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Lovers  香澄の章

作者: AI

「よお 元気だったか?」


今年の夏も 圭吾が やってきた。


普段は 一流企業でスーツで仕事をしているらしいのに


うちに来るときは いつもTシャツにハーフパンツ  まあ 夏だからね。


圭吾はママの弟で 28歳


5年前に お祖母ちゃんが亡くなってから 


里帰り先を お祖母ちゃんちから 姉である我が家にシフトしてきた。


「姉ちゃんちにくると カニも食べられるし 涼しいし 最高だ~」


と 北海道を満喫していく。


「香澄 ほい 土産。」


「ありがとう~ わ 瀬戸の花嫁キティ? かわいい~ 旅行 行ってきたの?」


「ん  先月な 広島とか山口とか行ってきた。」


高校2年の私が いまだにキティちゃんを集めていることを知っててくれたんだ・・・


「香澄 スイカ運んで。」


「は~い。」


圭吾が来た分 いつもの倍 スイカを切って テーブルに運ぶ。


「今年は結構 札幌も暑いよな・・・ あ~ 生き返る。」


ペロリと 5切れを食べた後 圭吾が ちらりと私を見た。


「香澄 虹のガーデン行った?」


「まだ 行ってないよ。」


「明日 行くか?」


「行く 行く~♪」


圭吾は来るたびに 北海道の人気スポットを事前に調査してから来るので


そのお供で わたしも 沢山遊べるし 毎年 ご馳走になっていた。


おじさんにしては 割と歳の近い圭吾は 一緒にいても 楽しい。


毎年 圭吾のお供を楽しみに 夏休みのこの期間だけは 他の予定は入れないようにしていた。


今日は 天気がいいから このまま 庭でバーベキューで


圭吾のいる数日 我が家は 豪勢な食事となる。


母も歳の離れた弟が やっぱり可愛いのだ。


「圭吾 おまえ 少し 頭薄くなってきたんじゃないのか?」


父が圭吾のおでこを見て 言うと。


「うっそ?! やべえ・・・ 義兄さんのが移ったのか?」


と すかさず 返す圭吾。


「プーッ やだ~ 伝染病じゃないって。」


「くっそ~ ところで 彼女とかは いないのかよ? 連れてきてもいいんだぞ。」


まだ 結婚など ほのめかしたことの無い圭吾に父が 皮肉を言って やり返す。


「まあ 気楽で いたいし。」


苦笑いしながら 圭吾はビールを飲む。


「あら 圭吾 高校も大学ももててたでしょ? 社会人になったら 違うのかしら?」


姉の欲目というわけでもないのだが 母は圭吾に対する評価が甘い。


「姉ちゃんが思うほど 弟もてず だよ。」


(そうかな・・・ 圭吾 かっこいいのに)


