あの時からいつもいた彼女(DLC7)
あれから二日が過ぎようとしていた。
二人はガラスを隔たてたまま 水槽が空くのを待っていた ────
それは 出汁巻 しらす からの着信だ。
[梅海苔くん、今どこ?]
[図書館に向かうとこだけど]
[私も行くからゆっくり向かっててよ]
それは午後の講義が終わって図書館へ向かう時の出来事だ。
早足で歩く そのリズムに合わせて髪も小さく跳ねている。きっと軽快なリズムだというのは、後ろを振り返って目にした 梅海苔 わらび でなくても分かっただろう。
「いたいた」
「早いな、出汁巻」
「近道したから、まぁね」
ちっとも息は上がっている気配はなかったが、頬は赤らんだ様にも見える。チークだろう、その方が話すと時に目を逸らさなくていい。
「梅海苔くん、今日はなーんの日だ?」
「何の日?」
検索すれば直ぐにでも出てくる。誰が設定したのかも分からない◯◯の日だったり、有名人の誕生日、著名人が逝去された日、歴史的な出来事を除けば、スマホに表示されているのは明日が ビン缶ペットボトルの収集日だという事だけだ。
それらはカレンダー上の同じ枡目に囲われている。世界は何も起きなかったという日は存在しない。だけども、出汁巻 しらす の質問する特別そうな日は 検索では出てこない様な、特別会員向けのお得情報なのかもしれない。
「あれ? あれれれ。梅海苔くん は大事じゃないの?」
「、、、大事というか。受け入れるしかオレには」
「昨日、スマホで見たものと実際って違うのかなーって」
「体感するのと、スマホから発せられるのって 少し違うのは仕方ないよ」
因みに、いつもスマホで話している声は、コードブック(膨大な音声データ)の中から、本人の声に似た音声を生成し、相手側のスマホに届けられる合成音声である。これは携帯と呼ばれた時代の技術だが、現在もこの方式は高度化されて引き継がれている。
今はビジュアルデータだけではなく、ヘルスや環境データも当たり前の様に ネットワークに接続され オンデマンドになっている。そのためリクエストすれば カメラが撮らえた映像を合成し始める。合成データは 受け取った側で高精度に 背景なども含めて再現される。
リアルなものが重いのは 何もデータだけに限ったことではない。
「やっぱり実際は少し違うなーって気づくのは…、そういう事なんだよね」
「そうみたい。……何かで読んでその事は知ってたけど」
「えっ、私、昨日 知ったんだけど!」
「知ってしまうと驚きだよね」
スマホのスピーカーが、ヘッドセットが、などは実はまったく関係なく、似た声で話している事には変わりない。知ろうとしなければ そういうものだと勝手に解釈してしまい…、その先を考えなくなってしまう。
『天津麻婆丼、ついに今日から再生米かー』(梅海苔 & 出汁巻)
えっ⁉︎ そっち! ミスリードを素直にお詫びしたい。『再生米』それは米粉を培養した形成した米である。『再生米』は 田んぼ ではなく プラント で培養され、プレスし造られる。長らく続く米の高騰に、人気学食である 天津麻婆丼 も遂に『再生米』へ変更される事となり、昨日は精米された米の最終提供日であった。
「そんなことより、図書館で何か調べもの?」
「ちょっとグリットシステム関連の書籍を漁りたくて」
「Webデザイナーとか目指してるの?」
「う〜ん、デジタルサイネージ(電子表示)を使った公共サービスに興味あって」
「そうなんだ、知らなかった」
「もっと色々なものへ、モニターの様な 表示機能が付く様になると思うんだ。手すりとか、ベンチだったり、窓ガラスの代わりなったり。そうなった時に再現されたもので迷ったりしない様な仕組みとかね…」
「私、感動しちゃった。昔、公共で習ったやつだよね」
「うん。結局いつかはフルフェイスのヘルメット被って、全部視覚が合成映像になるかもしれないけどさ」
「じゃぁ今のうちにお互いのこと見ておこうよ」
「出汁巻…」
人が仮想空間へ行く必要はなく、視覚情報が目の前で合成されたものになる。見るだけではなく、音も、味も、匂いも感触だって、すべて高度に合成さるだろう。そうなれば 最小資源で最大限の幸福 を合成してしまう事だって可能だ。
そうなれば 高度な福祉が 安価に国民へ提供され行き渡るだろう。
幸せも合成すれば いい日が来る。
買ってこなくてもデータを合成するだけでいい。
きっと欲しいという感情は違うものになってしまうのだろう。
そうだとしても……
きっと100年経っても仮想空間に行ける日なんて来ない。
「出汁巻、売店寄ってパンでも食べようか」
「うん」
今日はいつもより 出汁巻 しらす の距離が近い。混んでいる電車内でもないのに 少し腕で触れるから気のせいじゃない。先日買って貰った服の話しは未だしていなかった。その言い出しっぺは 梅海苔 わらび の役目で間違いはないのは確かなのだが。
売店は閑散としてパンは数個し残っていない。相変わらず、お菓子が豊富なのは日持ちするからという理由だけではなく、結構人気だからだ。出汁巻 しらす はポッキーやグミを手に取っている。
「ずっと前ね、私が買おうとしたパン、梅海苔くんが先に取ったんだよ」
「……、棚に戻さなかったっけ」
「覚えてたんだね」
「今日は2つあるから戻さなくても大丈夫そうだ」
「じゃ、私も同じのにする」
先に 梅海苔 わらび が会計を済ませたので 振り返ろうとすると 出汁巻 しらす に身体の一部が擦れる。きっと親友でもない限り、恋人なんだろう物理的距離感に少し戸惑っていた。出汁巻 しらす は意識している訳ではなく、空ける必要がないスペースに結果そうなっただけだ。
外に出て 二人でベンチに腰掛ける時は 少し離れて座っている。きっと互いに意識してのことだと思う。
「今週の土曜日って空いてる?」
「うん、空けてあるよ」
梅海苔 わらび も思わず笑った様な息が漏れて、それを言った顔を眺めた。
「中央区の県立美術館で見たい絵画の展示があって」
「へぇ、それどんなの」
「うん、『蛾の踊り』なんだけどね」
「蛾の踊り?」
出汁巻 しじみ がスマホで、ピックアップされたものを確認しいた。明らかに『ふーん』って聞こえてきそうな口のカタチを見せて、梅海苔 わらび を見て一言だけ呟いた。
「楽しみだね」
「あのさ出汁巻、貰ったTシャツ 着て行こうと思うんだ」
「じゃ 私も着ていこーっと」
「ありがとう」
「私…。私たちは似合ってると思うよ」
出汁巻 しらす を見てたら どっちの事を言ったかなんて もう、どうだってよくなってしまった。チークを直した訳でもないのに その頬から 梅海苔 わらび は目を逸らさなければ、まともに喋ることさえ難しかった。
きっと ベンチで良かったのは互いに思ったことだろう。
つづく
「カザリナの月」の気まぐれ投稿になりますのでご容赦下さいませ。
DLCも終盤へと差し掛かりました、引く続きご愛読お願いいたします。




