2-4
ぼくと先輩は正式に付き合うことになってしまった。
そうなってしまえば、早いものである。とんとん拍子にデートの日取りも決まった。今週の日曜日だ。
ぼくらの棲んでいる町は、田舎と都会の中間くらいの、いかんともしがたい立ち位置の町だから、娯楽なんてものはない。
校外アミューズメントパークなんてものは、ありえない。スポッチャとかないし!
故、デートいえば、田畑の畦道でちゅっちゅするくらいしかないのである。しかし――もっとファンタスティックなことがいいなぁと思ったぼくは、思い立ち、花子の家に行った。
花子の家はぼくの家のとなりだ。歩いて一分もかからない。
おとなりさん。
ぼくらが幼馴染な理由。
インターフォンを鳴らす。
「花子いますか?」
「いるよ」花子のお袋さんは、きさくに応対してくれた。
小さなころから出入りしているので、勝手しったる他人の家。ぼくは軽快な足取りで彼女の自室へ向かった。彼女の部屋は二階だ。階段をのぼる。《花子の部屋》と書かれたタグのぶらさがるドアをノックする。
「はーい」
花子が出てきた。ラフな部屋着を身につけている。
彼女はぼくを見るなり、目を細めて、
「やぁ。コーくん」
「なに、その目」
「私になんの用? 黒紐先輩ときゃっきゃうふふしてくれば?」
なんだかすごくつれない。見るからに、あしらわれていることが解る。
先輩は学校では有名な美少女なので、とうぜん、だれかと付き合うことになったなら、みなの識るところとなる。花子も女子のネットワークに在籍しているんだから、識っていてあたりまえ。だが――この態度は?
花子はシニカルに笑んだ。「あのさ、コーくん」
「うん」
「さっそく、ふられた?」
「なぜ嬉しそうな顔をする?」
「いやいや。気にしないでよ。なはは」花子は自室のドアを全開にすると、言った。「まあ、はいってよ」
「お邪魔します」
ぼくは室内を横切り、ベッドのうえに座った。となりに花子が座る。
そういえば、花子の家にくるのも久しぶりだと思った。
枕元に置かれた、どでかいグルーミー(口元の血がキュート)の綿人形をひっぱりながら、ぼくは訊く。「あのさ。先輩のことなんだけど」
「うん」
「ほら、ぼくっていままでオンナノコと付き合ったことないじゃん?」
「ないね」と、一刀両断する花子。ぼくは、つとめて平静なフリをしたが、多少はこころが抉られた。
奮起して面接を受けにいったのに、「で? この空白期間は?」と訊ねられた気分に近い。ぼくの恋愛履歴書は空白だらけなのだ。
「だからさ、デートってなにをすればいいんだろう? って」
「つまり――」
人差し指がぼくの鼻先にやってきた。
すかさず、グルーミーでガード。花子の指がよからぬ方向へと曲がった。彼女は手を引っ込め、
「私に指南してほしいと?」
「そういうこと」
「ふむ。じゃあ、ご指導ご鞭撻をしてあげよう」花子は仰々しく頷いた。「じゃあ、水族館にでもいってくれば?」
ぼくはすぐさま、自分の耳の穴に指をつっこみ、耳クソを掻き出した。「水族館?」
「そう」
「近場にあったっけ?」
ないから、耳を疑ったのである。
「あるじゃん。国際水棲生物見本市」
「なんだよ。それ……」
初耳もいいところだ。
ぼくらの町にも、近隣にも水族館なんてハイソな娯楽施設はない。ないはずだ。断言できる。十七年も、こんなところで伊達に暮らしてきたわけじゃない。とぼくは主張したのだが、
「いけ」
命令された。
なにか企んでいるような気がヒシヒシとする。危機管理神経がこれはよろしくないぞ、と言っている。さいきんは、大人たちが自己責任論を振りかざすので、食品管理衛生法よりも厳しい危機管理意識を持たねばならない。これを――シックスセンスという。間違ってもセックスセンスではない。これは異性間プロレスで磨くしかない。
「ほんとうに水族館なんだな?」
「そうだよ」じつにシレっとしたものだ。
「見本市ってなまえがおかしくないか? ただの魚市場ってオチはないよな?」
「まさか」
「魚河岸って言い逃れもなしな?」
「信じてよね。コーくん」
じーぃっとガン見されて、オンナノコを無下に扱えないぼくは信用してやることにした。どこまでもジェントルメンな自分にちょっと心酔。
「さすが、コーくん」
……ゲンキンだな、コイツ。
「ところで、コーくんさ。なんで、先輩にコクったの?」
「だから、こうして――」
「私というものがありながら」
「きゃっせん!」
きゃっせんとは「聞こえません」の短縮形だ。手早く発現でき、あいてをムカムカさせる効能も持つ使えることばだ。
「ふぅん。でも、バツゲームだったんでしょ?」
「なぜ、識っている?」
「冬町くんから聞いたし」
「……余計なことを」
「三通、出したんだってね?」
「黙秘する」
「スケコマシッ!」
「きゃっせんッ!」
「うぜー!」
花子の拳が迫った。
もちろんグルーミーでガード。
「私、もらってないんだけど?」
「きゃっせんッ!」
「ふんがーッ!」
ぼくは山田家をあとにした。