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「確認する」高らかに冬町が宣言すると、石綿と波幌がじつに大仰な動作で首肯する。ぼくも倣う。
ここは放送部室だ。
うちの学校の放送部室は体育館にあって、防音がカンペキなのでセンセーたちに隠れてなにかをするのにとても適している。
見渡せば、ゲーム機やAV(オーディオ=ビジュアルではない)がかんたんに目につくし、スナック菓子のふくろがそこいらに散乱している始末。
「血判状はもってきたか?」
「Yes,mom」「Yes,sir」「Heil Hitler!」
なんかへんなのが混じっている気がするが、冬町はしかつめらしい態度で頷く。「よし……」
ぼくは血判状を自動マージャン卓の天板のうえにのっけた。
石綿と波幌、そして冬町もこれに続く。
出揃った四枚の血判状。
そこに書かれている文面はまったく同じだ。
『2009年7月15日。この日に行われる死合は命を賭すものである――』とかバカみたいに中二病まるだしの文言で始まる。
内容はくだらなく引き伸ばされているので要約すると、負けたヤツは必ずバツゲームをすること。バックれたりして、履行しなかったばあい、恥ずかしい写真を校内に張り出すこと。となっている。
恥ずかしい写真はまるで人質のごとく、各人から徴収された。ぼくのばあいはネションベンによる世界地図の写真。だれだってネションベンくらいする? おっと、これが中三のときってんだから、笑えないんだよね。
撮影者は花子だ。いったいなにを企んでこんなものを撮影したのか、理解に苦しむ。冬町に写真提供したのも花子だ。もちろん、ぼくは自身の栄えある未来のためにネガは焼却してやった。
そして、なぜこんなことをする次第になったかというと、
「おもしろいことねぇ?」
ただそれだけである。
ふつうの賭けマージャンではおもしろくない。
もともと、ぼくらはそんなにおおくの小遣いをもらっているわけじゃなく、エロ本を新品で買ったら五冊でうちどめ! くらいの小遣いしかもらっていない。マージャンは仲間内でやるゲームなので、パチンコやスロットのように胴元からお金がこっちがわにきたり、むこうがわにいったりせず、ほぼゼロサムゲームだ。
いつも同じ、この四人でやっているので完璧にゼロサムゲームといっていい。
延々と同じメンバーでは、賭けマージャンをする醍醐味というのは、あまりない気がする。マージャンでお金稼ぎしたいなら、雀荘なんかで見ず知らずのひととやるのがいいと思うし、もうちょっとメンバーが増えれば解決するのかもだが、とんと増える気配はないのである。うちの高校はキメジメくんとキマジメさんが跋扈している九竜城なんである。
だから、即物的――つまり金銭ではなく精神的なエンターテインメントを求めた結果がこれだ。ベットするのはコインでも札束でもなくて、矜持――プライド。そういうことなのだ。
逃亡者が出るかもしれない危惧があるため、血判状が用意された。逃げればチキンの汚名を被ることうけあいである。――とはいうものの、ほんとうに血で判なんかしてないけどね。ちゃんと朱肉を使用した。でも、朱肉って、なんかグロくね? 朱い肉だよ!
「さぁ――死合の始まりだ!」冬町が告げた。
すると、
――パァァン!
なぜか石綿がクラッカーを鳴らした。
紙ふぶきが舞う。カラーバンドがふわりとぼくのあたまの天辺に被さった。火薬の臭いがする。
――ちゅどーん!
波幌が花火を打ち上げた。
おい、ここ放送部部室だぞ。案の定、花火は天井にぶちあたり、火の粉を撒き散らしながら器具類のうらっかわへ消えた。火事になっても、しらねーぞ。ここには燃えそうなものが腐るほどあるんだ。ついでに放送機材は高い。ベンショーとかなったらぼく、識らないフリしますね。
そして、
いやな予感がした。第六感だった。キュピーンという音が聞こえた。
ぼくは首を回し、冬町を見た。
彼の手には、
「なぜ爆竹なんか持っている?」
ぼくはソッコー、彼を取り押さえた。
身を挺しての一撃により、冬町は持っていた着火マンを取り落とし、不満そうに顔をしかめた。
ぼくは彼がまた、変な気をおこさないように着火マンを拾う。そしてズボンとベルトのはざまにノズル部分を突っ込んだ。
伸びてくる冬町の手をはたき落とす。
「おまえはなにもしないのか?」
「しねーよ! 爆竹ならしていいのは旧正月の中国人だけだ!」
「まあ、始めようぜ」ケースから牌を取り出しつつ波幌。
ぼくは占い師からもらったクスリを呷った。ふ――これだ勝つる!
こうして死合が始まった。