身長は175センチほどで 特にスポーツはしているとは聞いたことはないけど 


結構しまった体をしている。


顔は 丸顔の母とは全然 似てなくて 小さなすっとした顔 


そして 目が すごく色っぽいのだ・・・


圭吾の目には 子供の頃から ドキッとさせられた。


「なんだよ 焼きカニ食わないのか? 香澄 勿体無い 俺が 食う。」


「あっ そんな わけないでしょっ」


「ば~か ボーっとしてるのが悪いんだ。」


圭吾はパパやママと 遅くまで呑んで 食べて 


色んな話を 面白おかしく 披露してくれる。


子供の頃の私は 真夜中過ぎまで 繰り広げられる このミニ宴会に 


最後までは付き合っていられなかったけど


ここ数年は 圭吾の話が聞きたくて 横にずっと座っている。



「香澄ったら 立てひざして お行儀悪い。」


ずっと 椅子に座りっぱなしで 腰が痛くなってきていたのだが 母に見咎められてしまった。


「まだ 子供だな~ 香澄は 女子高生がジャージのハーフパンツは無いだろう?」


「圭吾だって ハーフパンツでしょ。」


と圭吾のパンツのゴムを引っ張った。


「痴女です ここに 痴女がおります。」


圭吾はかなり いい感じに酔っているみたいで 悪ふざけをしだす。


「なんだと~~。薄くしてやる~!」


と髪の毛を鷲づかみにする振りをした。


「こええっ 暴力女めっ」


頭を抑えながら 大袈裟に恐がる圭吾。


「こら 香澄 あんた そんなんだから いまだに 彼氏もできないのよ。」


「できないわけじゃないよ 作んないだけだもん。」


「へぇ~ それはどうかな?」


「圭吾ったら むかつく~~!」



少し お酒の弱くなった父が 最初に脱落して 寝室に下がり


母も 12時を過ぎた辺りで 「もう 寝るわ お肌に悪い。アンタの布団は客間に敷いてあるからね。」と リビングを出てしまった。


「お前は 寝ないのか?」


二人きりのリビングで


「いっつも 1時半位までは 起きてるよ。」


「ラーメン食べに行くか?」


「うっわ~ 後でダイエットしなきゃ。ふふふっ」


「お前はもうちっと 太った方がいいだろ?」


「嘘だ~ そうやって 油断させて 醜くさせようとしてるな?」


「ばれたか・・・くくくっ」


サンダルを つっかけた圭吾に並んで わたしもあわてて 母のサンダルを履いて 後に続く。


「気持ちいいな~ 夜の空気が違う・・・」


満天の星空を見上げながら 圭吾が大股でゆっくりと歩く。


「圭吾ほら 電柱にぶつかるよ。」


と私は腕を取る。


「おう ちょっと 酔ったかな~ 香澄 5丁目のコンビニの横に新しく出来たラーメン屋は入ってみたか?」


「え? そんなところにラーメン屋できたっけ?」


5丁目は通学路とは逆なので あまり 最近通ってなかった。


「お前~ 少し 俺が来るまでにリサーチしとけよ~。


南区ランキングで 今年できたばかりなのにもう結構上位にいたぞ。」


「へえ~ 圭吾は住民より 北海道のこと知ってるな~。」


「お前が知らなすぎんだよ。 虹のガーデンだって 今人気のデートスポットだろ?」


「そうなんだ~ デート行かないしな~。」


「彼氏いないってのは マジかよ。」


「いいじゃないの~ 別に。」


ラーメン屋はごく近所なため ほどなくおしゃべりしているうちについてしまった。


「本当だ~ 初めて見たよ。」


まだ 綺麗な暖簾がさがるラーメン屋は中に入ると 満席となっていた。


「二名様ですね 少し お待ちいただきますがよろしいですか?」


「はい。」


私と圭吾は入り口横のパイプ椅子に座り 空きを待つ。


「明日はバスで行くの?」


「いや 車借りようかなと思ってる。」


「え~ すごい レンタカー?」


「ああ その方が気楽だろう。」


「じゃあ あちこち 寄れるね。」


「だな。」


虹のガーデンはたしか 富良野の方だから 行くだけでも高速で1時間位かかる。


「楽しみだな~」


こつんと 圭吾の肩に頭を傾ける。


「また ラベンダーソフト食べたいね。」


「ラベンダー? 俺は 普通のバニラが良かったな~」


「お席 空きましたのでどうぞ。」


私は 圭吾といると 待ち時間が苦痛じゃない・・・


圭吾はどうなんだろう?


「うん コメントどおり 味噌はなかなか旨いな。」


「本当?」


と私が箸を伸ばそうとすると


「ちょっと 交換するか。」


と丼を 差し出してくれた。


「うん わたしの醤油も美味しいよ。」


(圭吾の口をつけた ラーメン・・・)


ちょっと ドキドキしながら スープをすする。


「ん・・・深い。」


「だろ? うん 醤油も 旨いな~ お前 もう少しそっち食べてろ。」


「あ~~チャーシュー食べちゃ駄目ぇ」


「半分残しとく。」


悔しいから 私も圭吾のチャーシューを半分かじった。


(後で コレ 圭吾が齧るんだよね・・・)


「なに 顔 赤くしてんの?」


「いや 少し 熱くなってきたかな・・・ 汗かいてきちゃったかも へへ。」



私は 恋しちゃ いけない人に恋をしている


「はぁ~ 美味しかった でも やっぱ 圭吾の食べた味噌の方が食べやすかったね。」


「香澄が ほとんど 食べてたろ?」


「圭吾だって わたしのチャーシュー全部食べてたじゃん。」


ポツ・・・


「ん? ちょっと降って来たかな?」


「え そう?」


ザーッ・・・


「きゃっ いきなり どしゃぶりっ!」


「香澄 走れッ!」


ザーッ!!


サンダルにハーフパンツだから 濡れたって 構わなかったが


容赦なく体に打ち付けはじめる雨に


「香澄 こっちッ」


グイッ


圭吾は私の腕を引いて シャッターの下りた花屋さんのアーケード下に雨宿りした。


「け 結構 濡れたね・・・くしゅんっ」


髪の毛が長い分 すっかり水分を吸い込んで 私は体が小刻みに震える。


「寒いか?」


圭吾が肩を引き寄せてくれて 右側がちょっとだけ暖かくなった。


「すぐやむかな・・・」


明日早く おきて 圭吾とドライブなのに・・・


「風邪 引かせそうだな。」


降り止まぬ雨に 圭吾はそう言って 今度は 両手で私の体を包んでくれた。


ドキドキドキ・・・


「・・・ありがと 圭吾  



あったかいよ。」


私の声 少し うわずっている・・・


「ごめんな こんな時間に連れ出して。クショッ!」


「ふふっ 圭吾の方が ずっと寒いんじゃない? 私が あっためてあげるよ。」


圭吾がくしゃみをしてくれたお陰で 少し 緊張が解けた私は 


圭吾の腰に腕を回して きゅっと抱きしめた。


ドキンッ


(・・・今の 圭吾の心臓? 


まさかね・・・ 私の心臓だよ きっと)



「香澄・・・」


「なに?」


「Cくらいに なった?」


「C? 成績のこと?」


「ぶっ ちげーよ。まあ いっか・・・そろそろ 小降りになってきたから 今のうちに帰ろうぜ。」


「うん 帰ったら 暖かいシャワー浴びないと 圭吾 先に使っていいよ。」


「ほお~ 優しいな 香澄。」


「だって 絶対 圭吾の方が 皮下脂肪少ないもん。」


「だよな お前 おっぱいでっかくなったもん。」


「・・・Cって そのことっ!?」


「あ ばれた 逃げよ・・・」


「圭吾ったら エロすぎっ!」


「ばか 夜中に大声出すな。早く来い。」


二人ともびしょ濡れになりながらも なんとか家にたどりついた。


「うぅ ぐしょぐしょ 圭吾 お風呂まだ お湯張ってるみたいだから 入いんなよ。」


「香澄 お前が先に入れ。」


「え いいよ。」


「いいから 言うとおりにしろ。おまえ 完全に濡れ鼠だぞ。」


と 頭を ぐりぐりさせる。


「わかった ありがと。さっと入っちゃうね。」


「なこと 言ってないで ゆっくり 暖まるんだぞ。」


(もう 圭吾ったら 子供扱い・・・)


でも その優しさが うれしくて すぐ パジャマや下着を取りに行き


「圭吾 これで とりあえず 体拭いてね。」


と バスタオルを渡した。


「おう サンキュ。」


いつもは1時間はお風呂に入っている私だけれど 


(圭吾 きっと震えてる・・・)


と気になってたし


夕方一度入っているので 本当に10分程で 私はお風呂を出た。


「圭吾 どうぞ・・・」



お風呂場から出て リビングを覗くと


圭吾は携帯で 誰かと話していた。


「ああ うん・・・だな。」


こちらに背を向けていて その表情はわからないけど 


相手は かなり親密そうな 感じだった。


(圭吾の彼女・・・?)


