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「みなさん。捜査本部の山田花子警部補です。今回の事件は、私のコーくんがなぜモテてしまっているのか? ということです。
おかしいです。じつに奇怪。私の幼馴染としての経験と長年の観察からすれば、彼は間違いようがないほどの非モテです。間違いの起こしようがないのです。そうです。私以外にモテるはずがないのです。
残念な顔、残念な財産、残念な脳味噌、残念な運動神経、すべてが残念、残念! です。残念づくしのバーゲンセールなのです。つまり、モテたことの理由というのは、そのじつ、どうしようもなくしょぼく、しかし神をも恐れぬ強大ななにかが働いていると考えるべきでしょう。これは神々への冒涜行為です。もちろん、私がもっとも冒涜されているのはいうまでもありませんが」
ナギは花子へとジト目を向けつつ、言った。「妙なカメラ目線でなにを言ってるの? おかしくなっちゃったの?」
花子は、さもとうぜんといった態度で友人のつっこみを右から左へ受け流す。受け流しながら、右手でささげもち、自分の顔面までかかげたデジカムへと視線を注ぎつづけるのは忘れない。
「みなさん。二ページを開いてください。《ぼくは占い師から運気の向上するというクスリをもらった》と強調符合つきでかかれていますね? 強調符合ですよ? あやしい。じつにあやしい。あやしすぎてあたまの毛がアフロになりそうですね。
これは伏線に違いありません。間違いありません。なんという、アコギな伏線! 事件解決の絲口ですね。本件はあんがいとカンタンなものかもしれませんね。蓋をあければ、そのなかみはからっぽの宝箱。そんな気がひしひしとします。それでは、私は捜査に向かいます」
「捜査って……どこへ?」ナギにジト目をやめる気配はない。
「占い師を捜すにきまってるじゃないの」
「いってらっしゃい」
ナギは手をぞんざいに振ろうとし、
「あんたも行くのーッ!」
強引に両手にかかる、お縄。
身体がひっぱられた。
花子の強引さをイヤというほどに熟知しているナギは、彼女にひきづられるがままだった。彼女は思った。ああ、厄介だなぁ。と。
ふたりは繁華街にやってきた。
シャッター商店街と揶揄されることうけあいなそこは、薄暗く繁華街とよぶのはおこがましいほどの陰気さにあふれていた。ピンクチラシだけが紙ふぶきのように道路を舞い、街路を錯綜している。かたや逆説的にこの雰囲気こそ、占い師が出没するには最適と思われた。
目的の占い師はすぐに見つかった。
シャッターのしまった商店の軒下にちいさな机を置き、水晶を胸のまえにしてパイプ椅子に座っていた。悲壮感ただよう青白い顔。昼間の商店街にはふつりあいな黒のフードすがたといい、いかにも絵にかいた占い師だった。
さっそく花子が話しかける。ふたりは二言三言ことばをかわした。
「あんたらも運気向上の霊薬がほしいのかい?」占い師が言った。
「そうそう。運がつくのが」
ナギはめがねの弦を押し上げた。反対の手のさきで花子の脇腹をつつきつつ、小声になって、
「あやしいよ。めっちゃくっちゃら、あやしいオーラだよ。サイババと浅原を足して二で割ったくらいあやしい気配だけど」
「そりゃ、あやしいのうがご利益があるってもんよ。私も妖怪アンテナがびんびんだよ。たちまくってやばいね。これは! でもね、識ってる? ねずみ講で早く始めたヤツは儲かるの」
花子は自信満々に言う。孔明をモテモテにさせた秘薬なのだ。
ふつうの感覚なら、そのご利益など疑うのがスジである。非科学的にもほどがある。花子は占いなんて信じていなかった。
――が、そびえたつ現実と事実が彼女を惑わせてしまっていた。非モテであるはずの幼馴染に効果覿面だったクスリなのだ。どんなヤバいブツなのか識れたものではないのだが、彼女にはほんものとしか思えなかった。
ナギが言った。「ねずみ講って関係あるの?」
「この世で一番儲かるのはねずみの商売なんだよ」と花子。
「ハァ?」
「じつは千葉にある遊園地とか、黄色いねずみとかさ。どっちも著作権的問題でいえないけど」
「そうなんだ……で、はやく買えば? その霊薬」ナギはなかば面倒になっていた。この友人にかかわるのが。
花子は悪い子ではないのだけれど、アホなのだ。
アホのあいてをするのは疲れる。
花子はふふんと唸った。「モチのロン」
意気揚々と霊薬をうけとろうとすると、
「五万円になります」占い師が笑った。
「ナギちゃん」
ぐるりんと背後のナギをふりあおぎ、
「ん?」
「こいつ、詐欺師」
ビシっと人差し指をつきたてて指摘する。
その顔は敏腕検事をおもわせるしかつめらしさに満ち満ちている。
「ひどい!」声が裏返占い師。
「じゃあ、いこうか。捜査は振り出しだ」
山田捜査官はむずかしい顔をした。
ナギは呆れた顔をした。
「よいこのみんなは、強調符合に騙されちゃいけないぞ! おねーさんとの約束だぞ! ぜったいだぞ!」
「だから、カメラ目線……」