7-3
宇宙は案外、ちかかった。
多段式のロケットは逐次きりはなされ、最後にノーズコーン部分だけが残った。ノーズコーンは星の海を背景にして、真っ二つに割れた。コックピットの窓には煌かない星たちがあった。宇宙空間に宇宙船だけがほうりだされたわけだ。
窓から見えた。寺院船が。円形の、古いSFにでてくるファウンデーションといったおもむきのそれは宇宙移民船には見えない。円環と長い軸がくるくると回転している。ぼくがすることはひとつしかないのだ。ぼくは、操舵しようとしたが、生憎と操縦方法が解らなかった。にも関わらず、
彼我の距離が縮んでいった。自動操縦なのか、プログラム制御なのか、地上から先輩たちが操っているのか、しょうじきどれでもよかった。
ぴぴぴと電子音が鳴った。
通信がはいったのだ。
どうしたものだろうと思いつつ、テキトーに周辺のスイッチを押す。通信がひらいた。あたりだったようだ。
「おまえがツラーラをたぶらかした男か?」男の声。
「だれだ?」
「ツラーラの父だ」
ツラーラとはきっと氷柱のことだろう。
なんだ……本名だったのか、あれ。
「だったらどうするんだ?」
「地球もろとも滅ぼす」
くそったれ!
敵はインベーダーなんかじゃないじゃないか。
狂信的宇宙人でもない。
娘想いのアホな父親が怒り心頭に発しただけじゃないか。
寺院船の側面が光った。と、おもいきやぼくの視界はホワイトアウトした。船体が震えた。光の速度は速すぎた。光った瞬間に、死んだかと思った。
「孔明くん。孔明くん」
氷柱の声だ。
ここは天国?
「ちがうよ。オービチェがあなたを助けた」
視界がはっきりすると、浮遊している黒い球と心配げにまゆをよせるネコミミモードの氷柱がいた。
「オービチェって?」
「オービチェは擬似人格特性機構。私たちの遠路を護持するための、テンプラーたちと教団をただしく導くための機構。そして私のガーディアン」
「ぼくはどうなったの?」
「空間転移させた。ここは寺院船のなか」
死んだかと思ったのに、どうやらいきているらしい。
「助けにきてくれたんだよね? じゃぁ、これからのことを説明するよ?」
氷柱はいつもの調子で長々としゃべった。こっちの言い分などおかまいなしだ。それでも彼女が自分を助け出しに来たと確信していることを、とやかくいう必要はなかった。事実、そうなのだし、ぼくはそのつもりなのだ。ただ、彼女の話は専門用語がいつにもまして多くて、ぼくには難解すぎた。
「ぜんぜん解らないんだけど?」
「口で説明してほしい?」
「あ、うん」といいつつ、いまも口頭で説明しているじゃないか、なんて思うのもいっしゅんのこと。
むちゅ。
唇があわさった。
ファーストキスか。
「ななにをする!」
「口で説明してあげた」
「……」
「どう? 笑えた? これは口頭という意味の口と――」
ぼくは赤面していたとおもう。
ときと場所をわきまえてくれよ、ともおもう。
ほんとにKYなんだから。笑うしかないじゃないか。ぼくが笑うと、氷柱は驚きの表情でぼくを見上げた。瞳孔がひらくんじゃないかと焦るくらいだった。
「やった。いまのは何点だ?」
「一〇〇点」
「やりぃ」氷柱はガッツポーズした。
ぼくは氷柱に案内されるままに寺院船のなかを移動する。寺院船はひろい。そして、無機質だった。人間――もとい異星人だが――が生活しているようにはおもえなかった。人類には未知の技術かなにかで完全に清掃されているのかもしれないが、それは消毒液のする病院いじょうに生活臭がなかった。そうだ。においがないんだから。
装飾の類もなかった。病院であれば、絵画のコピーや造花なんかがかざってあるが、それもない。そして、誰ともすれちがわない。おおきさのわりに殆ど住人がいないのかもしれなかった。長旅が命の数を削ってきたのかもしれない。
格納庫とおぼしき場所についた。
そこには一機のイカがいた。
正確にはイカのかたちをした攻撃機。イカをまえにして、氷柱がぼくへと振り返って、
「超高性能超起動型長期運用性超高機能的長期航行能力保有型最新鋭戦闘機械動物形状タイプホワイトカラードカスタム改式?α7800年式ハイペリオン」
「長いッ!」
「拾壱号」
「多いッ!」
「予備用」
「予備??」
「テスト機――の」
「の?」
「残骸」
「残骸って!」
「正式名称、超高性能超起動型長期運用性超高機能的長期航行能力保有型最新鋭戦闘機械動物形状タイプホワイトカラードカスタム改式?α7800年式ハイペリオン拾壱号予備用テスト機の残骸。略して――イカ」
「どこをどう略したらそうなるのさ……。見た目はイカだけど」
「超イカ?」
「イカでいいです。はい」
「安心して。残骸だけど強い。プロトタイプなのにジムより強いのと一緒」
「一緒じゃねぇよッ!」
調子狂うなぁ。
ぼくはたしか、きみを助けにきたはずなんだけど……。
「オヤジが、あなたと一騎打ちをするって」
「え?」
「あなたが勝てば、地球は救われる」
おいおい。超展開すぎますってば!
ぼくはイカにつめこまれた。
あれ? ほんの数分前もこんな展開が……。
「射出!」
「うわあああああ」
ぼくは氷柱のオヤジさんとイカで戦うことになった。
敵はタコだった。
なんてシュールなんだ。
金星人と火星人のバトルか。
そんなことはどうでもいい。どうでもいいんだ! ぼくは叫びながらカタパルトで宇宙へなげだされた。こんにちは宇宙。さっきもあいましたね。
「マザーテレサは言いました! できることをしなさい! 小さな人間ひとりで、世界なんか救えない。だから、目に見えるひとだけを救いなさい! そう、言いました!」操縦法なんて知らない。だからめっちゃくっちゃにレバーを引いた。ボタンを押した。KIAIだ。KIAIがあればなんでもできる。「だから、地球がどうなろうと、ぼくは識りましぇんッ!」
戦いのようすはめんどうなので(略)。
ドックに戻ると、氷柱が待っていた。
「ふふ」彼女は不敵な笑みでぼくを出迎えた。すごく、いやな予感がした。「孔明くん。いいことを教える。我ら同胞なきいま、あなたのマシンは地球最強! つまり――あなたはアメリカだって敵に回せる!」
もうどうにでもなーれとおもった矢先、こうして世界政府が樹立した。
→〇へ戻る。
「一夫多妻とかねーよ! てかなんで花子もいっしょにいるんだよ! 意味わかんねーよ!」
「地球を救った英雄ですから!」
「増えすぎ! 花嫁増えすぎ!」
ぼくはたくさんの英雄の花嫁の座をほっするオンナノコに追われている。
おかしいな。
どこでぼくはまちがったんだろう?
問題は解決していないようだ。嗚呼、無常。とりあえず、ぼくは叫ぶことにした。「ぼくが新世界の神だ!」と。
読了感謝。