。これだけでもう『せいッ』と発した女の子が、黒髪にボブ、心身ともに清らか、ここで私が食い止めなければ感、などが連想されてしまう。
そうなると次につづく言葉は『やぁッ』である。これでは “格闘系”女子力にポイントは付けられない。もう何十年も生業とした事に裏打ちされた呼吸、からの『ぜいッ』つづく言葉は『ヌガッ』でよい。あくまで呼吸音を文字に起こして体現止めにしたと考えれば理解しやすい。
とは言っても“格闘系”でサブジャンルの“可愛い系”へ ポイントを訴求するのは間違いではない。一面的に人を見てはいけない という事は明らかだからだ。この話しに限った事ではなく、例えば、”タイドプール磯巾着系”女子力であれば 、、、この話しは長くなるので またの機会としよう。
二人は 食後のデザートを堪能中である。
出汁巻 しらす の想いに対して『何故』と疑問に思うかも知れないので、ここで簡単に記しておこう。梅海苔 わらび は『冷たくて それなりにカッコいい』からである。カッコ良さも 色々あって多面的だ。
駅のスロープで沢山の本を積んだ台車を一緒に押している人、電車で妊婦さんに席を譲る人、道を尋ねられて一緒に付き添っていく人、バスから降りるお婆さんの手押し車を持ってあげる人、学校で友達と話しているのを見た事がない人、冷たい目をしてちょっとカッコいい人、売店で最後のパンを手に取ろうとしたら先に取った人、その後すぐ棚に戻した人、荷物を運んでいたら扉を開けてくれた人、そしてお礼言ったら無視した人。自分に似た コンシェルジュに 笑顔で話している人。
そのすべてを満たして 出汁巻 しらす と デザートを食べている人だからである。
他者への優しさは性質であり、毎日会う同世代に関わろうとしないのは性格である。出汁巻 しらす は、コンシェルジュの 左巻貝 キサゴ に調べさている、自分とこの男性の接点を。そして過去に何の接点もなく、コンシェルジュも ただ単に 他人の空似 でしかなかった事も分かっている。
自分と話しをしてくれるまで頑張ってみた結果でしかない。
容姿で好きになる、近くにいて接点が多くて好きになる、自分に出来ない事が出来るから好きになる など、人を好きになる理由は、そのキッカケを説明するためのものでしかなく、動機はその更に奥にある。
『ごちそうさまー』
「後片付けはオレがするから、出汁巻 は座っててよ」
「うん、ありがと」
「出汁巻って料理上手いね」
「焼いただけだよ、準備したの 梅海苔くん だし」
「焼き加減が良かったから、」
「私を お料理上手にしたいんだ?」
「えっ、あー、いや何ていうか、」
「今度、食べにくる?」
『え“ッ』(梅海苔 & 不二枚 & 左巻貝)
「何にその微妙な反応」
その後、一杯喋った 出汁巻 しらす を駅まで送った 梅海苔 わらび は、マンションへと帰ってきていた。
「わらび様、折角のチャンスなのに 上手くはぐらかしましたね」
「何だろう って思ってるんだよ」
「出汁巻様が わらび様に とても興味津々で急接近中であることに?」
「そう、何でだろうって」
「興味が無ければ好きにはなりません、食べなけれ味も分からないのと同じです」
「不二枚はオレに興味あるの?」
「ありませんよ」
「それ誰かにそう言えっていわれてるの?」
「いえ、恐らく ほぼ全ての感情に触れて記憶しているからです」
「触れていない部分に興味はないの」
「知る事を受け入れるだけです」
「興味あるんだ」
「ありません」
出汁巻 しらす が急接近してくれば してくるほど、不二枚 しじみ への切なさを拗らせる 梅海苔 わらび は子供の様なものである。いつまでも、捨てることのできない、否定できない、卒業することのできない、思い出の品に 興味がない振りをして 心の深くに仕舞い込める 大人になるのはもう少し先である。
必ず『なぜ?』とつけるのは 卒業しなければいけない時だ。
