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七
「地球を救った英雄には重婚――一夫多妻もしくは多夫一妻を認める!」だぁ、なんて妄言をアメリカ合衆国大統領がぶっちゃけたのは、英雄は色を好むから、という単純明快な理屈だった。毛沢東もナポレオンもヒトラーも。みんなそうだった。だから、重婚を許可すれば、おのずと英雄が現れるのじゃないかっていう淡い期待感があったのだろう。
マスコミ的には、米大統領はカップル文化の影響下にあり、ファーストレディと仲むつまじくなくちゃいけないという暗黙のおきてに拘束されており、そのくびきをぬけだすための方便ではないかとも勘ぐるのであった。
地球はてんやわんやだ。なにせ、宇宙戦争が始まったのだ。宇宙人と干戈を交えるというのは、お話の中だけで完結しなくなったのだ。ぼくは宇宙人というものと親交があったので、寝耳に水じゃなかったけど、大半の人間にしてみれば間違いなく、寝耳に水だった。いきなりバケツにはいった大量の冷や水を浴びせ掛けられてしまったような気分だったろう。
男たちは果敢にも宇宙へ旅立った。誰でも重婚に憧れていたに違いない。その証拠に宇宙へ戦争に出かけたのは男ばっかりで、ほとんど女はいなかった。ゼロじゃなかったが、きっとレズなのだ。
宇宙戦争は人類側が圧倒的に不利だった。それもそのはず、敵は軌道上から撃ってくるのであり、位置エネルギー的にもむこうが有利なのだ。地球からのミサイル攻撃はのきなみ迎撃された。一時期、米軍が画策していたSDIのような、光学兵器によるインターセプトではないかという話だったが、敵もさるもの、技術格差はあまりにもひどく、どんな高名な学者も結論を導けなかった。
あまりにも拓けた彼我の差はいかんともしがかたかった。敵はたった一隻の戦艦しか持っていないというのに……。
ぼくは呆けていた。
我が町はほとんど空襲をうけてはいないが、東京はほぼ壊滅という話で、ブラウン管のなかではキャスターがわめきちらしては砂嵐、わめきちらしては砂嵐だ。うつらなくなってしまったチャンネルも多い。交通インフラは停止。おかげで麻痺してしまったのは人の流れにとどまらない。
物流もストップしてしまっては、通常の経済活動を維持することさえ困難を窮めた。アマゾンに注文しても届かないのだ。インターネット回線だけが無事というのが怨めしいといえば怨めしいが、おかげで人類側の状況をある程度、識ることができるのも事実だった。
あやしげな宗教家が路地を闊歩し、街宣している。
『終末の日がやってきたのだ。悔い改めよ』
ぼくが呆然としているのは地球の存亡があやういからではない。
いなくなってしまったのだ。氷柱が。
彼女は自分の舟に帰ってしまった。帰ってしまったというのは正しい表現じゃないかもしれない。帰らされてしまったというのがきっと、正しい。なぜなら、彼女は先輩が自殺しようとしたあの日、ぼくに、さよならも言ってくれなかったのだ。彼女は薄情なヤツじゃないから、自分の意思で舟に帰ったのなら、「さよなら」くらい言ってくれてもいいはずなのだった。
最初の艦砲射撃があったのは二週間前。
敵はヴォールピだった。
にわかには、信じられなかった。
彼らが『約束の地』をさがしていることは氷柱からきいていた。しかし、彼女をみていると侵略という強硬な姿勢にでるとは思えなかったのだ。でも、いまとなっては、それは単なる誤謬だったんだろう。ヴォールピとはそもそも、そういう宇宙人で、氷柱が例外的だったと考えた方が自然に思えた。
ぼくは、彼女が唐突にいなくなってしまったせいで、色々とヤル気がなくなった。勿論、宇宙戦争をしているってのに、学業に精を出す局面なんかなくて、学校はずっと閉鎖している。自宅から出るのも億劫で、毎日、ベッドの上だった。
なんとなくTVを見て、なんとなく一日を潰す。それで二週間が経つのは、本当にあっと言う間だった。
――ケータイが鳴っている。
また、先輩からだ。
不在着信一〇〇件。
ぼくはケータイを切った。
先輩にあいたくなかった。
先輩にあってしまうと、氷柱を青白い光がつつみ、つれさった光景と、山向こうが夕刻にははやいのに茜色になっている情景をおもいだしてしまうからだ。
呼び鈴が鳴っている。
きっと先輩だ。
ぼくは居留守を決めた。
「いるんでしょう! 孔明くん!」
ドアが叩かれている。勝手にあがりこんできたらしい。町内会の対宇宙防衛会議に参加している両親が怨めしい。いつもなら、両親がいるせいで、先輩はぼくの部屋まで踏み込んでこなかった。だからこそ、二週間も先輩を無視し続けることができたのだ。
ドアがぎしぎし唸っている。鍵はかけたままだ。あくはずがない。先輩はピッキングなんてできないはずだ。
どんどんどん。
「孔明くんッ!」
きこえない。きゃっせん。
「きょうというきょうは許さない」
鍵が開いた。
「え?」
どかどかと複数の足音。
SP佐藤。その背後に先輩。
先輩は、散らかったぼくの部屋を一瞥してから、ぼくを睨んだ。彼女は女王さまのごとく、傲然とした態度で、仁王立ちになった。ぼくは、何もいえなかった。
言い訳することばもなかった。
そして、目の前にいるのは、リストカットを繰り返していた先輩じゃなかった。ひとりの勝気なオンナノコが、そこにいた。顔立ちも背格好も変らないのに、先輩は別人のようだった。逆に、ぼくは、あのときから彼女とは逆方向に変質してしまっている。
だから、いい訳なんてできるはずないじゃないか。
「連行」先輩が言った。ぼくは屈強なSPたちにしょっぴかれた。抵抗する気が起こらなかったというのが事実だった。
SP佐藤は何もいわなかった。ただ、哀しそうな顔をしていた。