第一章6話 「今出来ること」
夜哭教団の哭使、エリアス・ヴェスパーと名乗るやつが、嬢ちゃんを連れてどこかに消えてから早一週間が経つ。
あの後、荷馬車の損傷や商人に負った怪我の治療などを含め、俺とリヒャルトは一時体制を整えるべくエルハイン村へと向かうことにした。幸い村は何事もなく、教団より受けた襲撃から復興に向けての作業を引き続き村民全員で行っているようだった。
何かと都合がいいだろうということで、リヒャルトが宿を手配してくれた。手持ちはまだ十分にあるため、復興の役に立てるならと、宿の店主には少し割り増しして支払っておいた。
俺は、村の中央にある噴水の縁に腰を掛けて、嬢ちゃんを探す方法について考えていた。
以前より夜哭教団は、特定の場所に拠点を設けない組織だ。
新聖都では、街の冒険者協会に様々な依頼が来るが、その中の一つに、夜哭教団の一時拠点捜索と破壊が入ることが度々あり、襲撃など、何か事を起こす際に一時的な拠点をよく築いている印象がとても強い。
そんな中で、あのエリアスが言った本拠点という言葉は聞き逃せなかった。この件は、新聖都に戻り次第報告しなければいけないだろう。なんて考えていると、村の子供たちがやってきた。
「ヴァルターおじちゃん、今日も考え事?」
「こんなとこで何してんだー、おじちゃん」
「おはようございます、ヴァルターおじちゃん」
「やめろやめろ、まだギリ二十八歳でおじちゃんじゃないっての。
ヴァルター お に い さ ん、だ」
正当な反論をしつつ、一つ気になっていたことを聞いてみることにした。
「お前ら、聖女についてはどんな印象があるんだ?」
「聖女って、お伽話に出てくるあの聖女様のことですか?」
「ああ、そうだ」
「私にとっては、憧れのお姫様!」
「俺は知らなーい」
「僕も、母から聞くお伽話の中の人って感じで、よく知りません」
女の子からすると妥当な感想だろう。このくらいの年頃で、しかも辺境の村に住んでいると憧れは強く感じて当たり前だ。
「私も聖女様みたいに、皆を守れるようになりたいの!」
「え? もっとこう、お城に住みたいだとか、ドレスを着て踊ってみたいとかじゃないのか?」
「うん!」
どうやら俺の思っていた憧れとは違ったようだ。だが、エルハイン村が襲われ、大切な人を失った人たちも少なくない。そんな中でこういった想いを持てるのは、少しだけでもとても大切なことだ。
「それなら、かの聖女様みたいに聖法とか魔法を扱えるように勉強しなきゃだな」
「学園に行けるくらいの歳になる頃には、新聖都に新しく学園が出来るんだって、だから、それまでお母さんのお店をお手伝いするの!」
「ああ、きっと聖女様みたいになれるさ」
本来は、そんな力のいらない平和な未来を作ってあげるのが俺たち大人の役目だ。だが、現存する夜哭教団や、その他にも危険分子は存在している。それらを取り除く、つまりは旧聖都を取り戻さなければ、必然的にこの子たちに明るい未来は来なくなる可能性が高くなるだろう。
正直俺一人が立ち向かったところで無力に等しい、ただ単に追い返されて終いだ。だが、あのお伽話が実話であったならば、聖女は確かに存在するんだ。
―――――待てよ、この前エリアスは何と言っていた?
あの嬢ちゃんの事を聖女様と呼んでいなかったか? あいつらの言うことをそのまま信じる訳では無いが、今はこの希望に賭けてみても罰は当たらないはずだ。
そうと決まれば、一度新聖都ルミナスへ戻って冒険者協会にも捜索依頼を出してもらい、少し大がかりに動く方が得策かもしれない。
「悪い、お前ら。やらなきゃならない事が出来ちまったみたいだ」
「もう行っちゃうのー?」
「えー、遊んでくれないの?」
「きっと仕事か何かです。仕方ないですよ」
「ま、責任というか、これも仕事みたいなもんだ」
「「「よく分かんなーい」」」
「もう少し大きくなれば、もしかすると分かるかもな!」
三人の頭を雑に撫でてやり、ひとまず出立の連絡をしにリヒャルトの元へと向かった。
----------
「リヒャルト、居るか?」
バルトリー邸に着くなり声を掛けてみたが、特に反応は無い。
既に先日許可をもらっていたため、室内へ入り、階段を上がってリヒャルトの私室へと向かう。
何だか今日は人が多いような気がする。
「邪魔するぞ」
扉を開けて中へと入っていく。
「ヴァルターさん! 丁度今呼びに行こうとしておりました、大変です! あ、まずは聞いておかなければなりませんね。この間の、エリアスと名乗る者の言葉を覚えておりますか?」
「そりゃ、夜哭教団の哭使の一人と名乗っていたことか?」
「まあ、そちらもありますが、あの連れていたお嬢さんの事を、聖女と、そう確かに呼んでいましたよね?」
「それは俺も気になっていたんだ、その件で、ルミナスで捜索依頼を出しに行こうと思うん……」
「旧聖都ルミナスで、聖女を名乗る少女が現れたそうです!」
「……なっ!?」
どういうことだ? もしかして、あの嬢ちゃんは旧聖都ルミナスに連れていかれていたのか? 旧聖都はこぞって夜哭教団に占領されているし、理は適っている。今は旧聖都ルミナスを本拠点として動いているのだろうか。
一方で、嬢ちゃんとは別で、単純にお伽話の聖女が現れたということもあり得る話だ。しばらく考え、結論に至る。
「これは、どうにも行って確かめなきゃ分からないみたいだな」
「そうですね、ただ申し訳ございません。私は村の復興を進めなくてはならなくて、どうにも助力が難しそうです」
何を言い出すのか、エルハイン村は一番大変な時期だろう。ひとまずは一人で向かうしかない。
「問題ない。そっちはそっちの戦いがあるってもんだ。こっちの事は任せな! こう見えても、ちょっとは魔法が使えるんでな」
「ええ、ありがとうございます。少しばかりですが食料等を用意させますので、是非持って行ってください」
「それは助かる」
俺は、明日の朝一で出立する旨を伝えて宿へと戻った。
ルミナスへ行くとはいっても、今回は話が違う。新聖都ならともかく、前述のとおり、各地の旧聖都は夜哭教団に占領されており、道端で襲われたりする可能性がある程に治安が崩壊していると聞く。
明日出立のための準備を終えて少し時間が出来たため、しばらく会えなくなるであろう子供たちと話したり、親しくなった村の人々と挨拶を交わして過ごした。
日も落ちてきたため、宿に戻ってベッドへ横になる。
旧聖都ルミナスに現れたとされる聖女が、あの嬢ちゃんであってほしい反面、その身に何か起きたのではないかと少し心配な面もある。
まあ、今はあれこれ考えても仕方無いし、朝に向けて十分な睡眠を取ることにしよう。
俺はそのまま眠りについた。