第一章8話 「旧聖都ルミナスへ」
パンッと手を叩き、ディアネがある提案をする。
「では、お待ちかねの聖女様も仲間になったことですし、旧聖都でお披露目と行きましょうか」
「今日ですか? ここから近いところでしたら、ルミナスでしょうか?」
「うーん、そうですね。せっかくならフェルグリムで行いたかったですが……」
ちらっとこちらを見て、目を逸らすディアネ。
「……ここからだと少し距離があるので、ルミナスにしましょう」
「全員で行く必要があるのかしら?」
「俺はパスだ」
「え? じゃあ僕もパース」
「あなた方……今回は目的のためにも必要な聖女のお披露目なのですよ?」
「全員で行って、もし目を付けられたらどうするんだ? 各新聖都の冒険者協会上位五名には、俺達でも複数で相手しなきゃならないんだぞ」
冒険者協会にも、哭使と渡り合える人たちがいる……それを聞けただけでも少し希望が湧いて来る。ディアネの闇や、カイネちゃんの支配などの呪法は、祝福の力で対抗出来るのだ。つまり、協会の上位には、祝福に通ずる力である聖法を扱える人がいるということだろう。
「問題無いです、その辺りは私が責任を取りましょう」
「……ディアネが決めた事なら、従うさ。責任を持つとまで言うんならな」
「はーい」
「ええ、ご理解頂き、ありがとうございます。二人とも」
そういえば、形だけでも仲間になったことだし、全員の名前を聞いておいた方が何かと便利かも知れないなと思ったため、一度自己紹介を挟みたいと伝えた。
「それは良いですね! 今知っているのはどなたでしょう?」
「あなたとカイネちゃん、それにエリアスかしら」
「では……」
ディアネは視線を飛ばし、「順にどうぞ」と自己紹介を促した。
「俺からか。……俺の名はヴォルク・アズライル。審判の呪法を授かっている、詳細は控えさせて貰おう。よろしく頼む」
私も軽く挨拶を交わし、会釈をする。
エリアスも私が見上げるほど身長が高いのだが、ヴォルクはその少し上を行くほど大柄だ。着崩したスーツで短めの黒髪をかき上げ、口には煙草の三拍子だ。
「じゃあ次は僕の番かな……っと」
椅子から飛び降りて、こちらへと向き直る男の子。見た目や言動を見ると、私と同じくらいの歳のようだ。
「僕はルーフェン・ディザリアって言うんだ! 呪法はね……堕落!」
「堕落?」
「うん! ……どれだけ熱心な人も、どれだけ希望を抱いている人も全部ひっくるめて絶望させられるんだ! 全くセルカリア様は、僕に、なんて無慈悲で絶望的な呪法を授けてくれたんだろうね。すごく皮肉を感じるよ」
話していくにつれて、段々と表情に影が差していくように感じた。
「落ち着け、ルフ」
「うん、ありがとうヴォルク」
息を整えた後、ルーフェンはこう続けた。
「僕、去年……じゃなかった。えっと、十二歳の時に一度君と会っているんだ。あんな人数のうちの一人じゃ、顔を憶えていないのは仕方が無い事だけどね」
十二歳と言えば、あのお披露目会の事しか思い当たらない。だが確かに、申し訳ないが挨拶をした中の一人一人はちゃんと憶えていない。
「ま、そんな事はどうでもいいのさ。僕から言えることはこれだけ、希望は抱かない方が良い。絶望する時の痛みが大きくなってしまうからね。そもそも抱かなければ、痛みなんて何も感じないのさ。僕はもう全てに諦めがついているんだ、だから君も早めにそうする事をおすすめするよ」
「…………」
希望を抱かない、か。
「あなたはどこかで心が折れてしまったのね、でも、私は折れる訳にはいかないの」
私は、お父様やお母様、フロリアーナ、そして聖都の民のためにも聖王国を救わなければならない。その役目、責任が私にはあるはずだ。
「そっか……諦めてくれないんだ。……じゃあ、今絶望してみなよ!」
「……っ!」
一瞬で距離を詰めてきたルーフェンに、私は咄嗟に防御態勢を取る。しかし、その防御が発揮される事は無く、ディアネによってルーフェンは静止させられてしまう。
「ちょ……ディアネっ!」
「ルフ、おいたが過ぎますよ。ちょっと頭を冷やして来て下さい」
ぽいっと放られた先にディアネの闇が小さく展開され、その中に飲み込まれていくルーフェン。
「全く、こういった場合はあなたも止めてください、ヴォルクさん」
「そうだな、すまん」
ヴォルクとルーフェンは、お互いに知った中なのだろうか。
「最後はあたしね」
この中にいる女性の中で、唯一大人びた雰囲気の持ち主だ。腰程まで長く赤い髪を持ち、整った綺麗な顔立ち、さらにはプロポーションも抜群に良い。
「あたしはノクシア・セレヴェール、二十一歳よ。よろしくね」
ノクシアは、スリットの入ったドレスを揺らして、ヒールの音を鳴らしながらこちらへとやってきた。そのまま正面に位置し、綺麗な顔をすっと私の首元に滑り込ませる。