キュゥ・・・


胸が押しつぶされるように締め付けられる。


「クシュッ あ もう切るぞ。うん じゃな。」


圭吾はくしゃみをした拍子に私に気づいたようで 携帯を切った。


「早かったな ちゃんと暖まったのか?」


「うん 大丈夫。夏だし このくらい ドサンコは平気だよ。」


「俺だって いちおう ドサンコだけどな~ ックショッ!」


「もう 大丈夫? ごめんね。先に入っちゃって。」


「大丈夫 ゆっくり温まらせてもらうから。 じゃあ 明日は7時には出るからな。 もう寝ろよ。」


「うん おやすみ。」



翌朝


めちゃ早く目が覚めた私は顔を洗って

歯を磨いて

髪をちょっぴり盛ったりして

最後に先日ランキング商品を扱う店で一位だった香水を少し付けてみた。


洋服は友達と一緒に選んで買ったワンピ


私的には圭吾が来るための準備は万全にしてたのだ。



客間を覗きにいくと


スースースー


「くすっ まだ 熟睡してるよ。」


そっと 起こさないよう 私は圭吾の眠る横に座って 寝顔を楽しむ。


(子供みたい・・・フフッ)


「・・・も 無理。」


圭吾の口からポツリと漏れた言葉。


「ん・・・?夢見てんのかな・・・」


スースースー


(もしかしたら 答えるかも)


「無理って・・・何が?」


眠る圭吾に 質問をしてみた。


「・・・離したく ない。」


ドッキーン!


(か 彼女の夢見てるの・・・?)


「好きだ・・・よ。」


ガバッ


「ヒャッ」


グルン・・・


「ん・・・ま まって。」


あっという間に 圭吾に組み敷かれて 耳にキスをされてる・・・


「いや 駄目だ 離さない。」


(うそ まだ 寝ぼけてるの?


で でも 離したくないなんて・・・


人違いでも 嬉しい)



「あれ?もう 降参か?」


ぱっちり圭吾は目をあけて 私を見下ろす。


「えっ ええっ? 私だって いつから気づいてたの?」


「ん 寝言言ったとたんに 自分の声で たいてい起きるんだ。」


「えええっ じゃあ わかってて やったの?」


「ああ まあな。」


「性格 わるっ」


「クスクス おまえ そうとう焦ってたな。」


「ったり前でしょ。! ほら 起きて。


早く 出ないと 夕方までに札幌にかえれない。」


「おう。」


圭吾が ふとんからやっと出てきたのだが


「・・・」


私はあわてて 圭吾に背を向ける。


「あ?何 後ろ向いてんだよ?」


「だ だって・・・」


「あ やべ・・・ お前 こ このテントは 男にとって 逃れられない宿命なんだぞ・・・

つーかさ この歳で テントくらい立ててないと やばいし・・・」


背後で圭吾が ジタバタ服を着ている


「いーから もう 何で パンツしか 履いてないのよ・・・」


「男は パンツ一枚 あれば十分なの。 ほい もう こっち見てもいいぞ。

ってか 社会勉強になるから もっとじっくり見てても 良かったけどな。」


ボカッ


「痛って~~~ すこし 加減しろよ・・・」


「ったく エロオヤジなんだから・・・」


(わたしだって 普通の女子高生なのに・・・ はずかしっ)


「ちょっと顔と歯だけ磨いてくっから 待ってろよ。」


「うん。」


その5分後には 私たちは玄関を出ていた。


パパとママは夕べ遅くまで 圭吾に付き合って飲んでたので まだきっとダウンしている。


「んっと そこのレンタカーショップに予約してあるんだが。」


表通りのレンタカーショップで ワンボックスを借りる。


「ワンボックス・・・でかくない?」


「香澄は 絶対 帰りにうとうとするだろ? 後ろで寝て帰れるように 押さえといたんだ。」


「え~~嬉しっ 本当だ これ ちゃんとフラットに椅子が倒れるようになってるみたいだね。」


「まあ 俺も途中で仮眠するかもしれないしな。」


「・・・本当はそっちが 理由じゃないの?」


「ははは いいから 乗れ。」


「うん。」

北に向けて 車は走り出す。


こだわりがあるのか 圭吾はマニュアル車を選んでいた。


オートマにしか乗せてもらったことないから よくわからないけど


ギアチャンジする際も 加速がなめらかで 車酔いを時々する私には 


ちょっと 嬉しい・・・


「来年の4月には 私 18歳に なるからさ・・・」


「ああ そうだな。もう 高校三年か~」


「すぐ免許取って 来年の夏は 交代で運転できるようにしておくね。」


「うっ お前が運転? ・・・とっても有難いですが 丁重にお断りさせて 頂きます・・・


まだ 死にたくないですし 遣り残していることも 沢山あるので・・・」


圭吾が思いっきり顔をしかめて 失礼なことをいう~~


「なんだと! 私 運動神経はこれでも 結構いいんだよ~。」


「まあ  どっちにしても 来年はおそらく 帰れないから。」


「え・・・」


(彼女が出来たから?)


「実は ニューヨーク支社に来月から行く事になったんだ。」


「嘘・・・どのくらい 行ってるの?」


「そうだな~ 前任者が 3年いたから 俺もそれくらいは 居るかもしれないな~。」


「どうしても 帰って来れないの?」


「まあ 少なくとも来年の夏は無理だな。」


「・・・じゃあ お正月は?」


「冬は飛行機が心配だろ? ニューヨークだって 冬は厳しいし。」


「じゃあ ゴールデンウィークは?」


圭吾は苦笑して 


「あっちは ゴールデンウィークなんてないんだ・・・ 


どうした? どうせ お前も 受験で忙しいだろう?


