第一章5話 「六つの翼」
どのくらいの時間が経ったのだろうか。気が付くと私は、見知らぬ天井を見つめていた。
てっきり監禁でもされるのかと思っていたけど、ふかふかのベッドにふかふかの枕、すぐ傍のミニテーブルにはちょっとしたお菓子がいくつか置かれている。部屋はピンクを基調としたデザインで統一されており、どちらかと言えば女の子の部屋といった印象だ。
ここは一体どこなのか、とりあえず外へ出るため扉へと足を向けたが、自分で想定していた歩幅と違いその場で転んでしまった。
「いてて……。なんか足が重いと思ったら、そういうことなのね」
先ほどまでは感覚がはっきりとしておらず、ベッドの下にある錘と繋がれている足枷に気が付いていなかった。つまりは軟禁状態ということだ。ある程度の自由はくれているが、この建物から出す気は毛頭無いらしい。ベッドに戻り、この後どう動いた方が良いのかを少し考えることにする。
「あっ……、目が覚めたんですね……。すみません……」
扉の方から声がかかり、誰かが入ってくる。
「あのぅ……私がここでのお世話を押し付けられ、あっ……。することになったので……何かあれば言ってください……。すみません……」
なんだか気が抜けるような女の子がやってきた。鮮やかなピンク色の髪を二つに結び、フリルが幾重にも重なったミニドレスを着た少女。その腰からは、エリアス・ヴェスパーと同じように、黒とピンクが混ざり合った幻想的な紫がかった翼がゆったりと羽ばたいている。
「何か伝えるとき、あなたの事は何と呼べばいいの?私の事は好きに呼んでもらって構わないわ」
「え、えーと、そうですね……。私は、カ、カヵ、カイネ・ヴァルダインと、言いますぅ、はいぃ。好きに呼んでください……」
「そ、そう。じゃあ、カイネちゃんと呼ぶわね」
「カイネ……ち、ちゃんっ! う…うぅ…、嬉しい! じゃあ、私もセリーナちゃんって呼ぶね!!」
良かった。何故だかはあまりピンときていないが、喜んでくれているようで何よりだ。正直な所、機嫌を損ねられると何をされるか分かったものではないため、多少なりとも言動には気を付けなければならないだろう。それと一つ聞かなければならない。
「セリーナって言っていたけれど、私の事を知っているの?」
「ぅ、うんっ! セリーナちゃん、家名はフェルグリムで、昔は……聖都フェルグリムの聖王女様だったの…! そ、それでそれで……、色々あって……ノエリアたちの邪魔も入っていたらしいけど、聖都フェルグリムは私たちの都市になったの! 素敵でしょう? セルカリア様もきっと喜んでいるわぁ……♡」
カイネと名乗る少女は、空を見上げて恍惚とした表情を浮かべている。
やはりこの教団はどこかおかしい。ただ、そう思っていることをあまり表に出すわけにはいかない。それに、エリアスも言っていたけれど、セルカリアという人が夜哭教団のリーダー的な存在なのだろうか? ノエリアという名前もどこかで聞いたような……まあ、今は気にしなくてもいいだろう。
セリーナ……フェルグリム、それが、私の名前。とりあえず、今聞けたことは何かと都合が良さそうだし、ここから無事に出られたら皆と情報共有したい所だ。
「セ、セリーナちゃん、あの、セリーナちゃんは、今、祝福の使い方も忘れているの?」
「祝福って?」
「喋りすぎですよ、カイネさん」
「ひっ! す……すみません……エリアスさん……」
エリアスの登場で、場の空気に少し緊張が走った。
「はぁ、その様子だと、名前も既に話してしまったようですね。まあ、その程度の誤差は問題無いでしょう。ではセリーナさん、ついてきて下さい。あ、カイネさんもどうぞ」
そう言ってエリアスは、私に付いていた足枷を解錠して歩き出した。シンプルな長い廊下を抜け、しばらくして大扉が見えてきた。
「カイネさん、先に円卓へ」
「は、はぃ……」
カイネは、そう言われるなりそそくさと走って行ってしまった。
「……あの、私はどうなるんですか?」
少々不安に駆られ、思わず尋ねてしまう。
「心配はいりませんよ、ただ単に、眠った記憶を呼び覚まそうというだけですので」
「私の……記憶を?」
―――――記憶が戻る。
そう聞いて、なぜか心の底から喜べないのはなぜなのだろうか。なぜ、夜哭教団がこんなことをしてくれるのだろう、色々と気になる点が多すぎる。
いつの間にか、先ほど遠くに見えていた大扉がすぐそこまできていた。
「では、参りましょうか。先にお入り下さい」
言われるがまま、大扉の先へと歩を進めた。
そこはとても開けた大広間で、広間の中央には大きな円卓と六席の椅子がそれぞれ置かれている。席は既に四席埋まって……カイネが走ってきて五席埋まった。それを確認したエリアスが口を開く。
「皆さん揃っていますね。ではこれより、セリーナ・フェルグリムの記憶再生に関しての賛否を伺います」
さすがにこれだけの人数と相対していると、蛇にでも睨まれたように体がカチコチに固まっている。しかも、エリアスとカイネ以外の人たちは、それぞれ顔は隠しているものの、腰の翼は堂々とゆらゆら羽ばたいていて物凄く圧のある空間だ。
翼にはそれぞれに色を持っており、私の正面の人から時計回りで、金、黒、紅、紫、白、そして隣に立っている蒼の翼をしている。どれも色鮮やかというよりは、少し暗く、どこか夜を感じるような色をしている。
「ちょっと待って下さい」
「どうしました?」
円卓の一席から言葉を発する。
「その聖女さん、もうカイネの呪法はかけてあげたのかしら?」
「いえ、多分まだかと思われますが」
「……っ!」
「記憶再生の賛否は置いとくとして、まず最初にかけておくべきではなくて?」
「……それもそうですね。カイネさん、お願いできますか?」
「っでも……、セリーナ、ちゃんとは、もう、お友達に……」
「カイネ・ヴァルダイン、呪法を」
「っ……!」
カイネは体を跳ねさせ、円卓から数歩ほど前に駆けて出てきた。目の前まで来たカイネは、どこか寂しそうな目をしてこう言った。
「ご、ごめんなさい、セリーナちゃん。私とは、本当の、お友達じゃなくなっちゃうと思うの……だけど、また、カ……カイネちゃんって、そう呼んでくれると嬉しい……!」
こうも面と向かって言われると、なんだか小恥ずかしい気分だ。
「ったく、またお友達ごっこかよ……」
「いつになっても、健気で可愛いですよ、カイネ」
「カイネ姉ちゃんってば、変わんないよねー」
何名かの野次が聞こえたが、不思議とカイネの言っている事に違和感は全く無く、あまり変な事を言っているようには思えなかった。
「ええ、もちろんですよ、カイネ、ちゃん」
この時の私は、まだカイネの呪法がどのようなものか、全く知る由もなかった。