あの時からいつもいた彼女(DLC8)
その日の晩の出来事。
「Hey 不二枚!」
「お呼びでしょうか、わらび様」
「土曜、美術館に行った後、早めの夕飯にしようと思うんだ」
「分かりました。近くですとアザームーンカフェが良いかと」
「うん、じゃそこにするよ」
「では、予約しておきます」
梅海苔 わらび と 出汁巻 しらす の関係が、恋人未満から一段上に足を掛けていた。ちょう小さな脚立を二人で向かい合って上るのと 似た感じだ。最後の一段は足場が狭すぎて 二人で上がるには譲り合いではなく 支え合いでなければそこにはいられない。
一見難しそうだが、実は意外にも簡単である。
お互いに手を取ればいい、あとは賭け声を掛け 確かめあう。それだけ。
子供の頃には何も考えずにやれたはず、その頃は 相手は同性だったかもしれないが 何も考えずにもう一度やればいい。落っこちたって二段ほどの三脚、余ほどのことでもない限り 大事になんて至はしない。
「わらび様、個室プールの空き連絡が着ました」
「案外早かったな」
「木曜日の21時の枠です」
「明後日か、海パンとゴーグル 出しとかないと」
今週は思い出が2つも出来そうである。
ただ 不二枚 しじみ との場合は思い出というより、その時点までのコンシェルジュとしての アルゴリズムの体系とパターン。
現在、政府が掲げているコンシェルジュ使用のガイドラインの一つに、未成年から成人になった際、『コンシェルジュの記録保存』というものがある。これは18〜24歳の間だけ実施可能となる。
この記録は後々呼び出す事が可能だ。勿論、会話可能であるが あくまでで コンシェルジュ としてではなく 過去の記録の再現の一環としてである。言わば過去バージョンのアプリである。
新たなカスタマイズはされないため、保存時点のアルゴリズム、思考や受け答え、表面上のビジュアルで止まったままだ。だが、懐かしの話しをするならそれで十分である。
コンシェルジュは利用者に合わせて常に変化してゆく。特に未成年期とは異なり、成人して以降のコンシェルジュは 大幅に自己カスタマイズが進む。特に就職後のコンシェルジュは、大部分がメンターの役割を担い、ヘルスケアやカウンセリングに加え、政治や法令、ライフプランニングなどに重点を置き始める。
結婚すると更にカスタマイズは進む。それまでの付き合い方を互いに自然としなくなる。この様な大きな自己カスタマイズが始まる前に、コンシェルジュとの思い出 として、『コンシェルジュの記録保存』をしておくのが通例となっている。
期間内であれば何度でも保存可能であるが、保存出来る記憶は1つのみ。幾つもバックアップして世代管理をすることは出来ない。これには社会学やら生物学上の理由があるそうだ。ただ上書き保存となれば慎重に決める必要がでてくる。現時点で不二枚 しじみ の記録も保存済みである。
上書き保存は、少し前の 梅海苔 わらび であれば、憂慮すべきものであった。
何故なら、出汁巻 しらす との関係を進展させれば させるほど、不二枚 しじみ の自己カスタマイズが進んでしまい 以前と異なる関係に進展しはじめているからである。それはコンシェルジュである 不二枚 しじみ も理解していて 少しだけ 出汁巻 しらす より リードを広げる事で カスタマイズを遅らせようとしている。
過去に『好きだったこと』『好きだったもの』も時と共に 知らず知らず入れ替わってゆくものである。それは、リアルとデジタルの両方に彼氏彼女がいたとしても『好きだった人』として入れ替わってゆくのは同じである。
人は結局のところ リアル が住まう世界でしかない。デジタル 一筋の者も大勢いるのは確かだが、デジタル勢は初めから リアルへは向かない。この場合 コンシェルジュは、成人向けパートナーの自己カスタマイズが入る。
何れの場合であっても過去のコンシェルジュとは変わってしまう。記録というカタチであっても データとして思い出に綴じ込んでおくのは賢明だ。