もう大学生になったら 俺と遊ぶのも卒業じゃないのか?」


「そんなことっ・・・・


私 いつも楽しみにしてるよ すっごく・・・


帰ってきてくれなきゃ つまんないよ・・・ グズ・・・」


「な なんで 泣く? 馬鹿 もう 二度と遊びに来ないなんて 行ってないじゃないか。」


「・・・だって ウゥッ・・・」


圭吾は札幌を出てすぐのPAに 入って車を停めた。


「香澄 ごめん 帰りに言えば良かったカナ・・・ 泣くなよ。」


「ぇッえぅっ・・・ごめん な さい でも と 止まんないの・・・」


「いや いい子だよ・・・ 香澄は本当に。


俺のかわいい 姪だよ。


香澄と会えなくて 寂しいのは 俺も 同じだよ。」


(圭吾は この夏の数日を 私が どんなに心待ちにしてるか わかってないよ・・・)


「だからさ 今回は もういいって位 あちこち連れて行ってやるからな。」


「・・・圭吾。」


「なにか 飲み物買ってこよう。


せっかく そんな かわいいカッコしてんのに 泣くな。」


「うん・・・ごめん。」



小さい頃みたいに 


圭吾に手をひかれて 歩く。


(もう・・・みっともない 私。圭吾も恥ずかしいよね?)


長い髪だけが幸いして 下を向いて歩く。


(しばらく 会えないなら・・・ もっと 明るい 私を 覚えていてほしい・・・)


「トイレに 行ってくるね。」


「おう 朝の紅茶でいいか?」


「うん それそれっ」


いつも私が飲んでいる物もちゃんと 圭吾は わかっていて


また それがじーんとさせられちゃう・・・


(ああ 駄目 やっぱ また 涙が出てきちゃう・・・)


慌ててトイレにかけこんで 鏡を見る。


「・・・ひどい顔  ブス。」


ザバザバ 顔を洗って 


再度鏡を見てみる



まだ少し はれぼったいけど その内 収まるから



・・・許して 圭吾


「圭吾 お待たせ。」


「おう 俺のお姫様 復活だな。」


と言って 戻った私を かるく抱きしめてくれた。


(・・・ずっとこのままで いられたら いいのに・・・)


車に戻って 再びスターターを回すと


ブブ ブブ ブブ・・・


「圭吾の電話?」


「なんだよ こっちにいる時くらい遠慮しろよな・・・ 誰だ?」


面倒くさそうに 圭吾は ポケットから 携帯を出す。


だけど 発信者を確かめると 


「ちょっと まってて。」


と 外に出て 少し離れたところで 話し始めた。


(仕事の話だよね? 彼女とかじゃないよね・・・?


でも 圭吾が ニューヨークに行ったら その人どうするんだろう・・・


まさか 一緒についてくの?


でも 結婚もしてないのに・・・)


何かもめているのか 傍から見ても 圭吾の表情は優れない。


10分ほどして 戻ってきた圭吾は 


「ごめんな じゃあ 今度こそ行こうか シートベルトしろよ。」


「うん ねえ 圭吾の彼女からだったの?」


「・・・別にそんなんじゃない。同僚からの電話だよ。


気が利かないよな ったく。」


「そう・・・会社のだったんだ。 あ でも いいの? 私と出かけても?」


かなりほっとして 私が聞くと。


「いいの いいの たいした用事でもないんだから ほっときゃいいんだよ。」


「圭吾って こっちにいるときは ただのエロオヤジなのに 会社ではバリバリ仕事していそう。」


「なんだよ。 ただのエロ親父ってのは・・・ クスッ まあ外れじゃないけどな。


香澄の今日のワンピはなかなか短くて いいぞ。」


「え・・・もう 今はこれで普通だから。


あ あんまり見ないでよ。」


「そういうのは見せるためにあるんだろう?」


「違います。」


再び 車は高速に入り 青々とした 田園風景に目を奪われる。


「海岸もいいけどさ こういう 景色もいいよね~」


「だよな・・・お あそこかな・・・」


今度は 小さなお菓子屋さんに入る。


「ここもネットで検索したの?」


「ああ パイが旨いらしいぞ まあ ものは試しだ。」


「ふふ 圭吾って お酒も飲むのに 甘いものも好きだよね。」


ここ 砂川には他にも有名なお菓子屋さんが何店かあって 


どこも圭吾に連れて行ってもらったところだが ここは 初めてだった。


「たしか二階に 喫茶コーナーがあるらしいんだ。食べていこう。」


「わ~い。」


朝ごはんなど食べてこなかったので 結構 おなかが空いてきていた。


「じゃあ パイは外せないよね・・・ このブルーベリーパイにしようかな。 あと このシフォンも美味しそう♪」


「俺は アップルパイと レアチーズケーキ それから・・・」


「3つも食べるの?」


「このレモンタルト。」


木製の階段をギシギシ上がっていくと


少し高台にあるためか 遠く 蕎麦畑や ヒマワリ畑が 黄色と白のコントラストを描いてパッチワークのように広がっていた。


「気持ちいい 眺めだね。」


景色を眺め易いよう 隣り合って座れる窓際のカウンターテーブルのような席に座った。


「大学はどこを志望してるんだ?」


「東京だよ。」


「そうか 残念だな 香澄があっちに来てくれるんなら。 あちこち いっぱい連れて行きたいところあるのに・・・」


(本当にそうだよ 私が 誰の傍にいたくて 東京志望してると思ってんの?)


