1-4
「「「チーホー」」」
ぼくは耳をうたがった。
空耳アワーのお時間です。
「まて、トリプルロンとかありなのか?」
「ありだ。血判状を見ろ」
見た。ルール上、ありと記されている。
「そのまえに、捨て牌であがるのはチーホーなのか?」
「血判状を見ろ」
見た。ローカルルール(*地域別、プレイヤー別にさだめられるもの)が採用されている。
チーホーというのは役満だ。ほんらいは親以外が第一ツモ(*一番最初に牌をひくこと)であがることを言う。しかし、ローカルルールではロン(*捨て牌であがること)も可能となっているばあいがある。
端的に言う。
ぼくはゲーム開始の、最初で負けた。
親の役満の払いは四八〇〇〇点。それが×三。出だしの持ち点は二五〇〇〇点なので、即死。超絶オーバーキル。スライムにメラゾーマもしくはイオナズン。鬼畜! 勇者には血も泪もないのか! スクエニに抗議する!
三人の雁首がぐりっと動き、むっつの目玉がぼくを見やる。
「「「じゃあ、バツゲームよろしく」」」
なにこいつら、ハモってんの?
ぼくは言った。「こんなにはやく勝負が決するのもおもしろくないだろう?」
「まあそうだな」
「もう一回だ」
「いいだろう! おまえが親な」
二回戦もぼくが親らしい。まあいい。
――ジャラジャラジャラ。
配牌。
牌を立てて、
最初の捨て牌、
「「「チーホー」」」
「ちょ。まて! おまえら、積み込んだな!」
「なにを言っているんだよ。黄金の右手」
「そうだぞ」
「負けを認めろ」
「むぐぅ……」ぼくは素直に負けを認めたが――でも納得がいかない! 「もう一回だ!」
「「「いいだろう」」」
だからなんでハモるの? こいつら三つ子なの? おそ松くん的ななにかなの?
そして、
「「「チーホー」」」
死にたくなった。
占い師もボコにしようと思った。詐欺師め……。
けっきょく三連敗したぼくは三通のラブレターを書くハメになった。さすがに四回戦を挑む気にはなれなかった。ぼくはマゾじゃない。仏の顔もサンドバッグまでとも言う。
助けて! ママン! お小遣い要らないから! とはいいません。
きゃつら三名がラブレターの提出先に指定した女子は以下。
三年B組、縄架黒紐。
二年C組、白面氷柱。
二年A組、田中花子。
三名。
三回負けたのだから、致し方ない。首は括らないが、腹は括ろう。
花子はまあいい。
出さなくていい。
幼馴染ゆえの権力というか、なんというか、都合のよさを最大限に発揮することにした。握りつぶすことにしたのだ。「これは、うまそうな饅頭だのぉ」と越後屋のおもたせにニヤつく代官になった気分。
黒紐先輩は学校の有名人だし、花子はぼくの幼馴染である。けれども、指定された人物でひとりだけが解らない。
白面氷柱ってだれだ?
同じ学年らしいけど……。
冬町に訪ねると、彼は胸をそらして、「俺的にはあり」とか意味不明なことをのたまい、いきなり歩き出した。
しかたなくあとをついていくと、どうやらC組を目指しているらしい。
B組とC組をへだてている渡り廊下を渡った。
「あのジャラジャラとしてる子」と冬町はC組のまえで説明を始めた。
ぼくは顔を教室に突っ込むのをためらい、窓枠から眺めた。
C組の窓側最後尾の席で、つまらなそうな顔をしている女子――らしい。
そのまとったオーラとは裏腹に、彼女はとても目立っていた。
声が大きいとか、サイズがでかいとかそんなんじゃない。サイズはむしろ小柄なほうで、平均身長よりおそらく低い。一五〇センチちょっとくらいか。
しかし、なんというか、髪型が奇抜なんだよ。
垂れ耳というんだろうか、そんな感じに髪の形状がなっている。色もなんとなく青味がかっているような気がする。色白なことは解るものの、目鼻立ちは遠目にはハッキリしない。が、ジャラジャラの意味は解った。
手首、指、耳、首元に光るもの。
シルバーアクセとかそういうもんなんじゃないかなぁというのを、たくさんつけている。たぶん、二〇個くらい。どれもこれも女性向けというよりは、男性向けといった風体で、無骨だ。
不良だ! とぼくは直感的に悟った。
ドクロを形取ったとしか思えないぶっといリングが指にちりばめられているさまを見て確信した。
白面さんがこっちを向く。
目があった。
黄色い目をしていた。
鼻筋はすっきりしていたが、モンゴロイドにしては高かった。髪の色も黒や茶ではなく、青の挿した白銀だ。ハーフかなにかだろうか?
彼女はしげしげとぼくを見つめたのち、机のなかに手を突っ込んだ。ニット帽みたいなものがでてきた。みたいな、と表現したのは、ニット帽+イヌミミカチューシャだったからだ。耳に該当する部分には、牛の鼻輪くらいのサイズはあるだろうリングがはまっている。
あれ?
不良じゃなくて、ソッチ系?
混乱するぼくから目をそらし、彼女は帽子をかぶった。色は灰色だった。
なにがしたいのか解らない。
なんとなく花子と同じタイプのような気がした。不良だろうが花子的であろうが、できれば、関わりあいたくない人種には違いない。不良とかアッチ系って意味じゃなくて、ぼくの神経が安寧のなかに居れないという意味で。
「まあ、がんばれ」冬町が大笑いをこらえていることがカンペキに解る顔でぼくの肩をたたいた。イラっとした。
イラっとしたから、デコピンをしたら、かわいく「ふにゅ」と言った。なにこいつ? かわいいとでも思ってんの?