第一章7話 「聖女が生まれた日」
とある大広間にて。
「……また、カ……カイネちゃんって、そう呼んでくれると嬉しい……!」
「ええ、もちろんですよ、カイネ、ちゃん」
私は、お友達であるカイネちゃんの望むままにそう答える。
「で……では、はじめます……」
カイネは腰に付いた紫翼を左右に大きく広げ、セリーナへと手を翳す。
すると、段々とセリーナの周りに暗闇が収束し始めた。
「わ……私、呪詛の紫翼、カイネ・ヴァルダインが、ここに支配の誓約を提示……します」
カイネは、強制誓約の内容を順番に読み上げていく。
・第一項
私のお友達であること
・第二項
私の伝えることには必ず従うこと
・第三項
セルカリア様及び六翼の哭使、夜哭教団のために尽くすこと
・第四項
旧聖都各地の祝福を回収、又は復元し保有すること
・第五項
必要に応じて、誓約の項目を追加、又は削除すること
カイネが全て言い切ると、セリーナは完全に暗闇に飲み込まれていき、その身に支配の呪法を受けた。
じんわりと首筋に紫翼の紋様が浮かび上がり、暗闇が霧散する。
「ここに、カイネ・ヴァルダインと、セリーナ・フェルグリムの誓約は成りました……こ、これで、いいでしょうか……?」
「はい、いつもながら素晴らしいですよ、カイネさん。支配の呪法……誰もが反撃を余儀なくされ、身も心も誓約に束縛されてしまう呪法……」
「え、えへへ」
霧散した暗闇の中、セリーナは姿を現した。
「祝福持ちでも、支配の呪法には抗えなかったみたいですね」
「まだその記憶が戻って無いからじゃない?」
「あ、その可能性は大いにありえますね」
「では、さっそく記憶の再生を始めますか? と、その前に、念のため聞きますが、反対の者はいらっしゃいますか?」
エリアスは、再度皆に賛否の確認を取るが、既に答えは決まっていた。
「「「「「セルカリア様の御心のままに」」」」」
問いかけたエリアス以外の五人は揃って返事をした。
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私はどうなってしまったのだろうか?
カイネちゃんの呪法を受けることになってからの記憶が無い。
それに、この気持ち。
―――――セルカリア様のために。
この、まるで植え付けられたような気持ちは何なんだろうか。
正直言って気持ちが悪い。
よく知りもしない、このセルカリアという存在のことを、私は崇拝にも似た感情を抱いてしまっている。
周りを確認すると、先ほどと変わらずに六人の哭使達が話している様子が伺えた。
『祝福持ちでも、支配の呪法には抗えなかったみたいですね』
祝福とは、そこまでの警戒に値する力なのだろうか。記憶が戻れば、この辺りは自ずと解決してくれそうではあるが、そもそもその祝福とやらが、今の私に使えるものかどうかすら、今のところ不明な点が少しばかり気がかりだ。
『『『『『セルカリア様の御心のままに』』』』』
おっと、どうやら、これから私の記憶再生が行われるようだ。
記憶に関しては、結果がどう転ぼうと今の私にはどうすることも出来ない状態である。
「ではカイネさん、セリーナさんの意識を戻してください。あ、体は縛ったままで結構ですので」
「は、はいっ。セ……セリーナちゃん、私が分かりますか……? こ、こちらにどうぞ」
「……ええ、意識ははっきりしているわ」
カイネちゃんからの問いに答えて意識を取り戻し、用意された椅子に腰を掛ける。
「セリーナさん、これからあなたの記憶を再生させるための儀式を行います。形だけですがね」
形だけ? これといって何か必要なことは無いのだろうか。そもそも、どうやって記憶を再生するのかを知らないため、私に取っては別に気にならない部分だ。
ただ一つだけ気になっていることがあったため、素直に聞いてみることにした。
「あの、セルカリア様って誰なんでしょうか?」
瞬間、全員の視線がこちらへと集中する。その勢いの余り、私はつい背中を少し反らせて息を飲んだ。
「私から説明いたしましょう」
円卓の中央に位置する席に座っていた女の子が、隠していた顔をさらけ出し、立ち上がってこちらへとやってきた。
背は私より少しだけ高く、右側だけ少し長めに伸ばした綺麗な金髪を肩程になびかせた女の子だ。腰辺りには、黒を基調とした色に金のメッシュが所々入った翼をなびかせている。立ち姿は少し大人びていて、とても落ち着いた雰囲気だ。
「ここは、初めましてと言うのが正しいのでしょうね。あなたの事は一方的に存じているわ」
実際、私はこの人の事を知らない。何となくどこかで会ったような気がしているが、これは恐らく誰かと重ねてしまっているのか、はたまた忘れ去られた記憶の中にこの人が存在しているのか。
「私はディアネ・シャルヴァ、六翼の哭使の取り纏め役をしているの。えっと……セルカリア様について、だったわね」
ディアネと名乗る少女は、淡々とセルカリアについて語り始めた。
「セルカリア様は、端的に言えば私たち夜哭教団の崇拝する神様のような存在よ。