「でも 3年くらいしたら 東京に戻ってくるんでしょ?」


「どうかな・・・それはまだわからない。」


「圭吾・・・私 ニューヨークに・・・」


(一緒に行きたいよ・・・)


「遊びに来れるか?」


「遊びに行ってもいいの?」


「ああ もちろん。お前が来るまでに 面白そうなところ 案内できるようにしておくよ。」


「しばらくいるかもよ。」


「いいさ ホームスティ気分で 夏休みの間いるといい。」


「本気にしちゃうから・・・」


「来いよ。 香澄・・・」


圭吾がフォークを持った私の手を掴んだ。


ドキン・・・


「圭吾・・・」


カチャ


「・・・お前 俺に 味見させないで 全部 食う気だったろ あぶね~。」


「な・・・なによ 大人のくせにっ 信じらんない。」


私の手を握ったのは パイを食べる手を止めたかっただけ?


「圭吾の チーズケーキも食べてやるっ」


「あ そんな 大きく削りやがってっ」


「もう 遅いよ~ いいじゃない 3つも食べるんだし。」


コーヒーを飲みながら 二人でお互いのケーキを食べあった。


「ん おいしい~ 幸せ♪」


圭吾に遊びに来いって 言われたからか 私の気分は↑↑向きで


お腹が満ち足りてきたのもあって 


いつもどおり 圭吾と楽しくおしゃべり出来てる・・・


「お もう トンボ飛んでるぞ。」


「本当だ・・・ まだお盆きたばかりなのに。」


「そういえばさ お前がまだ 小学生の時で 爺ちゃん生きてた頃さ


でっかい トンボ捕まえてやったら 泣いて怒ったことあったよな。」


「そうそう だって 恐いよ あそこまで大きいと。」


圭吾はまだ高校生で 夏休みで遊びに来たわたしを連れ出して よく裏山や空き地に行ったのだった。


「圭吾の捕ってくれた 虫も魚も 恐くて・・・あの頃は だいぶ鍛えられたよ~」


懐かしい・・・


毎年夏は圭吾に会えて それだけで嬉しかったから


圭吾の捕まえてきた 蛙もクワガタも


全てが思い出の中でキラキラと息づいていた。


「よし そろそろ出発するか。」


「うん。」


立ち上がった圭吾の腕に手を絡ませる。


(もう めいいっぱい くっついちゃおう・・・しばらく会えないんだもの)


車に乗ってシートベルトを締めていると


「・・・クリームついてるぞ 香澄。」


と圭吾が私の前髪を撫でた。


「え そう? どの辺?」


上唇をぺろっと舐めてみたが


「・・・違うよ ちょっと 動くな。」


そう言って 圭吾はじっと私の顔を覗き込む


そして フッと口元を緩ませて


「ここ。」


と私の鼻のてっぺんをペロッと舐めた。



かああああああっ!


体中が燃え上がるように震えてしまう 私。


「え? えぇ? そ そんなところについてた?」


恥ずかしくて 思わ下を向く私に 圭吾は


「ああ それから ここも・・・」


と右頬にキスする。


「そんなに・・・まだ ついてる?」


「そうだよ・・・ まだ 沢山つけてる しかたないから 俺が 全部 舐めてやる・・・」


圭吾の手に 顎をすくいあげられて 思わず目を瞑る。


チュッ ペロッ チュ・・・


熱くて やわらかく タッチする感触を 私はうっとりと受け止める。


顔中にクリームを塗りたくってなきゃ そうはならない・・・?ってくらい 圭吾の唇は私の顔をさ迷い歩くから


私の口からも こんな言葉が出てしまう・・・


「ねえ 圭吾   唇は・・・? ついてないの?」


一度 唇を離して じっと圭吾が私を見つめているのが わかったけど 


とてもじゃないけど 目を合わせられない・・・



「もちろん クリームだらけみたいだけど・・・ 俺が 食べていいのか?」


「うん・・・圭吾 取って・・・」


「香澄・・・」


カチャ・・・


先程 絞めたばかりのシートベルトが外されて


私の背中に圭吾のたくましい腕がまわっていった。


「ん・・・」


ああ・・・


信じられない


私 今 圭吾に キスされてる


しかも とても熱く


激しいキス


私の唇は何度も圭吾の唇に挟まれて 声を発することもできない。


ブロロロ・・・


「あ・・・」


ここは お菓子屋さんの駐車場で 他の車が隣のスペースに入ってきて はじめて 二人目が合った。


「・・・全部とれたよ。」


と 圭吾は 運転席に座りなおし エンジンをかけた。


「う うん・・・ありがと。」


私は 反対側の窓を見て 逆上せた頬を 圭吾から隠した。


圭吾はしばらく 無言で 車を運転して


私は 移り行く雲を眺めながら ずっと 圭吾のことを考えていた。


(さっき 思わず 泣いちゃったから 慰めてくれたの?


でも もし そうだとしても うれしいよ・・・ 圭吾


もう 私 いつ死んでも いいかも・・・)


ぽろり


(ま また 涙 出てきちゃう 圭吾といると どうして私って こんなに不安定なんだろう?)


グズッ・・・


それに気づいた圭吾は 車を左によせて 早咲きのコスモスが揺れる路肩に車を乗り上げる。


くしゃ・・・


圭吾の手が私の頭を撫でる。


「香澄・・・ ごめんな。 俺 お前が 可愛すぎて  見境なく・・・本当 ごめん ショックだったよな?」


「圭吾・・・」


私は圭吾に謝られたことに驚いて 顔を上げた。


「見境なくって・・・ 私が姪だから? それとも 未成年だから?」


「・・・そうだな。 大人気なかったよ。」


ため息をついて うなだれる圭吾


(嫌だ・・・ さっき私にしてくれたこと 後悔してるの? 圭吾)



「・・・じゃあ 


私も 十分しかられてもしかたないかも・・・」


私は 圭吾の手を取って


そっと私の胸に押し当て


「・・・わかる? 圭吾


すごく ドキドキしてるでしょ?