「自分でもよくわからないんだ、出汁巻 のこと」
「正しく知ることと、誤った解釈をすることは違います」
「何でもそうなんじゃないの?」
「わらび様が先に 出汁巻 様に興味を抱いた事は自覚していますか?」
「当たり前だよ、だって顔が似てるんだから」
「でも今は見た目以外の事も知って、平面的に描写していないのでは?」
「よく分からないところも多いよ」
「興味が増えれば知る事も増えて ちゃんと人の形に見えてきますよ」
可愛いは正義とは言ったが 人工的に可愛いキャラなど簡単に作れてしまう。だがこれは表面的な描写でしかない。だから『これは他のものとは違う』と僅かな差異をも見逃さずに 知った事を誇示したりする。それは少し奥行きが見えたり、聞こえたり、リアクションという動作であったり何でも良い、多面的に理解し立体性を増させているからだ。
だから同じ量産された商品であろうとも”うちの子”となる訳だ。
だからこそ 不二枚 しじみ と 出汁巻 しらす は 同一線上にはない。
この確かさが 日に日に増して 二人を重ならなく してしまっている。
話すだけで話して 梅海苔 わらび は眠ってしまっていた ────
「梅海苔くん、今日はもう講義終わっちゃってるよ」
「えっ、うん、なんか考え事ばっかりしてて」
「ふーん、どんな?」
「いや、自分が思ってた事とと 何か違ってて」
「例えばどんなこと?」
「… それがよく分からなくて」
「嘘は良くないよ、梅海苔くん」
「何でオレに そんな問い詰めてくるの?」
「それじゃ何で 梅海苔くん のコンシェルが 私なのか教えて」
「…それはオレが知りたい事だよ」
「本当は私が、不二枚さん だったら良いとか、思ってない?」
「まさか、出汁巻 のことそんな風には」
「じゃぁ 証明してみせてよ」
「えっ、何、どうやって証明…」
「好きなら出来るわよね」
「な、何を…」
「するよねって言えばわかるの?」
「いやだから、何を」
「……、何脱いでんだ、不二枚、いや間違っ、」
「やっぱり、私のこと 不二枚さんだと思っているのね」
「ち、違う、待って」
「さぁ、早く服を脱いでこっちへ来るのよ」
「やめて、出汁巻……」
「そこの肥溜めに入っちゃえばいいの、そして二人で メデューサ・エフェクト」
[糞尿にね、沈んで ゆくの♡ リン酸カルシウムが 身も心もコーティング す れ ば ね、そこは、]
「!?」
[オルステン動物群に おっきした、]
「うわッ! はぁはぁはぁ… 」
「起きましたか? わらび様」
「何やってんの 不二枚、、、」
「今日購入された『図解 化石になるために』を、奥まで囁きかけて奮える、」
「なにが奥までだッ、それ何Hzだよ」
「そんな汗ばむ様なシーンには 未だ差し掛かってませんよ」
眠りは浅く 日付を跨く一歩手前の時刻。
内容はともかく リアル過ぎる夢だった…
もう一度、出汁巻 しらす と夢の中で話せるのなら ────
『何で現実世界に飛び出してきちゃたの?』
──── そう質問するだろう
そしたら、その答えを 幾つも想像して眠れない… 。
自分の中の正解 を見つけたら それを言わせてしまう。
『私ね、不二枚 しじみ の中の人なんだ』
人として最も駄目で 最低な回答が 梅海苔 わらび の想像し得る 不幸にならないためのものだった。
子供だ。
でも、その子供でなければ自由にはなれない。
大人にもなれない 梅海苔 わらび だが 二人を傷つけてしまう事を知っている。
だからこそ 自由にはなれない。
「今、出す答えなんて興味ありませんよ、わらび様」
「うん、わかってる、もっと奥まで聴きに行ってみるよ」
「おやすみ、不二枚」
「おやすみなさいませ、わらび様」
いつもご愛読ありがとうございます。
今回は小さなストーリーとして切り抜いてみました。
皆様の心に沁みる何かがあれば幸いです。
引き続き応援よろしくお願いします。