静かなる絶望を与える者……そんなセルカリア様に惹かれて、今の私たちは集まっているの」
「それで、俺たちの中じゃ唯一、セルカリア様からの神託を受ける事が出来るのがディアネだ。
だから纏め役を買って出てるって訳だ」
「あら、補足、ありがとうございます」
「自分で言い出す事でも無いからな」
崇拝対象とは少し予想外だった。しかし、エリアスやカイネの言っていた事などを振り返ると、そういった節があったようにも思える。
「だから、今後はあなたも、私の言うことちゃんと聞いてね」
私は握られた手をぐっと手を引かれ、引っ張られる形で椅子から立ち上がった。
「……え? どういうこと?」
「直ぐに分かるわ、それじゃ、記憶再生の儀式よ」
「……っ、近……い」
ディアネはそう言うなりずいっと距離を縮めて来た。目前に顔が近づき、私の鼻に軽く息が掛かる。唐突な展開に、胸の辺りがバクバクと脈打つのが分かる。
「あの日、フェルグリムであなたの『正義』を見て確信しました。
この子こそが、夜哭教団の目的である絶夜ノ刻を行うための鍵なのだと。
……だからこそ、セルカリア様も聖女をお探しでいらっしゃったんだと」
耳元で囁かれたその内容は、全くと言っていいほどに理解出来なかった。
「正義?」
「はい、あなたの祝福の一つです」
祝福の一つ? ということは、他にもいくつか祝福が存在するということだろうか。そういえば、カイネちゃんの誓約の一つに、旧聖都各地の祝福を回収、又は復元するといった内容があったはずだし、祝福は今、各旧聖都に存在していると予想出来る。
「祝福が気になりますか? 直ぐに思い出しますので、安心して受け入れてくださいね」
「え?」
彼女は突然抱きついてきた、と思う間もなく暗闇が私と彼女を包み込んだ。
「私の呪法……闇は、聖なる力、つまりは女神の力を打ち消す事が出来ます。
あなたには、聖都ルミナスを庇護する女神、アウレシアの祝福『叡智』によって、五十年前の当時、聖王や聖王妃、連れのメイドと共に、私たち夜哭教団や聖都のレジスタンスから身を隠していた聖女の記憶を消し、五十年後の未来で目覚めるようルミナス近郊にて封印が行われました。
しかし残念ながら、それを知った私たちも必然的に対策を打つしか選択肢がありませんでしたので、現在になり、夜哭教団はついに完全復活を遂げた、という流れになります。詰まる所、彼らの行った封印は無駄に終わったということです」
私は目を見開き、段々と聖都フェルグリムでの出来事を走馬灯の如く勢いで思い出していた。
「あぁ……、懐かしいですね。あなたを巡り、ノエリア達と対峙した時の事は今でもはっきりと憶えています。この傷も癒えることなく残っていますよ……?」
開けた胸元から、左肩の辺りをさらけ出すディアネ。
その傷を見た時、私は思い出した。
夜哭教団が、ディアネがお父様とお母様を……、フェルグリムの民を殺している、あの光景を。
瞬間、私は『正義』の行使を試みる。莫大な祝福の力により、ディアネの闇が解放されていく。
「ひっ!」
「ディアネがまずったー?」
「カイネ!」
「カイネさん!」
闇から完全に解放されるまで一瞬の時間があったため、直ぐにカイネちゃんによって阻止されてしまう。
「しゅ、祝福を抑えて、その場に留まってください!」
私に何かの力が働いて、すっと体の力が抜けて脱力した状態でその場に立つ。
「ディアネさん、大丈夫ですか?」
倒れた状態のディアネにエリアスが問いかけ、手を差し出す。
「……はい。問題ありません」
「……! 全くあなたという人は……」
エリアスの手を取り起き上がったディアネの顔には、恍惚とした笑みが浮かんでいた。
「では、早速ですが、セリーナさんには私たちの仲間になってもらいましょうか。共に夜哭教団の大いなる目的である、絶夜ノ刻の成功のために尽力をお願いしますね」
「……分かったわ。今の私に断れるような状態では無いようですしね」
「理解が早くて助かります」
私は現在、カイネちゃんの呪法により、この身を誓約によって縛られている状態にある。
ただ、何となくだが、この誓約の縛りに抗う余地が在りそうな感覚があるため、もしかすると祝福の数が起因しているのかもしれない。
今のところ、聖都フェルグリムの『正義』のみだが、各聖都の祝福である、秩序、慈愛、誓約、叡智の内いくつか回収出来れば、もしかすると自由に動き出せる時が来る可能性がある。ひとまずは協力する体で、夜哭教団と行動を共にすることにしよう。
全くこんなの、姫失格よね。
―――――その日、私は全てを思い出し、全てを忘れる事にした。
いつもこんな拙作を読んで頂きありがとうございます。
なんと書き溜め分が全て放出されました m(_ _)m
投稿が一日空き、しかも動きのある展開だったので、
続けて読んでくださっている方には申し訳ない……。
それと、第一章はあと数話で終わりそうかなーなんて考えております。
少しの間はちょっとシリアス味ありますが、もし良ければ読んで頂けますと幸いです。