これはね・・・


圭吾のことが 好きすぎて・・・ おかしくなっちゃいそうな 心臓の音だよ。


私 圭吾が 好き 好き 大好き・・・


ずっと 一緒にいたい


もっと キスしてほしい 


もっと 沢山 私に 触れて欲しいよ・・・ 圭吾。」


「香澄・・・」


圭吾の手を自分の胸に押し付けるようにしながらも


(わ たし・・・ 大胆


ど どうしよう 圭吾 あきれてないかな?


あ もっと ドキドキしてきた。


ねえ 圭吾 なんか 言って・・・)


「ありがとう 香澄 すごく嬉しいよ・・・」


圭吾は そう 言って そっと 手を外してしまった。


「でも どんなに かわいくて 愛しく思っていても お前は・・・



俺の姪だよ 香澄。」


諦めに似た ため息をついて 圭吾は


私の頬を撫でた。




「私は・・・ そんなの気にならない ただ 圭吾の側にいたいだけ。


圭吾は私が毎年どんなにこの数日を待ち焦がれてるか わかってないよ・・・


会いたくて 会いたくて


やっと会えたのに


しばらく会えないなんて・・・」


「また 泣くし・・・ 馬鹿だな 香澄


俺なんかより もっと同じ歳頃の男は沢山いるだろう?」


「圭吾がいいの 圭吾じゃなきゃ 嫌なの・・・」


溢れる涙を抑えたくて両手で顔を覆った。


「泣かせて ごめんな・・・」


もう一度 そっと 圭吾は抱きしめて やさしく背中を撫でてくれた。


「ねえ・・・圭吾。」


「・・・どうした?」


圭吾の声がすごく近くに聞こえて心地いい


「せめて 今日だけ 私 圭吾の恋人のつもりでいちゃ 駄目?」


「今日だけ?」


「うん もう 泣かないから お願い・・・」


「わかった じゃあ 今日は俺だけの香澄だな。」


「うん 圭吾だって 私だけの圭吾だよ・・・大好き 大好き 大好きなんだ。」


「香澄・・・」


圭吾が強く抱きしめてくれるのは “好きだよ”の かわりなの?


沢山 くれた キスは かわいいって 理由だけ?


どうして わたし 圭吾の姪なんだろう・・・


わたしが アカの他人だったら 好きだよって 言ってくれるのかな?


「香澄 ・・・そろそろ 虹のガーデンに行こうか。」


圭吾はもう一度かるく キスをして エンジンをかけた。


「うん。」


私も改めて席に座りなおして シートベルトをした。


砂川市を出て 少し東に向かっていく。


この辺は 果樹園があちこち見られて


時々 道路わきに現れる無人販売の店に 立ち寄り


桃を買う。


北海道でも 小ぶりではあるが 桃が採れて


今年は暑いせいか なかなか 甘みが強い。


そのまま お店の横にあったベンチに腰かけ 桃をむく。


「圭吾 たれてる たれてる。」


へたくそな 食べ方で 桃に指が食い込む圭吾。


「こういうのは 豪快に食べた方が うまいんだ。」


ムシャムシャポタポタと あっという間に食べきる。


「わ~べたべた 水道かりよ。」


じゃばじゃばと 外付けの蛇口から水をだして顔を洗う圭吾。


「あ~ おいしい。 やっぱり産地で食べると瑞々しさがちがうよね~。」


「そうかな?」


ベンチの隣に戻った圭吾は 首をかしげる。



「え 十分おいしいよ。

あ でも 圭吾は 向こうでもっと大きい甘いやつ食べてるもんね。


これくらいなら 満足できないの?」


クスッと圭吾は私を向いて笑うと


私の頬にキスをして


「やっぱり こっちの方がずっと旨いな。」


という。


「馬鹿・・・」


と私は横を向いて 残りの実をかじった。


圭吾の態度は 初めて 恋人という立場でデートする私を 戸惑わせ


興奮させる。


「じゃあ また行くぞ。」


車に戻る時も 腰に手を回されて   私の心臓はいちいち反応しちゃう。


いけないことだって わかってるけど


一日だけ この嬉しいドキドキがずっと 続いていますようにって


私も圭吾シャツにしがみつく。



「見えてきたぞ・・・ あの辺だ。」


虹のガーデンは 山の稜線に沿うように 幾種類もの花達が色を競っていた。


「すごい 綺麗・・・」


「北海道は いっきにまとめて咲くからな。」


圭吾が ウィンドウを下ろして 外の空気を運び入れ


まだ 遠いのに花の香りが微かにしてくる。


夏休みということもあって 虹のガーデンはかなり混んでいて


駐車場は奥の方にやっと停められた。


「うわ~ 見たことないよね こんな花 かわいい。」


駐車場からガーデンに続く道にも 色とりどりの花が植えられている。


ごく自然に組まれる腕。


そんな風に素直に振舞えるのが嬉しい。


薔薇のアーチに ユリの園


ラベンダーの香りに包まれた高台に腰掛けて たわいのないおしゃべりをする。


いつもの二人と傍目には変わりないかもしれない。


でも 意識の中で今 二人の間に流れる切ない感情が


この瞬間を 特別な時間に変えさせる。


(聞いてもいい? 圭吾は私をどう思っているか?)


