表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ばつ★らば  作者: 柊鏡
9/23

2-4

 ぼくと先輩は正式に付き合うことになってしまった。

 そうなってしまえば、早いものである。とんとん拍子にデートの日取りも決まった。今週の日曜日だ。

 ぼくらの棲んでいる町は、田舎と都会の中間くらいの、いかんともしがたい立ち位置の町だから、娯楽なんてものはない。

 校外アミューズメントパークなんてものは、ありえない。スポッチャとかないし!

 故、デートいえば、田畑の畦道でちゅっちゅするくらいしかないのである。しかし――もっとファンタスティックなことがいいなぁと思ったぼくは、思い立ち、花子の家に行った。

 花子の家はぼくの家のとなりだ。歩いて一分もかからない。

 おとなりさん。

 ぼくらが幼馴染な理由。

 インターフォンを鳴らす。

「花子いますか?」

「いるよ」花子のお袋さんは、きさくに応対してくれた。

 小さなころから出入りしているので、勝手しったる他人の家。ぼくは軽快な足取りで彼女の自室へ向かった。彼女の部屋は二階だ。階段をのぼる。《花子の部屋》と書かれたタグのぶらさがるドアをノックする。

「はーい」

 花子が出てきた。ラフな部屋着を身につけている。

 彼女はぼくを見るなり、目を細めて、

「やぁ。コーくん」

「なに、その目」

「私になんの用? 黒紐先輩ときゃっきゃうふふしてくれば?」

 なんだかすごくつれない。見るからに、あしらわれていることが解る。

 先輩は学校では有名な美少女なので、とうぜん、だれかと付き合うことになったなら、みなの識るところとなる。花子も女子のネットワークに在籍しているんだから、識っていてあたりまえ。だが――この態度は?

 花子はシニカルに笑んだ。「あのさ、コーくん」

「うん」

「さっそく、ふられた?」

「なぜ嬉しそうな顔をする?」

「いやいや。気にしないでよ。なはは」花子は自室のドアを全開にすると、言った。「まあ、はいってよ」

「お邪魔します」

 ぼくは室内を横切り、ベッドのうえに座った。となりに花子が座る。

 そういえば、花子の家にくるのも久しぶりだと思った。

 枕元に置かれた、どでかいグルーミー(口元の血がキュート)の綿人形をひっぱりながら、ぼくは訊く。「あのさ。先輩のことなんだけど」

「うん」

「ほら、ぼくっていままでオンナノコと付き合ったことないじゃん?」

「ないね」と、一刀両断する花子。ぼくは、つとめて平静なフリをしたが、多少はこころが抉られた。

 奮起して面接を受けにいったのに、「で? この空白期間は?」と訊ねられた気分に近い。ぼくの恋愛履歴書は空白だらけなのだ。

「だからさ、デートってなにをすればいいんだろう? って」

「つまり――」

 人差し指がぼくの鼻先にやってきた。

 すかさず、グルーミーでガード。花子の指がよからぬ方向へと曲がった。彼女は手を引っ込め、

「私に指南してほしいと?」

「そういうこと」

「ふむ。じゃあ、ご指導ご鞭撻をしてあげよう」花子は仰々しく頷いた。「じゃあ、水族館にでもいってくれば?」

 ぼくはすぐさま、自分の耳の穴に指をつっこみ、耳クソを掻き出した。「水族館?」

「そう」

「近場にあったっけ?」

 ないから、耳を疑ったのである。

「あるじゃん。国際水棲生物見本市」

「なんだよ。それ……」

 初耳もいいところだ。

 ぼくらの町にも、近隣にも水族館なんてハイソな娯楽施設はない。ないはずだ。断言できる。十七年も、こんなところで伊達に暮らしてきたわけじゃない。とぼくは主張したのだが、

「いけ」

 命令された。

 なにか企んでいるような気がヒシヒシとする。危機管理神経がこれはよろしくないぞ、と言っている。さいきんは、大人たちが自己責任論を振りかざすので、食品管理衛生法よりも厳しい危機管理意識を持たねばならない。これを――シックスセンスという。間違ってもセックスセンスではない。これは異性間プロレスで磨くしかない。

「ほんとうに水族館なんだな?」

「そうだよ」じつにシレっとしたものだ。

「見本市ってなまえがおかしくないか? ただの魚市場ってオチはないよな?」

「まさか」

魚河岸(うおがし)って言い逃れもなしな?」

「信じてよね。コーくん」

 じーぃっとガン見されて、オンナノコを無下に扱えないぼくは信用してやることにした。どこまでもジェントルメンな自分にちょっと心酔。

「さすが、コーくん」

 ……ゲンキンだな、コイツ。

「ところで、コーくんさ。なんで、先輩にコクったの?」

「だから、こうして――」

「私というものがありながら」

「きゃっせん!」

 きゃっせんとは「聞こえません」の短縮形だ。手早く発現でき、あいてをムカムカさせる効能も持つ使えることばだ。

「ふぅん。でも、バツゲームだったんでしょ?」

「なぜ、識っている?」

「冬町くんから聞いたし」

「……余計なことを」

「三通、出したんだってね?」

「黙秘する」

「スケコマシッ!」

「きゃっせんッ!」

「うぜー!」

 花子の拳が迫った。

 もちろんグルーミーでガード。

「私、もらってないんだけど?」

「きゃっせんッ!」

「ふんがーッ!」

 ぼくは山田家をあとにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