「ち、ちょ……!」
「聖女様って良い匂いするのね、味はどうかしら……」
「?!」
私は思わずその身体を振り払い、後方へ一定の距離を取った。
「ノクシアさん、その辺にしてください」
「んふ、初心なのね。……私の呪法は、魅了よ。精々警戒することね」
魅了……油断すると虜にでもなってしまうのだろうか、まあ警戒するに越した事は無いだろう。
「全く、あなたたちときたら。哭使はこれで全員終えましたか? 最後に、確認も含め、セリーナさんにもお願いしてもいいでしょうか?」
「……ええ、分かったわ」
思い返しながら振り返っていく。
「私は、聖都フェルグリムで生まれ育ったセリーナ・フェルグリムよ。あなたたちに追われてから五十年封印されて、今に至るわ」
「正確には、聖都レジスタンス組織であるリベータ・ヴァイスもですけれどね」
「リベータ……なに?」
「今は気にせずとも構いませんよ。では、自己紹介はこのくらいにして、早速ですが、旧聖都ルミナスに向かいましょうか」
全員が肯定し、行動を開始する。
エリアスとノクシア、ヴォルクとルーフェンはそれぞれ二人組になり、ディアネは一人で「私は後から合流します」との事だ。
私は、カイネちゃんと共に向かうことになり、出立の準備を行う。
「そういえば、こちらをお渡しするのを失念しておりました」
ディアネは、何もない空間へと手を伸ばすとモヤっとした闇が生まれ、そのまま、その中を探るように手を動かし始めた。
「あぁ、ありました。こちらをどうぞ」
中から出てきたのは、暗闇を彷彿とさせるようなフード付きの黒いロングコートだった。
なんでも、夜哭教団が外での活動時に着用している服装らしいので、ひとまず受け取っておく事にする。
「では皆さん、合流は各自でお願いします。旧聖都ルミナスで、またお会いしましょう」
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全員が出発した後、カイネちゃんと少し話をしていた。
「あ、あの……セリーナ、ちゃん」
「どうしたの? カイネちゃん」
「やっぱり、その……怒って、ますよね?」
今になって思うと、強制誓約の時、カイネちゃんは渋ってくれていたようにも思える。哭使達の中でのポジション的に、断ることはまず不可能だった事は感じ取れたし、私の中では、しょうがなかった事であると既に完結されていた。ただ、そのまま終わらせるのは少し味気ないので、ちょっとだけいたずらしてみる事にした。
「はい、私は怒っています。せっかくお友達になれたと思っていたのですが、これでまた元通りですね」
腕を組み、顔をぷいっと横に反らしてみる。
「……まあ、カイネちゃん的には断れないのは見て取れたので、そんな気にしてま、せん、よ……?」
反らしていた顔を戻すと、そこには、目の中へと涙を溜めに溜めたカイネちゃんの姿が在った。
「うぅ……ひっく……せっかく、お友達が……できた、のに……」
立ち姿のまま、ぽろぽろと大粒の涙が地面に零れ落ちる。
「あ、ああ、ごめんなさい、カイネちゃん。そんなつもりじゃなくて、その……」
「……っ、分かっていたんです! これまでも、何度か、お友達は出来ましたが、呪法の存在を知ると、皆表情を変えてどこかへ行ってしまうんです」
「…………」
「わ、私は、物心付いた頃には既に教団に居て、その、他の子がどうやってお友達を作っているのか知らないんです。
だから、私なりに作ってみても、なぜか、皆の私に向ける目は、とても痛くて、辛くて……。もう、もう分からないの、ごめんね……セリーナちゃん」
小さい頃から教団にいるせいで、この子の中での常識が夜哭教団に染まっているんだ。でもそれは、外からの助けが無ければいつまでも心は囚われ続ける一方だ。
「もしかして、教団にはカイネちゃんのような子が他にも居るのですか?」
「……? うん、支部に何人かいる……けど、それがどうかしたの?」
「いえ、何でもないわ」
後々、その辺も考えないといけないかもしれない。村を襲って人数補充なんて話も前に聞いたし、攫われた子の事を考えると何とも言えない気持ちになってしまう。
「あ! それとカイネちゃん、怒っているというのは嘘です。ただ、完全に許したということではないので、これからもお友達として、お互いちゃんとした関係でいましょうね」
「……っ! 本当?! よかった……ありがとう、セリーナちゃん……うぅ」
「はいはい、分かったら、そろそろ泣き止んでくださいね」
「もう、セリーナちゃんには、敵わないなぁ……ひっく……」
それから私たちは、黒のロングコートへと着替えてから旧聖都ルミナスに向けて出発した。