・・・だけど 聞けなかった。



人ごみに疲れて ガーデンを見下ろす形の少し離れた丘に登った。


息を切らしながら 手を繋いで 花の香りの風を受ける。


大切な時間が どんどん流れていく


仰向けに芝生の上で寝転がる 圭吾の上にも


その側で座っている私の背中にも



目を瞑っている圭吾の胸にそっと頭を載せてみる。



おだやかな 心音 


そっと圭吾の手が持ち上がり 私の髪を撫でた。



「このまま 攫って行きたいな・・・・・」


「・・・本当にそう 思ってる?」



視線を向けたが この位置からだと よくわからなくて


私は顔を上げて 四つんばいで圭吾の四肢をの間に手足を置いた。


見下ろす私の鼻を突付いて


「本当だよ。」


と圭吾は笑った。



「じゃあ 私の事・・・ 好き?」


とうとう 口に出して聞けたのに


圭吾は視線を外して


「さあ・・・ それは言えないな。」


とはぐらかされた


「ずるい 今日は私 圭吾の恋人なんだよ。 嘘でも 好きって言ってくれなきゃ だめじゃない。」


(ううん 嘘なんて 聞きたくない 本当の気持ちが知りたいよ・・・


だけど 恐くて・・・ 聞けないの)


「おっこちそうだな その目・・・ 泣かないって言ったろ?


好きだよ・・・香澄 


この世で一番 愛してる。」


「圭吾・・・」


突っ張っていた心も 体を支えていた腕も 瞬間 力をなくして 圭吾の体に受け止められた。


ポフッ・・・


「今更 何を言わせるんだ 馬鹿だな・・・ 今朝も言ったろ?


離したくないって・・・」


耳元で そんな風に聞かされて 私すごく 驚いてしまったよ。


「え・・・? あれ ふざけて言ってたんじゃなかったの?」


「ふざけたふりしてたけど・・・ 俺の 本当の気持ちだよ。」


「ねえ キスして もう一回 言って。」


嬉しくて 私は調子に乗る。


「やだね。言いたくない。」


「どうして? 私ばっかり ずっと 大好きって言ってるのに 圭吾のケチ。」


「ハハハ・・・」


「そろそろ ちゃんとした飯を食おうか。」


と圭吾は私の体を起して 立ち上がった。


(・・・やっぱり 抵抗あるのかな 私が姪だから。)


暴走しそうな 私にブレーキをかけるように 


圭吾は少し先を降りていく。


(今日だけは 私は圭吾の恋人なんでしょう・・・?)


私の心はどんどん 欲張りになっていたに違いない。


昨日までは 会えただけでうれしかったのに


今は もっと圭吾に愛して欲しいのだ。


「待って 圭吾・・・」


手を繋ぎたくて 足を速めて追いつこうとしたが 


どん!


「きゃっ!?」


急に圭吾が立ち止まられて 背中に体当たりしてしまった。


「・・・ナミ。」


「え・・・ 誰?」


圭吾の背中越しに 下を見ると


24~5歳くらいだろうか 


ショートの髪が逆に女っぽい 薄いグレーのパンツスーツという


ちょっとこの行楽地では人目をひく美女が こちらを見上げていた。


「さっき先輩が 高速走ってるって言ってたから 


きっと会社で調べていた虹のガーデンに行くんだなって思って 


出張先の旭川から来ちゃった。」


(ああ それで スーツ・・・)


「もう 仕事は終わったのかよ?」


と圭吾が聞いているのに それには答えず


「その子? 毎年 デートしてる姪子さんって・・・」


と 彼女は 私に視線を合わせてくる。


「ああ そうだよ。」


ちょっとため息をついて 圭吾が答える。


「コンニチハ・・・香澄です。」


圭吾の横から 進み出て ぺこりと頭を下げた。


(昨日も 今日の電話も彼女が相手だったの・・・?)


「はじめまして わたし 杉田ナミ  あなたのおじさんの会社の後輩です。」


(ただの後輩が こんなところまで 圭吾に会いにくるの?)


私の疑問が顔に出ていたのか


「ごめんなさいね せっかく おじさんと遊びに来ているところをお邪魔しちゃって


でも もう 異動日まで あまり日にちが無いから・・・


ちょっとだけ おじさんを お借りしていいかしら?」


「・・・はぁ」


ちらっと圭吾を見たが 無表情なまま何も言わないので わたしは頷くしかなかった。


「じゃあ・・・ わたし先に下に降りてるね。」


少し躊躇してから 自分がこの場を離れていた方が良さそうだと判断した。


「ごめんな 香澄。」


申し訳なさそうな 圭吾と 振り向いたカナさんの瞳が一瞬 私をきつく見つめ返したことで


(この人も・・・圭吾が好きなんだ。)


と直感した。


私はひとり 噴水のベンチまで降りてきて 最初は二人を見ないような位置で座っていた・・・


でも 5分 10分と待つうちに どんどん不安が拡がって 振り向いてしまう。


二人はとても真剣な話をしているようで 内容が聞こえない分 悪い方にしか想像できない。



(あの人が 圭吾の本当の恋人なの?


私は 優しい圭吾が 一日だけ 認めてくれた にせものなのかな・・・


彼女はちゃんと 圭吾と一緒にニューヨークへ行けるかもしれない人で・・・


私は ちゃんと大学生になってから 夏休みに会いに行けるだけの姪


彼女は 圭吾にぴったりの大人の女性で・・・ 


わたしま まだ キスにさえ震える子供だ・・・)


先程まで あんなに近づいてた 圭吾が


急に違う星の人のようで 


あまりにも さびしい



(圭吾だって 会社の後輩の前で 姪を恋人扱いしてるなんて 知られたくないよね・・・)



どんどん 禁断の恋をしているって実感が沸いてきて


落込んでいく気持ちは 


坂道を転がるように加速がついていく



昨日からの圭吾との時間よりもずっと長く離れているような気がして


何度も彼女と二人でいるところを 見つめてしまう・・・



(今日はもう泣かないって言ったのに・・・)


