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四
「おまえはッ! ゴミ箱を孕ませたいのかッ!」
闖入者はいつもとうとつにやってくるから、闖入者である。そのようなやからに気を遣う必要性など皆無である。だから、ぼくはぞんざいに応対するわけだ。
「おっす……父さん」
部屋の隅っこのゴミ箱をビシビシと厳しくも指差しつつ、父さんが怒鳴った。「なんだこのティッシーの山は! まるで富士山の雪化粧のように神秘的にバリバリじゃないか! 野口健に怒られるぞ!」
「意味が解らない」
「父さんはな……」酒瓶片手に問答無用でぼくの部屋に入ってくる。足取りやその風体ふくめ、完全にアル中のそれである。
こんなのがぼくのオヤジなのだから、まったくイヤになる。息子が非行にはしってないだけ喜んでほしいものである。まったく、やれやれである。肩をすくめて、手をうえにして、やれやれである。それから溜息をするべきなのだが、ぼくの心中はおだやかではないので、
「かってにはいってくんな!」
「なんと冷たい。あたかも液体窒素のようだ。そうか、反抗期かッ! そうなんだな。そこで軽やかにも、父さんのパンツといっしょに洗った下着なんか着たくないっていうんだな……。俺は悲しいぞ」
「そういうのは娘だろう! クソオヤジ! くそして寝ろ!」
「はて。俺には娘しかいなかったはずだが?」
すっとぼける父親。
「モーロクしてんじゃねぇよ! この、アル中!」
「なんだと、オナ中!」
「解ってんなら、かってにはいってくんな!」
「息子とのスキンシップだ。それに俺はアル中じゃない。ウイスキーのブレンダーだ。ま、職業病さ」
んなバカな……。
日本中のブレンダーが発狂するぞ……。
毎日朝から晩までウイスキー飲んでいるだけではないか。ぼくは反駁しようとしたが、さきに父さんが言った。
「おまえ……さいきん、カノジョでもできたか?」
ドキッ! 父と息子のラブ話! ポロリはないよ。
あまりにはっきりうっきりと指摘されてぼくはたじろぎ、焦ってしまっていた。声が裏返っているのが自分でも解るくらいだ。
「で、できてないよ!」
「じゃぁ、とりあえずソープいけ」
「十七の息子にそんなもんすすめんな! あんたは北方兼三か!」
「ほら、やっぱりできたんじゃないか。うん。俺はおまえが魔法使いになるんじゃないかと心配だったんだ」
要らぬ心配である。
ぼくはもうすぐ魔法使い見習を廃業する。童貞ペンギンとは違うのである。大人の階段を登るのである。男だけど、シンデレラな生活はもうたくさんだ。ツンデレラももうたくさんだけどね。
それに、ぼくという息子があるじてんで、この目の前のアル中も童貞ではないわけである。父さんにできてぼくにできないはずはないのである。まぁ、ぼくのばあいはだれでもよいというわけではないのだけど。
望むべきは、まず巨乳。
これはゆずれない。
でっかい乳房は古代から人類が嘱望してきたものである。土偶とかみてみれば、まさしく巨乳。
男はおっぱいがすきなのだ。いいや、だいすきなのだ。おっぱいのためなら死ねる。よく考えてみたまえ? 貧乳がすきということも巨乳がすきということも、あまつさえ超乳がすきというドヘンタイまで、とどのつまりはおっぱいがすきであることに違いはない。博愛主義ならぬ博乳主義がそこにはあるのだ。
つぎに、くびれた腰。くびれがないとか、寸胴鍋とかまずごめんである。なぜ女性の腰がくびれを持っているかというと、挿すがわが両手でささえやすくするためでなのだ。なぜなら、霊長類というのは基本的にバックスタイルなのだ。よって、幼児体型とか用事なし。
そして、あるていどひきしまっていなくっちゃならない。ガリってるのはNGだ。むちむちしているくらいがよい。ぽっちゃりじゃないぞ。むちむちしてるかんじ。肉感的でればよい。
「でもな、孔明。気をつけるんだぞ。異性とは、異常性欲の略なんだ。これは、国民体育の略が国体なのと一緒なんだ」
「イ ミ フ」
「まあ、カノジョができたなら、ゴミ箱を孕ませる作業はやめるんだ……。おまえの部屋な、タコ焼きくさいぞ。なんというか、B級グルメ的香ば――」
「帰れ……」
「邪険にするなよ。だいたいなぁ、世の中の料理でA級といえるのは母の味だけなんだぞ」なにかいいことをいっているつもりなのだろうが、父は得意げである。
「で?」
「いいものがあるんだ」父さんはにんまりとにやけるさまをぼくに見せ付けるというイラっとする行為をした。それから、父さんは酒瓶の底をなぞった。「デートといえば遊園地じゃないか」
「どこからだした……」
「さぁ?」むかつくオヤジだ。「まあ、いってこい」
父さんはぼくの肩をうれしそうな表情でぽんぽんした。
なぐりたかった。
けれど、DVなんてしたくない。ぼくは好青年なのである。