第一章4話 「予期せぬ初めまして」
リヒャルトと話し合いエルハイン村へと向かう私たちは、道中で着いた後の動きについて改めて話し合っていた。
「村に着いた後、嬢ちゃんとリヒャルトはひとまず村人や家族を見つけ次第に荷馬車へと集めるんだ。もし夜哭教団の連中がいるなら、俺が相手をしよう」
私とリヒャルトは共に肯定する。
「それと、奴らの一部は呪法を扱ってくるから、それにも重々気を付けることだ」
「呪法?」
「主にリーダー格が扱うと聞いたことがある。なんでも、人がくらうとあらゆる呪いや災いがその身に降りかかるそうだ。呪いを受けたやつ曰く、毎晩のように悪夢を見るようになったり、全身や身体の一部から痛みが取れなかったりと、人によってその辺は変わるらしいけどな」
「まだ未解明な部分が多いのね」
「なんなら、どうやってその呪法を習得しているのかすら、教団の関係者しか知らないと言われている。それと、この辺の話はまた改めてするが、呪法の他にも聖法や魔法といったものが存在している。丁度、嬢ちゃんくらいの年代は学園でこの辺を勉強しているはずなんだが……そんな話は野暮だったな」
なぜか私よりもシュンとするヴァルター。隣で聞いていたリヒャルトが疑問を投げかけてくる。
「そういえば、お二人は家族では無い様子ですね。両親は学園へ通わせてはくれなかったんですか?」
学園に通うことが普通なのであれば、あたり前の疑問だ。だが、その質問への答えは決まっている。
「どこから話せばいいのか分かりませんが、私、記憶が無いんです。目が覚めた時には……」
目覚めてからの諸々を話していると、リヒャルトは段々と唖然とし始めていた。
「あ……、あの、もしかすると、いや、でも……年は確か今頃のはず……」
「リヒャルト、もしかして嬢ちゃんの記憶について何か知っているのか?」
ヴァルターの言葉に、リヒャルトは落ち着いた様子で続けた。
「いえ、私は直接関わっていたわけではありません。なので、お伝えできることは一点だけ、聖女についてです」
―――――いてっ、頭にピリッとした痛みが走る。
遺跡から続くこの痺れは、これだけ起きていると嫌でも理解できる。私の記憶に関する事を見聞きした時に起きる痺れだ。今、直接聞けたのは聖女という単語だけれど、正直それだけでは何も分かりようが無い。ただ、考えられることは二つある。一つはその聖女と知り合いという線と、もう一つは私自身が聖女という線だ。
どちらにせよ、今答えは分からないし、ひとまずリヒャルトの話を聞いてから考えることにする。私は頭に痺れを感じながらリヒャルトの話を聞く。
「以前、聖女というのは通称の呼び名でした。私が物心付く頃には、既にその存在はお伽話のような扱いをされておりまして、我々の親世代が色々と話を聞かせてくれていたのです。」
「俺も母親からよく聞かされたもんだ。ただ俺の場合は、聖女ってよりお姫様って感じで、ちょっとばかり印象が違った話し方だっ……うぉっ!」
突然、荷馬車が大きく揺れて止まった。外からは荷馬車を引いていた馬の騒がしい様子がここまで伝わってきた。
「何かあったんでしょうか?」
ヴァルターは、「俺が見てこよう」とドアを開けて先に様子を見に行く。
しばらくすると、出てきても大丈夫だと荷馬車まで戻ってきた。皆で外に出ると、そこには苦しんで倒れている馬と、その隣には、同じく倒れた御者の姿があった。
「こりゃ呪法で間違いないな」
初めて見るヴァルターの緊張した雰囲気に驚きつつも、その緊張感はこの場一帯を飲み込んでいた。
「外傷はない、まだ息はしているな、気絶しているだけか。おい、あんた!大丈夫か!外で何があったんだ?」
「……っぐ、……がはっ! 俺は……」
御者は気が付き、少し血の混じった咳を吐きながら、私たちを見るなり表情を変えた。
「……っ、皆さん、外に出てはいけません! 匂い、匂いかと思われます! 吸わないように注意してください!」
伝えてくれた御者には悪いが、既に手遅れだった。私やヴァルターを含め、全員がその場に倒れ込んでいく。
そんな中、明らかにこの場に相応しくない明るい声が聞こえてきた。
「お初にお目にかかります、皆様方! ……あぁ! こんな形で挨拶できる機会を頂けるなんて、恐悦至極の限りでございます」
「あ、すっかり名乗るのを忘れてしまっておりました。私、夜哭教団の哭使が一人、エリアス・ヴェスパーと申します。以後、お見知りおきください」
いきなり現れたこのエリアスと名乗る人物は、先ほど川辺に流れ着いた少年とは違い、明らかに教団での地位が高そうな雰囲気だ。闇夜に溶け込むような青黒いロングコート。その背中、腰のあたりからは、一際濃い紺色の翼が静かに羽ばたいている。哭使の一人とも言っていたし、他にも少なからず何名かの哭使は存在するだろう。というか、倒れた時から感じていたが、とても眠い。段々、何も考えられなくなりそうなほど、眠気が襲ってきている。私は荷馬車に寄りかかりながら、そのまま地面へと伏していく。
力を振り絞り、周りに顔を動かして見てみると、リヒャルトや他の商人たちはすでに眠りに落ちていた。ヴァルターは私と同じく、何とか眠るまいと意識を保とうとしている様子だ。
「おやおや? そこにいらっしゃるのは、報告にあった聖女様ではないですか? これは運が良い!」
「…………」
「かの遺跡を監視していた者から、聖女らしき人物が見つかったと報告を受けた時はまさに! 止まっていた刻が動き出したような感覚を味わえました」
エリアスが近づいて来る。だめだ、もう今にでも意識を持っていかれそうだ。
「ああ、申し訳ない。人呼んで、眠りの蒼翼と呼ばれる私の呪法、催眠は、常に周囲へと影響を与えてしまうんです。向かいの商人が言っていた匂いなんてものは関係なく、この、セルカリア様より頂いた祝福によって引き起こされる事象なんです! あぁ、セルカリア様! 私は今日もあなた様のために……」
セル、カリア? 私が……聖女? だ、めだ、もう、意識が……。
「あ、そうそう、忘れる所でした。あなたには一緒に来てもらいましょうか。教団の大いなる目的のため、その身に宿った力を使えるのです。大変光栄なことでしょう?」
エリアスの片脇に抱えられ、私はかろうじて保っていた意識をついに失っていく。ヴァルターが何か叫んでいるが、段々と遠のいていく中では何も聞こえない。ただ一言、これだけは明確に聞こえた。
「安心、していろ! どこに居ても……探し出すからな!」
「まったく、何を言っているんでしょうか。教団は本拠点を明かしていませんので、無駄な努力ですね」
ふん、ヴァルターめ、こんな時でもこちらに気を遣っているのだろうか。まあ気持ちだけでも受け取っておくとしよう。出会ってまだ間もないが、しばらくお別れのようだ。
エリアスは私を抱え、そのまま夜哭教団の本拠点へと向かうのだった。