ぐっと熱いものがせりあがってきた頃になって 


やっと圭吾が降りてきた。


「香澄 待たせたな。 行こうか。」


「まって 先輩。」


カナさんが 必死な表情で圭吾の腕を掴む。


「カナ 悪いけど もう帰ってくれないか。俺は有休とって ここに来てるんだ 会社の人間には会いたくない。」


突き放すように圭吾はそう言い放ったのを聞いて さっと彼女は 表情を強張らせて


「先輩・・・ い いいんですか? エリートコースを順調に進んでいるあなたが・・・ 近親相姦してるって社内に知られても?」


と 掠れた震え声で 圭吾の背中に叩き付けた


「そんな・・・ひどい 違います! 圭吾とわたしは・・・」


あまりにも生々しい言葉を突きつけられて 私自身も拳銃で撃たれたみたいにショックを受ける。


「言うがいいさ・・・ 俺は香澄を愛してるのは事実だから。


ただ 君は勘違いしてるよ。」


「何をどう勘違いしてるって言うんですか? 今更 申し開きしようたって 無駄だと思います。


お気の毒ですけど ニューヨークへの辞令もおりないことになるでしょうね。」


「君は 僕の指導をよく聞くかわいい後輩だと思っていたが なかなか野心家だったんだね?


たしかに僕のニューヨーク行きがポシャレば 君が行くことになるかもしれない・・・


だけど 僕は近親相姦なんてのは していない・・・」


「嘘! この子の表情を見ていれば 一目瞭然でしょ!?」


ヒステリックに叫ぶ 彼女に周りの観光客の視線が集まる。


「こんなことで 姉さんや兄さんとの約束を破ることになるとは思わなかったけど・・・


香澄を守るためにもしかたない・・・


実は ほんとうは 香澄と俺は 血は繋がってない。」


「え・・・?」


「嘘よ!?」


彼女より 私の方が 驚いて 圭吾を振り返る。


「調査会社でも使って調べてくれて 構わないよ。 


俺と姉さんの両親は お互い連れ子通しの再婚だったんだ。」


(・・・確か お爺ちゃんは お婆ちゃんと離婚したって聞いてた・・・)


「ごめんな・・・香澄 いったん俺は母方に引き取られていってたんだけど


母さんが他の人と再婚するってことになって


ガキだった俺は 新しい父親に慣れなくて・・・ 


まだ小学生のうちに父さんの所に戻ってきてしまってただけだったんだ・・・


親権だけは どうしても 渡せないって母さんが 頑張るから


まあ 今にして思えば その方が良かったんだけど


だから 正確には 俺と姉さんは 他人で お前とも もちろん 血は繋がってないんだ。」


「圭吾・・・じゃあ・・・」


「わかったろ? カナ 君は優秀だよ 僕なんか気にしなくたって 十分上を目指していける。」


「私は 先輩のこと・・・ いえ いいんです。


わかりました。


せっかくのお休みのところ 本当に申し訳ありませんでした。


私はこれで 失礼します。


香澄さん ごめんなさいね・・・」


「い いえ・・・」


圭吾はどうかわからないけど カナさんが圭吾をライバル視して 蹴落とそうとしてたんじゃなくて


好きだから振り向いて欲しかったんだとわかった・・・


ううん きっと圭吾もわかっていて あんな風に言ってるんだ。


「どうして・・・もっと早くに教えてくれなかったの?」


二人で手を繋いで 噴水前のベンチに座る。


「さっき言ったろ?


おまえの両親に せめて お前が18歳になるまではって 口止めされてたんだ。


姉さん達は 俺とお前がずっと仲が良すぎるのを心配してて・・・


歳が離れてるし 


おじって 認識で 接してきた俺が突然 他人だってわかったら 


お前は 絶対・・・」


ここで 圭吾は口を切ったけど


私にはわかった 父と母の心配を


「でも ニューヨークに行くことになっちまって お前としばらく会えないって思ったら・・・


ごめんな・・・」


「ううん 驚いただけ・・・ まだ 信じられないよ。


夢みたい・・・」


「あ~~帰ったら怒られるな。


なんで あと八ヶ月が待てないのかって・・・


来るたびに 彼女は連れてこないのかとか 結婚はどうしたって言うのも 


まだ 香澄に手を出すなって イミなんだ。」


思いっきりため息をついてうな垂れる圭吾。


「そうだったんだ クスクスッ」


思い出して 思わず笑ってしまった。


「なんだよ 何年も じっと言えずにいた俺の身にもなってみろよ~ こいつ。」


と頬をつねられる。


「いいじゃない 私の方がもっとかわいそうだよ。


好きになっちゃいけない人をずっと好きでいるって 結構しんどいんだよ。」


「・・・そうだよな。 ありがとう 香澄 俺をずっと好きでいてくれて・・・ うれしかったよ。


おじだと認識した上でも 俺のこと 大好きだって言ってくれたこと 一生わすれない。」


「嫌だ・・・ もうお別れみたいに言わないで。」


「別れる? そんなわけあるもんか・・・ 俺と香澄のおじと姪だった時の 最高の思い出としてとっておきたいって意味だよ。」


それから 圭吾は 私の手を握って 大きく息を吸い込んで


「香澄 卒業したら・・・結婚してくれる?


しばらく 離れて暮らすことになるけど お前が 大学卒業する頃までには絶対 戻ってくるから・・・


もう 絶対泣かさない・・・ 愛してるんだ。」


圭吾の緊張が 小さな震えとなって 私の手に伝わって きゅんと胸を切なくさせた。


「圭吾・・・」


それから 私は


返事のかわりに


愛しくて 恋しいこの人に


そっとキスを したいと思うのだ。




香澄の章  終




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