梅海苔 わらび が保存している 不二枚 しじみ は、大学入学直前である。それは、出汁巻 しらす の存在を知る前の記録である。
過去のコンシェルジュと比較した場合、自己カスタマイズが進んだ現在のコンシェルジュの方が その時点のライフスタイルに合致していて使い勝手以上に、信頼性や依存性は強いのは事実である。
ましてや、現在の好みに調整されているというのも大きい。
それは子供の頃からずっと好きだったとしてもだ。
順応性の方が勝ってしまうというのは、人は良い意味で残酷である。不二枚 しじみ との思い出である 保存した記録より、今の不二枚 しじみ の方が明確に 好きだ と言えるのは、変わってゆく不二枚 しじみ を受け入れてしまっているからだろう。
過去のコンシェルジュの記録なんて、仕舞っておくいても引っ張り出してきて 見返す事なんてないだろう。ただ忘れたくないものを記録してあるという事実が欲しいだけでしかない。
「不二枚、記録保存の事なんだけど」
「私めのバックアップのことでしょうか?」
「うん、そうなんだけど…。あれって今見ると違うのかな?」
「それは、不二枚 しじみ 一筋 18年の多感な少年が考えた最強彼女でしたから」
「最強かは分からないけど、1年以上前か…、そんなに変わる?」
「ここ数日でさえ色々ある訳ですから、今の事情を何も知らない 当時の無垢な 私めだと話しも合わないのでは?」
「合格を喜んで一段落着いたところでバックアップしたんだよなぁ」
「ええ、合格したら私めを成人向けカスタマイズするとイキっていたあの当時が懐かしいです」
「彼女はいらないって言ってただけだろッ、変なこと言うなよ」
「あのままなら成人向けコンシェルジュの未来しか残されていませんでした」
「言い方…(笑)」
言い方はどうであれ 実際にはそうである。だがそれ以上に今の 不二枚 しじみ の方がしっくりくるというのも 当たり前なのかもしれない。すべては 梅海苔 わらび のための パーソナル・コンシェルジュ サービス なのだから。
「幼い頃は、誰にも相手にされない転校生として優しく接してくれましたね」
「そう…、だったかな」
「小学生の頃は、姉の様に慕ってくれて毎日お話しを聞かせてくれましたね」
「そんなことも…、あったな」
「中学生の時、血が繋がらない姉だと知り 関係性が変わったの覚えています」
「そ、そう… だっけ」
「高校生になる頃には 将来のことを話し合うよになったのを覚えています」
「色んな意味でな」
「出汁巻 様と出会い、秒で婚約破棄をされてからは家政婦として付き従う日々」
「それは言い過ぎだろッ」
拗らせた過去の出来事は、なるべくなら早く カスタマイズが進んで ほどよく消えて欲しいと願うのは、何も 梅海苔 わらび に限った話しではない。何れにしても パーソナル・コンシェルジュ サービス は優れているのは確かである。
「一応、水着ビジュアルも今年の流行りから選びますが、希望はありますか」
「希望…、その個室プールのMRって後で変更もできるんだよね?」
「ええ、わらび様 が装着中のデバイスから アダプト 出来るようです」
「なら、普通にビキニでいいんじゃない」
「分かりました。わらび様の期待通りのを選んでおきます」
楽しみではあった。でも何となく、こんなことをするのも『最後なのかも』という思いがしていた。今後、梅海苔 わらび の方から誘いでもしない限り、不二枚 しじみ からはこの様なことは提案しないだろう。
今後は、出汁巻 しらす の相談を裏で 左巻貝 キサゴ と行い、それに沿った最善の提案をしてくる。本当のコンシェルジュになってしまうという気が 梅海苔 わらび はしていた。
あの楽しかった 拗らせた思い出の様に、もう無かった設定になってしまうのかもしれない。
つづく
「カザリナの月」の気まぐれ投稿になりますのでご容赦下さいませ。
DLCも終盤へと差し掛かりました、引く続きご愛読お願いいたします。




